企業が商品を生産できても、それを顧客まで届けられなければ売上にはなりません。
原材料や部品についても同じです。仕入先が予定通り生産していても、道路や鉄道、港などが使えなくなれば自社の工場まで届きません。
企業活動は、物流という社会インフラによって支えられています。
気候変動によって豪雨、洪水、猛暑、干ばつなどの影響が広がるなか、工場や倉庫だけを守っても十分ではありません。
そこで重要になるのが「物流のBCP」です。
物流のBCPとは何か
BCPとは事業継続計画のことです。
災害などが発生した場合でも重要な業務を継続し、停止した場合にはできるだけ早く復旧させるための計画です。
物流のBCPでは、道路、鉄道、港、空港、倉庫などが使用できなくなった場合でも、原材料や商品を運ぶ方法をあらかじめ考えておきます。
重要なのは、災害が発生してから対応方法を考えるのではないことです。
平常時から「この輸送ルートが使えなくなったら、どうするのか」を準備しておくことが物流のBCPなのです。
道路が止まると何が起きるのか
国内物流の多くは道路を利用しています。
ところが、豪雨による土砂崩れや河川の氾濫などが発生すれば、高速道路や一般道路が通行できなくなる場合があります。
通常なら数時間で届く部品が、迂回によって大幅に遅れる可能性があります。
道路が完全に寸断されれば、トラックそのものが目的地へ到達できません。
在庫をほとんど持たない工場では、部品の到着が少し遅れただけでも生産に影響する可能性があります。
物流の問題は、そのまま生産の問題につながるのです。
代替輸送ルートを用意する
物流のBCPで基本となるのが、代替輸送ルートの確保です。
例えば、通常使用している高速道路が通行できなくなった場合に、別の道路を利用できるか確認しておきます。
陸上輸送が難しくなった場合には、鉄道や船舶を利用できる可能性もあります。
逆に、港が使用できなくなった場合には、別の港へ輸送先を変更する方法も考えられます。
1つの輸送手段やルートだけに依存しないことが重要です。
物流にもサプライチェーンと同じ「冗長性」が必要なのです。
港が止まれば海外調達にも影響する
海外から原材料や部品を調達する企業では、港湾の機能も重要です。
港が高潮や洪水などの被害を受ければ、船が到着していても荷物を陸揚げできない場合があります。
港そのものが利用できても、そこから工場へ向かう道路や鉄道が寸断されれば商品を運べません。
海外物流では、出発地、海上輸送、港、国内輸送という複数の段階があります。
そのどこか1つが止まっても、商品は目的地へ届きません。
物流のBCPでは輸送経路全体を見る必要があります。
倉庫を分散する意味
物流のBCPでは、倉庫の場所も重要になります。
商品を1つの大型物流センターへ集中させれば、在庫管理や配送を効率化できます。
しかし、その物流センターが洪水などで使用できなくなると、多くの商品を出荷できなくなる可能性があります。
そこで、在庫を複数の地域に分散して保管する方法があります。
東日本と西日本に物流拠点を設けるなど、地域を分けておけば、1つの拠点が停止しても別の拠点から出荷できる可能性があります。
ただし、倉庫を増やせば固定費や在庫管理の負担も増えます。
ここでも効率性とレジリエンスのバランスが重要になります。
物流会社も1社だけとは限らない
企業は自社で商品を運ぶだけでなく、物流会社へ輸送を委託することも多くあります。
この場合、物流会社のBCPも自社の事業継続に影響します。
例えば、委託している物流会社の営業所や車両が被災すれば、商品の輸送ができなくなる可能性があります。
重要な物流については、複数の物流会社を利用できるようにしたり、緊急時の対応方法を事前に確認したりすることも考えられます。
自社のBCPだけを整備しても、重要な委託先が動けなければ事業は続きません。
取引先を含めて物流の継続性を考える必要があります。
どの商品を優先して運ぶのか
災害時には、通常と同じ量の商品を運べないことがあります。
トラックや運転手が不足したり、道路が限定されたりするためです。
そこで重要になるのが優先順位です。
すべての商品を平常時と同じように配送しようとするのではなく、事業への影響が大きい商品から優先して輸送します。
顧客にとって代替できない商品。
契約上、供給を止めることが難しい商品。
社会インフラや生活に必要な商品。
こうした商品を事前に整理しておけば、限られた物流能力を重要なところへ集中できます。
物流のBCPは輸送手段だけではなく「何を優先するのか」を決める計画でもあるのです。
気候変動で物流リスクは世界に広がる
気候変動による物流への影響は、日本国内だけの問題ではありません。
海外では干ばつによる河川の水位低下が船舶輸送に影響することがあります。
河川は大量の原材料や製品を低コストで運ぶ重要な物流網です。
水位が下がれば船に積める荷物を減らさなければならず、輸送能力が低下します。
海外の物流網が混乱すれば、遠く離れた日本企業にも影響が及ぶ可能性があります。
企業は自社周辺の道路だけでなく、世界のどの物流網に依存しているのかを把握する必要があります。
物流をコストだけで判断しない
企業にとって物流費の削減は重要です。
倉庫を集約し、輸送会社を絞り込み、最も効率的な輸送ルートを利用すればコストを下げられます。
しかし、最も安い物流網が、災害時にも最も強いとは限りません。
代替ルートを確保する。
倉庫を一定程度分散する。
複数の物流会社と関係を持つ。
こうした取り組みには平常時のコストがかかります。
それでも、物流停止によって事業全体が止まる損失まで考えれば、必要な投資になる場合があります。
結論
物流のBCPとは、道路、鉄道、港、倉庫などが使用できなくなった場合でも、原材料や商品を運び続けるための仕組みを準備しておくことです。
企業がどれほど強い工場を持っていても、部品が届かなければ生産できません。
完成した商品を顧客へ届けられなければ売上にもなりません。
そのため、代替輸送ルート、複数の物流会社、倉庫の分散、優先して輸送する商品の決定などを平常時から考えておく必要があります。
これまで物流では、速さと安さが重要な競争力でした。
これからは、それに「止まりにくさ」という視点が加わります。
最も効率的な1本の物流網に依存するのではなく、その道が使えなくなったときの別の道を持っておく。
気候安全保障の時代には、商品を安く運ぶ力だけではなく、何か起きても運び続ける力が企業の競争力になっていくのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月25日 朝刊 「気候安全保障」時代の企業経営