変形労働時間制の落とし穴――休日を出勤日に変更すると制度が無効になる理由と企業の労務管理

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変形労働時間制を巡る企業敗訴の増加

企業の繁忙期と閑散期に合わせて労働時間を調整する「変形労働時間制」が、改めて注目されています。

特に問題となっているのが、あらかじめ休日として指定していた日を、業務上の都合によって出勤日に変更する運用です。

企業側からすれば、急な受注や天候不良、取引先の事情などに対応するための合理的な措置に見えるかもしれません。

しかし、1年単位の変形労働時間制では、事前に特定した労働日や労働時間を任意に変更することは、原則として認められていません。

近年の裁判では、こうした運用上の問題を理由に制度の効力が否定され、企業に多額の未払い残業代の支払いが命じられる事例が相次いでいます。

変形労働時間制は、単に労働時間を柔軟に配分するための制度ではありません。労働者の生活時間を確保しながら、一定期間を通じて労働時間を適切に管理する仕組みです。

企業経営者や人事労務担当者にとって、制度の基本的な考え方と運用上の注意点を理解することが重要になっています。

1年単位の変形労働時間制の基本的な仕組み

労働基準法では、原則として1日8時間、1週40時間を法定労働時間としています。

これを超えて労働させる場合には、原則として時間外労働に関する労使協定、いわゆる36協定の締結・届出と、法定の割増賃金の支払いが必要です。

一方、1年単位の変形労働時間制では、対象期間を平均して1週間当たりの労働時間が40時間を超えない範囲で、特定の日や週に法定労働時間を超える勤務を設定できます。

例えば、繁忙期には1日9時間勤務とし、閑散期には1日7時間勤務とすることが考えられます。

ただし、制度を導入するには、労働者の過半数で組織する労働組合、または過半数代表者との労使協定など、法令上の要件を満たす必要があります。

また、対象期間が3カ月を超える場合には、原則として1年当たり280日という労働日数の上限があり、1日10時間、1週52時間などの労働時間の制限も設けられています。

さらに、対象期間が3カ月を超える場合には、連続して労働させることのできる日数や、週48時間を超える労働時間の設定についても制約があります。

つまり、変形労働時間制は、企業が自由に勤務日や勤務時間を変更できる制度ではありません。

あらかじめ定めた計画に従って労働時間を配分することが、その基本的な前提となっています。

企業側の制度無効が認められた裁判例

変形労働時間制を巡る問題を象徴するのが、サカイ引越センターの元従業員による未払い残業代請求訴訟です。

同社で勤務していた運転手3人は、実際の長時間労働に対して時間外手当が少ないことなどを問題視し、会社側を提訴しました。

2023年8月、東京地方裁判所立川支部は、同社の1年単位の変形労働時間制を無効と判断しました。

その結果、通常の法定労働時間を前提に時間外労働手当などを計算し、合計1,574万円の支払いを命じました。

2024年5月には東京高等裁判所でも従業員側が勝訴しました。

報道時点では会社側が上告し、最高裁判所で争いが続いています。

また、2026年3月には、関東地方の中小鉄工所を巡る裁判でも東京高等裁判所が従業員側の主張を認め、その後判決が確定しました。

会社側には約155万円の支払いが命じられています。

これらの事例で問題となったのが、事前に特定した休日を勤務日に変更するなどの運用です。

制度の適用が否定されると、企業が変形労働時間制を前提として計算していた賃金について、通常の法定労働時間に基づく再計算が必要になる場合があります。

なお、制度に不備があれば常にすべての期間について一律に無効となるわけではなく、具体的な事実関係や違反内容に応じて判断されます。

それでも、企業にとって未払い賃金の発生は重大な経営リスクです。

休日を出勤日に変更することの法的問題

1年単位の変形労働時間制では、労働日と労働日ごとの労働時間を事前に特定することが原則です。

対象期間を1カ月以上の期間に区分する場合には、最初の期間について労働日と労働時間を定め、後の各期間については、原則として各期間の初日の少なくとも30日前までに、過半数代表者等の同意を得て具体的に定める仕組みがあります。

ここで重要なのは、いったん特定した労働日や労働時間を、業務の都合だけで自由に変更できないことです。

例えば、年間カレンダーで日曜日を休日としていた企業が、急な受注を理由に日曜日を出勤日とし、代わりに翌週の水曜日を休日に変更する場合です。

企業側は、休日の日数が変わらなければ問題ないと考えるかもしれません。

しかし、事前に特定した労働日の変更は、変形労働時間制の適用上、問題となる可能性があります。

特に注意したいのは、休日の振替と変形労働時間制における労働日の特定を混同しないことです。

通常の労務管理では、就業規則などに定めがあり、適切な手続きを踏めば休日の振替が認められる場合があります。

しかし、休日の振替が有効であることと、変形労働時間制の要件を満たしていることは、必ずしも同じではありません。

休日労働や時間外労働として適切に処理する必要がある場合もあります。

中小企業で制度が普及している背景

厚生労働省の2025年就労条件総合調査によると、1年単位の変形労働時間制を採用する企業の割合は30.3%となっています。

企業規模別では、従業員1,000人以上の企業が22.3%であるのに対し、30~99人の企業では31.6%となっています。

中小企業で比較的多く利用されていることが分かります。

背景には、季節や受注状況によって仕事量が大きく変動する業種が多いことがあります。

建設業では天候によって作業が中止されることがあります。

運輸業では荷主の都合によって配送計画が変更されることがあります。

製造業でも、取引先の生産計画や納期変更によって業務量が変動します。

こうした企業にとって、一定期間を通じて労働時間を調整できる制度には実務上の利点があります。

一方で、制度の詳細な要件を十分に理解しないまま、従来の勤務管理の延長として運用している企業もあると考えられます。

制度を導入していることと、制度を適法に運用していることは別問題です。

制度の弾力化を求める経済界の主張

こうした状況を受けて、日本商工会議所などの経済界からは、制度の弾力化を求める声が上がっています。

主な要望は、労働日の特定時期を現行の30日前より短縮することや、労使の合意によって特定済みの労働日を一定程度変更できるようにすることです。

企業側の主張には、現実の業務運営と制度上の制約が必ずしも一致していないという問題意識があります。

特に、天候や取引先の事情によって仕事の予定が変わる業種では、30日前に勤務日を確定することが難しい場合があります。

2026年7月にまとめられた日本成長戦略でも制度の見直しに向けた検討が示され、厚生労働省の労働政策審議会で議論が始まっています。

ただし、検討が始まったことと、法令が改正されたことは異なります。

企業は将来の制度変更を前提に運用を先取りするのではなく、現行制度に基づいた労務管理を続ける必要があります。

労働者の生活時間を守るという制度の目的

制度の弾力化を考える際には、労働者側への影響も無視できません。

休日や勤務時間が直前に変更されると、労働者は私生活の予定を立てにくくなります。

特に、育児や介護を担う従業員にとって、勤務予定の変更は深刻な問題です。

保育施設の利用時間、家族の通院、介護サービスの手配などは、勤務予定を前提として調整されています。

企業の都合によって休日が頻繁に変更されれば、従業員本人だけでなく家族の生活にも影響が及びます。

また、変形労働時間制の運用を柔軟にすることで、結果として時間外労働に対する割増賃金の支払いが減少する可能性もあります。

企業の生産性向上と労働者の生活時間の確保を、どのように両立させるかが重要な論点です。

制度改革では、企業の業務上の必要性だけでなく、労働者の健康確保や生活の安定という観点も求められます。

1カ月単位の変形労働時間制との違い

変形労働時間制には、1年単位のほかに1カ月単位の制度もあります。

1カ月単位の変形労働時間制では、1カ月以内の一定期間を平均して1週間当たりの労働時間が法定労働時間を超えないように設定します。

こちらについても、労働日や労働時間を事前に特定することが基本です。

ただし、過去の裁判例では、例外的な勤務変更を認める余地が示されたことがあります。

2002年のJR西日本に関する裁判では、広島高等裁判所が、就業規則に例外的かつ限定的な変更事由を具体的に定めるなどの条件を満たす場合には、変更が認められる余地があるとの判断枠組みを示しました。

また、2022年の運輸業に関する裁判では、労働時間の変更が実際の労働時間の短縮につながり、就業規則上の手続きも踏まれていたことなどから、制度を無効とすべきではないと判断されています。

もっとも、これらは個別の事実関係に基づく判断です。

1カ月単位であれば自由に勤務変更できるという意味ではありません。

また、1年単位の変形労働時間制にも同じ考え方が当然に適用されるわけではありません。

経営者と人事労務担当者が確認すべき事項

企業が変形労働時間制を採用する場合、少なくとも次の事項を確認する必要があります。

第一に、労使協定の内容と実際の勤務実態が一致しているかという点です。

協定を締結していても、現場で予定外の勤務変更が常態化していれば問題が生じます。

第二に、年間勤務カレンダーや各期間の勤務予定が、法令上の期限までに適切に特定されているかという点です。

第三に、休日出勤や勤務時間の変更が発生した場合の処理方法です。

単に別の日を休日にするだけでなく、時間外労働や休日労働の該当性、割増賃金の必要性を確認する必要があります。

第四に、勤怠管理システムの設定です。

システム上で勤務日を変更できることと、その変更が法的に有効であることは異なります。

第五に、過去の運用状況の点検です。

制度の要件を満たしていない可能性がある場合には、対象期間や賃金計算への影響を確認する必要があります。

未払い賃金が発生していれば、労働基準法上の賃金請求権の消滅時効にも注意が必要です。現在は原則5年とされつつ、当分の間は3年とする経過措置が設けられています。

問題を放置すると、複数の従業員から請求を受ける可能性もあります。

企業経営に求められる労働時間管理の転換

変形労働時間制を巡る問題は、単なる法令遵守の問題にとどまりません。

企業が業務量の変動をどのように管理し、その負担を誰が引き受けるのかという経営上の問題でもあります。

取引先からの急な発注変更や納期短縮に対して、従業員の勤務予定を変更するだけで対応し続けることには限界があります。

業務の平準化、受注条件の見直し、取引先との調整、人員配置の改善なども必要です。

特に中小企業では、人手不足によって特定の従業員に負担が集中することがあります。

そのような状況で制度の柔軟性だけを高めても、根本的な問題が解決するとは限りません。

一方、適切な労使協議の下で勤務予定の変更を一定程度認めることが、業務運営と雇用維持の両立につながる場合も考えられます。

重要なのは、柔軟な働き方を実現するための制度が、労働者の予測可能性や生活時間を損なう仕組みにならないことです。

企業には、法令上の要件を満たすだけでなく、従業員が安心して働ける勤務計画を作成する姿勢が求められます。

結論

1年単位の変形労働時間制は、繁忙期と閑散期の労働時間を調整するための有効な仕組みです。

しかし、事前に特定した休日や労働時間を企業の都合で自由に変更できる制度ではありません。

近年の裁判例は、制度の形式的な導入だけでは不十分であり、実際の運用が法令上の要件を満たしていることの重要性を示しています。

企業側にとっては、制度の適用が否定されることによる未払い残業代の発生が大きなリスクとなります。

一方、労働者にとっては、休日や勤務時間の予測可能性が生活の安定につながります。

今後、制度の弾力化に向けた議論が進むとしても、企業の利便性と労働者の保護を両立させる視点が欠かせません。

経営者や人事労務担当者は、現在の勤務カレンダー、労使協定、勤怠管理、割増賃金の計算方法を改めて点検する必要があります。

変形労働時間制の本質は、残業代を減らすことではなく、計画的な労働時間管理によって企業活動と働く人の生活を両立させることにあります。

参考

日本経済新聞 2026年11月2日 朝刊「『休日を出勤日に』で企業敗訴相次ぐ 変形労働時間制に厳しい司法」

厚生労働省「令和7年就労条件総合調査」

労働基準法第32条、第32条の4、第35条、第36条、第37条

厚生労働省「1年単位の変形労働時間制」関連資料

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