高齢化が進む日本で、介護保険サービスを利用するために必要な要介護認定の遅れが深刻な問題となっています。
介護保険法では、要介護認定の申請から原則30日以内に認定結果を通知することが定められています。
ところが、2024年度に申請された要介護認定のうち、30日以内に認定された割合は22.8%にとどまりました。
つまり、全体の約8割が法定期間を超えていることになります。
介護が必要な高齢者や家族にとって、認定結果を待つ時間は決して短いものではありません。
特に、病院からの退院を控えている高齢者や、急に介護が必要になった人にとって、認定の遅れは日常生活に大きな影響を及ぼします。
厚生労働省は、こうした状況を改善するため、要介護認定の更新審査を簡素化する対象者の拡大を検討しています。
しかし、認定手続きの遅れを解消するには、審査会の簡素化だけでは十分ではありません。
今回は、要介護認定が長期化する原因を整理し、自治体の事務負担や介護現場への影響、今後必要となる制度改革について解説します。
要介護認定は複数の手続きを経て決定される
介護保険制度では、原則として65歳以上の高齢者が介護保険サービスを利用するためには、市町村による要介護認定または要支援認定を受ける必要があります。
要介護認定は、単純な健康診断や年齢による判定ではありません。
本人の身体機能や認知機能、日常生活の状況などを総合的に評価する仕組みです。
認定手続きは、主に申請、認定調査、主治医意見書の取得、1次判定、2次判定、認定結果の通知という流れで進みます。
まず、本人や家族などが市町村に申請します。
その後、市町村の認定調査員が本人の自宅や入院先などを訪問し、心身状態や日常生活の状況を調べます。
同時に、主治医が医学的な観点から本人の状態を記載した意見書を作成します。
認定調査の結果はコンピューターで分析され、1次判定が行われます。
さらに、医療や保健、福祉の専門家で構成する介護認定審査会が、1次判定や主治医意見書などを踏まえて2次判定を行います。
最終的に、市町村が要介護度を認定し、本人に結果を通知します。
このように、多くの関係者が参加する仕組みであることが、認定手続きに時間を要する背景の一つとなっています。
認定調査員の不足と日程調整が審査を遅らせる
要介護認定の最初の重要な工程が認定調査です。
認定調査員は、本人の身体機能や生活状況などを確認し、全国共通の調査項目に沿って評価します。
しかし、高齢者人口の増加によって認定申請が増えると、調査員の業務負担も大きくなります。
特に、認定調査員の確保が難しい自治体では、申請から訪問調査までに時間がかかることがあります。
また、本人が入院中の場合には、病院との日程調整が必要になります。
認知症の高齢者では、本人だけでなく家族や施設職員などから普段の生活状況を確認することも重要です。
調査の日程が決まっても、本人の体調不良や入院先の変更などによって延期される場合があります。
認定調査の遅れは、その後の1次判定や審査会の開催にも影響します。
したがって、審査期間を短縮するには、認定調査を迅速に実施できる体制づくりが欠かせません。
主治医意見書の作成にも時間がかかる
要介護認定では、主治医意見書も重要な役割を果たします。
主治医意見書には、病気の状況、心身機能、認知症の症状、医学的管理の必要性などが記載されます。
介護認定審査会は、この意見書を参考にして、本人に必要な介護の程度を判断します。
しかし、医療機関では診療業務が優先されるため、意見書の作成に時間がかかる場合があります。
また、複数の医療機関を受診している高齢者では、どの医師に意見書を依頼するかが問題になることもあります。
本人の状態を十分に把握していない医師が主治医となっている場合には、必要な情報の確認に時間を要する可能性があります。
認定手続きの迅速化を考える場合、自治体だけでなく、医療機関との連携強化も重要になります。
例えば、意見書の電子的な提出や、記載内容の標準化などによって、事務負担を軽減できる可能性があります。
ただし、手続きを簡素化する場合でも、医学的な判断に必要な情報を省略しすぎないことが大切です。
介護認定審査会の開催が時間を要する理由
要介護認定の2次判定を行う介護認定審査会も、審査期間に影響する重要な工程です。
審査会は、医療、保健、福祉の専門家などで構成されます。
複数の専門家が参加するため、開催日程の調整が必要になります。
また、審査会では、1次判定の結果だけでなく、認定調査の特記事項や主治医意見書などを確認します。
身体機能が低下している高齢者だけでなく、認知症によって日常生活に支障が生じている人など、判断が難しい事例もあります。
こうしたケースでは、専門家による慎重な検討が必要です。
一方で、前回の認定から心身状態がほとんど変化していない高齢者についても、通常の審査を繰り返すことは、行政の負担を増やす要因となります。
そのため、厚生労働省は、一定の条件を満たす更新申請について、審査会の判定手続きを簡素化する仕組みを設けています。
今回検討されている対象者の拡大は、この仕組みをさらに活用しようとするものです。
審査簡素化が十分に活用されていない実態
2024年度に申請した高齢者のうち、32.7%は現行制度でも審査簡素化の条件を満たしていました。
しかし、実際に簡素化されたのは全体の17.9%でした。
簡素化の対象となり得る申請のうち、実際に簡素化された割合は約55%という計算になります。
つまり、制度上は簡素化できるにもかかわらず、通常の審査が行われている申請が少なくないということです。
背景には、自治体ごとの運用方針や審査体制の違いなどが考えられます。
厚生労働省は、簡素化の条件を満たす申請のうち、実際に簡素化した割合を自治体ごとに毎年公表する案を検討しています。
自治体ごとの取り組み状況を明らかにすることで、制度の活用を促す狙いがあります。
ただし、簡素化率を高めること自体が目的となってはなりません。
本人の状態が変化している場合や、認定結果に慎重な判断が必要な場合には、通常の審査を行うことが重要です。
行政の効率化と認定の公平性を両立させることが求められます。
認定の遅れは高齢者と家族の生活に影響する
要介護認定の遅れは、単なる行政事務の問題ではありません。
高齢者本人や家族の生活に直接影響します。
例えば、高齢の親が転倒して骨折し、入院後に自宅へ戻る場合を考えてみます。
退院後には、訪問介護や通所介護、福祉用具の貸与などが必要になることがあります。
しかし、要介護認定の結果が出ていない場合、どの程度の介護保険サービスを利用できるのか確定しません。
認定結果が出る前でも、暫定ケアプランによってサービスを利用できる場合があります。
ただし、最終的な認定結果によっては、介護保険の給付対象とならない費用が発生する可能性もあります。
そのため、家族は費用負担への不安を抱えながら、介護サービスの利用を判断することになります。
また、働きながら親の介護を担う人にとっては、認定の遅れが仕事と介護の両立を難しくする場合もあります。
介護サービスの利用計画を早期に確定できることは、家族の生活設計にとっても重要です。
がん患者など急激に状態が悪化する人への対応
要介護認定の迅速化が特に求められるのは、短期間で心身状態が悪化する高齢者です。
例えば、進行がんの患者では、数週間のうちに日常生活の状況が大きく変化する場合があります。
申請時には自力で歩行できていた人が、認定結果を待つ間に寝たきりになることも考えられます。
このような場合、通常の認定手続きでは、本人の状態変化に十分対応できない可能性があります。
厚生労働省は、急激に状態が悪化する人について、認定手続きを迅速化する方策も検討しています。
一部の自治体では、申請後すぐに認定調査を実施したり、主治医意見書の作成方法を工夫したりしています。
こうした取り組みを全国に広げることで、必要な介護サービスをより早く利用できる環境づくりが期待されます。
ただし、緊急性の高い人への対応を優先する場合にも、他の申請者への影響を考慮する必要があります。
限られた行政資源をどのように配分するかが重要な課題となります。
自治体DXによって認定手続きを効率化できるか
今後の要介護認定制度では、デジタル技術の活用も重要になります。
現在の認定手続きでは、認定調査、主治医意見書、審査会資料など、多くの情報を扱います。
これらの情報を電子的に管理し、関係者間で適切に共有できれば、事務作業を減らせる可能性があります。
例えば、認定調査員がタブレット端末を利用して調査結果を入力し、その情報を自治体のシステムへ送信する仕組みが考えられます。
また、主治医意見書の電子提出が進めば、郵送や書類の受け渡しに必要な時間を短縮できる可能性があります。
介護認定審査会についても、オンライン会議や電子資料の活用によって、開催日程の調整や資料配布の負担を軽減できると考えられます。
さらに、将来的にはAIを活用して、書類の記載漏れの確認や審査資料の整理などを支援することも考えられます。
ただし、要介護度の判断には、本人の生活状況や認知機能などを総合的に評価する必要があります。
AIやコンピューターによる処理だけで、すべての判断を完結させることには慎重であるべきです。
デジタル技術は専門家の判断を支援する手段として活用することが重要です。
認定手続きの迅速化は介護保険制度全体の課題
要介護認定の遅れを解消するためには、個別の手続きを見直すだけでなく、制度全体の運営方法を改善する必要があります。
高齢者人口が増える一方、自治体の職員や医療、介護の専門人材には限りがあります。
すべての申請について同じ手続きを繰り返すのではなく、状態が安定している人と、慎重な判断が必要な人を適切に区分することが重要です。
状態が安定している人については審査を簡素化し、その一方で、認知症や急激な病状悪化などによって判断が難しい人には十分な審査時間を確保することが考えられます。
こうした仕組みが整えば、行政の業務負担を軽減しながら、認定の質を維持できる可能性があります。
また、審査期間の短縮によって、高齢者が必要な介護サービスを適切な時期に利用できるようになれば、家族の負担軽減にもつながります。
要介護認定の迅速化は、介護保険制度の持続可能性を高めるための重要な改革といえるでしょう。
結論
要介護認定の申請から30日以内に認定された割合は、2024年度で22.8%にとどまりました。
約8割の申請が法定期間を超えている背景には、認定調査、主治医意見書の作成、介護認定審査会の開催など、複数の工程に時間を要するという制度上の課題があります。
厚生労働省は、審査簡素化の対象を拡大することで、更新手続きの迅速化を目指しています。
しかし、認定の遅れを根本的に改善するためには、認定調査員の確保、医療機関との連携、審査会の効率化、デジタル技術の活用など、幅広い取り組みが必要です。
また、認知症の高齢者や急激に状態が悪化する患者については、適切な審査を維持しながら迅速に対応する仕組みが求められます。
人生100年時代において、介護保険制度は高齢者本人だけでなく、その家族の生活を支える重要な社会基盤です。
認定手続きの迅速化は、行政の効率化だけを目的とするものではありません。
必要な人が必要なときに介護サービスを利用できる環境を整えることこそが、制度改革の本来の目的です。
今後は、審査期間の短縮と認定の公平性を両立させる制度運営が一層重要になると考えられます。
参考
日本経済新聞 2026年10月22日 要介護認定の更新を迅速に 簡素な審査の対象者を拡大へ、厚労省検討
厚生労働省 要介護認定の仕組み
厚生労働省 社会保障審議会介護保険部会 要介護認定制度に関する検討資料