円建てステーブルコインでは、1コインを1円相当の価値に維持するため、発行額に対応する円などの裏付け資産を管理する仕組みが重要になります。
ここで一つの疑問が生まれます。
100億円分のステーブルコインが発行され、その裏側に100億円の預金や国債などが存在している場合、その100億円から生まれる利息は誰のものになるのでしょうか。
例えば裏付け資産100億円を年1%で運用できれば、単純計算では年間1億円の収益が生まれます。
利用者が100万円分のステーブルコインを持っているからといって、この収益がそのまま利用者へ支払われるとは限りません。
ステーブルコインのビジネスを理解するうえで重要なのが、この裏付け資産から生まれる収益です。
金利が上昇すると、ステーブルコインの発行や運営に関係する事業者の収益構造にも大きな影響を与える可能性があります。
裏付け資産から収益が生まれる
例えば100億円分のステーブルコインが発行されているとします。
その価値を支えるため、100億円相当の資産が管理されているとします。
この100億円を単に現金として保管するのではなく、制度上認められる範囲で預金や国債などとして管理すれば、利息などの収益が発生する場合があります。
仮に年1%なら年間1億円です。
年2%なら年間2億円です。
発行残高が1000億円なら、年1%でも単純計算で年間10億円になります。
つまりステーブルコインでは、発行残高が大きくなるほど、裏付け資産から生まれる運用収益も大きくなる可能性があります。
利用者が預けたお金なのか
ここで銀行預金と混同しやすくなります。
例えば銀行へ100万円を預ければ、普通預金や定期預金では預金者に利息が支払われることがあります。
そのため100万円分のステーブルコインを保有している人も、
裏付けとなる100万円から利息が生まれるなら、自分にも利息が付くのではないか
と考えるかもしれません。
しかしステーブルコインは銀行預金そのものではありません。
利用者が持っているのは、一定の条件で円などへ償還できるデジタル資産です。
裏付け資産から生じた収益が誰に帰属するかは、ステーブルコインの制度や契約、発行スキームによって決まります。
したがって、利用者がステーブルコインを保有しているというだけで、自動的に裏付け資産の利息を受け取れるわけではありません。
利用者に利息が付くとは限らない
例えば100万円分の円建てステーブルコインを1年間保有したとします。
1コイン1円が維持されていれば、1年後も基本的には100万円相当です。
100万円が101万円になるとは限りません。
銀行預金であれば、
元本100万円
利息1万円
合計101万円
ということがあり得ます。
一方、利息を付けないステーブルコインなら、
100万コイン
1年後も100万コイン
という状態です。
裏付け資産から収益が発生していても、それが利用者へ直接分配されない設計であれば、利用者の保有残高は増えません。
では利息はどこへ行くのか
裏付け資産から生じる収益の扱いは、発行スキームによって異なります。
ステーブルコインの発行や運営にはコストがかかります。
例えば、
システムの開発
ブロックチェーン関連のインフラ
本人確認
マネーロンダリング対策
サイバーセキュリティ
監査
資産管理
顧客対応
などです。
裏付け資産から生じる収益を、こうした費用や事業収益の原資として利用するモデルが考えられます。
つまり利用者から直接高い手数料を取らなくても、裏付け資産の運用収益によってサービスを維持できる可能性があります。
発行残高が増えると収益も増える
ステーブルコインのビジネスでは、発行残高が重要になります。
例えば裏付け資産から年1%の収益を得られると単純化して考えます。
発行残高10億円なら年間1000万円です。
発行残高100億円なら年間1億円です。
発行残高1000億円なら年間10億円です。
発行残高1兆円なら年間100億円です。
同じ金利でも発行残高が大きくなれば、収益額は大きくなります。
そのため利用者や企業にステーブルコインを広く保有してもらうことには、決済件数を増やすだけではない意味があります。
発行残高そのものが収益基盤になる可能性があるからです。
金利が上がると収益はどう変わるのか
金利上昇も重要です。
例えば1000億円の裏付け資産があるとします。
年0.1%なら、単純計算による年間収益は1億円です。
年1%なら10億円です。
年2%なら20億円です。
同じ1000億円でも金利によって収益が大きく変わります。
世界でドル建てステーブルコインの発行規模が拡大するなか、金利の高い環境では裏付け資産から得られる収益が大きくなる可能性があります。
これはステーブルコイン事業の収益性を考えるうえで重要なポイントです。
金利ゼロに近い世界では事情が違う
反対に金利がほぼゼロなら、裏付け資産から大きな利息収益を得ることは難しくなります。
例えば1000億円を運用しても金利が0.01%なら、単純計算で年間1000万円です。
システム運営や本人確認、セキュリティなどに多額の費用がかかる場合、それだけでは十分な収益にならないかもしれません。
その場合、
発行手数料
償還手数料
送金手数料
法人向けサービス利用料
関連金融サービス
など別の収益源が重要になります。
つまりステーブルコイン事業の収益モデルは、金利環境によっても変わる可能性があります。
銀行のビジネスと似ている部分もある
銀行も預金を集め、それを貸出や有価証券などで運用して収益を得ます。
例えば預金者へ年0.5%の金利を払い、貸出で年2%の金利を得れば、その差が収益の一部になります。
これを利ざやと考えることができます。
ステーブルコインでも、利用者が保有するデジタル資産の裏側にある資産から収益が生まれるという点では似た部分があります。
ただし銀行は預金を企業や個人への貸出などに利用する信用創造機能を持っています。
一方、ステーブルコインの裏付け資産は、利用者から償還請求が来たときに対応できるよう安全性や流動性を確保する必要があります。
したがって銀行と同じように自由に貸し出して高い収益を狙えるわけではありません。
高い利回りを狙うほどリスクも高くなる
裏付け資産から大きな収益を得たいなら、高い利回りの資産へ投資すればよいと思うかもしれません。
しかし高い利回りには通常、それに対応するリスクがあります。
例えば、
価格変動の大きな債券
信用力の低い企業の社債
長期の債券
流動性の低い資産
などへ投資すれば、収益率が高くなる可能性があります。
その一方で、価格下落や信用リスク、換金できないリスクが高まります。
ステーブルコインで最も重要なのは、利用者が求めたときに円などへ償還できることです。
そのため裏付け資産では、収益性だけでなく安全性と流動性が重要になります。
長期国債なら金利が高いという単純な話ではない
例えば短期国債の利回りが1%、長期国債の利回りが2%だとします。
収益だけを見れば長期国債を保有したほうが有利に見えます。
しかし長期国債は金利変動による価格変動が大きくなる傾向があります。
利用者から大量の償還請求が来て、満期前に売却する必要が生じた場合、市場価格が下落していれば損失が発生する可能性があります。
一方、短期資産なら満期までの期間が短く、現金化しやすいという特徴があります。
ステーブルコインの裏付けでは、
どれだけ利息を稼げるか
だけではなく、
必要なときに額面に近い価格で現金化できるか
が重要です。
利息を利用者へ還元すればよいのか
裏付け資産から年間2%の収益が生まれるなら、その2%を利用者へ配ればよいと考えることもできます。
例えば100万円分のステーブルコインを持っていれば年間2万円を受け取れる仕組みです。
しかし、ここには金融規制上の重要な論点があります。
単なる決済手段としてのステーブルコインと、資金を預けて利回りを得る金融商品では性格が異なります。
利用者へ一定の収益を約束する仕組みにすれば、預金や金融商品など他の規制との関係を検討する必要が出てきます。
そのためステーブルコインだから自由に利息を付けられるという単純な話ではありません。
ステーブルコインを持つだけで資産運用になるとは限らない
利用者の立場から見ると、この違いは重要です。
100万円の銀行預金。
100万円分の個人向け国債。
100万円分の円建てステーブルコイン。
どれも円ベースでは100万円ですが、収益の仕組みは違います。
銀行預金なら預金金利があります。
国債なら利子があります。
ステーブルコインは、保有しているだけでは利息が付かない場合があります。
そのためステーブルコインは基本的に、
資産を増やすための商品
というより、
価値をデジタル上で移転するための決済手段
として考える必要があります。
レンディングとは分けて考える必要がある
ステーブルコインを保有するだけでは利息が付かなくても、第三者へ貸し出して収益を得るサービスが存在する場合があります。
これがステーブルコインレンディングです。
例えば100万円分のステーブルコインを誰かへ貸し、その対価として年3%相当の収益を受け取るという仕組みです。
しかしこれは、
ステーブルコインそのものから利息が生まれている
のではありません。
ステーブルコインを第三者へ貸しているため、その貸付に対する収益を受け取っているのです。
銀行口座に置いているだけの預金金利とはリスク構造が異なります。
次回の記事では、このステーブルコインレンディングについて詳しく見ていきます。
結論
ステーブルコインの裏付け資産として預金や国債などが管理されている場合、その資産から利息などの収益が生まれる可能性があります。
例えば1000億円の裏付け資産を年1%で運用できれば、単純計算では年間10億円の収益になります。
しかし100万円分のステーブルコインを保有している利用者に、その収益がそのまま支払われるとは限りません。
ステーブルコインは銀行預金ではなく、裏付け資産から生まれる収益の帰属は発行スキームや契約によって決まります。
その収益がシステム運営や資産管理、セキュリティなどの費用に使われ、発行や運営に関係する事業者の収益源になるモデルも考えられます。
このためステーブルコイン事業では、
発行残高
裏付け資産の利回り
金利水準
資産管理コスト
が収益性を左右する重要な要素になります。
ただし、高い収益を得るために裏付け資産のリスクを高めれば、今度は1コイン1円という安定性を損なう可能性があります。
ステーブルコインでは、高い運用収益を得ることより、利用者が必要なときに確実に円へ戻せることのほうが重要です。
1コイン1円を支える大量の裏付け資産から生まれる利息を誰が受け取るのか。
この問題は、ステーブルコインが単なる決済技術ではなく、一つの大きな金融ビジネスになり得ることを理解する重要なポイントなのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月25日 朝刊 家・車もステーブルコイン