日本で生まれた企業なら、東京証券取引所へ上場する。
かつてはそれが自然な選択と考えられていました。
しかし企業活動が世界規模になり、投資マネーも国境を越えて動く現在では、日本企業が必ず日本の証券取引所を上場先に選ぶとは限りません。
特にテクノロジー企業や成長企業にとって、米国のナスダックなどへ直接上場することが現実的な選択肢になっています。
企業にとって上場は、単に株式を公開するための手続きではありません。
誰から資金を集めるのか。
どのような企業と比較して評価してもらうのか。
世界でどのような企業になりたいのか。
上場市場の選択そのものが経営戦略になっています。
企業は自国で上場する必要はない
株式会社が上場する場合、自国の証券取引所を選ばなければならないという原則があるわけではありません。
一定の上場基準や法規制などを満たせば、海外の証券取引所への上場も選択肢になります。
日本企業であっても、米国市場を上場先として選ぶことができます。
企業がどこへ上場するかを考える際に重要なのは、本社がどこにあるかだけではありません。
どこに投資家がいるのか。
どこで資金を調達しやすいのか。
どこなら自社の成長性を評価してもらえるのか。
こうした観点から市場を選びます。
ナスダックには成長企業が集まる
ナスダックは世界を代表する株式市場の一つです。
特にテクノロジー企業や成長企業が多数上場していることで知られています。
世界的なIT企業や半導体企業などが集まっているため、ナスダックには成長企業へ積極的に投資する投資家も集まります。
これは新興企業にとって重要です。
創業から間もない企業の場合、現在の利益だけを見れば企業価値を十分に説明できないことがあります。
現在は利益が小さくても、将来巨大な市場を獲得できる可能性があります。
こうした成長性を評価することに慣れた投資家が多い市場は、成長企業にとって魅力的です。
世界の投資家から資金を集められる
米国市場へ上場する大きな理由の一つが、世界中の投資家へアクセスできることです。
米国市場には米国の個人投資家だけでなく、世界中の機関投資家が参加しています。
年金基金
投資信託
ヘッジファンド
政府系ファンド
保険会社
など、巨大な資金を運用する投資家が集まっています。
企業が大規模な成長投資を必要としている場合、こうした巨大な資本市場へアクセスできることには大きな意味があります。
研究開発や海外展開、企業買収などに必要な資金を世界から集められる可能性があるからです。
上場は一度だけの資金調達ではない
IPOでは新しい株式などを投資家へ販売し、企業が資金を調達できます。
しかし上場の意味はIPO時の資金調達だけではありません。
上場後にも追加で株式を発行して資金を調達することがあります。
転換社債などを利用することもあります。
株式を企業買収の対価として利用することもできます。
さらに従業員へ株式報酬を提供することも可能です。
株式市場から高い評価を得られれば、その株式自体が企業の成長を支える重要な経営資源になります。
だからこそ、どの市場で株価を形成してもらうのかが重要なのです。
企業価値の評価が違う可能性がある
企業が上場市場を選ぶ際には、どの程度の企業価値で評価してもらえるかも重要です。
例えば急成長しているテクノロジー企業の場合、現在の利益だけではなく、
将来の市場規模
売上高の成長率
利用者数
技術力
事業の拡張可能性
などを重視して評価されることがあります。
同じようなビジネスモデルの企業が多数上場している市場なら、投資家も比較しやすくなります。
そのため企業側が、自社の成長性をより適切に評価してもらえる市場として米国を選ぶことがあります。
高い株価評価は成長戦略にも影響する
株式市場から高い評価を受けることには、単に経営者や既存株主の資産価値が増える以上の意味があります。
例えば企業買収を考えてみます。
自社株を買収対価として利用する場合、自社株の評価額が高い企業ほど少ない株式発行で大きな買収を行いやすくなります。
株式報酬を使って優秀な人材を採用する場合にも、株式市場から高く評価されている企業には有利な面があります。
株価評価は、
資金調達力
企業買収力
人材獲得力
にもつながります。
どの市場で評価されるかは、企業の競争力そのものに影響する可能性があります。
世界企業としての知名度を高める効果もある
米国市場への上場には、企業の知名度を高める効果も期待できます。
米国の主要市場へ上場すれば、世界中の投資家や金融機関から注目される可能性があります。
アナリストによる調査対象となったり、海外メディアに取り上げられたりする機会も増えます。
海外で事業を拡大しようとしている企業にとって、株式市場での知名度向上が事業面にもプラスに働くことがあります。
上場市場は資金調達の場所であると同時に、企業の世界的な信用やブランドを形成する場所でもあるのです。
米国上場には大きな負担もある
もちろん米国市場へ上場すればすべてが有利になるわけではありません。
米国市場では厳しい情報開示や内部統制などへの対応が求められます。
英語による情報発信も必要です。
法律、会計、監査などへの対応コストも発生します。
投資家から業績について厳しく評価されることもあります。
企業によっては、日本市場へ上場する方が費用と効果のバランスが優れている場合もあります。
海外上場は、それだけで企業価値を高める魔法の仕組みではありません。
日本市場との違いは投資家層にもある
東京証券取引所にも国内外の多数の機関投資家が参加しています。
世界的な日本企業も数多く上場しています。
したがって、日本市場では資金調達できないから米国へ行くという単純な話ではありません。
重要なのは企業と投資家の組み合わせです。
日本国内を主要市場とする成熟企業なら、東証が適している場合があります。
一方、世界市場を最初から狙うテクノロジー企業なら、世界中の成長株投資家が集まる市場を選ぶ合理性があります。
企業ごとに最適な上場市場は異なります。
成長企業の海外上場は日本市場にとって問題になる
日本企業が海外市場を選ぶ自由は当然あります。
しかし日本経済全体から見ると、成長企業が相次いで海外市場へ上場することには別の問題があります。
将来巨大企業になる可能性のある会社が海外市場へ上場すれば、その企業の株式取引は主として海外市場で行われます。
企業が成長して時価総額が大きくなれば、その成長によって生まれる市場の厚みも海外の証券取引所へ蓄積されます。
そして魅力的な企業が集まる市場には、さらに投資家が集まります。
投資家が集まれば、次の成長企業もその市場を選びたくなります。
こうして市場間の格差が拡大する可能性があります。
日本市場の空洞化とは何か
日本企業が海外市場へ上場する。
日本の投資家が海外株へ資金を振り向ける。
この二つが同時に進むと、日本の資本市場の空洞化という問題につながります。
企業は海外へ行き、投資資金も海外へ行く。
そうなれば日本市場で成長企業と投資家を結びつける機能が弱くなる可能性があります。
政府が資産運用立国を掲げて家計資金を投資へ動かしても、その資金が海外企業へ向かい、日本の成長企業まで海外市場へ向かえば、国内資本市場の強化にはつながりません。
資産運用立国と資本市場改革は一体で考える必要があります。
米国株23時間取引が市場間競争をさらに強める
米国株の23時間取引は、この競争をさらに激しくする可能性があります。
これまでは米国株へ投資するには時差という不便さがありました。
日本時間の昼間には東京市場が開き、米国株の通常取引は夜間でした。
23時間取引が普及すれば、日本の投資家は昼間にも米国株をリアルタイムで売買できます。
米国市場へ上場する企業にとっては、アジアの投資家へアクセスしやすくなることを意味します。
世界中の時間帯から投資資金を集められる市場になれば、米国市場の上場先としての魅力がさらに高まる可能性があります。
東証にも上場する理由が求められる
投資家が世界の市場を選べるのであれば、企業も世界の市場を選びます。
だからこそ東京証券取引所にも、
なぜ東京へ上場するのか
という理由が必要になります。
上場しやすいだけでは十分ではありません。
豊富な投資資金が存在する。
成長企業を適切に評価する投資家がいる。
株式の流動性が高い。
世界中の投資家へ情報が届く。
上場後も企業の成長を支えられる。
こうした市場をつくることが必要です。
日本の成長企業を国内に縛りつけるのではなく、自ら東京市場を選びたくなる環境を整えることが重要になります。
結論
日本企業が米国市場、とりわけナスダックなどへの上場を選ぶ背景には、世界中の投資家から資金を集められることや、成長企業を評価する投資家層が厚いことがあります。
上場市場の選択は、単なる株式の売買場所の選択ではありません。
資金調達、企業価値評価、企業買収、人材獲得、世界的な知名度など、企業の成長戦略そのものに関係します。
一方、米国上場には情報開示や内部統制など大きな負担もあり、すべての日本企業に適しているわけではありません。
問題は、日本の成長企業が国内市場より海外市場の方が自社を成長させやすいと考えるケースが増えることです。
さらに日本の投資家まで海外株へ資金を振り向ければ、企業と投資資金の双方が海外へ向かう可能性があります。
米国株の23時間取引によって市場の国境がさらに薄くなれば、企業にとっても投資家にとっても市場選択の自由は広がります。
そのとき問われるのは、日本企業を日本市場へ引き留めることではありません。
世界中に上場市場の選択肢があるなかで、それでも東京市場を選びたいと思わせられるかどうかです。
企業が国境を越えて上場市場を選ぶ時代は、証券取引所そのものが企業から選別される時代でもあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月13日朝刊「米国株を日本の昼間も売買 ネット証券5社、23時間取引に対応」
日本経済新聞 2026年8月13日朝刊「米国株の23時間取引 テック株への関心高く」