企業では近年、多様な人材を受け入れる「ダイバーシティ(多様性)」の重要性が繰り返し語られています。しかし、多様な人材を採用しただけでは、組織の成果には結び付きません。
年齢や性別、国籍、経験、価値観が異なる人たちが、それぞれの力を発揮するためには、「なぜこの会社が存在するのか」「どこへ向かおうとしているのか」を全員が納得して理解していることが重要です。
この「腹に落ちる」状態を経営学では「センスメイキング(Sensemaking)」と呼びます。変化の激しい時代だからこそ注目されている考え方です。
センスメイキングとは何か
センスメイキングとは、出来事や環境の変化に意味を与え、自分自身が納得できる形で理解するプロセスを指します。
単なる知識や情報の共有ではありません。
「会社が目指している方向は理解できる」
「この仕事には意味がある」
「自分が果たす役割が分かった」
このように、一人ひとりが自分の言葉で説明できる状態こそが、センスメイキングができている状態といえます。
経営学では、組織心理学者カール・ワイクが提唱した理論として知られ、現在でも組織論やリーダーシップ論の重要な考え方となっています。
正確な未来予測には限界がある
企業経営では、将来を予測して計画を立てることが重要だと考えられてきました。
しかし近年は、予測できない出来事が次々と起きています。
新型コロナウイルスの世界的流行により働き方は大きく変わりました。生成AIの急速な普及も、多くの職業や企業活動に影響を与えています。
数年前には想像もできなかった変化が現実になりました。
このような時代では、未来を細かく予測することよりも、どのような変化が起きても組織として進む方向を共有しておくことの方が重要になります。
「何をするか」より「なぜするか」を共有する
優れた組織では、細かな指示だけで仕事が進むわけではありません。
社員が共通して理解しているのは、「何をするか」ではなく、「なぜそれをするのか」です。
例えば、
- 顧客に安心を届ける会社
- 地域社会へ貢献する会社
- 新しい価値を生み出す会社
このような存在意義が社員全員に浸透していれば、環境が変わっても現場で適切な判断ができます。
反対に、目的が共有されていなければ、多様な人材ほど判断がばらばらになり、組織の力は分散してしまいます。
多様性とセンスメイキングはセットで考える
ダイバーシティを進める企業は増えています。
しかし、本当に重要なのは、多様な意見が自由に出せるだけではありません。
異なる考え方を持つ人たちが、同じ方向を向いて行動できる状態をつくることです。
そのためには、
- 組織の目的を繰り返し伝える
- 対話を通じて理解を深める
- 現場が自分事として考える時間を設ける
といった取り組みが欠かせません。
価値観が違う人たちが、それぞれ納得したうえで協力できる組織は、変化にも強くなります。
リーダーの役割は答えを与えることではない
従来のリーダー像は、正しい答えを示し、部下へ指示を出すことでした。
しかし予測困難な時代では、リーダーも正解を持っているとは限りません。
そこで求められるのは、社員同士が対話し、自ら意味を見つけられる環境を整えることです。
質問を投げかけ、異なる意見を引き出し、一緒に考える姿勢が重要になります。
心理的安全性が確保された職場では、このような対話が活発になり、センスメイキングも進みやすくなります。
AI時代だからこそ人間に求められる能力
生成AIは情報収集や分析、文章作成などを高速で行えるようになりました。
しかし、「この会社は何を目指すべきか」「自分たちはなぜこの仕事をするのか」といった意味づけは、人間同士の対話によってしか生まれません。
AIは答えを提示できますが、その答えをどう受け止め、どのような価値につなげるかは人間の役割です。
これからの企業競争では、AIを活用する力だけではなく、組織全体が共通の意味を持ち、納得しながら行動できる力が競争力になります。
結論
多様性を活かすためには、人材を集めるだけでは十分ではありません。
組織の存在意義や目指す方向について、一人ひとりが「腹に落ちる」状態をつくることが重要です。
未来を正確に予測することが難しい時代だからこそ、共通の目的を共有し、多様な人材が納得して行動できる組織は変化に柔軟に対応できます。
センスメイキングは、これからの企業経営において、多様性を成果へ変えるための重要なキーワードになるでしょう。
参考
日本経済新聞(2026年8月3日 朝刊)
「多様性 私の視点〉大事なのは『腹に落ちる』こと」
カール・E・ワイク『センスメーキング・イン・オーガニゼーションズ(Sensemaking in Organizations)』
カール・E・ワイク、キャスリーン・M・サトクリフ『想定外のマネジメント(Managing the Unexpected)』