税制改正というと、まず思い浮かぶのは税率の引上げです。
相続税率が上がる。
贈与税率が上がる。
基礎控除が下がる。
こうした変更であれば、税負担が増える仕組みは比較的分かりやすいものです。
ところが、今回議論されている非上場株式の評価方法の見直しは、税率そのものを変更するものではありません。
それでも、評価方法が変わって株式の評価額が上昇すれば、相続税や贈与税の課税対象となる金額が増える可能性があります。
結果として納税者の負担が増えるのであれば、実質的には増税と同じような効果を持つ可能性があります。
今回の議論で重要なのは、「評価方法の変更」と「増税」がどのような関係にあるのかを整理することです。
税率を上げなくても税負担は増える
税金の負担を決めるのは、税率だけではありません。
基本的な考え方としては、課税対象となる金額に税率を適用して税額を計算します。
したがって、税率が同じでも課税対象となる金額が増えれば、税額が増える可能性があります。
非上場株式の評価も同じです。
相続税率を変更しなくても、自社株の評価額が上昇すれば、相続財産全体の価額が増える可能性があります。
その結果、相続税の負担が増えることがあります。
「評価額」と「税額」は同じではない
ここは非常に重要です。
自社株の評価額が1億円から2億円になったとしても、相続税が1億円増えるわけではありません。
相続税は、自社株だけでなく、預金、不動産、その他の財産などを合計して計算します。
そこから債務などを控除し、基礎控除を差し引きます。
さらに相続人の数や財産の取得状況なども関係します。
そのため、株式評価額の上昇幅と、最終的な相続税の増加額は一致しません。
しかし、株式評価額が上昇すれば、課税価格が増える方向に働くことは間違いありません。
「増収を考えていない」という説明
今回のインタビューで高橋達也税理士が問題提起しているのが、国税庁から「評価の見直しによって増収は考えていない」との趣旨の発言があったとされる点です。
ここでは、「増収を目的としていない」という意味と、「結果として増収にならない」という意味を区別する必要があります。
例えば、政策目的が評価方法の合理化であったとしても、評価額が上昇する会社が増えれば、結果として相続税や贈与税の課税価格が増える可能性があります。
したがって、政策目的と財政上の結果は別に考える必要があります。
増収を目的にしなくても増収は起こり得る
税制を変更するときには、必ずしも税収を増やすことだけが目的とは限りません。
制度を簡素化する。
公平性を高める。
租税回避を防止する。
評価方法を実態に近づける。
こうした目的で制度を変更することがあります。
それでも、その変更によって課税対象となる金額が増えれば、結果として税収が増える可能性があります。
つまり、「増収を目的としていない」という説明だけでは、実際に税収がどう変化するのかは分かりません。
だから増減収試算が重要になる
そこで重要になるのが、増減収試算です。
新しい評価方法を導入した場合、国全体で相続税や贈与税の税収がどの程度変化するのか。
どの程度の企業が評価額上昇の影響を受けるのか。
平均的な評価額はどの程度変わるのか。
こうした数字が分かれば、制度変更の影響を客観的に検討できます。
特に今回のように全国の非上場会社を広く対象とする可能性がある改正では、影響の規模を確認することが重要になります。
税率改正と評価方法改正の違い
税率の改正と評価方法の改正では、手続きが異なります。
税率や基礎控除を変更する場合には、通常、法律を改正する必要があります。
国会で法案が審議され、議決されます。
一方、財産評価基本通達の変更は、法律改正とは異なる手続きで行われます。
今回の議論で高橋氏が問題提起しているのは、この違いです。
評価方法の変更によって課税価格が大きく変わるのであれば、それをどのような手続きで決めるのが適切なのかという問題です。
通達の変更でも納税者への影響は大きい
財産評価基本通達は、国税庁が財産評価の取扱いを統一するための行政上のルールです。
しかし、非上場株式の評価において重要な役割を果たしています。
そのため、通達の内容が変われば、納税者の税額にも影響する可能性があります。
形式としては法律改正ではなくても、実際の納税額が変わる可能性があるわけです。
ここから、今回の見直しでは「どのような内容にするのか」だけでなく、「どのような手続きで決めるのか」という問題も重要になります。
実質的な増税という言葉には注意が必要
ただし、「評価額が上がるから実質的な増税だ」と単純に断定するのも注意が必要です。
まず、すべての企業の評価額が上昇するとは限りません。
会社の規模や利益、純資産、業種などによって影響は異なります。
また、評価額が上昇しても、すべての相続人の税額が同じように増えるわけではありません。
基礎控除などによって税負担が変わらないケースも考えられます。
さらに、事業承継税制などによって納税猶予を受けられる場合もあります。
したがって、「評価額上昇」と「実際の税負担増」は分けて考える必要があります。
それでも税負担への影響は無視できない
一方で、評価額上昇の税負担への影響を小さく見ることもできません。
特に自社株は、企業によっては数億円規模の評価になることがあります。
そこに大きな評価差が生じれば、課税価格への影響も大きくなる可能性があります。
例えば、自社株の評価額が1億円から1億5,000万円になれば、5,000万円の評価差が生じます。
実際の相続税の増加額は他の財産や基礎控除などによって変わりますが、税負担を検討するうえで無視できない差です。
増収額を示す意味
増減収試算には、もう一つ重要な意味があります。
それは、制度改正の目的を確認する材料になることです。
仮に評価方法を変更した結果、国全体で大幅な増収になるのであれば、その財政的な効果を明示する必要があります。
一方、増収がほとんど生じないのであれば、それも一つの重要な情報です。
いずれにしても、数字が示されれば、国民や実務家は制度変更の影響を具体的に議論できます。
「増収を考えていない」と「増収にならない」は違う
この2つは似ているようで意味が違います。
「増収を考えていない」は、政策の目的についての説明です。
「増収にならない」は、制度変更の結果についての説明です。
前者であっても、後者とは限りません。
評価方法を変更した結果、課税価格が上昇する企業が多ければ、税収が増える可能性があります。
だからこそ、評価見直しの議論では、政策目的と財政効果を分けて考える必要があります。
評価方法の変更には誰が関与するのか
今回の議論では、国税庁の有識者会議が重要な役割を担っています。
一方、税制改正全体を見ると、財務省主税局、政府税制調査会、与党税制調査会、国会など、それぞれ異なる役割があります。
評価方法が通達によって定められてきたとしても、その変更が国民の税負担に大きな影響を与える場合、どのようなプロセスで議論するのが適切なのかという問題が生じます。
高橋氏は、60余年ぶりの抜本的な見直しであれば、より丁寧な議論と手続きが必要だと問題提起しています。
これは、今回の制度変更を考えるうえで重要な論点です。
租税法律主義との関係
税制を考えるうえで重要な原則の一つが租税法律主義です。
憲法84条は、新たに租税を課したり、現行の租税を変更したりする場合には、法律または法律の定める条件によることを求めています。
今回問題となっているのは、評価方法そのものは財産評価基本通達によって定められているという点です。
通達の変更によって評価額が上昇し、その結果として税負担が増える場合、租税法律主義との関係をどう考えるのか。
ここについては法的な評価や制度設計上の議論が必要になります。
高橋氏は、この点について慎重な検討が必要だと指摘しています。
評価方法はどこまで行政に委ねられるのか
相続税法が財産の時価を基準としている以上、その具体的な評価方法を行政が定める必要性はあります。
全国の財産を一件ずつ法律で評価することは現実的ではありません。
だからこそ、一定の評価ルールを行政が設けることには実務上の意味があります。
問題は、その評価ルールの変更によって納税者の負担が大きく変わる場合です。
どこまでを行政上の評価方法の変更として認め、どこからを法律で決めるべき税制の変更と考えるのか。
今回の議論は、この境界線を考える機会にもなります。
中小企業オーナーが見るべきポイント
経営者にとって重要なのは、政治的な議論だけではありません。
まず、自社株の現在の評価額を把握することです。
次に、新しい評価方式になった場合に、どの要素が自社株評価へ影響するのかを確認します。
さらに、相続税や贈与税がどの程度変化する可能性があるのかを試算します。
事業承継税制を利用できるのかも確認します。
そして、現在進めている株式移転計画に影響がないかを確認します。
税理士にとっても重要なテーマになる
今回の評価見直しは、税理士にとっても大きな実務テーマです。
自社株評価は専門性が高く、会社ごとに財務内容も異なります。
新しい評価方式が導入されれば、現在の事業承継計画や株式移転計画を再検討する必要が生じる可能性があります。
税理士には、制度が確定してから対応するだけでなく、改正議論の方向性を把握し、顧客に適切な情報を提供することが求められることになります。
結論
非上場株式の評価方法が変更され、評価額が上昇すれば、相続税や贈与税の課税価格が増える可能性があります。
税率を引き上げなくても、結果として税負担が増える可能性があるということです。
ただし、評価額の上昇と実際の税額の増加は同じではありません。
会社の財務内容や相続財産、基礎控除、相続人の数、事業承継税制の利用などによって、実際の税負担は変わります。
また、「増収を目的としていない」という政策上の説明と、「結果として増収にならない」という財政上の結果も別の問題です。
だからこそ、今回の見直しでは、具体的な評価方式だけでなく、現行方式との比較や増減収試算を示すことが重要になります。
さらに、通達改正によって実質的な税負担が変わる場合、どのような手続きで決定することが適切なのかという問題もあります。
非上場株式の評価見直しは、税率を変えないまま税負担が変わる可能性がある制度改正だからこそ、その影響を数字で確認することが重要です。
次回は、財産評価基本通達そのものに焦点を当てます。
「法律ではない通達によって、なぜ相続税の評価額が決まるのか」という仕組みを整理し、通達と法律の違いを分かりやすく解説します。
参考
税のしるべ 2026年9月14日 財務省主税局で相続税・贈与税等の企画・立案に従事した高橋達也氏に取引相場のない株式の評価見直しについて聞く