ふるさと納税は、地方自治体への寄付制度という枠を超え、1兆円を超える巨大市場へ成長しました。
2025年度の全国の寄付額は1兆3314億円となり、過去最高を更新しています。
しかし、これまでと同じ勢いで市場が拡大しているわけではありません。
2025年度の伸び率は前年度比4.6%にとどまりました。2020年度以降は10%を超える伸びが続いていただけに、成長速度は明らかに鈍化しています。
さらに日本経済新聞の調査では、2026年度の寄付額について回答した市区の69%が「減少する」「どちらかと言えば減少する」とみています。
ふるさと納税は、拡大を続ける市場から成熟市場へ移ろうとしているのでしょうか。
ふるさと納税は1兆円を超える市場になった
ふるさと納税が始まった当初は、現在ほど巨大な制度ではありませんでした。
しかし、返礼品が充実し、インターネットの仲介サイトが普及すると利用者が急速に増えました。
全国の返礼品を検索し、オンラインで申し込みや決済までできるようになったことで、制度利用のハードルが大きく下がったからです。
さらに、実質2000円の自己負担で返礼品を受け取れるという仕組みが広く知られるようになりました。
こうして寄付額は拡大を続け、2025年度には1兆3314億円に達しました。
もはや一部の人だけが利用する制度ではなく、自治体、地域企業、仲介サイト、物流会社などを巻き込む巨大な経済圏になっています。
なぜこれまで急成長できたのか
ふるさと納税が急成長した背景には、複数の要因があります。
まず大きかったのが返礼品です。
肉、魚介類、米、果物などの食品だけでなく、家電、日用品、旅行関連サービスなど、返礼品の種類は大きく広がりました。
寄付者から見れば、税金の一部の行き先を選びながら返礼品を受け取れることになります。
次に仲介サイトの普及です。
多数の自治体や返礼品を一つのサイトで比較できるようになったことで、利用者の利便性は飛躍的に向上しました。
さらにワンストップ特例制度などによって、一定の給与所得者であれば確定申告をせずに控除を受けられる仕組みも整いました。
制度の利便性と経済的な魅力が組み合わさり、市場を急拡大させてきたのです。
2025年度に成長率が4.6%まで鈍化
ところが、2025年度には変化が表れました。
寄付額そのものは過去最高でしたが、前年度からの伸び率は4.6%でした。
2020年度以降続いていた10%超の成長から大きく減速しています。
市場が大きくなれば、同じ高い成長率を維持することが難しくなるのは自然です。
例えば5000億円の市場を10%増やすには500億円の増加で済みます。
しかし1兆3000億円の市場を10%増やすには1300億円程度の増加が必要になります。
市場規模が大きくなるほど、高成長を維持するために必要な新規需要も大きくなるわけです。
ポイント禁止も転機になった
成長鈍化の要因として注目されるのが、2025年10月から実施された仲介サイトによるポイント付与の禁止です。
それ以前は、寄付者が返礼品に加えて仲介サイトなどからポイントを受け取れるケースがありました。
寄付者から見ると、
税控除
返礼品
ポイント
という複数のメリットを得られる仕組みになっていたわけです。
ポイント付与が禁止されれば、このうち一つがなくなります。
日本経済新聞の調査でも、ポイント禁止による2025年度寄付額への影響について、「減少」「どちらかと言えば減少」と回答した市区は合計42%となり、増加方向の22%を上回りました。
ポイント禁止は、ふるさと納税市場の成長を支えてきた競争の一つを終わらせたといえます。
次に経費規制の強化が始まる
さらに2026年度以降は、募集経費を巡る規制が強化されます。
自治体に残る寄附金活用可能額を段階的に増やし、最終的には寄付額の60%以上を地域のために活用できるようにする方向です。
制度本来の目的から考えれば、地域に残る財源が増えることには合理性があります。
しかし、寄付者から見ると別の影響が出る可能性があります。
自治体が経費を削減するために返礼品の内容を見直したり、同じ返礼品を受け取るために必要な寄付額を引き上げたりすれば、返礼品の「お得さ」は低下します。
制度全体として効率化が進む一方、寄付者を引きつけてきた経済的な魅力が弱くなる可能性があるのです。
地場産品基準の厳格化も返礼品を減らす可能性
2026年10月からは地場産品基準も厳格化されます。
地域内の製造や加工によって製品価値の過半が生じている返礼品について、その根拠となる証明がより厳格に求められます。
制度の適正化という点では必要な改革です。
しかし、証明作業の負担や企業秘密への懸念から、返礼品事業者が撤退する可能性があります。
実際、日本経済新聞の記事では、甲信越地方のある市で主力返礼品を扱う事業者2社が撤退した事例が紹介されています。
人気返礼品が減れば、その自治体だけでなく、ふるさと納税市場全体の魅力にも影響する可能性があります。
自治体の約7割が2026年度の減少を予想
こうした状況を象徴しているのが自治体の見通しです。
日本経済新聞が全国815市区を対象に実施したアンケートには617市区が回答しました。
2026年度の寄付額への影響について、69%が「減少する」「どちらかと言えば減少する」と回答しています。
自治体自身が、これまでのような市場拡大は難しくなるとみているわけです。
もちろん、これは予測であり、実際に全国の寄付総額が減少すると決まったわけではありません。
しかし、制度を運営する自治体の約7割が減少方向を見ていることは、大きな変化といえるでしょう。
市場縮小と成長鈍化は違う
ここで区別したいのが「市場縮小」と「成長鈍化」です。
2025年度は寄付額が4.6%増えているため、市場は縮小していません。
拡大を続けています。
ただし、その伸びる速度が大幅に低下しています。
今後、
前年比プラス5%
プラス2%
横ばい
マイナス
と推移すれば、成長市場から成熟市場、さらに縮小市場へ移ることになります。
現在は、その転換点に差しかかっている可能性があります。
市場が成熟すると自治体間競争は厳しくなる
市場全体が毎年大きく成長している時期には、多くの自治体が寄付額を増やすことができます。
例えば市場全体が20%拡大していれば、他の自治体から寄付を奪わなくても、自分の自治体の寄付額が増える余地があります。
しかし、市場全体が横ばいになれば状況は変わります。
ある自治体の寄付額が増えるということは、別の自治体への寄付が減る可能性が高くなります。
つまり、成長市場ではなく「限られた寄付を奪い合う市場」へ変わります。
自治体間競争はむしろ激しくなる可能性があります。
人気返礼品への依存度が高い自治体ほどリスクがある
成熟市場では、特定の人気返礼品に依存している自治体のリスクも大きくなります。
返礼品事業者が撤退する。
原材料価格が上昇する。
地場産品基準を満たせなくなる。
必要寄付額を引き上げる。
こうした変化によって主力返礼品の競争力が低下すれば、寄付額が急減する可能性があります。
市場全体が急成長している時代なら、別の返礼品による成長で補えることもあります。
しかし成熟市場では、失った寄付を取り戻すことが難しくなります。
自治体にとって、返礼品の種類を分散し、特定商品への依存を減らすことも重要になるでしょう。
返礼品以外の競争力が問われる
市場が成熟すれば、返礼品だけで差別化することにも限界が出てきます。
そこで重要になるのが自治体そのものの魅力です。
寄付金を何に使うのか。
寄付によって地域がどう変わったのか。
どのような課題を解決しようとしているのか。
寄付者にどのような形で成果を伝えるのか。
こうした情報が重要になります。
返礼品の比較だけではなく、「この自治体を応援したい」と思ってもらえるかどうかが寄付先選びを左右するようになれば、ふるさと納税の性格も大きく変わります。
縮小は必ずしも制度の失敗ではない
ふるさと納税市場が今後縮小したとしても、それだけで制度改革が失敗したとは限りません。
例えば寄付総額が1兆3000億円から1兆2000億円へ減ったとしても、経費率が大幅に下がり、自治体に実際に残る金額が増えれば、制度としての効率性は改善している可能性があります。
重要なのは寄付総額だけではありません。
寄付者がいくら寄付したのか。
そのうち経費はいくらだったのか。
自治体にいくら残ったのか。
地域企業にどの程度の経済効果があったのか。
こうした複数の指標から制度を評価する必要があります。
市場規模を最大化することと、地方自治体に残る財源を最大化することは必ずしも同じではないのです。
結論
ふるさと納税は、2025年度に1兆3314億円という過去最高の寄付額を記録しました。
一方、前年度比の伸び率は4.6%まで低下し、2020年度以降続いてきた10%超の高成長には明確な変化が表れています。
2025年10月のポイント付与禁止に続き、2026年度以降は経費規制や地場産品基準も厳しくなります。
日本経済新聞の調査では、市区の69%が2026年度の寄付額を減少方向に予想しています。
ふるさと納税は、高成長を続ける市場から成熟市場へ移りつつある可能性があります。
しかし、本当に重要なのは市場が何%成長するかだけではありません。
寄付額が多少減少しても、経費が減り、地域に残る財源が増えれば制度の効率性は高まります。
反対に、寄付額が増えても、その大部分が返礼品や募集経費に使われるのであれば、制度本来の目的からは問題が残ります。
1兆円市場となったふるさと納税は、これから「どこまで大きくなるか」を競う段階から、「地域にどれだけ価値を残せるか」を問う段階へ移っていくのかもしれません。
参考
日本経済新聞 2026年8月14日 朝刊 ふるさと納税26年度 市区7割が「減少」の見方