日本企業が海外から商品を輸入すれば、海外企業へ代金を支払う必要があります。
反対に、日本企業が海外へ商品を輸出すれば、外国の取引先から代金を受け取ります。
国内取引との大きな違いは、国境を越えてお金を動かす必要があることです。
さらに円とドルなど異なる通貨を交換する外国為替取引も加わります。
ステーブルコインが貿易決済に利用されるようになれば、この複雑なお金の流れを大きく変える可能性があります。
貿易では商品とお金が別々に動く
貿易取引では、商品とお金が同時に動くわけではありません。
例えば日本企業が海外から商品を輸入するとします。
海外の工場から商品が出荷され、船や航空機で日本へ運ばれます。
一方、代金は銀行などの金融機関を通じて海外へ送金されます。
商品は物流ネットワークを通り、お金は金融ネットワークを通ります。
この2つの流れを管理することが貿易実務の重要な仕事です。
ステーブルコインは、このうちお金の流れをデジタル化する技術になります。
国際送金には複数の金融機関が関係することがある
海外送金では、送金する銀行と受け取る銀行だけで取引が完結するとは限りません。
通貨や送金先によっては、中継する金融機関などが関係する場合があります。
そのため国内振込と比べると、送金手続きが複雑になりやすく、手数料や着金までの時間も問題になります。
企業は送金手数料だけでなく、為替手数料なども含めた総コストを考える必要があります。
取引件数や送金額が大きな企業では、わずかなコスト差でも年間では大きな金額になります。
ステーブルコインならウォレット間で移転できる
ステーブルコインでは、ブロックチェーン上のウォレットから別のウォレットへ価値を移転できます。
日本企業と海外企業が同じステーブルコインを利用できる環境が整えば、銀行から銀行へ送金するのとは異なる経路で決済できる可能性があります。
ブロックチェーンから見れば、日本国内への送金も海外への送金も基本的にはウォレット間の資産移転です。
国境を越えるたびにブロックチェーンの仕組みそのものが変わるわけではありません。
これが貿易決済との相性が注目される理由です。
365日24時間決済できる意味は大きい
世界の企業活動は日本の銀行営業時間だけで動いているわけではありません。
日本が祝日でも海外では通常の営業日ということがあります。
日本が深夜でも欧州や米国では企業活動が続いています。
ブロックチェーンは原則として365日24時間稼働します。
そのため、決済ネットワークの営業時間という制約を小さくできる可能性があります。
世界中に拠点を持つ企業ほど、常時決済できることの価値は大きくなります。
決済時間の短縮は運転資金を減らす可能性がある
企業にとって時間はコストです。
海外へ送った資金が相手へ届くまで時間がかかれば、その間は資金を別の用途に利用できません。
反対に、売掛金を回収するまで時間がかかれば、その期間を埋めるための運転資金が必要になります。
ステーブルコインによって決済時間を短縮できれば、資金が移動途中で滞留する時間を減らせる可能性があります。
1件当たりの短縮時間が小さくても、年間数千億円を決済する企業なら資金効率への影響は大きくなる可能性があります。
ステーブルコインの価値は送金手数料だけではなく、資金を使えない時間を短縮できることにもあります。
為替リスクはなくならない
ここで重要なのが為替です。
ステーブルコインを使えば国際送金が便利になるとしても、為替リスクまで自動的になくなるわけではありません。
例えば日本企業が円建てステーブルコインを保有し、米国企業がドルでの支払いを求める場合を考えます。
どこかで円とドルを交換する必要があります。
円建てステーブルコインからドル建てステーブルコインへ交換する方法も考えられますが、その交換レートには為替相場が影響します。
つまり、送金方法が変わっても通貨が違う限り為替リスクは残ります。
同じ通貨で取引できれば仕組みは単純になる
一方、取引当事者が同じステーブルコインを利用できれば決済は単純になります。
例えば日本企業と海外企業が円建てステーブルコインで価格を決め、円建てで決済するのであれば、送金のためだけに別の通貨へ交換する必要はありません。
逆にドル建てステーブルコインで契約すれば、日本企業側が円からドルへの為替リスクを負うことになります。
重要なのはステーブルコインを使うかどうかだけではありません。
契約を何の通貨で表示し、誰が為替リスクを負担するのかという従来の貿易実務は引き続き重要です。
商品と代金を連動させる可能性
貿易決済でさらに注目されるのが、商品と代金の動きをデジタルで連携させる仕組みです。
例えば商品が港に到着したことが確認されたら代金の一部を支払う。
買い手が検収したら残額を支払う。
こうした契約条件をデジタルデータと結び付けることができれば、決済を自動化できる可能性があります。
ステーブルコインとスマートコントラクトを組み合わせれば、一定の条件が成立した時点で代金を自動的に移転する仕組みも考えられます。
貿易書類、物流情報、契約、決済がつながる世界です。
貿易金融そのものが不要になるわけではない
ただし、ステーブルコインが普及すれば銀行の貿易金融がすべて不要になるわけではありません。
海外企業との取引では、相手が本当に代金を支払うのかという信用リスクがあります。
反対に買い手側には、代金を払ったのに商品が届かないリスクがあります。
銀行は信用状などを通じて、こうした信用リスクを補完してきました。
ステーブルコインはお金を速く移動することはできますが、取引相手の信用まで自動的に保証するわけではありません。
決済技術と信用供与は分けて考える必要があります。
マネーロンダリング対策も欠かせない
国境を越えて簡単に資金を移動できることは、利用者にとって大きな利便性があります。
一方、不正資金の移転に悪用されるリスクもあります。
そのため本人確認や取引監視などの仕組みが重要になります。
企業間決済では、送金先のウォレットが本当に取引先のものなのかという確認も必要です。
銀行口座なら口座名義などを確認できますが、ウォレットでは別の管理方法が必要になります。
貿易決済への利用が広がるほど、利便性と不正防止を両立させる仕組みが重要になります。
経理と財務の仕事も変わる
ステーブルコインによる貿易決済が普及すると、企業の経理部門や財務部門にも変化が及びます。
銀行口座だけではなく、複数のウォレット残高を管理する必要があります。
円建て、ドル建てなど複数のステーブルコインを保有すれば、それぞれの残高や為替換算も管理しなければなりません。
一方、ブロックチェーン上の取引データを会計システムへ自動的に取り込めれば、入出金確認や売掛金の消込などを効率化できる可能性があります。
財務担当者の仕事も、銀行口座を管理することから銀行口座とウォレットを一体的に管理する方向へ変わるかもしれません。
結論
ステーブルコインが貿易決済に使われるようになれば、変わるのは海外送金の手数料だけではありません。
365日24時間資金を移動でき、決済時間を短縮できれば、企業の運転資金や資金効率にも影響します。
さらに物流情報や契約条件と決済を連携させれば、商品とお金の流れを自動化できる可能性があります。
一方、為替リスク、取引先の信用リスク、マネーロンダリング対策などは残ります。
ステーブルコインは貿易に存在するすべての問題を解決する技術ではありません。
大きく変える可能性があるのは、お金を国境の向こう側へ届ける仕組みです。
物流がデジタル技術によって高度化してきたように、次は貿易のお金の流れがデジタル化するのかもしれません。
そのときステーブルコインは、単なる新しい送金手段ではなく、世界の企業をつなぐ新しい決済インフラになる可能性があります。
参考
日本経済新聞 2026年10月3日 朝刊 「個人間・国際送金を安く ステーブルコインを活用」
日本経済新聞 2026年10月3日 朝刊 「実証実験の最中」