オンライン診療というと、自宅にいる患者と病院にいる医師がスマートフォンやパソコンの画面越しに話す姿を思い浮かべる人が多いでしょう。
しかし、オンライン診療には患者のそばに看護師が立ち会う方法があります。
医師は遠隔地にいて、患者のそばにいる看護師が医師の指示を受けながら診療を補助します。この方法はD to P with Nと呼ばれています。
医師がその場にいなくても、看護師と医療機器を組み合わせることで、通常のオンライン診療では難しい検査や処置などを行える可能性があります。
地方の医師不足が深刻になるなかで、限られた医師の診療能力を広い地域へ届ける方法として注目されています。
Dは医師、Pは患者、Nは看護師
D to P with Nという言葉は、それぞれの立場を英語の頭文字で表しています。
DはDoctor、つまり医師です。
PはPatient、つまり患者です。
NはNurse、つまり看護師です。
D to Pは医師から患者へのオンライン診療を意味します。
そこにwith Nが加わることで、患者のそばに看護師がいる診療形態になります。
通常のオンライン診療では、医師と患者の二者が中心です。
これに対してD to P with Nでは、
遠隔地にいる医師
患者
患者のそばにいる看護師
という三者で診療を進めます。
重要なのは、単に看護師がオンライン診療に同席しているだけではないことです。
看護師が患者の状態を確認し、医師の指示を受けながら必要な診療の補助を行うことで、遠隔診療の弱点を補います。
通常のオンライン診療とは何が違うのか
通常のオンライン診療には大きな制約があります。
医師が患者のそばにいないためです。
画面を通じて顔色や表情などを見ることはできます。
患者から症状を聞き取ることもできます。
しかし、医師自身が患者の胸に聴診器を当てたり、血圧や血中酸素飽和度を測ったりすることはできません。
患者自身が測定機器を持っていれば情報を得られる場合もありますが、家庭に医療機器がそろっているとは限りません。
D to P with Nでは、この距離の問題を看護師が補います。
患者のそばに看護師がいるため、患者の状態を専門的な視点から確認できます。
必要な医療機器が用意されていれば、その測定結果を離れた場所にいる医師へ伝えることもできます。
オンライン診療でありながら、対面診療に近い情報を医師が得られる可能性が高まるのです。
看護師は医師の代わりになるわけではない
ここで注意したいのは、D to P with Nによって看護師が医師の代わりになるわけではないことです。
診断や治療方針の決定など、医師が担うべき役割は医師が担当します。
看護師は、法律上認められた範囲で診療を補助します。
医師はオンラインで患者を診察し、必要な検査や処置などを判断します。
そのうえで患者のそばにいる看護師へ指示します。
つまり、
医師が判断する
看護師が現場で補助する
という役割分担です。
医師と看護師の仕事を置き換える仕組みではなく、それぞれの専門性を遠隔通信によって組み合わせる仕組みと考えると分かりやすいでしょう。
看護師ができる診療補助とは何か
D to P with Nでは、医師の指示のもとで看護師がさまざまな診療補助を担うことが想定されています。
例えば患者の血圧、体温、脈拍、血中酸素飽和度などを測定します。
電子聴診器を使えば、患者の心音や呼吸音を遠隔地にいる医師へ伝えることもできます。
医師が必要と判断すれば、法令などで認められた範囲において、看護師が検査、投薬、点滴、処置などの診療補助を行うことも考えられます。
厚生労働省のオンライン診療に関する基本的な考え方でも、患者のそばに看護師がいる形態が整理されています。
重要なのは、看護師が独自の判断で治療を行う仕組みではないという点です。
医師が患者を診察し、その判断と指示を受けて看護師が必要な行為を担います。
電子聴診器が医師の耳を患者のところまで届ける
D to P with Nと相性がよい医療機器の一つが電子聴診器です。
通常の聴診器では、医師が患者の胸や背中に直接聴診器を当てて心音や呼吸音を聞きます。
電子聴診器では、音をデジタルデータとして扱えます。
患者のそばにいる看護師が電子聴診器を当て、その音を離れた場所にいる医師へ送れば、医師は患者の近くにいなくても呼吸音などを確認できます。
今回参考にした岩国市医療センター医師会病院でも、看護師が立ち会うオンライン診療で電子聴診器や血中酸素飽和度などの情報が利用されています。
医師の目や耳をデジタル技術によって患者のいる場所まで延ばしているともいえます。
地方では医師の移動時間が大きな問題になる
D to P with Nが注目される最大の理由の一つが、地方の医師不足です。
人口の少ない地域では、すべての診療所や病院に十分な数の医師を配置することが難しくなっています。
特に夜間や休日は深刻です。
医師が診療所や地域を移動しながら患者を診察する方法もあります。
しかし、移動している時間には患者を診察できません。
片道一時間かかる地域へ往復すれば、それだけで二時間を使います。
そこで発想を変えます。
医師を移動させるのではなく、医師の診療能力を通信回線で移動させるのです。
患者のそばに看護師がいれば、医師自身が現地まで移動しなくても一定の診療を行える可能性があります。
一人の医師がより広い地域を支えられる
D to P with Nが普及すると、医師一人が担当できる地域の範囲が広がる可能性があります。
例えば医師が拠点病院にいながら、離れた地域にいる患者をオンラインで診察します。
患者のそばには地域の看護師がいます。
必要な検査や処置を看護師が補助します。
診察が終われば、医師は別の地域にいる患者をオンラインで診察できます。
医師が自動車などで地域間を移動する必要がなければ、その時間を診療に充てられます。
人口減少が進む地域では、すべての場所に医師を配置するという発想だけでは医療体制を維持することが難しくなります。
限られた医師を複数の地域で共有する仕組みが必要になってくるのです。
夜間救急との相性もよい
D to P with Nは夜間救急でも活用できます。
夜間にすべての診療科の医師を病院へ配置することは容易ではありません。
一方、夜間に病院を訪れる患者がすべて重症とは限りません。
発熱やせきなど、比較的軽症の患者もいます。
看護師が患者の状態を確認し、離れた場所にいる医師がオンラインで診察できれば、軽症患者への対応範囲を広げられる可能性があります。
その結果、高度な救急医療を担う病院は重症患者への対応に集中しやすくなります。
地域全体で患者を適切に振り分けるという意味でも、オンライン診療を活用する余地があります。
対面診療を完全に置き換えるものではない
もちろん、D to P with Nですべての患者を診察できるわけではありません。
医師自身による触診が必要な場合があります。
画像検査や手術などが必要になることもあります。
患者の状態が急変すれば、オンライン診療ではなく対面での救急対応が必要です。
したがって重要なのは、オンライン診療だけで医療を完結させることではありません。
オンラインで対応できる患者はオンラインで診察する。
必要な検査や処置は看護師が補助する。
オンラインでは対応できないと医師が判断した患者は、速やかに対面診療へ切り替える。
こうした役割分担が前提になります。
医師不足時代は医療従事者の組み合わせが重要になる
これまでの地域医療では、医師が患者のいる場所まで行くことが基本でした。
しかし、人口減少と高齢化が進むなかで、すべての地域に十分な数の医師を配置し続けることは難しくなっています。
そこで重要になるのが、医師、看護師、医療機器、通信技術を組み合わせる発想です。
医師にしかできない判断は医師が担います。
患者のそばでできることは看護師が担います。
距離の問題はオンライン技術で補います。
D to P with Nは、単なるオンライン診療の一種ではありません。
医療従事者の役割を組み合わせ、限られた医療資源を地域全体で有効活用する仕組みでもあるのです。
結論
D to P with Nとは、遠隔地にいる医師がオンラインで患者を診察し、患者のそばにいる看護師が医師の指示を受けながら診療を補助する仕組みです。
DはDoctor、PはPatient、NはNurseを意味します。
通常のオンライン診療では、医師が患者に直接触れられず、検査や処置に限界があります。
D to P with Nでは、患者のそばに看護師を配置することで、その弱点を補うことができます。
医師の指示に基づき、看護師が必要な測定や検査、投薬、点滴、処置などを補助できれば、オンラインで提供できる医療の範囲は広がります。
特に地方では、医師を一つ一つの地域へ移動させるのではなく、医師の診療能力をオンラインで届けることに大きな意味があります。
ただし、オンライン診療ですべての医療を代替できるわけではありません。
必要に応じて対面診療へ切り替えることが前提です。
人口減少によって医療人材が限られていく日本では、医師を増やすだけでなく、医師と看護師をどのように組み合わせるかが重要になります。
D to P with Nは、医師のいる場所と患者のいる場所を切り離すことで、地域医療を維持する新しい選択肢になりつつあります。
参考
日本経済新聞 2026年8月22日 朝刊 進化するオンライン診療 看護師立ち会い、検査や処置
日本経済新聞 2026年8月22日 朝刊 駅で受診可能に