株式を売買できる場所が増えることは、投資家にとって選択肢が広がるというメリットがあります。東京証券取引所に加えてPTSやダークプールなどが利用できれば、より有利な価格や長い取引時間を選べる可能性があります。
一方で、取引場所が増えると注文が複数の市場に分かれます。これを「市場の分断」と呼びます。
市場間競争を促すうえで複数市場の存在は重要ですが、分断が進みすぎると流動性や価格形成、市場監視にさまざまな問題が生じる可能性があります。
市場の分断とは何か
市場の分断とは、同じ株式の売買注文が複数の取引場所に分かれて存在する状態です。
例えば、ある企業の株式について、
東証に買い注文
PTSに売り注文
別のPTSに買い注文
ダークプールに売り注文
が存在するとします。
本来であれば一つの市場に集まっていた注文が、複数の市場に分散している状態です。
市場の分断は、複数市場が競争することで自然に生じます。
流動性が分散する
市場の分断で最も大きな問題の一つが、流動性の分散です。
流動性とは、株式を希望する価格に近い水準で、必要な数量だけ売買しやすい状態を指します。
例えば一つの市場に100万株の買い注文と100万株の売り注文が集まっていれば、多くの取引が成立しやすくなります。
しかしその注文が4つの市場に分かれれば、それぞれの市場に存在する注文量は少なくなる可能性があります。
すると一つの市場だけを見た場合、売買相手を見つけにくくなることがあります。
注文の厚みが見えにくくなる
株式市場では、板に並んでいる注文数量も重要な情報です。
例えば、
1000円に大量の買い注文
1001円に少量の売り注文
があれば、投資家は需要の強さを判断する材料にできます。
しかし注文が複数市場へ分散すると、一つの市場だけを見ても市場全体の需給を把握できなくなります。
東証の板だけを見ると買い注文が少なくても、PTSには大量の買い注文が存在しているかもしれません。
市場が分断されるほど、投資家が市場全体の需給を把握するのは難しくなります。
市場ごとに価格が違うことがある
市場の分断によって、同じ株式でも異なる価格が提示されることがあります。
例えば、
東証の最良売り気配が1000円
PTS Aが999円80銭
PTS Bが999円70銭
だったとします。
同じ株式なのに、取引場所によって価格が異なっています。
こうした価格差そのものは市場間競争の結果でもあります。
しかし投資家がすべての市場を確認できなければ、より有利な価格を逃してしまう可能性があります。
そこで重要になるのがSORです。
SORが市場をつなぐ
SORは、複数の市場の価格や注文数量などを比較して、より有利な市場へ注文を振り分ける仕組みです。
市場が分断されても、SORが適切に機能すれば複数市場を事実上一つの市場のように利用できます。
例えば1000株の買い注文について、
PTS Aで300株
PTS Bで200株
東証で500株
というように注文を分割することもできます。
市場の分断が進むほど、こうした市場横断的な注文処理の重要性が高まります。
価格発見機能への影響
株式市場には「価格発見機能」があります。
多くの投資家が売買注文を出し、その需給がぶつかることで適正な株価が形成されていく仕組みです。
ところが注文が複数市場へ分散すると、一つの市場に集まる情報量が減る可能性があります。
特にダークプールのように注文情報が事前に公開されない取引が増えれば、公開市場の板からは市場全体の需要と供給が見えにくくなります。
結果として、公開市場が担う価格発見機能が弱まるのではないかという議論があります。
どの市場の価格が基準になるのか
市場が一つなら、その市場で成立する価格が代表的な市場価格になります。
しかし複数市場が存在すると、
どの市場の価格を基準にするのか
という問題が生じます。
取引量の多い市場の価格を参考にする方法もありますが、PTSでより有利な価格が提示されている場合もあります。
市場が分断されるほど、複数の価格情報を統合して市場全体の価格を把握する仕組みが必要になります。
不公正取引の監視も難しくなる
市場の分断は、市場監視にも影響します。
例えば相場操縦を行おうとする人物が、
東証で大量の買い注文を見せる
PTSで株式を売る
別の市場で注文を取り消す
といった取引を組み合わせる可能性があります。
一つの市場だけを監視していては、取引全体の意図を把握できない場合があります。
そのため複数市場が存在する環境では、市場横断的な監視が重要になります。
ダークプールが増えると監視はさらに複雑になる
ダークプールでは注文情報が公開されません。
そのため取引所やPTSとは異なり、市場参加者からは事前の注文状況が見えません。
ダークプールの取引量が増えると、公開市場だけを見ても市場全体の取引状況を把握しにくくなります。
市場監督当局にとっては、
公開市場
PTS
ダークプール
を横断して取引を分析する必要があります。
市場の多様化は、監視システムの高度化も求めることになります。
米国では市場分断が大きなテーマになっている
米国株式市場では、多数の取引所や取引システムが存在します。
そのため市場間競争が非常に活発である一方、市場の分断も長年の課題になっています。
そこで複数市場の価格情報を共有したり、最良価格を保護したりするための制度が整備されています。
また、一つの取引所に上場している株式を他の取引所でも売買できる仕組みもあります。
日本でPTS制度を見直す際にも、米国の市場構造は重要な参考例になります。
日本でも市場分断が現実的な問題になる
これまで日本では東証への売買集中度が高かったため、市場分断は米国ほど大きな問題ではありませんでした。
しかしPTSの売買シェアが拡大すれば状況は変わります。
取引量が増えるほど、
価格情報の統合
市場間の注文接続
不公正取引の横断監視
最良執行の確保
といった仕組みが重要になります。
PTSの市場シェア上限を引き上げるのであれば、同時に市場分断への対応も議論する必要があります。
競争と市場統合のバランス
市場間競争には大きなメリットがあります。
複数市場が競争することで、
手数料が下がる
取引時間が広がる
価格が改善する
サービスが向上する
といった効果が期待できます。
一方、市場が細かく分断されるほど、流動性や価格情報も分散します。
つまり株式市場には、
競争を促す力
注文を集約する力
の両方が必要です。
制度設計では、この二つのバランスを取ることが重要になります。
結論
市場の分断とは、同じ株式の売買注文が東証やPTS、ダークプールなど複数の取引場所へ分散することです。
取引場所が増えれば市場間競争が進み、価格改善や手数料低下、取引時間の拡大など投資家にとってのメリットが期待できます。
一方で、注文が分散すると一つの市場に集まる流動性が低下し、市場全体の需給や価格が見えにくくなる可能性があります。
さらに、不公正取引を複数市場にまたがって監視する必要も生じます。
PTSの市場シェア拡大を認めて市場間競争を促進するのであれば、価格情報の共有、SORによる市場接続、市場横断的な監視体制などを同時に整備することが重要になります。
日本のPTS制度改革では、市場を増やすことそのものではなく、複数市場が存在しても株式市場全体を一体として機能させられるかが大きな論点になるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月7日 朝刊
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