非上場株の新しい相続税評価ルール案では、会社の簿価純資産と今後5年間で見込まれる収益力を基礎として株価を計算する方向が示されています。
しかし、純資産と利益から求めた金額をそのまま株式評価額にするわけではありません。
報道されている案では、過大な課税を避けるために、算定した金額に一定の係数を掛ける仕組みが検討されています。
この係数は、新しい非上場株評価を理解するうえで極めて重要です。
なぜなら、同じ純資産と利益を持つ会社でも、係数が0.7なのか0.8なのかによって、最終的な株式評価額が大きく変わるからです。
そこで今回は、非上場株評価に使われる係数とは何なのか、なぜ調整が必要なのかを整理します。
係数とは何か
係数とは、計算した金額を一定割合に調整するために掛ける数字です。
たとえば、ある会社について純資産と収益力を基礎に計算した金額が10億円だったとします。
ここに0.7という係数を掛ければ、
10億円に0.7を掛けて7億円
となります。
係数が0.8なら8億円です。
係数が0.6なら6億円です。
つまり、係数は最終的な評価額を直接左右します。
計算式の前半部分が同じでも、最後に掛ける係数が違えば結果は大きく変わります。
なぜそのまま評価額にしないのか
では、なぜ純資産と収益力から計算した金額をそのまま相続税評価額にしないのでしょうか。
理由の一つは、非上場株には上場株と比べて換金しにくいという特徴があるからです。
上場株であれば、証券市場で売却できます。
一方、非上場会社の株式は市場で自由に売買できるわけではありません。
特に同族会社の株式は、第三者へ簡単に売却できない場合があります。
会社そのものに価値があっても、その株式をすぐ現金化できるとは限らないわけです。
そのため、企業価値を機械的に計算した金額をそのまま相続税評価額とすると、実際の換金可能性に比べて評価額が高くなりすぎる可能性があります。
そこで一定の調整を行う考え方が必要になります。
非上場株には流動性の低さがある
非上場株の特徴を考えるうえで重要なのが流動性です。
流動性とは、資産をどれだけ簡単に売買できるかという意味です。
上場株は市場で毎日取引されています。
売却したい人と購入したい人が多数存在し、市場価格も確認できます。
これに対して非上場株では、そもそも買い手を見つけることが難しいことがあります。
特に中小企業の株式では、経営権との関係もあります。
株式を第三者に売ることで、会社の支配関係が変わる可能性もあります。
したがって、単純に会社の純資産や利益だけを見て上場株と同じように評価するのは難しい面があります。
係数には、こうした非上場株特有の事情を評価額に反映させる役割が期待されていると考えられます。
企業価値と相続税評価額は同じではない
企業価値と相続税評価額は、必ずしも同じではありません。
企業価値とは、会社そのものがどれだけの経済的価値を持つかを示す考え方です。
一方、相続税評価額は、相続税を計算するための税務上の評価額です。
たとえば、会社の純資産と収益力から見て企業価値が10億円程度あると考えられても、その株式を市場で10億円ですぐ売却できるとは限りません。
経営権の制約があります。
買い手も限られます。
会社の規模や業種によって売却の難しさも違います。
こうした事情を踏まえ、税務上の株価を企業価値そのものより一定程度低く調整する考え方が出てきます。
その調整を数値化するものの一つが係数です。
日経試算の0.7とは何か
日本経済新聞は、新ルール案による影響を複数の仮想企業について試算しています。
ただし、制度上の正式な係数はまだ決まっていません。
そこで試算では、現行制度などを参考に0.7という係数を仮定しています。
これは、
新しい制度では0.7になることが決定した
という意味ではありません。
あくまで制度の影響を試算するために置かれた仮定です。
この点は非常に重要です。
0.7という数字だけが独り歩きすると、実際の新制度の株価を計算できるように見えてしまいます。
しかし現段階では、最終的な係数が何になるのかは確定していません。
係数が0.7ならどの程度変わるのか
簡単な例で考えてみます。
純資産と収益力から算定した金額が5億円だったとします。
係数0.7なら、
5億円に0.7を掛けて3億5000万円
です。
係数0.8なら、
4億円
になります。
係数0.6なら、
3億円
です。
0.1違うだけで5000万円の差が出ます。
評価額が10億円なら、0.1の違いは1億円です。
会社規模が大きくなるほど、係数の小さな違いが大きな金額差になります。
そして株式評価額が変われば、相続税額にも影響します。
相続税は評価額が増えるほど影響が大きくなる
相続税は累進税率です。
課税される金額が大きくなるほど高い税率が適用されます。
そのため、自社株評価額が1億円増えたからといって、相続税が一定額だけ増えるわけではありません。
他の相続財産や法定相続人の人数などにもよりますが、高額な相続では評価額の差が税額に大きく響きます。
日本経済新聞の試算でも、企業規模の大きい高収益会社では、評価額の上昇によって相続税額が2億円以上増えるケースが示されています。
したがって、係数は単なる計算上の細かな数字ではありません。
事業承継時の納税資金を左右する重要な要素です。
なぜ係数が必要なのかは制度の公平性にも関係する
係数を設ける理由には、制度の公平性という問題もあります。
非上場会社には非常に多様な企業があります。
従業員1人の会社もあれば、売上高数百億円規模の会社もあります。
利益が大きい会社もあれば、赤字会社もあります。
不動産を多く持つ会社もあれば、ほとんど資産を持たないサービス業もあります。
こうした企業を一つの計算式で評価する場合、そのまま計算すると一部の会社で極端に高い評価額になる可能性があります。
反対に、評価額が低すぎれば過度な節税につながる可能性があります。
そこで、制度全体としてどの程度の評価水準にするのかを調整する役割を係数が担うことになります。
係数を低くすればすべての会社が得になるのか
係数だけを見れば、低いほうが株式評価額は下がります。
しかし、制度全体ではそれほど単純ではありません。
新ルールでは、これまで使われてきた類似業種比準方式などを廃止する方向が検討されています。
つまり、
現行方式による株価
と
新方式で純資産と収益力を計算して係数を掛けた株価
を比較する必要があります。
たとえば現行方式で1億円だった会社が、新方式の基礎額では3億円になったとします。
そこに0.7を掛けても2億1000万円です。
評価額は現行方式の2倍以上になります。
反対に、新方式の基礎額が5000万円なら、0.7を掛けた評価額は3500万円です。
この場合は現行方式より低くなる可能性があります。
したがって、係数だけを見て増税か減税かを判断することはできません。
高収益企業では係数を掛けても評価額が上がることがある
新ルールで高収益企業の評価額が上がる可能性があるのは、係数を掛けてもなお基礎となる企業価値が大きくなるからです。
高収益会社では、将来の収益力が高く評価されます。
さらに、長年利益を蓄積していれば純資産も大きくなっています。
この二つを組み合わせた金額が大きければ、たとえ0.7のような調整係数を掛けても、現行制度の株価を上回る可能性があります。
つまり係数は、新制度による評価額上昇を完全に打ち消すものではありません。
過大な評価を一定程度調整する役割と考えたほうが分かりやすいでしょう。
零細企業では係数による減額効果も大きくなる可能性がある
一方、純資産が小さく、収益力も高くない会社では、基礎となる評価額自体がそれほど大きくならない可能性があります。
そこに一定の係数を掛ければ、最終的な評価額はさらに低くなります。
日本経済新聞の試算では、従業員1人で売上高4000万円の事務代行業について、株式評価額が1800万円から780万円まで下がるケースが示されています。
こうした結果からも、新制度は大規模会社と零細会社に一律の影響を与えるものではないことが分かります。
会社の純資産と利益の実態によって結果が分かれます。
係数は今後の制度設計で最も注目すべき数字の一つ
新ルールの詳細を見る際には、いくつかの重要な数字があります。
純資産をどのように計算するのか。
収益力をどの利益から求めるのか。
何年間を見るのか。
そして、最後にどの係数を掛けるのか。
この中でも係数は、すべての会社の最終評価額に直接影響するため特に重要です。
仮に0.7から0.8へ変わるだけでも、評価額は約14パーセント増えます。
逆に0.7から0.6になれば、評価額は約14パーセント減ります。
制度全体への影響は非常に大きくなります。
係数は今後変更される可能性もある
新制度導入時の係数が決まったとしても、それが永久に固定されるとは限りません。
経済環境や金利、非上場株市場の実態などが変われば、将来的に調整される可能性もあります。
現在の非上場株評価も、長い年月の間にさまざまな見直しが行われてきました。
今回の制度改革は約60年ぶりの大きな転換ですが、新制度が導入された後も、実際の課税状況を見ながら調整される可能性があります。
経営者や後継者にとっては、一度制度を理解すれば終わりではなく、継続して制度改正を確認することが重要です。
結論
非上場株評価の係数とは、会社の純資産と収益力などから計算した金額を、最終的な相続税評価額へ調整するために掛ける数字です。
非上場株は上場株のように市場で自由に売買できず、換金性が低いという特徴があります。
また、企業価値をそのまま相続税評価額にすると、一部の会社で過大な評価となる可能性もあります。
そこで新ルール案では、純資産と収益力から求めた金額に一定の係数を掛ける仕組みが検討されています。
日本経済新聞の試算では0.7が使われていますが、これは正式に決定された数字ではありません。
最終的な係数が0.6なのか0.7なのか0.8なのかによって、評価額は大きく変わります。
特に企業価値が数億円、数十億円になる会社では、係数のわずかな違いが億円単位の評価差につながる可能性があります。
そして、その差は相続税額や後継者の納税資金にも直結します。
新しい非上場株評価制度を見る際には、純資産や利益だけではなく、最後に掛けられる係数が何になるのかを確認することが極めて重要です。
参考
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の評価、新ルール案 中小・零細で相続税減
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の相続税、大規模・高収益なら負担増 国税庁案
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の算定方法 企業規模に応じ3方式