人口減少によって自動車教習所の利用者が減少するなか、今後注目されるのが教習所業界のM&Aです。
経営が難しくなった教習所がすべて閉校するとは限りません。
単独での経営は難しくても、資金力のある企業や大手教習所グループの傘下に入ることで存続できる可能性があるからです。
教習所には広い敷地や教習車、指導員などが必要です。
さらにこれからはデジタル化、高齢者講習、外国人対応などへの投資も求められます。
市場が縮小する一方で必要な投資は増えるという状況が、小規模教習所の再編を促す可能性があります。
教習所市場そのものが縮小する
教習所業界が再編へ向かう最大の理由は、主要顧客である若者が減少することです。
リクルート進学総研が文部科学省の学校基本調査をもとにまとめた予測では、18歳人口は2025年の約110万人から2030年には約106万人、2035年には約98万人へ減少します。
指定自動車教習所の普通免許卒業者は2025年に約103万人でした。
今後は卒業者が2030年前後に100万人を下回り、2050年には約68万人まで減少するとの試算があります。
教習所の数についても、2025年末の1,277校から2050年には約840校になるとの試算があります。
市場が縮小するなかで、すべての教習所が現在と同じ形で存続することは難しくなります。
小規模教習所ほど固定費が重くなる
教習所は一定の固定費を必要とする事業です。
技能教習を行うためのコースがあります。
教習車があります。
校舎があります。
指導員などの人材も必要です。
教習生が減ったからといって、これらを同じ割合で減らせるわけではありません。
利用者が減少すると、1人の教習生から得られる収入に対する固定費負担が大きくなります。
特に地域の若者を中心に営業してきた小規模教習所は、商圏人口の減少を直接受けることになります。
経営が厳しくても投資は必要になる
さらに難しいのは、利用者が減っても設備投資を止められないことです。
教習車は定期的に更新しなければなりません。
校舎や教習コースも修繕が必要です。
高齢者講習を増やすのであれば、それに対応した設備や人材が必要になります。
外国人を受け入れるのであれば、多言語対応や宿泊施設などへの投資も考えなければなりません。
さらに予約、配車、教習記録などのデジタル化も必要になります。
売上が伸びにくい一方で、将来のための投資は増えていくという難しい経営環境です。
M&Aによって資金力を確保できる
こうした状況で選択肢になるのがM&Aです。
単独では必要な投資資金を確保できない教習所でも、大手企業や教習所グループの傘下に入れば投資余力が生まれる可能性があります。
参考になるのが、千葉県市原市のSBSドライビングスクール姉崎です。
経営は厳しい状況にありましたが、2019年に物流大手のSBSホールディングスの傘下に入りました。
その後、グループの資金力を活用して改革を進め、高齢者講習の地域拠点として指導員や教育設備への投資を増やしています。
現在では毎月400人強の高齢者が利用するとされています。
資本力のある企業グループに入ることで、新しい需要に対応できるようになった事例といえます。
外国人向け投資にも資金が必要になる
SBSドライビングスクール姉崎では、外国人利用者を意識した宿泊施設も新設しています。
食べ物の持ち込みを自由にする。
自炊できるようにする。
個室シャワーを設置する。
宗教上の戒律や入れ墨に対する意識の違いなどにも配慮しています。
外国人を受け入れる場合、日本人向けの施設をそのまま使えばよいとは限りません。
利用者の文化や生活習慣に合わせた設備が必要になります。
こうした投資も、経営規模が大きい方が実行しやすくなります。
ITシステムは共同化しやすい
M&Aには、IT投資を効率化できるメリットもあります。
教習所では教習生、指導員、教習車を効率的に組み合わせる必要があります。
予約や配車をデジタル化すれば、設備と人員を効率的に利用できます。
しかし、1校だけのためにシステムを開発したり導入したりすれば、1校当たりの負担は大きくなります。
複数の教習所を運営するグループであれば、同じシステムを複数校で利用できます。
システム開発費や運用費を分散することができます。
規模が大きくなることで、デジタル化の費用対効果も高まりやすくなるのです。
広告や集客も共同化できる
教習所の経営では、利用者を集めることも重要です。
かつては地域の高校生や大学生が自然に地元の教習所へ通ってくれたかもしれません。
しかし、若者が減る時代には待っているだけでは利用者を確保できません。
合宿免許で全国から学生を集める。
外国人利用者を獲得する。
企業向けの安全運転研修を受け入れる。
こうした営業活動が必要になります。
複数の教習所を運営するグループであれば、広告やウェブサイト、予約窓口などを共同化できます。
全国的な知名度を高めることも可能になります。
M&Aは単なる資金支援ではなく、集客力を高める手段にもなるのです。
物流会社が教習所を持つ意味もある
教習所のM&Aでは、同業者だけが買い手になるとは限りません。
物流会社にとってドライバーの確保と育成は重要な経営課題です。
自社グループに教習所があれば、運転技術や安全教育のノウハウを蓄積できます。
外国人ドライバーを育成する拠点として活用することも考えられます。
つまり教習所は、単独の教育事業としてだけではなく、人材育成インフラとして企業グループに組み込まれる可能性があります。
特にドライバー不足が続けば、物流、バス、タクシーなど運転人材を必要とする業界との連携が重要になるでしょう。
売却すれば必ず教習所が残るわけではない
ただし、M&Aが行われれば必ず教習所が存続するとは限りません。
特に都市部では教習所の土地そのものに大きな価値があります。
教習所を買収して事業を続けるより、土地を別の用途に転換した方が経済的に有利な場合もあります。
住宅や商業施設、高齢者施設などに利用する選択肢があります。
そのため教習所のM&Aを考えるときには、事業価値と不動産価値を分けて考える必要があります。
買収後も教習所として存続させる価値があるのか。
それとも土地を別用途に転換する方が価値が高いのか。
地域によって判断は大きく異なるでしょう。
地方では地域インフラを残すM&Aにもなる
地方では事情が違います。
近隣に代替となる教習所がなければ、閉校による地域への影響が大きくなります。
若者の免許取得だけではありません。
高齢者講習を受ける場所も失われます。
外国人ドライバーへの教育拠点もなくなる可能性があります。
こうした地域では、M&Aによって教習所を存続させること自体に社会的な意味があります。
買い手にとって十分な収益を確保できるかという問題はありますが、自治体や地域企業などとの連携を含めた新しい形が必要になる可能性があります。
教習所は単独経営からグループ経営へ向かう可能性
人口が増えていた時代には、それぞれの地域に独立した教習所があり、地元の若者を中心に経営するモデルが成立しました。
人口減少時代には、このモデルが難しくなります。
利用者が減る一方、IT、高齢者、外国人などへの投資が必要だからです。
そこで複数の教習所を1つのグループで運営し、システム、人材、広告、設備投資などを共有する形が合理的になります。
すべての教習所が独立して生き残るのではなく、拠点を集約しながらサービスを維持する方向へ進む可能性があります。
結論
自動車教習所業界では、今後M&Aが重要な選択肢になる可能性があります。
若者の減少によって教習生が減る一方、教習車の更新、施設整備、デジタル化、高齢者講習、外国人対応などへの投資は必要です。
特に小規模な教習所では、単独でこうした投資を続けることが難しくなる可能性があります。
大手企業や教習所グループの傘下に入れば、資金、ITシステム、人材、広告などを共有できます。
さらに物流会社などにとっては、教習所をドライバー育成拠点として活用する意味もあります。
これから起きる教習所の減少は、単純に約3校に1校が閉校するという形だけではないでしょう。
閉校する教習所。
大手グループに入る教習所。
高齢者教育へ軸足を移す教習所。
外国人ドライバー育成を強化する教習所。
さまざまな形に分かれていくと考えられます。
人口減少時代の教習所業界では、M&Aが事業を終わらせるための手段ではなく、地域の交通安全教育を残すための手段になる場合もありそうです。
参考
日本経済新聞 2026年9月28日 「車免許『要らない』 消えゆく教習所 若者の車離れ鮮明、シニアと外国人中心に」
日本経済新聞 2026年9月28日 「高齢者向け再教育の拡充を」