銀行の店舗が減少しています。
インターネットバンキングやスマートフォン決済の普及によって、銀行の窓口に足を運ぶ機会が少なくなったためです。
銀行にとって店舗の統廃合は、経営効率を高めるための重要な取り組みです。
しかし、高齢者や地方の住民にとって、銀行店舗は単なる金融取引の場所ではありません。
現金の引き出しや振り込み、年金の受け取りに関する相談、相続手続きなど、生活を支える重要な拠点でもあります。
世界有数のデジタル先進国であるシンガポールでは、銀行店舗やATMの削減が進む一方、スーパーやコンビニを活用して現金へのアクセスを確保する取り組みが始まっています。
日本でも銀行店舗の役割を見直し、地域全体で金融インフラを維持する仕組みを考える必要があります。
銀行店舗の統廃合が進む理由
銀行店舗の削減が進む背景には、金融取引のデジタル化があります。
かつては、預金の引き出しや振り込み、残高確認などのために銀行の窓口を利用することが一般的でした。
しかし、現在では多くの取引をスマートフォンやパソコンから行うことができます。
給与や年金は銀行口座に振り込まれ、公共料金も口座振替やクレジットカードで支払えます。
現金を利用する機会が減少すれば、銀行店舗への来店者も減少します。
一方、銀行店舗には多額の固定費がかかります。
建物の賃料や維持管理費、人件費、警備費用、システム関連費用などです。
利用者が減少しても、店舗を維持するための費用が同じ割合で減少するわけではありません。
そのため、銀行は店舗を統合し、限られた経営資源を収益性の高い業務に振り向けようとしています。
こうした経営判断には合理性があります。
しかし、銀行店舗の削減が地域住民に与える影響についても考える必要があります。
銀行店舗には金融取引以外の役割がある
銀行店舗の役割は、現金の入出金だけではありません。
例えば、高齢者が年金の受け取り口座について相談する場合があります。
配偶者が亡くなった際には、預金口座の相続手続きが必要になります。
住宅ローンや資産運用、保険などについて相談する人もいます。
こうした手続きは、インターネット上でも対応できるものが増えています。
しかし、全ての利用者がオンラインで手続きを完結できるわけではありません。
特に相続や成年後見などの手続きでは、本人確認や必要書類の準備など、複雑な対応が求められる場合があります。
銀行の職員に直接相談できることは、利用者にとって大きな安心につながります。
また、金融機関の職員が高齢者の不自然な出金や送金に気づき、特殊詐欺の被害防止につながる場合もあります。
銀行店舗には、地域住民の財産を守る役割もあるのです。
店舗削減が地方の生活を変える
銀行店舗の統廃合による影響は、都市部と地方で大きく異なります。
都市部では、一つの銀行店舗が閉鎖されても、近隣に別の支店やATMがある場合が少なくありません。
一方、地方では、最寄りの銀行店舗まで数十キロメートル離れてしまうことも考えられます。
公共交通機関が少ない地域では、銀行に行くための移動手段そのものが問題になります。
特に運転免許証を返納した高齢者にとって、金融機関への移動は大きな負担です。
例えば、銀行の窓口で相続手続きをするために、家族に車で送迎してもらわなければならない場合があります。
家族が遠方に住んでいれば、手続きのために仕事を休む必要が生じるかもしれません。
銀行の店舗削減は、金融機関の経営効率を改善する一方で、利用者や家族の時間的、経済的負担を増やす可能性があります。
地域社会全体の費用という視点からも検討する必要があります。
シンガポールが進める金融拠点の再構築
シンガポールでは、キャッシュレス決済の普及に伴ってATMの設置台数が減少してきました。
2024年のATM設置台数は2,506台で、2018年のピークから22%減少しています。
しかし、高齢化が急速に進むなかで、現金を必要とする人への対応が課題になりました。
そこで三大銀行は、2027年末までに公団住宅であるHDBの全てについて、500メートル以内に現金を引き出せる拠点を設ける方針を示しました。
注目されるのは、銀行店舗やATMだけに依存しないことです。
スーパーやコンビニなどの小売店舗を活用し、日常の買い物と現金の引き出しを組み合わせる仕組みを広げようとしています。
銀行店舗を増やすのではなく、地域に存在する施設を金融サービスの提供拠点として活用する発想です。
これは、日本の地域金融インフラを考えるうえでも参考になります。
コンビニが金融インフラを担う時代
日本では、コンビニが生活インフラとして重要な役割を果たしています。
食品や日用品の販売だけでなく、公共料金の支払い、宅配便の受け付け、行政関係の証明書交付など、さまざまなサービスを提供しています。
銀行ATMもその一つです。
コンビニATMは複数の金融機関が共同で利用できるため、銀行が独自にATMを設置する場合と比べて、設備を効率的に運用できる可能性があります。
利用者にとっても、買い物のついでに現金を引き出せることは便利です。
ただし、コンビニATMには課題もあります。
金融機関や利用時間帯によって手数料が発生する場合があります。
また、現金の入出金以外の手続きには対応できないことがあります。
さらに、人口減少が進む地方では、コンビニそのものが撤退する可能性もあります。
コンビニを活用することは有効ですが、それだけで地域の金融インフラを維持できるわけではありません。
スーパーを活用した新しい金融サービス
今後、注目されるのがスーパーなどの小売店舗を活用した金融サービスです。
例えば、買い物の際にレジで銀行口座から現金を引き出せる仕組みが考えられます。
高齢者が食料品を購入する際に、必要な生活費も引き出せれば、銀行やATMまで移動する必要がなくなります。
銀行にとっては、専用ATMの設置や維持にかかる費用を抑えられる可能性があります。
小売店にとっても、来店機会の増加が期待できます。
ただし、店舗側には現金管理や防犯対策などの負担が生じます。
銀行口座との連携や本人確認、利用限度額の設定なども必要です。
日本で普及させるためには、金融機関と小売事業者が費用や責任をどのように分担するかが重要になります。
また、サービスの具体的な仕組みに応じて、法令上の要件を確認する必要があります。
郵便局のネットワークをどう活用するか
日本の金融インフラを考えるうえで、郵便局の存在も重要です。
郵便局は全国各地に拠点を持ち、郵便サービスに加えて、ゆうちょ銀行の貯金や送金などに関するサービスを取り扱っています。
特に地方では、郵便局が身近な金融サービスの窓口になっている地域があります。
銀行店舗が撤退した地域でも、郵便局が残っていれば、一定の金融サービスを利用できる場合があります。
今後は、郵便局のネットワークを地域の金融インフラとして、どのように活用するかが課題になります。
ただし、郵便局も人口減少や人手不足などの問題に直面しています。
全ての郵便局で従来どおりのサービスを維持できるとは限りません。
そのため、郵便局だけに依存するのではなく、地域金融機関や自治体、小売事業者などとの連携が重要になります。
複数の銀行が店舗を共同利用する可能性
銀行店舗の維持費用を抑える方法として、複数の金融機関による共同利用も考えられます。
例えば、一つの建物に複数の銀行が窓口を設け、施設の管理費用を分担する方法があります。
ATMを共同運営することも有効です。
銀行ごとに店舗やATMを設置する場合と比べて、設備の重複を減らせる可能性があります。
一方、金融機関ごとの顧客情報や取引情報は適切に管理しなければなりません。
個人情報の保護やセキュリティ、競争上の問題にも配慮する必要があります。
また、全ての金融機関が同じサービスを提供しているわけではありません。
共同店舗では、どの銀行のどの手続きに対応できるのかを利用者に分かりやすく示すことが重要です。
店舗の共同利用は、単なる費用削減策ではなく、地域の金融サービスを維持するための選択肢として検討する価値があります。
自治体も金融アクセスの確保に関与する必要がある
銀行店舗の統廃合は、基本的には金融機関の経営判断です。
しかし、その影響は地域住民の生活に及びます。
そのため、自治体も金融アクセスの状況を把握することが重要です。
例えば、地域内の銀行店舗やATMの設置状況を調査し、高齢者が利用できる金融拠点までの距離を確認する方法があります。
公共交通機関の状況や高齢化率などを組み合わせれば、金融サービスを利用しにくい地域を把握できます。
そのうえで、金融機関や郵便局、小売事業者などと協議することが考えられます。
ただし、自治体が金融機関の店舗維持費用を無条件に負担することは適切ではありません。
地域住民に必要なサービスの内容を明確にし、費用対効果を検証する必要があります。
金融インフラを地域全体で支えるためには、役割分担と持続可能性が重要になります。
デジタル化と対面サービスを組み合わせる
今後の銀行店舗は、従来と同じ形で維持されるとは限りません。
現金の入出金や振り込みなどの定型的な取引は、ATMやスマートフォンで対応する割合が高まるでしょう。
一方、相続、資産管理、住宅ローン、事業承継などの複雑な相談では、対面サービスの必要性が残ると考えられます。
そのため、銀行店舗の役割を取引処理の場所から相談や支援の拠点へ転換する方法があります。
例えば、常設店舗を減らしながら、予約制の相談窓口を設けることが考えられます。
オンライン相談を基本とし、必要に応じて対面で対応する方法もあります。
高齢者に対しては、職員がデジタル機器の操作を支援する仕組みも有効でしょう。
ただし、オンライン相談が難しい人のために、電話や対面などの代替手段を確保することも重要です。
銀行店舗の数を維持することだけが目的ではありません。
利用者が必要な金融サービスを受けられる環境を維持することが重要なのです。
人生100年時代の金融インフラを考える
人生100年時代には、長期間にわたって銀行サービスを利用することになります。
60代ではスマートフォンを使いこなしていても、80代や90代になったときに同じように利用できるとは限りません。
また、配偶者との死別や一人暮らしへの移行によって、金融サービスの利用環境が変わることもあります。
高齢期には、日常の決済だけでなく、医療費や介護費の支払い、相続や財産管理などの手続きも重要になります。
そのため、金融機関を選ぶ際には、預金金利や手数料だけでなく、将来の利用しやすさも考慮する必要があります。
自宅から利用できるATMがあるか、対面相談が可能か、家族による適切な支援を受けられるかといった点も重要です。
さらに、転居や施設入居によって生活圏が変わる場合にも、金融サービスを継続して利用できることが望まれます。
金融インフラの整備は、老後の生活の安心を支える重要な課題です。
結論
銀行店舗の統廃合は、デジタル化が進む社会では避けられない面があります。
利用者が減少するなかで、全ての店舗を従来どおり維持することは現実的ではありません。
しかし、銀行店舗が減少することで、高齢者や地方の住民が金融サービスを利用しにくくなる状況は避けなければなりません。
シンガポールの取り組みは、銀行店舗やATMだけに依存せず、地域の既存施設を活用する方向性を示しています。
日本でも、コンビニ、スーパー、郵便局、地域金融機関などが連携し、金融サービスを提供する仕組みを構築することが重要です。
また、デジタル化による効率性を高めながら、対面での相談や支援を必要とする人への対応も維持する必要があります。
これからの金融インフラに求められるのは、銀行店舗を何店舗残すかという発想だけではありません。
地域住民が、必要なときに必要な金融サービスを安心して利用できる環境をどのように確保するかという視点です。
銀行店舗が減少する時代だからこそ、地域全体で金融インフラを支える新しい仕組みが求められているのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月17日 デジタル先進国で「現金回帰」 高齢社会のシンガポール
シンガポール銀行協会 2026年6月 高齢社会への対応に関する行動指針
金融庁 金融行政方針
日本銀行 決済システムに関する公表資料
ゆうちょ銀行 ディスクロージャー誌