高齢者の医療費を誰が、どこまで負担するのか。この問題がいよいよ避けて通れない段階に入ってきました。
日本経済新聞と日経メディカルオンラインの共同調査によると、現役世代と同じ3割負担となる高齢者を増やす方針について、医師の64%が賛成またはどちらかと言えば賛成と回答しました。
さらに、医療保険制度の持続可能性に危機感を感じている医師は78%に達しています。
一方で、負担を増やせば低所得の高齢者が受診を控え、必要な治療まで受けなくなる可能性があります。
問題は単純に高齢者の自己負担を増やせば解決するものではありません。
高齢者医療、小児医療、高額医薬品、現役世代の保険料、そして社会保障を支える税財源まで含めて、日本の医療保険制度そのものを再設計する議論が必要になっています。
高齢者だから負担が軽いという制度
現在の医療費の窓口負担は、原則として現役世代が3割です。
一方、70歳から74歳は原則2割、75歳以上は原則1割となっています。
ただし、所得によって負担割合は変わります。
70歳以上でも現役並み所得があれば3割、75歳以上でも一定以上の所得があれば2割です。
つまり現在の制度には、所得による負担能力だけではなく、年齢によって負担を軽くする仕組みが組み込まれています。
この考え方そのものを見直そうという議論が出てきています。
自民党と日本維新の会がまとめた社会保障改革の骨子でも、年齢によらない公平な応能負担を実現する観点から見直す方向性が示されています。
重要なのは応能負担という考え方です。
応能負担とは、年齢ではなく経済的な負担能力に応じて負担してもらう考え方です。
75歳だから一律に1割という発想ではなく、所得などの負担能力が高ければ相応の負担を求めるという方向です。
医師の64%が負担拡大に賛成
今回の調査で注目されるのは、実際に医療現場で患者と接している医師の多くが高齢者の負担拡大に賛成していることです。
現役世代と同じ3割負担となる高齢者を増やすことについて、64%が賛成またはどちらかと言えば賛成と回答しました。
病院勤務医では68%に達しています。
一方、診療所開業医では50%でした。
同じ医師でも立場によって温度差があります。
賛成理由として最も多かったのが、医療保険制度の持続可能性を高めるためという回答で61%でした。
次いで世代間の負担の公平性が52%、現役世代の社会保険料負担の軽減が42%となっています。
単なる患者負担増ではなく、医療制度を将来まで維持するための改革として捉えている医師が多いことが分かります。
医療費は48兆円を超えた
背景には膨張を続ける医療費があります。
2024年度の国民医療費は推計48.8兆円となり、4年連続で過去最高となりました。
高齢化が進めば医療を利用する人は増えます。
さらに、新しい医薬品や医療技術の登場によって一人当たりの医療費が高くなる可能性もあります。
こうした状況について、調査では医師の78%が医療保険制度の持続可能性に危機感を感じていると回答しています。
感じていないと回答した医師は8%でした。
医療費の増加を保険料と税金だけで吸収し続ければ、現役世代や将来世代の負担が重くなります。
そのため患者の窓口負担についても聖域にできなくなっているのです。
高齢者の3割負担を増やせば現役世代は楽になるのか
ここには制度上の難しい問題があります。
一般的には、高齢者の窓口負担を増やせば保険給付が減るため、現役世代の負担も軽くなるように思えます。
しかし後期高齢者医療制度には複雑な財源構造があります。
75歳以上の1割、2割負担者の給付費には公費が投入されています。
ところが3割負担者の給付費には、現在の仕組みでは同じ形で公費が投入されていません。
75歳以上が支払う保険料と現役世代の保険料からの支援金によって賄われています。
そのため、単純に3割負担者を増やすだけでは、制度設計によっては現役世代の保険料負担軽減につながらない可能性があります。
窓口負担だけを変更するのではなく、公費の投入方法まで同時に見直す必要があります。
今回の調査でも、3割負担者にも公費を投入すべきとの回答が30%、投入する必要はないとの回答が32%となり、意見はほぼ二分しています。
高齢者の窓口負担問題は、実は医療保険の財源構造そのものの問題なのです。
最大の問題は受診控え
もちろん負担を増やせばよいという単純な話ではありません。
3割負担拡大に反対した医師が挙げた最大の理由は、低所得高齢者への影響でした。
反対した医師の51%がこれを選んでいます。
さらに36%が受診控えによる病状悪化を懸念しています。
窓口負担が高くなれば、患者が医療機関へ行く回数を減らす可能性があります。
不要不急の受診が減るのであれば医療費の適正化につながります。
しかし、必要な受診まで減ってしまえば話は違います。
病気の発見が遅れ、結果的に重症化すれば、本人の健康だけでなく医療費にも悪影響を与える可能性があります。
今回の調査でも、負担増による受診控えや治療中断について48%の医師が懸念すると回答しています。
特に診療所開業医では64%に達しました。
患者の日常的な診療に接している医師ほど、受診控えを警戒している点は重要です。
過去にも負担増は何度も先送りされた
高齢者の窓口負担見直しは新しい問題ではありません。
2006年の健康保険法改正では、当時1割だった70歳から74歳の負担を2008年度から2割へ引き上げることが決まりました。
ところが施行直前に政治判断で凍結されました。
その後6年間にわたり、国が毎年度約2000億円を予算計上して負担増を抑えました。
最終的に段階的な引き上げが行われ、完全施行は2018年度までずれ込みました。
75歳以上の一部を1割から2割へ引き上げた2022年10月の改革でも、急激な負担増を抑えるため3年間の配慮措置が設けられました。
医療費の自己負担は有権者にとって非常に分かりやすい負担です。
そのため制度改革の必要性が認識されても、政治的には先送りされやすいテーマです。
しかし先送りしても医療費そのものが消えるわけではありません。
保険料、公費、国債など別の形で誰かが負担することになります。
小児医療の無償化にも見直し論
今回の調査で興味深いのは、高齢者だけが対象になっているわけではないことです。
自治体による小児医療費助成についても、医師の52%が何らかの見直しを求めました。
一定の少額負担を求めるべきとの回答が33%、所得制限を設けるべきが11%、本来の負担割合を支払うべきが8%でした。
2025年4月時点では、およそ76%の市区町村が小児の通院について自己負担を求めていません。
子育て支援として医療費無償化には大きな意味があります。
一方で自己負担が完全になくなれば、医療サービスを利用する際の費用意識が薄くなるという問題もあります。
ここでも重要になるのは、必要な医療へのアクセスを守りながら過剰な受診をどう抑えるかというバランスです。
高額医薬品という新しい問題
さらに医療保険制度を圧迫する可能性があるのが医療技術の高度化です。
現在では1回の投与で数千万円、場合によっては数億円となる医薬品も登場しています。
患者にとっては、これまで治療できなかった病気を治療できる可能性が広がる大きな進歩です。
しかし公的医療保険で広くカバーすれば、その費用は社会全体で負担することになります。
今回の調査では、費用対効果が低い治療は保険適用すべきではないと回答した医師が46%に達しました。
一部の高額医療について保険適用に年齢制限を設けるべきとの回答も21%ありました。
医療技術が進歩すればするほど、何を公的保険で保障するのかという難しい選択を迫られることになります。
医療費ゼロは本当に公平なのか
高齢者、小児、生活保護受給者などについて自己負担を軽くする制度には、それぞれ政策的な理由があります。
問題は自己負担が少なければ少ないほど良いのかという点です。
医療サービスには当然コストがあります。
窓口で患者が支払わなくても、医療費がゼロになるわけではありません。
保険料か税金、あるいは国債によって誰かが負担しています。
だからこそ、無料という言葉には注意が必要です。
利用者にとって無料であっても、社会全体では無料ではありません。
必要な人が必要な医療を受けられる仕組みを守りながら、負担能力のある人には一定の負担を求める。
今後はこの考え方がより重要になるでしょう。
消費税減税とも無関係ではない
医療制度を考える際には、税制も切り離せません。
社会保障給付は2026年度予算ベースで144兆円規模となり、その財源は保険料だけでは賄われていません。
国や地方による公費が大きな役割を担っています。
そして消費税は社会保障を支える重要な財源として位置付けられています。
政府は2027年4月から2年間、食料品の消費税率を1%へ引き下げる方針を決定しました。
物価高対策として家計を支援する効果がある一方、税収が減れば社会保障財源との関係を考えなければなりません。
今回の医師調査でも食品消費税減税への賛成が41%、反対が37%と意見が割れました。
高齢者の窓口負担を議論する一方で、社会保障を支える税収を減らす。
この二つの政策を別々に議論するのではなく、日本の社会保障を誰がどのように支えるのかという一つの問題として考える必要があります。
年齢から負担能力へ
これからの医療制度改革で大きな論点になるのは、年齢を基準とした制度から負担能力を基準とした制度への転換ではないでしょうか。
同じ75歳でも経済状況は大きく異なります。
十分な所得や資産を持つ人もいれば、年金だけで生活している人もいます。
一方、現役世代でも住宅費や教育費など大きな負担を抱えている家庭があります。
年齢だけで高齢者は弱者、現役世代は負担能力があると区分することは、社会の実態に合わなくなりつつあります。
だからこそ所得などを踏まえた応能負担の考え方が重要になります。
ただし所得だけでなく資産をどこまで考慮するのかという新たな問題も生じます。
医療保険制度改革は、単なる窓口負担割合の変更から、世代間と世代内の公平性をどう実現するかという段階へ進みつつあります。
結論
医師の64%が高齢者の3割負担拡大に賛成し、78%が医療保険制度の持続可能性に危機感を持っているという結果は重く受け止める必要があります。
日本の医療制度は、誰もが必要な医療を受けられる国民皆保険という大きな財産を築いてきました。
だからこそ、その制度を将来まで維持できる仕組みに変えていかなければなりません。
高齢者の窓口負担を増やすだけでは十分ではありません。
低所得者への配慮、受診控えへの対策、後期高齢者医療への公費投入、高額医薬品の費用対効果、小児医療費助成、現役世代の保険料負担、そして消費税を含む社会保障財源まで一体的に考える必要があります。
医療費は窓口で支払わなければ消えるわけではありません。
誰かが保険料で払い、誰かが税金で払い、それでも足りなければ将来世代につながる国債で負担します。
これから問われるのは、高齢者対現役世代という単純な世代間対立ではありません。
必要な医療へのアクセスを守りながら、負担できる人には年齢にかかわらず相応の負担を求める。
そして限られた財源を、本当に必要な医療へ重点的に配分する。
医療保険制度の持続可能性を守るには、年齢を基準とした負担から、負担能力と医療の必要性をより重視する制度へ転換できるかが重要な課題になりそうです。
参考
日本経済新聞 高齢者医療費の窓口負担拡大、医師の6割「賛成」 持続可能性に危機感8割 日経メディカルと調査
日本経済新聞 自治体の小児助成、縮小を 医師の過半が求める 日経メディカルと調査 76%の市区町村で無料
日本経済新聞 食品消費減税の賛否二分 社会保障の財源 賛成41%、反対37%
日本経済新聞 過剰な医療、政策で防げ