企業が将来の経営戦略を考える方法には、大きく分けて二つの考え方があります。
一つは現在を出発点として、その延長線上に将来を考える方法です。
もう一つは、2050年など将来のある時点で実現したい姿を先に描き、そこから逆算して現在何をするべきかを考える方法です。
後者をバックキャスティングといいます。
技術革新や気候変動、人口減少、地政学などによって経営環境が大きく変わる時代には、現在の延長線だけでは将来の姿を描きにくくなっています。
そこで、未来から現在を見るバックキャスティングという考え方が重要になります。
バックキャスティングとは何か
バックキャスティングとは、将来実現したい状態を最初に設定し、その状態から逆算して現在取るべき行動を考える方法です。
たとえば企業が2050年までに温暖化ガスの排出を実質ゼロにするとします。
現在の排出量を毎年少しずつ減らすだけでは、2050年に目標を達成できるとは限りません。
そこで、まず2050年に排出量が実質ゼロになっている企業の姿を考えます。
工場ではどのようなエネルギーを使っているのか。
物流はどうなっているのか。
原材料はどこから調達しているのか。
製品はどのような設計になっているのか。
その状態を描いたうえで、2040年には何を実現している必要があるのか、2030年には何を始めなければならないのかと逆算します。
これがバックキャスティングです。
フォアキャスティングとは何が違うのか
バックキャスティングと対になる考え方がフォアキャスティングです。
フォアキャスティングでは現在を出発点にします。
たとえば現在の売上が1000億円で、毎年3パーセントずつ成長すると仮定して将来の売上を計算します。
あるいは現在の温暖化ガス排出量を毎年5パーセントずつ削減した場合、2030年にはどこまで減るのかを計算します。
現在から未来へ向かって考える方法です。
一方、バックキャスティングでは順番が逆になります。
2050年にはこうなっていたいという将来像を先に設定し、その状態を実現するためには2040年、2030年、そして現在に何をする必要があるのかを考えます。
フォアキャスティングが現在から未来を見る方法なら、バックキャスティングは未来から現在を見る方法といえます。
なぜ現在の延長線だけでは足りないのか
経営環境が比較的安定している場合には、フォアキャスティングは有効です。
市場が毎年数パーセントずつ成長するのであれば、現在の事業を改善しながら成長させることができます。
しかし、産業構造そのものが変わる場合には問題があります。
たとえばガソリン車を生産している企業が、現在の燃費を毎年少しずつ改善するだけでは、電気自動車が中心になる世界に対応できない可能性があります。
人工知能についても同じです。
現在の業務を少しずつ効率化するだけでは、人工知能を前提として業務そのものを設計し直した競合企業に勝てなくなる可能性があります。
現在の延長線では到達できない未来があるのです。
その場合、一度現在の制約から離れて将来像を描く必要があります。
将来像から逆算して考える
バックキャスティングでは、まず到達したい将来像を具体的にします。
たとえば2050年に世界市場で競争できる企業になるというだけでは十分ではありません。
どの地域で事業を行っているのか。
どのような顧客に商品やサービスを提供しているのか。
売上のうち海外事業はどの程度を占めているのか。
人工知能はどの程度業務に組み込まれているのか。
どのような人材が働いているのか。
できるだけ具体的に考えます。
次に、その状態を実現するために必要な条件を洗い出します。
そして2050年から2040年、2035年、2030年と時間を現在へ戻しながら、各時点で達成しておくべき状態を決めます。
最終的に、現在何を始めなければならないのかが見えてきます。
設備投資との相性がよい
バックキャスティングが特に重要になるのが設備投資です。
工場、発電設備、物流施設、オフィスなどは長期間使用されます。
2026年に建設した工場が2050年にも稼働していることは十分考えられます。
そこで2050年の経営環境から逆算して現在の設備投資を考えます。
2050年に厳しい脱炭素規制が導入されているとすれば、現在建設する工場はその規制に対応できるでしょうか。
エネルギー価格が大きく変化した場合でも採算を維持できるでしょうか。
人工知能やロボットによる自動化が大幅に進んだ場合、現在の工場設計で対応できるでしょうか。
こうした視点を持たず、現在最も安い設備だけを選ぶと、将来大きな改修費用が必要になる可能性があります。
長期間使用する資産ほど、未来から逆算する考え方が重要になります。
将来使えなくなる設備を避ける
設備投資では、投資額を回収できる期間も重要です。
たとえば100億円の設備を建設して20年間使用する計画だったとします。
ところが10年後に規制が変わり、その設備が使えなくなれば投資を十分回収できません。
現在は収益を生み出す優良資産でも、将来の環境変化によって価値が大きく低下する可能性があります。
そのため投資判断では、現在の採算性だけではなく、その設備が将来の社会でも使えるのかを見る必要があります。
2050年から逆算して現在の投資を考えることは、将来の資産価値を守ることにもつながります。
新規事業にも利用できる
バックキャスティングは新規事業を考える場合にも利用できます。
通常、新規事業では現在存在する市場を調べます。
市場規模はどの程度なのか。
競合企業はどこなのか。
どの程度の利益率が期待できるのか。
もちろん、こうした分析も必要です。
しかし、将来大きく成長する事業は現在まだ市場が小さい場合があります。
そこで2050年の社会から考えます。
人口減少が進んだ社会では何が必要になるのか。
高齢者が増えた社会ではどのようなサービスが必要になるのか。
人工知能が社会のインフラになった場合、人間にはどのようなサービスが必要になるのか。
脱炭素社会ではどのような産業が成長するのか。
未来の需要から逆算することで、現在は小さいものの将来大きくなる可能性のある市場を考えることができます。
シナリオプランニングと組み合わせる
バックキャスティングには注意点もあります。
2050年の未来を一つに決めてしまうと、その前提が外れた場合に戦略も外れてしまいます。
そこで重要になるのが、前回取り上げたシナリオプランニングとの組み合わせです。
人工知能が急速に普及する未来。
世界経済がブロック化する未来。
脱炭素が急速に進む未来。
経済格差が拡大する未来。
複数の将来像を設定し、それぞれから現在へ逆算します。
すると、どの未来になっても必要になる投資と、特定の未来でだけ必要になる投資を分けることができます。
これによって不確実性の高い時代でも柔軟な経営戦略を作りやすくなります。
2050年を考えることは現在を考えること
2050年というと、企業経営には遠すぎるように感じるかもしれません。
しかし、企業が現在行っている投資の中には2050年まで影響を残すものがあります。
設備投資だけではありません。
研究開発、人材育成、ブランド構築、海外市場への進出なども長い時間を必要とします。
将来必要になってから始めても間に合わないものがあります。
だからこそ未来を先に考え、そこから現在へ戻ってくる必要があります。
バックキャスティングは未来を予言するための方法ではありません。
現在の意思決定を変えるために未来を利用する方法なのです。
結論
バックキャスティングとは、2050年など将来のある時点で実現したい姿を先に描き、そこから逆算して現在何をするべきかを考える方法です。
現在を出発点として将来を考えるフォアキャスティングとは、時間の方向が逆になります。
経営環境が安定している場合には現在の延長線から将来を考える方法でも対応できます。
しかし、人工知能、人口減少、地政学、脱炭素などによって産業構造そのものが変化する場合、現在の延長線だけでは十分ではありません。
特に工場など長期間使用する設備への投資では、2050年の社会でもその設備が競争力を持つのかを考える必要があります。
新規事業でも、現在の市場だけを見るのではなく、将来必要になる商品やサービスから逆算することで新しい事業機会を発見できる可能性があります。
未来は予測するだけのものではありません。
未来から現在を見直すことで、今日の設備投資、研究開発、人材育成、新規事業への判断を変えることができます。
2050年を考えることは、実は2050年のためだけではなく、今何をするべきかを考えるためなのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月25日 朝刊 企業経営は2050年見据えて