私たちはお金を送るとき、銀行口座から別の銀行口座へ振り込むことを当たり前のように利用しています。
企業も同じです。取引先への支払い、給与、税金、海外送金など、多くの資金移動が銀行口座を起点に行われています。
ところが、ステーブルコインではウォレットからウォレットへ直接価値を移転できます。
銀行を経由しない送金が本格的に普及すれば、銀行の役割はどうなるのでしょうか。
銀行には3つの大きな役割がある
銀行の機能を大きく分けると、預金、融資、決済があります。
個人や企業から預金を集め、その資金を企業や住宅購入者などへ貸し出します。
同時に、振込や口座振替などを通じて社会のお金を動かす決済インフラも担っています。
ステーブルコインが直接影響する可能性が高いのは、このうち決済の部分です。
ウォレット間で資金を直接移動できるようになれば、銀行口座から銀行口座へ振り込む必要のない取引が増える可能性があります。
振込手数料という収益が競争にさらされる
銀行は振込などのサービスから手数料収入を得ています。
個人向けでは無料振込のサービスも増えていますが、企業は日常的に大量の振込を行っています。
仕入先への支払い、経費精算、給与などを合わせれば、取引件数は非常に多くなります。
さらに国際送金では国内振込より高い手数料が発生することがあります。
ステーブルコインによる送金コストが大幅に低下すれば、銀行の決済手数料には引き下げ圧力がかかる可能性があります。
利用者から見れば歓迎すべき競争ですが、銀行にとっては従来の収益源の1つが変化することになります。
本当に大きいのは預金への影響
銀行にとって、さらに重要なのは預金です。
ステーブルコインが決済に利用されるだけなら、必要なときに銀行預金をステーブルコインへ交換し、支払いが終われば再び円へ戻すこともできます。
しかし、多くの人や企業がステーブルコインを日常的に保有するようになれば事情が変わります。
例えば企業が決済用として常時1億円分のステーブルコインを保有するようになれば、その1億円は従来なら銀行預金として置かれていた可能性があります。
社会全体で同じことが起きれば、銀行預金からステーブルコインへの資金移動が発生する可能性があります。
預金が減れば融資にも影響する
銀行にとって預金は単に顧客のお金を保管しているだけではありません。
重要な資金調達手段でもあります。
銀行は預金などを基盤として企業や個人へ融資を行っています。
もし大量の資金が銀行預金からステーブルコインへ移れば、銀行の資金調達構造にも影響が及ぶ可能性があります。
銀行が融資資金を確保するため、預金金利を引き上げたり、別の方法で資金を調達したりする必要が出てくるかもしれません。
ステーブルコインは送金技術の話に見えますが、普及規模によっては銀行の金融仲介機能にも関係してくるのです。
ただし円そのものが銀行から消えるわけではない
ここで注意したいのは、銀行預金からステーブルコインへ資金を移したからといって、その円が金融システムから消えるわけではないことです。
円建てステーブルコインには、円や国債などの裏付け資産があります。
利用者が銀行預金をステーブルコインへ交換すれば、発行者側ではその価値を支える資産を保有します。
したがって、社会全体のお金が単純に消えるわけではありません。
変わるのは、誰が資金を保有し、どのような形で運用するかです。
この資金の置き場所の変化が重要になります。
国債市場との関係も深くなる
ステーブルコインの発行者が裏付け資産として国債を保有する場合、発行残高の増加に伴って国債への需要が増える可能性があります。
これは銀行から見れば興味深い変化です。
従来、銀行預金として集まっていた資金の一部がステーブルコインへ移り、その裏側で国債が保有されるようになるからです。
ステーブルコインの市場規模が小さい間は影響も限定的です。
しかし、将来発行残高が大幅に拡大すれば、銀行の預金市場だけでなく国債市場との関係も重要になります。
銀行自身がステーブルコインを発行する理由
この変化を銀行がただ見ているわけではありません。
大手銀行もステーブルコインの共同発行に向けた実証実験を進めています。
銀行にとって、自らステーブルコインの世界へ進出することには合理性があります。
顧客が銀行振込からオンチェーン決済へ移るのであれば、その新しい決済インフラを銀行自身が提供するという考え方です。
これまで銀行口座の中で提供していた金融サービスを、ブロックチェーン上でも提供することになります。
銀行とステーブルコインは必ずしも競争相手ではありません。
銀行がステーブルコインの発行や管理を担う可能性もあるのです。
銀行の強みは信用と融資にある
ステーブルコインには低コストで迅速な資金移動という強みがあります。
しかし、銀行には別の強みがあります。
その代表が信用を判断して融資する能力です。
企業の財務内容や事業計画を分析して融資する。
住宅購入者の返済能力を審査して住宅ローンを提供する。
取引先の信用を補完するために保証や信用状を提供する。
こうした信用仲介機能をステーブルコインそのものが提供するわけではありません。
銀行の役割がなくなるというより、銀行が担ってきた機能のうち決済部分が切り離されて競争にさらされると考えた方が分かりやすいでしょう。
銀行口座が金融サービスの入口ではなくなる可能性
これまで多くの金融サービスは銀行口座を起点としていました。
給与が銀行口座に入り、そこから住宅ローンや公共料金が引き落とされ、余った資金を証券口座へ移します。
銀行口座は個人のお金の中心でした。
ステーブルコインが普及すると、ウォレットがもう1つのお金の入口になる可能性があります。
給与の一部をステーブルコインで受け取り、そのまま買い物や海外送金に利用するといった仕組みも技術的には考えられます。
そうなれば金融機関にとって重要なのは、銀行口座を持ってもらうことだけではなく、顧客のウォレットやデジタル資産との接点を確保することになります。
銀行は金融の裏側へ回る可能性もある
将来、利用者が銀行を意識しなくなる可能性もあります。
スマートフォン上ではステーブルコインで瞬時に支払いが完了する。
しかし、その裏側では銀行が本人確認、資金管理、為替、融資などを提供しているという世界です。
現在でも私たちはクレジットカードで買い物をするとき、裏側にある複雑な金融インフラをほとんど意識しません。
同じように、銀行は消費者から見えにくくなりながらも、金融インフラの重要な部分を担い続ける可能性があります。
結論
銀行を通さない送金が広がったからといって、銀行そのものが不要になるわけではありません。
大きく変わる可能性があるのは、銀行が独占的に近い形で担ってきた資金移動の役割です。
ステーブルコインによってウォレット間の直接送金が広がれば、振込や国際送金などの手数料には競争圧力がかかります。
さらに銀行預金の一部がステーブルコインへ移れば、銀行の資金調達や融資にも影響が及ぶ可能性があります。
一方、銀行には信用審査、融資、外国為替、資産管理など多くの機能があります。
そして銀行自身もステーブルコインを取り込もうとしています。
したがって、これから起きるのは銀行がなくなる変化ではなく、銀行の役割が変わる変化と考えるべきでしょう。
銀行口座の中ですべてを完結させる時代から、銀行口座とウォレットが共存する時代へ。
ステーブルコインは、銀行の終わりではなく、銀行が何をする存在なのかを改めて問い直す技術なのかもしれません。
参考
日本経済新聞 2026年10月3日 朝刊 「個人間・国際送金を安く ステーブルコインを活用」
日本経済新聞 2026年10月3日 朝刊 「実証実験の最中」