相続税の申告期限までに遺産分割協議がまとまらないことがあります。
相続人同士の意見が対立したり、不動産の分け方が決まらなかったりする場合です。
このようなときでも、原則として相続税の申告期限が延長されるわけではありません。
そこで必要になるのが未分割申告です。
しかし、未分割申告をした後に遺産分割が成立した場合、期限管理を誤ると、本来受けられたはずの小規模宅地等の特例を受けられなくなることがあります。
今回は、わずかな期限管理の失敗が約678万円の税負担差につながった事例を解説します。
相続人3人の遺産分割が長期化した事例
被相続人の相続人は、配偶者と子ども2人の合計3人でした。
相続財産は、自宅とその敷地、預金でした。
自宅の建物の相続税評価額はゼロ、土地の評価額は1億円で面積は300㎡でした。
預金は2億円あり、相続財産の合計は3億円でした。
しかし、子ども同士の対立によって遺産分割協議がまとまらず、相続税の申告期限を迎えました。
そこで、法定相続分に応じた未分割申告を行い、相続税も納付しました。
さらに、申告時には申告期限後3年以内の分割見込書を提出していました。
その後、申告期限から約2年が経過したところで遺産分割協議が成立しました。
配偶者が自宅とその敷地1億円、預金5,000万円を取得し、子ども2人はそれぞれ預金7,500万円を取得しました。
ここまでは問題ありませんでした。
ところが、遺産分割の成立後、税理士への連絡が遅れ、更正の請求を行ったのは分割後4カ月を超えてからでした。
これが重大な失敗につながりました。
未分割申告では特例を適用できない場合がある
相続税法第55条では、遺産が未分割の場合の課税価格の計算について規定しています。
原則として、未分割の財産は法定相続分などに応じて取得したものとして計算します。
また、未分割財産については、原則として配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を適用することができません。
ただし、一定期間内に遺産分割が成立する場合には、必要な手続きを行うことで、後から特例の適用を受けられる仕組みが設けられています。
今回の事例でも、当初申告時に3年以内分割見込書を提出していました。
したがって、遺産分割が成立した後、適切な期限内に更正の請求を行うことが重要でした。
小規模宅地等の特例では4カ月が重要
租税特別措置法第69条の4第4項では、申告期限までに分割されていない特例対象宅地等について、原則として特例を適用できないこととされています。
ただし、申告期限から3年以内に分割された場合などには、一定の条件の下で特例の適用が認められます。
その際、相続税法第32条による更正の請求の期限が重要になります。
原則として、遺産分割が行われたことを知った日の翌日から4カ月以内に更正の請求を行う必要があります。
通常、遺産分割協議に参加している相続人であれば、協議が成立した時点で分割の事実を知ることになります。
今回の事例では、分割成立後の更正の請求が4カ月を超えてしまいました。
そのため、小規模宅地等の特例を利用する機会を失うことになりました。
配偶者の税額軽減は期限の取扱いが異なる
ここで注意したいのが、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例では、更正の請求に関する取扱いが異なることです。
相続税法基本通達32の2では、配偶者の税額軽減について、相続税法第32条による更正の請求のほか、国税通則法第23条による更正の請求も可能であることが示されています。
そのため、一定の場合には、遺産分割が行われた日から4カ月を経過する日と、相続税の申告期限から5年を経過する日のいずれか遅い日まで、更正の請求を行うことができます。
一方、小規模宅地等の特例は選択適用の制度であり、同じように取り扱うことはできません。
ここを混同すると、配偶者の税額軽減は適用できても、小規模宅地等の特例は適用できないという結果になります。
当初申告では相続税総額5,720万円
研修資料では、今回の事例について具体的な税額計算が示されています。
当初の未分割申告では、小規模宅地等の特例も配偶者の税額軽減も適用していませんでした。
相続財産の合計は3億円です。
基礎控除は4,800万円です。
課税遺産総額は2億5,200万円となり、相続税総額は5,720万円でした。
配偶者の納税額は2,860万円、子ども2人はそれぞれ1,430万円でした。
この時点では、遺産分割が成立していないため、いずれの相続人も特例による税額軽減を受けていませんでした。
期限内に更正の請求をした場合
遺産分割によって配偶者が自宅敷地300㎡を取得しました。
この土地について、特定居住用宅地等の要件を満たせば、評価額1億円の80%に当たる8,000万円を減額できます。
その結果、相続財産の課税価格の合計額は2億2,000万円になります。
この金額を基に相続税の総額を計算し、実際の取得割合や配偶者の税額軽減を適用すると、研修資料では最終的な相続税額は2,181万8,000円となっています。
配偶者の税額はゼロ、子ども2人の税額はそれぞれ1,090万9,000円です。
当初申告の5,720万円と比較すると、還付される相続税額は合計3,538万2,000円となります。
これは、期限内に適切な更正の請求を行った場合の結果です。
4カ月を超えた場合の税額
一方、期限管理を誤り、小規模宅地等の特例を適用できなかった場合には、税額が変わります。
研修資料では、配偶者の税額軽減は適用できるものの、小規模宅地等の特例は適用できないものとして計算されています。
この場合、最終的な相続税額は2,860万円となります。
配偶者の税額はゼロですが、子ども2人の税額はそれぞれ1,430万円です。
期限内に更正の請求をした場合の2,181万8,000円と比較すると、678万2,000円の税負担差が生じます。
つまり、4カ月という期限を逃したことによって、本来軽減できたはずの約678万円の税金が残る結果となったのです。
失敗を防ぐための期限管理
このような失敗を防ぐためには、相続税申告後の案件管理が欠かせません。
特に未分割申告を行った場合には、申告書を提出した時点で業務が終了したと考えてはいけません。
遺産分割が成立したら、相続人から速やかに連絡を受ける体制を整える必要があります。
さらに、分割成立日や更正の請求期限を記録し、複数の方法で期限を管理することが望まれます。
例えば、Microsoft 365などの予定表に期限を登録し、1カ月前、2週間前、1週間前に確認する方法も考えられます。
相続人にも、分割成立後は速やかに税理士へ連絡する必要があることを事前に説明しておくべきです。
結論
相続税の未分割申告では、当初申告だけでなく、遺産分割成立後の手続きが極めて重要です。
今回の事例では、遺産分割後の更正の請求期限を逃したことによって、小規模宅地等の特例を適用できず、約678万円の税負担差が生じました。
さらに、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例では、更正の請求期限の取扱いが異なることにも注意が必要です。
税務実務では、法令の知識だけでなく、期限を管理する仕組みも重要になります。
相続税申告は、申告書を提出したら終わりではありません。
特に未分割申告の場合には、遺産分割が成立し、必要な税務手続きが完了するまで継続して管理することが、専門家に求められる重要な役割です。
参考
東京税理士会 2026年度第15回会員研修会資料 相続税申告における失敗事例から学ぶ対応法 2026年度版 54ページから64ページ
相続税法第19条の2
相続税法第32条
相続税法第55条
租税特別措置法第69条の4第4項
国税通則法第23条
相続税法基本通達32の2