インクルーシブゾーニングとは何か 民間開発に割安住宅を組み込む海外の住宅政策編

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住宅価格や家賃が高騰する大都市では、行政が公営住宅を建設するだけでは手ごろな住宅を十分に確保できない場合があります。そこで海外の都市で活用されているのがインクルーシブゾーニングという考え方です。民間のマンション開発などに一定割合のアフォーダブル住宅を組み込むことを求めたり、割安住宅を整備する代わりに容積率を緩和したりします。東京都が始めたアフォーダブル住宅への容積率緩和とも共通する部分があり、民間の開発利益を住宅政策へ還元する方法として注目できます。

インクルーシブゾーニングとは何か

インクルーシブゾーニングとは、民間の住宅開発などにアフォーダブル住宅を組み込む都市計画上の仕組みです。

英語ではインクルージョナリーゾーニングなどと呼ばれます。

基本的な発想は、民間事業者が一定規模の住宅開発を行う場合に、その一部を所得など一定の条件を満たす世帯が入居できる割安住宅として確保することです。

たとえば100戸のマンションを開発する場合、そのうち一定戸数を市場価格より低い家賃の住宅として提供するといった方法です。

行政自身が土地を取得して住宅を建てなくても、民間開発の中からアフォーダブル住宅を生み出すことができます。

ゾーニングとは何か

インクルーシブゾーニングを理解するには、まずゾーニングという言葉を知る必要があります。

ゾーニングとは、都市の土地利用について地域ごとにルールを設けることです。

住宅を中心とする地域。

商業施設を集める地域。

工場などを立地させる地域。

高層建築を認める地域。

低層住宅を中心とする地域。

このように都市を計画的に利用するため、建物の用途や規模などにルールを設けます。

日本の用途地域や容積率なども、広い意味ではゾーニングの考え方に含まれます。

インクルーシブゾーニングでは、この都市計画上のルールを住宅政策にも利用します。

なぜ民間開発に割安住宅を組み込むのか

大都市で土地価格が上昇すると、新しく供給される住宅も高額になりやすくなります。

新築マンションの価格が高くなれば、賃貸住宅の家賃にも影響します。

その結果、所得の高い人しか住めない地域が生まれる可能性があります。

教師、保育士、介護職、サービス業など地域を支える人が、勤務地の近くに住めなくなることも考えられます。

そこで、新しい住宅開発の一部を手ごろな住宅として確保します。

高額な住宅しか供給されない地域でも、さまざまな所得層が暮らせる環境を維持しようという考え方です。

開発事業者に義務付ける方式がある

インクルーシブゾーニングには、大きく考えると義務型と誘導型があります。

義務型では、一定規模以上の住宅開発を行う場合に、一定割合のアフォーダブル住宅を整備することを求めます。

たとえば開発する住宅の一部について、一定の所得以下の世帯が負担できる価格や家賃に設定します。

米国の一部の都市では、こうした仕組みが住宅政策として使われています。

代表的な事例の一つがニューヨーク市です。

ニューヨーク市の特定地域では、住宅供給を増やすために用途や建築密度を変更する際、新しい住宅開発の一部を恒久的なアフォーダブル住宅として確保する制度があります。

任意参加型の制度もある

すべてのインクルーシブゾーニングが義務型というわけではありません。

事業者が割安住宅を提供した場合に、追加の開発権を与える誘導型もあります。

たとえば通常より大きな建物を建てられるようにします。

事業者から見ると、アフォーダブル住宅部分では収入が少なくなります。

その代わり、追加で整備した市場価格の住宅などから収益を得ることができます。

公共貢献と開発利益を交換する考え方です。

ニューヨーク市でも、アフォーダブル住宅の整備などと引き換えに建築可能な床面積を増やす仕組みが利用されてきました。

容積率緩和との組み合わせ

インクルーシブゾーニングで重要なのが、容積率や建築密度との組み合わせです。

たとえば通常なら10000平方メートルまでしか建てられない土地があるとします。

ここでアフォーダブル住宅を一定量整備することを条件として、12000平方メートルまで建築できるようにします。

事業者は追加された2000平方メートルを住宅などとして利用できます。

そこで得られる収益によって、アフォーダブル住宅部分の家賃を低く設定する負担を補います。

行政が直接補助金を大量に投入しなくても、都市計画上の規制緩和によって民間資金を住宅政策へ誘導できます。

開発利益を住宅政策へ還元する

この制度を理解するうえで重要なのが開発利益です。

都市計画上の規制変更によって、より大きな建物を建設できるようになれば、その土地の経済的価値が高まる場合があります。

その利益をすべて土地所有者や開発事業者だけが受け取るのではなく、一部を地域社会へ還元します。

その方法の一つがアフォーダブル住宅です。

行政が与えた追加の開発余地によって生まれる経済価値の一部を、手ごろな住宅の供給に振り向けます。

この考え方は、東京都が進めている容積率緩和とも非常によく似ています。

東京都の政策との共通点

東京都はアフォーダブル住宅を整備する開発について、公共貢献を評価して容積率を緩和できる仕組みを導入しています。

参考記事では、周辺相場の8割以下に家賃を抑えた住宅を整備すると、その床面積に応じて容積率を上乗せする考え方が紹介されています。

民間事業者にとっては、

アフォーダブル住宅を整備する

その代わり追加床を得る

追加床から収益を得る

という仕組みになります。

この基本的な発想は、海外で利用される誘導型のインクルーシブゾーニングと共通しています。

住宅政策と都市計画を一体的に考えている点が特徴です。

東京都の制度は義務型とは異なる

一方、違いもあります。

海外のインクルーシブゾーニングには、対象となる開発にアフォーダブル住宅の整備を義務付ける制度があります。

ニューヨーク市のMandatory Inclusionary Housingでは、対象となる再開発地域などの一定規模を超える住宅開発に恒久的なアフォーダブル住宅の確保を求めています。

東京都の今回の仕組みは、民間事業者に一律に割安住宅を義務付けるというより、公共貢献に応じて容積率を緩和し、事業者の参加を促す考え方です。

つまり海外の制度をそのまま導入しているわけではありません。

東京の都市開発制度の中で、アフォーダブル住宅を増やす仕組みをつくろうとしています。

義務化には強みがある

義務型のインクルーシブゾーニングには大きなメリットがあります。

対象となる開発が増えれば、それに応じてアフォーダブル住宅も一定程度増やすことができます。

高級住宅ばかりが建設される地域でも、一定割合の割安住宅を確保できます。

さらに同じ建物や地域に異なる所得層が暮らすことで、所得による居住地域の分離を防ぐ効果も期待できます。

アフォーダブル住宅を特定の地域だけに集めるのではなく、都市のさまざまな場所へ組み込むことができます。

義務を重くしすぎると開発が減る可能性もある

一方、制度設計を誤ると別の問題が起こります。

アフォーダブル住宅の割合を高くしすぎたり、家賃を低く設定しすぎたりすると、住宅開発の採算が取れなくなる可能性があります。

事業者が開発そのものを見送れば、一般住宅もアフォーダブル住宅も供給されません。

土地所有者が開発用地を市場に出さなくなる可能性もあります。

したがって、

何割を割安住宅にするのか

どの所得層を対象にするのか

どの程度の家賃にするのか

どれだけ容積率を緩和するのか

という設計が非常に重要です。

公共性を高めながら、民間開発を止めないバランスが求められます。

誰にとってのアフォーダブルなのか

インクルーシブゾーニングでは、アフォーダブルという言葉の定義も重要です。

単に市場価格より安いだけでは、所得の低い世帯には依然として高すぎる場合があります。

そこで海外では、地域の所得水準などを基準として入居対象や家賃上限を決める制度があります。

ニューヨーク市の制度でも地域の所得水準を基に対象所得や家賃が設定されています。

ここは東京都の相場の8割以下という考え方との大きな違いです。

市場家賃を基準にするのか。

世帯所得を基準にするのか。

どちらを採用するかによって、支援される世帯は変わります。

相場の8割なら本当に手ごろなのか

東京都のアフォーダブル住宅を考えるときにも同じ問題があります。

たとえば周辺家賃が月25万円なら、その8割は20万円です。

市場相場より5万円安いため確かに割安です。

しかし年収によっては月20万円でも十分高い家賃です。

つまり、

市場価格より安い

ことと、

家計にとって負担可能

であることは同じではありません。

インクルーシブゾーニングの海外事例を見ることで、日本でも誰にとってのアフォーダブル住宅なのかを考える必要があります。

長期間の家賃制限も重要になる

アフォーダブル住宅を整備しても、数年後に市場家賃へ戻ってしまえば供給効果は一時的です。

そこで海外の制度では、長期間あるいは恒久的な価格制限を求める場合があります。

ニューヨーク市のMandatory Inclusionary Housingでは、対象住宅を恒久的なアフォーダブル住宅として確保する仕組みが採られています。

制度を評価するときには、

何戸つくったか

だけではなく、

何年間アフォーダブルなのか

を見ることも重要です。

住宅政策は数十年単位で考える必要があります。

所得の異なる人が同じ地域で暮らす意味

インクルーシブゾーニングには、住宅戸数を増やすこと以外の目的もあります。

それが所得階層の混在です。

住宅価格が極端に高い地域では高所得世帯だけが残り、低い地域には低所得世帯が集中する可能性があります。

すると、

教育

雇用

交通

生活環境

などの格差が地域ごと固定されることがあります。

一つの地域にさまざまな所得層が暮らせる住宅を確保することは、都市の社会的な分断を防ぐという意味も持っています。

東京でも住宅と都市開発を一緒に考える時代へ

東京都のアフォーダブル住宅政策は、まだ発展途上です。

しかし容積率緩和を使って民間開発に割安住宅を組み込む考え方は、海外のインクルーシブゾーニングと共通しています。

東京では土地価格が高く、行政が土地を購入して公的住宅を大量建設することには限界があります。

だからこそ、

容積率

再開発

都有地

官民ファンド

民間マンション

など、都市が持つさまざまな資源を住宅政策に利用する必要があります。

都市開発によって生まれる利益を、住宅費負担の軽減にどう還元するのかが重要なテーマになります。

結論

インクルーシブゾーニングとは、民間の住宅開発にアフォーダブル住宅を組み込む都市計画上の仕組みです。

一定割合の割安住宅を義務付ける方式や、割安住宅を整備する代わりに容積率などを緩和する方式があります。

ポイントは、民間の開発利益を住宅政策へ還元することです。

行政がすべての住宅を建設するのではなく、都市計画のルールを利用して民間事業者にもアフォーダブル住宅を供給してもらいます。

東京都が進める容積率緩和にも同じ発想が見られます。

一方、海外には一定の開発へ割安住宅を義務付けたり、所得水準を基準に家賃を決めたり、長期間にわたって価格制限を維持したりする制度があります。

東京都の制度が今後拡大すれば、単に相場より安い住宅を何戸つくるかだけではなく、誰が入居できるのか、どこまで家賃を抑えるのか、何年間維持するのかという議論も重要になるでしょう。

都市開発で生まれる経済的な価値を、一部の開発利益だけで終わらせず、手ごろな住まいという社会的価値へ変える。

インクルーシブゾーニングは、住宅価格の高騰する大都市で官民がどのように住宅問題を解決するのかを考えるうえで重要な政策手法です。

参考

日本経済新聞 2026年8月8日朝刊 アフォーダブル住宅 都、民間呼び込む政策次々 オフィス改修に補助金 都有地活用も検討

ニューヨーク市住宅保存開発局 Inclusionary Housing Program

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