第3号被保険者制度を縮小する議論では、働ける人にはできるだけ自分自身の勤務先で社会保険に加入してもらうという方向が示されています。
しかし、第3号被保険者になっている人の中には、働きたくても十分に働けない人がいます。
その代表的な事情の一つが家族の介護です。
高齢の親や配偶者などを介護するため、仕事を辞めた人。
勤務時間を短くした人。
正社員からパートへ働き方を変えた人。
こうした人まで、
第3号だから働き控えをしている
と考えることはできません。
介護は給与が支払われないことが多い一方、家族や社会を支える重要な活動です。
第3号被保険者制度を見直すのであれば、こうした無償の介護を社会保障制度の中でどのように扱うのかという問題を避けることはできません。
家族介護とは何か
介護が必要になった高齢者などを支えるのは、介護事業者だけではありません。
家族が大きな役割を担っている場合があります。
食事の準備があります。
買い物があります。
通院への付き添いがあります。
薬の管理があります。
介護サービス事業者との連絡や調整もあります。
離れて暮らす親であれば、定期的に実家へ通う必要がある場合もあります。
一つ一つを見ると短時間の作業に見えても、積み重なれば大きな時間的負担になります。
さらに、いつ何が起きるか分からないため、長時間勤務や残業が難しくなることもあります。
介護によって仕事を減らす人がいる
家族の介護が始まったからといって、すべての人が仕事を辞めるわけではありません。
介護サービスを利用しながら働き続ける人もいます。
一方で、仕事との両立が難しくなる人もいます。
フルタイム勤務から短時間勤務へ変更する。
残業の少ない仕事へ移る。
正社員からパートへ変わる。
場合によっては離職する。
このような働き方の変化によって収入が減り、会社員の配偶者の扶養に入って第3号被保険者になることがあります。
この場合、第3号になった原因は、
社会保険料を払いたくないから
ではありません。
介護という生活上の制約によって働き方を変えざるを得なかった結果なのです。
働き控えと介護による就業抑制は違う
例えば2人の第3号被保険者がいるとします。
Aさんは、もっと働くことができます。
しかし社会保険の扶養から外れることを避けるため、意図的に勤務時間を減らしています。
Bさんは、本当はもっと働きたいと思っています。
しかし高齢の親の介護があり、勤務時間を増やすことができません。
結果として2人の年収が同じだったとしても、その背景はまったく違います。
Aさんについては、年収の壁を見直せば働く時間が増える可能性があります。
Bさんについては、年収の壁をなくしても介護時間が減らない限り勤務時間を増やせません。
同じ短時間労働でも、必要な政策が違うのです。
介護は無償労働になりやすい
家族介護の特徴は、長時間の労働であっても通常は給与が支払われないことです。
例えば介護施設で介護職員が高齢者を介護すれば、それは仕事として賃金が支払われます。
しかし同じような支援を家族が家庭内で行っても、通常は賃金が発生しません。
経済統計上の所得には表れにくくても、実際には時間と労力を使っています。
もし家族が介護できなければ、その一部を介護サービスなどによって社会が支える必要があります。
つまり家族介護は、
収入を生まないから経済的価値がない
とはいえません。
社会保障制度を支える役割の一部を家庭が担っている面があります。
第3号を単純に廃止すると何が起こるのか
仮に第3号被保険者制度を単純に廃止し、働いていない人を第1号被保険者へ移したとします。
介護のために仕事を辞めた人も、第1号被保険者になる可能性があります。
第1号被保険者になれば、原則として自分で国民年金保険料を負担します。
しかし介護離職によって本人の収入がなくなっていれば、保険料負担は家計にとって重くなる可能性があります。
介護のため収入を失った。
そのうえ年金保険料の負担まで新たに発生する。
こうした状況になれば、介護を担う人に負担が集中することになります。
第3号制度改革では、この問題への対応が必要になります。
保険料免除だけで解決できるとは限らない
第1号被保険者には、所得などの一定の要件を満たした場合に国民年金保険料の免除や猶予を受けられる制度があります。
そのため、
介護で働けないなら免除制度を利用すればよい
という考え方もあります。
しかし、第3号制度と保険料免除制度は仕組みが違います。
第3号であった期間は、原則として保険料納付済期間として扱われます。
一方、保険料免除については免除の種類などによって将来の年金額への反映が異なります。
さらに、介護によって働けないことと低所得であることは同じではありません。
世帯全体では一定の所得があっても、介護を担う本人には収入がないというケースもあります。
介護という事情そのものを社会保障制度でどう評価するのかという問題が残ります。
会社員の配偶者だけを支援する公平性の問題
一方で、
介護する人を守るために第3号制度を残せばよい
とも単純にはいえません。
現在の第3号制度は、介護をしている人すべてを対象にしているわけではないからです。
会社員の夫に扶養されている妻が親の介護をしていれば、一定の条件を満たして第3号になることがあります。
しかし、自営業者の配偶者が同じように介護をしていても、原則として第1号被保険者です。
独身者が自分の親を介護するために離職しても、第3号にはなれません。
同じ介護をしているにもかかわらず、
配偶者が会社員か
独身か
自営業者世帯か
によって年金制度上の扱いが違います。
介護支援という観点から見ると、この違いには公平性の問題があります。
配偶者ではなく介護という事情を支援する考え方
そこで考えられるのが、配偶者という立場と介護支援を切り離す考え方です。
現在の第3号制度では、
第2号被保険者の一定の配偶者である
ことによって本人の直接の国民年金保険料負担がありません。
これを、
一定の介護を担っているため就業が難しい
という事情に対して支援する仕組みに変えるという考え方です。
そうすれば会社員の配偶者だけでなく、自営業者世帯や単身者などについても、一定の条件のもとで介護への配慮を考えることができます。
第3号制度を縮小するのであれば、現在第3号が結果的に担っている生活保障機能を、別の制度でどう補うのかが重要になります。
介護離職そのものを減らすことも重要
年金制度だけで介護問題を解決することはできません。
そもそも介護を理由に仕事を辞めなくてもよい環境を整えることが重要です。
介護サービスを利用しやすくする。
介護休業などの制度を利用しやすくする。
勤務時間を柔軟にする。
在宅勤務などを活用する。
家族だけに介護負担を集中させない。
こうした環境が整えば、介護を理由に離職して第3号になる人そのものを減らせる可能性があります。
第3号になった人をどう扱うかだけではなく、第3号にならずに働き続けられる仕組みを作る必要があります。
介護と仕事は長期間両立する場合がある
育児と介護には違いもあります。
育児では、子どもの成長に伴って必要な支援の内容が変化していきます。
一方、介護では期間を事前に予測することが難しい場合があります。
数カ月で終わることもあれば、何年も続くこともあります。
さらに介護される人の状態が変化すれば、必要な支援時間が急に増えることもあります。
そのため介護中の人に対して、
一定期間だけ支援すれば十分
とは限りません。
社会保障制度で介護への配慮を設ける場合には、こうした特徴も考える必要があります。
介護する側の老後にも影響する
介護による就業抑制は、現在の収入だけの問題ではありません。
仕事を辞めたり勤務時間を減らしたりすれば、その期間の給与が減ります。
厚生年金への加入期間や報酬にも影響する可能性があります。
長期間仕事から離れれば、その後の再就職や賃金にも影響することがあります。
つまり家族介護は、
現在の所得
だけでなく、
将来の年金
さらに、
生涯所得
にも影響する可能性があります。
介護を担った人自身が高齢になったときに、経済的に不利になる可能性があるのです。
厚労省が介護の実態を調べる意味
参考記事では、厚生労働省が第3号被保険者制度の見直しに向け、育児や介護などの背景も含めて実態を調査するとされています。
これは非常に重要な点です。
現在第3号になっている人が、
制度上のメリットを維持するために働く時間を抑えているのか
介護によって働くことができないのか
では、必要な政策が違うからです。
第3号制度を縮小したとき、
勤務時間を増やす人
第1号へ移る人
働けないまま新しい負担だけが生じる人
がそれぞれどの程度いるのかを把握する必要があります。
制度改革は人数だけではなく、その人たちが第3号になった理由まで見なければ設計できません。
第3号改革は家族介護を誰が支えるかという問題でもある
第3号被保険者制度は年金制度です。
しかし、その見直しを進めていくと、最終的には年金以外の問題につながります。
家族介護を家庭だけに任せるのか。
介護サービスによって社会全体で支えるのか。
介護のため働けない人の所得や年金をどう保障するのか。
企業は仕事と介護の両立をどこまで支援するのか。
これらを一緒に考える必要があります。
第3号制度だけを変更しても、介護そのものがなくなるわけではありません。
誰かが担わなければならない仕事だからです。
結論
介護中の第3号被保険者を考えるときには、制度上の働き控えと、介護によって働けない状態を区別する必要があります。
社会保険料負担を避けるために勤務時間を抑えている人であれば、年収の壁や第3号制度を見直すことで働く時間が増える可能性があります。
しかし家族介護によって勤務時間を増やせない人については、第3号制度を縮小しただけでは問題は解決しません。
むしろ第1号被保険者へ移して新しい保険料負担を求めれば、介護によって収入を失った人の負担がさらに増える可能性があります。
一方、介護への支援が必要だからといって、第3号制度をそのまま残すことが唯一の解決策でもありません。
現在の第3号制度は、介護をしているかではなく、第2号被保険者の一定の配偶者であることを基礎としているからです。
これから問われるのは、
会社員の配偶者だから支援する
という仕組みから、
育児や介護などによって働くことが難しい人を、その事情に応じて支援する
という仕組みへ転換できるかです。
家族介護は給与が支払われない無償労働であっても、社会を支える重要な活動です。
第3号被保険者制度の改革では、その価値を無視するのではなく、誰が介護を担っても社会保障上の大きな不利益を受けない仕組みを考える必要があるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 厚労省「年金3号」縮小へ調査 働き控えの実態把握