第3号被保険者制度をめぐっては、働き控えを生んでいるとして縮小を求める意見があります。
確かに、社会保険の扶養から外れないように勤務時間や収入を抑えている人がいるのであれば、制度が働き方に影響していると考えられます。
しかし、第3号被保険者になっている人が全員、
保険料を払いたくないから働いていない
わけではありません。
特に重要なのが育児中の人です。
乳幼児を育てているため、働きたくても十分な時間を確保できない人がいます。
保育サービスを利用できない人もいます。
子どもの病気や送迎などによって、長時間勤務が難しい家庭もあります。
こうした人と、社会保険の扶養を維持するため意図的に収入を抑えている人を同じように扱ってよいのでしょうか。
第3号制度を縮小する際には、「働けるのに働かない人」と「事情があって働けない人」を区別する視点が重要になります。
育児中だから第3号になるわけではない
まず確認しておきたいのは、第3号被保険者が育児支援制度ではないということです。
第3号被保険者になる基本的な条件は、厚生年金に加入する第2号被保険者に扶養される20歳以上60歳未満の一定の配偶者であることです。
育児をしていること自体が第3号になる条件ではありません。
子どもがいない専業主婦でも、要件を満たせば第3号になることがあります。
一方、乳幼児を育てている人でも、配偶者が自営業者であれば原則として第3号にはなりません。
つまり現在の第3号制度は、
育児をしているから支援する
という仕組みではなく、
第2号被保険者の一定の配偶者だから第3号になる
という仕組みです。
乳幼児がいると働く時間には制約が生まれる
乳幼児を育てながら働く場合、勤務時間を自由に増やせるとは限りません。
保育施設を利用できる時間があります。
保育施設までの送迎時間も必要です。
子どもが発熱すれば、仕事を休んだり早退したりする必要が生じることがあります。
保育施設から突然連絡が来ることもあります。
特に子どもが小さい時期には、予定どおり働けないことも珍しくありません。
そのため、
もっと収入を増やしたい
もっと長時間働きたい
と考えていても、現実には短時間勤務しか選べない人がいます。
この状態は、制度上の壁を意識して勤務時間を減らす働き控えとは性格が異なります。
働き控えと就業制約は分けて考える必要がある
例えば2人の第3号被保険者がいるとします。
Aさんは、もっと働く時間を増やすことができます。
しかし社会保険料負担が発生することを避けるため、意図的に勤務時間を抑えています。
Bさんは、もっと働きたいと思っています。
しかし乳幼児の育児があり、保育時間などの制約によって勤務時間を増やすことができません。
2人とも結果として短時間しか働いていません。
しかし理由はまったく違います。
Aさんについては、社会保険制度を見直すことで勤務時間が増える可能性があります。
Bさんについては、第3号制度を変更しただけでは勤務時間を増やせません。
必要なのは保育や仕事との両立支援です。
同じ第3号被保険者でも、必要な政策が違うのです。
第3号をなくせば育児中でも負担が生じる可能性がある
仮に第3号被保険者制度を単純に廃止し、現在の第3号被保険者を第1号被保険者へ移す仕組みにしたとします。
育児のために働いていない人にも、原則として国民年金保険料の負担が発生することになります。
本人に収入がなくても同じです。
これまで第3号であれば本人による直接の保険料負担なしで基礎年金につながっていた期間について、新たな負担が生じることになります。
もちろん、所得などによっては保険料免除などの制度を利用できる可能性があります。
しかし、
育児によって働くことが難しい
という事情と、
所得が低いため保険料を払うことが難しい
という事情は必ずしも同じではありません。
ここに制度設計の難しさがあります。
育児には社会全体にとっての意味がある
育児は家庭内で行われる活動ですが、社会全体とも深く関係しています。
子どもを育てるためには、多くの時間と労力が必要です。
その時間には通常、給与が支払われません。
しかし子どもは将来の社会を支える存在でもあります。
そのため、
働いて給与を得ている時間だけを社会的な活動として評価する
という考え方では、育児の役割を十分に捉えられません。
第3号制度を縮小する場合にも、
働いていないのだから保険料を払わせればよい
という議論だけでは不十分です。
育児によって就業が制約される期間を社会保障制度の中でどう扱うのかという問題が残ります。
会社員の配偶者だけを支援することにも疑問がある
一方で、育児への配慮が必要だから第3号制度をそのまま残すべきだとも言い切れません。
現在の第3号制度では、育児をしているかどうかではなく、配偶者が第2号被保険者かどうかが重要になります。
例えば会社員の夫に扶養されながら育児をしている妻は、一定の条件を満たせば第3号になれます。
しかし、自営業者の夫を持つ妻が同じように育児をしていても、原則として第1号被保険者です。
独身で子どもを育てる人も、第3号にはなれません。
同じ育児をしているのに、
配偶者がどの年金制度に入っているか
によって本人の年金保険料の扱いが変わります。
育児支援という観点から見れば、この違いも検討すべき問題です。
配偶者ではなく育児そのものを支援する考え方
そこで考えられるのが、
配偶者だから支援する
のではなく、
育児をしているから支援する
という方向です。
例えば一定の育児期間について、年金保険料や年金記録に特別な配慮を設ける方法が考えられます。
そうすれば、会社員の配偶者だけではなく、一定の条件を満たす育児中の人をより広く支援する制度設計も可能になります。
重要なのは、
第3号を残すかなくすか
という二者択一だけで考えないことです。
第3号が現在担っている役割を分解し、本当に支援が必要な部分を別の制度で支える方法も考えられます。
厚生年金には育児への配慮がすでにある
社会保険には、育児によって働けない期間への配慮という考え方がすでに存在します。
代表的なのが、厚生年金や健康保険に加入している人が育児休業を取得した場合の社会保険料免除です。
一定の要件を満たす育児休業期間については、本人と事業主の社会保険料が免除される仕組みがあります。
しかも厚生年金については、保険料が免除されていても将来の年金額を計算するうえで一定の扱いがなされます。
これは、
育児によって働けない期間について社会保障上の不利益をそのまま負わせない
という考え方です。
第3号制度の見直しでも、こうした発想が参考になります。
会社員として働き続けられる環境も重要
育児中の第3号被保険者を減らす方法は、保険料制度を変更することだけではありません。
出産後も会社員として働き続けられる環境を整えることも重要です。
保育サービスを利用しやすくする。
短時間勤務を利用できるようにする。
子どもの病気に対応しやすい休暇制度を整える。
在宅勤務や柔軟な勤務時間を活用する。
夫婦で育児を分担しやすくする。
こうした環境が整えば、
出産を機に仕事を辞めて第3号になる
という人そのものを減らせる可能性があります。
第3号になった後の制度をどうするかだけでなく、第3号にならなくても働き続けられる社会を作ることも重要です。
育児のための短時間勤務と働き控えは違う
同じ週20時間の勤務でも、その理由によって意味は違います。
社会保険の加入を避けるために20時間未満へ調整しているのであれば、制度による働き控えと考えることができます。
一方、保育施設の送迎や育児のために20時間しか働けないのであれば、社会保険制度を変えても勤務時間は増えないでしょう。
表面上の労働時間だけでは判断できません。
なぜその働き方を選んでいるのかを見る必要があります。
参考記事で厚生労働省が第3号被保険者になった理由や育児、介護などの事情を詳しく調べようとしているのは、この違いを把握するためです。
第3号縮小で最も重要なのは対象を分けること
第3号被保険者制度を縮小するときには、現在の第3号被保険者を一つの集団として扱わないことが重要です。
働いていて、さらに勤務時間を増やせる人。
育児によって働けない人。
介護によって働けない人。
本人や家族の事情で就業が難しい人。
それぞれ置かれている状況が違います。
働くことができる人については、厚生年金の適用を広げ、第2号被保険者へ移行してもらう方法があります。
一方、育児などによって働くことが難しい人には、別の支援策が必要になる可能性があります。
一律の制度から、事情に応じた制度へ変えられるかが重要になります。
公平性と子育て支援を両立できるか
第3号制度改革には2つの方向からの要求があります。
一つは公平性です。
独身者や共働き世帯、自営業者世帯との負担の違いを小さくしたいという考えです。
もう一つは生活保障です。
育児などによって働けない人を社会保障から取り残してはいけないという考えです。
どちらか一方だけを重視すると問題が生じます。
第3号をそのまま残せば、現在の負担の違いが続きます。
単純に廃止すれば、育児などで働けない人に新たな負担が集中する可能性があります。
公平性を高めながら、本当に支援が必要な人を支える制度へどう組み替えるかが問われます。
結論
育児中の第3号被保険者を考えるときには、「働き控え」と「働けない事情」を分けて考える必要があります。
社会保険料負担を避けるために意図的に勤務時間を抑えている人であれば、第3号制度や社会保険の壁を見直すことで働く時間が増える可能性があります。
しかし、乳幼児の育児によって勤務時間を増やせない人については、第3号制度を縮小しただけでは問題は解決しません。
むしろ第1号被保険者へ移して新たな保険料負担を求めれば、育児中の家計負担が増える可能性があります。
一方、育児への支援が必要だからといって、第3号制度をそのまま維持することだけが解決策でもありません。
現在の第3号制度は、育児そのものではなく、第2号被保険者の配偶者であることを基礎とした仕組みだからです。
これから重要になるのは、
会社員の配偶者だから支援する
という考え方から、
育児などによって働くことが難しい人を必要に応じて支援する
という考え方へ転換できるかです。
第3号被保険者制度の縮小は、単に保険料を負担する人を増やす改革ではありません。
働ける人には自分自身の社会保険への加入を広げながら、育児などによって働けない人には別の形で社会保障を用意する。
その両方を実現できるかどうかが、今後の制度改革の重要なポイントになるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 厚労省「年金3号」縮小へ調査 働き控えの実態把握