企業が数百億円、数千億円という規模の自社株買いを実施するとき、通常の株式市場で少しずつ買う方法だけが選択肢ではありません。
東京証券取引所には、大量の自己株式を短時間で取得するために利用される仕組みがあります。
ToSTNeT3です。
ToSTNeT3は、東京証券取引所の立会外取引の一つで、自己株式の取得を目的とした取引に利用されます。
通常の市場で大量の買い注文を出せば株価を押し上げてしまう可能性があります。一方、ToSTNeT3を利用すれば、あらかじめ決められた価格で大量の株式をまとめて取得することができます。
セブンアンドアイがASRによって約4000億円の自社株を短期間で取得できた背景にも、この仕組みがあります。
立会外取引とは何か
東京証券取引所では、通常の株式売買が行われる市場とは別に立会外取引の仕組みがあります。
通常の取引では、投資家から出された買い注文と売り注文が取引所の市場でぶつかり、株価が形成されます。
買いたい人が多くなれば株価が上がり、売りたい人が多くなれば株価が下がります。
これに対して立会外取引では、通常の売買とは別の仕組みを利用して取引します。
ToSTNeTは東京証券取引所の立会外取引システムで、取引の目的などによって複数の種類があります。
その中で自己株式取得に利用されるものがToSTNeT3です。
ToSTNeT3は何のための制度なのか
上場企業が自社株買いを実施する場合、市場から株式を取得する方法があります。
しかし大量の株式を短期間で買おうとすると問題が生じます。
例えば企業が1000億円規模の自社株買いを発表し、通常の市場で一気に買い注文を出したとします。
大きな買い需要が発生するため、株価が上昇する可能性があります。
株価が上昇すれば、企業は予定していた株式数を取得するために、より多くの資金を使わなければなりません。
さらに通常の市場では、必要な数量の売り注文が出てくるとは限りません。
ToSTNeT3を利用すれば、一定の価格で売却したい株主からまとまった株式を取得できるため、大規模な自己株式取得を短期間で実施しやすくなります。
通常の市場買付けとは何が違うのか
通常の市場買付けでは、企業は一定期間をかけて自社株を取得します。
例えば取得期間を数カ月間とし、その期間内で市場の状況を見ながら少しずつ買います。
この方法なら一日の市場取引に与える影響を抑えながら自社株を取得できます。
しかし、企業が特定の日までに大量の自己株式を必要としている場合には適していないことがあります。
一方、ToSTNeT3では、企業が取得する株式数や取得総額の上限などを事前に公表し、取引を実施します。
大量の株式を短時間で取得できることが大きな特徴です。
通常の市場買付けが時間をかけた自社株買いだとすれば、ToSTNeT3はまとまった株式を一度に取得するための仕組みと考えると分かりやすくなります。
取引価格はどのように決まるのか
ToSTNeT3では、企業が好きな価格を自由に決めて自社株を買うわけではありません。
一般的には、取引日の前営業日の終値などを基準とした価格で取引が行われます。
この点は非常に重要です。
もし会社と特定株主が自由に価格を決められるのであれば、特定の株主だけが有利な価格で会社に株式を売却できる可能性があります。
市場価格を基準に取引することで、価格の公平性を確保する仕組みになっています。
また、大量の株式が一度に売買されても、その取引自体によって通常市場の株価が直接上下する仕組みではありません。
そのため、大規模な自己株式取得との相性がよいのです。
企業はなぜToSTNeT3を利用するのか
企業がToSTNeT3を利用する代表的な理由は、大量の自己株式を短期間で取得できることです。
例えば大株主が保有株式を売却したい場合があります。
その株式が通常の市場で大量に売却されれば、株価が大きく下落する可能性があります。
そこで会社が自社株買いとしてその株式を取得すれば、大量売却による市場への影響を抑えられる場合があります。
また、株主還元として大規模な自社株買いを実施するときにも利用できます。
さらに今回のセブンアンドアイのように、資本政策上の理由から短期間で大量の自己株式を確保する必要がある場合にも有効です。
ToSTNeT3は単なる株主還元の仕組みではなく、企業の資本政策を実行するための手段として利用されています。
一般株主も売却できるのか
ToSTNeT3による自己株式取得では、特定の大株主だけが売却できる仕組みとは限りません。
企業が自己株式取得を公表した後、条件を満たせば一般の株主も証券会社を通じて売却注文を出せる場合があります。
ただし、通常の株式市場で売却する場合とは手続きが異なります。
利用している証券会社がToSTNeT3による売却注文を取り扱っている必要があります。
また、企業が取得予定としている株式数を上回る売却注文が出れば、すべての株式を売却できるとは限りません。
逆に売却注文が十分に集まらなければ、企業が予定していた数量の自社株を取得できない場合もあります。
この点が通常のToSTNeT3による自社株買いの一つの課題です。
売り注文が足りない場合がある
企業が1000万株を取得したいと考えていても、ToSTNeT3で1000万株の売り注文が出るとは限りません。
株主がその価格では売りたくないと考えれば、注文は集まりません。
特に企業が非常に大量の自己株式を短期間で必要としている場合、この問題は大きくなります。
ここでASRの仕組みが重要になります。
ASRでは、証券会社などがあらかじめ借株によって大量の株式を確保します。
そして、その株式をToSTNeT3を通じて企業へ売却します。
企業側から見ると、一般株主から大量の売り注文が出てくるのを待たなくても、証券会社からまとまった株式を取得できます。
ToSTNeT3と借株を組み合わせることで、大規模な自社株取得の確実性を高められるわけです。
セブンアンドアイはなぜToSTNeT3を使ったのか
セブンアンドアイは、ソフトバンク、PayPay、三井住友カードとの資本提携のため、大量の自己株式を短期間で確保する必要がありました。
3社に割り当てる株式は合計約1億4492万株です。
これは自己株式を除いた発行済み株式の約6パーセントに相当します。
これだけの株式を通常の市場で短期間に取得しようとすれば、株価を大きく押し上げる可能性があります。
そこでASRを利用し、SMBC日興証券が借株などによって用意した株式をToSTNeT3で取得しました。
セブンアンドアイは2026年8月3日に約1億8966万株を約4000億円で取得しています。
必要な株式を短期間でまとめて確保できたからこそ、その後の第三者割当てにつなげることができます。
ToSTNeT3だけでASRが完結するわけではない
今回の取引を理解するうえでは、ToSTNeT3とASRを同じものと考えないことが重要です。
ToSTNeT3は、あくまで自己株式を取得するために利用される立会外取引の仕組みです。
ASRは、それより広い一連の取引です。
証券会社が株式を借りる
ToSTNeT3で会社へ株式を売却する
証券会社がその後、市場で株式を段階的に買い戻す
借りた株式を返却する
市場での平均的な買付価格などを基準として最終的な調整を行う
という流れになります。
つまりToSTNeT3は、ASRという一連の仕組みの入口部分を支える取引手段の一つと考えると分かりやすくなります。
大量売買でも市場への影響がなくなるわけではない
ToSTNeT3を使えば、最初の大量取得によって通常市場の株価を直接大きく動かすことを避けやすくなります。
ただし、株式市場への影響が完全になくなるわけではありません。
特にASRの場合、最初に株式を会社へ渡した証券会社は、借株を返却するため、その後市場で株式を買い付けます。
つまり、最初の大規模な取引は立会外で行われても、その後の市場では買い需要が発生します。
その買付価格が上昇するのか下落するのかによって、ASRの最終的な精算内容も変わります。
そこで重要になるのが、売買高加重平均価格であるVWAPです。
今回のスキームを理解するには、ToSTNeT3だけでなく、その後の市場買付けとVWAPによる価格調整まで見る必要があります。
結論
ToSTNeT3とは、東京証券取引所の立会外取引の一つで、上場企業が自己株式を取得するときに利用される仕組みです。
通常の市場で大量の自社株を一気に買えば、株価を押し上げたり、十分な数量を取得できなかったりする可能性があります。
ToSTNeT3では、市場価格を基準とした価格で大量の株式をまとめて取得できるため、大規模な自社株買いに利用されています。
一般株主が証券会社を通じて売却できる場合もありますが、企業が希望するだけの売り注文が必ず集まるわけではありません。
そこでASRでは、証券会社が借株によって大量の株式をあらかじめ確保し、ToSTNeT3を通じて企業へ売却する方法が利用されます。
セブンアンドアイが約4000億円という大規模な自社株を短期間で取得できたのも、ASRとToSTNeT3を組み合わせたからです。
ToSTNeT3は表面的には株式を一度に売買する制度ですが、企業側から見れば、株主還元だけでなく資本提携や企業再編まで支える資本政策の重要な道具になっています。
参考
日本経済新聞 2026年8月15日朝刊 ファイナンス新潮流 セブン、資本提携に新手法