相続時精算課税は受贈者が先に死亡するとどうなるのか 自社株贈与と納税義務承継の落とし穴

税理士
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相続時精算課税制度は、生前贈与を活用した財産承継や事業承継に利用される制度です。

特に非上場会社の自社株を後継者に移転する場合には、将来の株価上昇を見込んで、相続時精算課税制度を選択することがあります。

しかし、この制度には見落とされやすい重要な問題があります。

それは、財産を贈与した親よりも、贈与を受けた子どもが先に死亡した場合です。

相続時精算課税制度では、贈与者が死亡した際に、生前贈与された財産を一定のルールに従って相続税の計算に取り込みます。

ところが、贈与を受けた子どもが既に死亡していた場合には、その子どもの相続人が、相続時精算課税に伴う納税上の権利義務を引き継ぐことになります。

今回は、相続税法第21条の17を中心に、自社株の贈与を受けた子どもが親より先に死亡した場合の相続税実務について解説します。

相続時精算課税制度の基本的な仕組み

相続時精算課税制度は、一定の要件を満たす贈与について、暦年課税とは異なる方法で贈与税を計算する制度です。

制度を選択すると、原則として同じ特定贈与者からの贈与について、暦年課税に戻ることはできません。

2024年以後の贈与については、年間110万円の基礎控除が設けられています。

この基礎控除とは別に、累計2,500万円の特別控除があり、これを超える部分には原則として20%の贈与税が課されます。

そして、特定贈与者が死亡した際には、相続時精算課税による贈与財産のうち、相続税の課税価格に加算すべき金額を取り込んで相続税を計算します。

2024年以後の贈与については、原則として年間110万円の基礎控除後の金額が加算対象になります。

一方、2023年以前の贈与については、従来のルールによって加算額を判断します。

相続時精算課税制度では、贈与時の税金だけでなく、贈与者が死亡した際の相続税まで見通すことが重要です。

自社株2億円を子どもに贈与した事例

今回の講義資料では、自社株を利用した具体的な事例が紹介されています。

2019年10月、会社経営者である父親は、代表者を退任することに伴い、事業後継者である子どもに自社株の100%を贈与しました。

贈与時の自社株の相続税評価額は2億円でした。

子どもは相続時精算課税制度を選択し、翌年、期限内に贈与税の申告と納付を行いました。

当時の制度では、2,500万円の特別控除を差し引いた金額に20%の税率を適用します。

したがって、贈与税額は次のようになります。

2億円から2,500万円を差し引くと、1億7,500万円です。

これに20%を乗じると、贈与税額は3,500万円になります。

子どもは、この3,500万円を期限内に納付しました。

ここまでは、相続時精算課税制度を利用した一般的な事業承継の事例です。

しかし、その後、想定外の事態が発生しました。

贈与者である父親より先に子どもが死亡

2023年5月、事業後継者である子どもが、父親より先に死亡しました。

子どもの相続人は、孫1と孫2の2人でした。

子どもは配偶者と離別していたため、相続人はこの2人だけです。

子どもの死亡時点で、自社株の相続税評価額は3億円に上昇していました。

贈与時の評価額は2億円でしたから、4年弱の間に1億円上昇したことになります。

また、子どもには預貯金1億円がありました。

したがって、子どもの相続財産は、自社株3億円と預貯金1億円の合計4億円です。

遺産分割では、事業を承継する孫1が自社株3億円と預貯金5,000万円を取得しました。

孫2は預貯金5,000万円を取得しました。

つまり、孫1の財産取得額は3億5,000万円、孫2の取得額は5,000万円です。

この子どもの相続について、講義資料では相続税の総額を1億920万円と計算しています。

各人の財産取得割合に応じて按分した相続税額は、孫1が9,555万円、孫2が1,365万円となります。

ここで注意したいのは、子どもの死亡によって相続時精算課税の関係が終了するわけではないということです。

相続時精算課税の納税義務は消滅しない

相続時精算課税制度では、特定贈与者が死亡した際に、贈与財産を相続税の計算に取り込む仕組みがあります。

それでは、特定贈与者である父親より先に、受贈者である子どもが死亡した場合にはどうなるのでしょうか。

相続税法第21条の17第1項では、特定贈与者の死亡以前に相続時精算課税適用者が死亡した場合、その適用者の相続人が、相続時精算課税の適用に伴う納税上の権利義務を承継すると定めています。

つまり、子どもが死亡したからといって、相続時精算課税に伴う納税関係が消滅するわけではありません。

子どもの相続人である孫1と孫2が、その権利義務を引き継ぎます。

なお、相続人の中に特定贈与者自身がいる場合には、その特定贈与者は当該権利義務を承継しないという例外があります。

この規定を理解していないと、後に父親が死亡した際の相続税申告で、重大な計算漏れが生じる可能性があります。

父親の死亡によって再び相続税が問題になる

2024年10月、今度は父親が死亡しました。

父親の相続人は、先に死亡した子どもを代襲する孫1と孫2でした。

父親の死亡時点における相続財産は、預貯金2億円です。

孫1と孫2は、この預貯金をそれぞれ1億円ずつ取得することで遺産分割協議を成立させました。

ここだけを見ると、父親の相続財産は2億円です。

しかし、父親は2019年に子どもへ自社株2億円を相続時精算課税制度によって贈与していました。

そのため、父親の相続税を計算する際には、この2億円を取り込む必要があります。

父親の死亡時点で自社株を所有しているのは孫1です。

それでも、相続時精算課税による贈与財産については、贈与時の評価額を基準として相続税の計算に加算する仕組みが適用されます。

この事例では、贈与が2019年に行われているため、加算対象額は2億円です。

したがって、父親の相続税の計算対象となる財産の合計は、預貯金2億円と相続時精算課税による贈与財産2億円の合計4億円となります。

自社株の評価額はいつの時点で判断するのか

この事例では、自社株の評価額が大きく変動しています。

2019年の贈与時には2億円でした。

2023年の子どもの死亡時には3億円になっていました。

それでは、2024年の父親の相続税計算では、2億円と3億円のどちらを使うのでしょうか。

相続時精算課税による贈与財産の加算額は、原則として贈与時の価額を基準とします。

したがって、この事例では2億円を加算します。

一方、2023年に子どもが死亡した際には、子どもが所有していた自社株を、その相続開始時の評価額である3億円として相続税を計算しています。

つまり、同じ自社株であっても、子どもの相続では3億円、父親の相続における精算課税の加算額は2億円となります。

これは、同じ財産を同じ時点で二重に評価しているのではありません。

それぞれ異なる相続について、異なる法律上の課税関係が生じているためです。

父親の相続税額を具体的に計算する

講義資料の計算例を確認します。

父親の相続税の計算対象となる財産は4億円です。

法定相続人は孫1と孫2の2人です。

基礎控除額は4,200万円になります。

したがって、課税遺産総額は3億5,800万円です。

法定相続分はそれぞれ2分の1ですから、各人の法定相続分に応ずる取得金額は1億7,900万円です。

これに相続税の速算表を適用すると、相続税の総額は1億920万円となります。

次に、財産の取得額に応じて税額を按分します。

孫1と孫2は、それぞれ預貯金1億円を取得しています。

一方、死亡した子どもについては、相続時精算課税による贈与財産2億円を取得したものとみなして計算します。

その結果、講義資料では、孫1と孫2にそれぞれ2,730万円、死亡した子どもに5,460万円の相続税額が配分されています。

死亡した子どもについては、2019年の贈与時に3,500万円の贈与税を納付しています。

この贈与税額を控除すると、死亡した子どもに対応する相続税額は1,960万円となります。

この1,960万円が、孫1と孫2に承継される納税義務です。

納税義務はどのように孫へ承継されるのか

相続税法第21条の17第3項では、納税義務の承継について、国税通則法第5条第2項および第3項を準用しています。

国税通則法第5条第2項では、相続人が複数いる場合、原則として相続分に応じて承継する国税の額を按分すると定めています。

今回の事例では、孫1と孫2の法定相続分は、それぞれ2分の1です。

したがって、死亡した子どもに対応する相続税額1,960万円を、孫1と孫2がそれぞれ980万円ずつ承継します。

その結果、父親の相続について、孫1と孫2が最終的に負担する相続税額は、それぞれ3,710万円になります。

内訳は、父親から直接取得した預貯金に対応する相続税額2,730万円と、死亡した子どもから承継した納税義務980万円です。

このように、孫1と孫2は、父親から直接財産を取得したことによる相続税だけでなく、相続時精算課税に伴う納税義務も負担することになります。

なお、国税通則法第5条第3項には、他の相続人が承継する国税について一定の範囲で納付責任を負う規定もあるため、実務では個別の確認が必要です。

自社株を取得していない孫にも納税義務が生じる

今回の事例で特に注目したいのは、孫2の立場です。

孫2は、2023年の子どもの相続では、自社株を取得していません。

自社株3億円を取得したのは、事業後継者である孫1です。

孫2が取得したのは、預貯金5,000万円だけでした。

しかし、相続時精算課税に伴う納税義務は、自社株を取得した孫1だけに承継されるわけではありません。

相続税法第21条の17に基づく納税上の権利義務は、死亡した相続時精算課税適用者の相続人に承継されます。

そのため、孫2にも980万円の納税義務が生じます。

この点は、家族間の公平性を考えるうえでも重要です。

自社株を取得していない相続人にも、後に相続時精算課税に伴う納税負担が発生する可能性があるからです。

事業承継の際には、自社株の承継者だけでなく、他の相続人の将来の税負担まで考慮する必要があります。

顧問税理士が見落とした重要な論点

講義資料では、顧問税理士が相続時精算課税制度の選択について、撤回できないことだけを説明していたという設定になっています。

しかし、相続時精算課税制度では、選択の撤回ができないことだけが注意点ではありません。

受贈者が贈与者より先に死亡した場合、納税上の権利義務が受贈者の相続人に承継されることも重要です。

今回の事例では、顧問税理士がこの点を失念していました。

父親の相続税申告期限の2カ月前になって、ようやく納税義務の承継に気付いたという設定です。

もし、この点に気付かず申告していた場合には、相続時精算課税による贈与財産の加算や、承継された納税義務の計算を誤る可能性がありました。

相続時精算課税制度を利用した事業承継では、贈与時だけでなく、受贈者と贈与者の双方の相続発生まで見据えた管理が必要です。

相続税申告書ではどのように処理するのか

今回の講義資料では、相続税申告書の記載方法についても説明されています。

父親から直接財産を取得した孫1と孫2については、相続税申告書第1表でそれぞれの税額を計算します。

一方、死亡した子どもについては、相続時精算課税による贈与財産の加算と贈与税額控除を反映する必要があります。

さらに、死亡した子どもから孫1と孫2へ承継された納税義務については、相続税申告書第1表の付表1を利用して整理します。

講義資料では、相続時精算課税による財産の加算について、第11表の2表にも言及しています。

このように、通常の相続税申告とは異なる書類や計算が必要になるため、申告書の作成時には注意が必要です。

単に相続財産の一覧表を作成するだけでは、納税義務の承継を適切に反映できません。

納税義務がさらに承継される場合

相続時精算課税に伴う納税義務の承継については、さらに複雑な問題があります。

相続税法第21条の17第4項では、権利義務を承継した者が死亡した場合についても規定しています。

また、相続税法基本通達21の17の1では、再承継に関する取扱いが示されています。

例えば、父親から相続時精算課税によって財産を贈与された子どもが死亡し、その権利義務を孫が承継したとします。

さらに、その孫が父親より先に死亡した場合には、一定の範囲で納税上の権利義務が再承継されます。

ただし、再承継した相続人がさらに特定贈与者より先に死亡した場合には、その権利義務が次の相続人に承継されず消滅するという取扱いが示されています。

このように、相続時精算課税制度では、複数世代にわたる相続が発生すると、納税義務の承継関係が複雑になることがあります。

長期間にわたる制度であるからこそ、家族構成や相続の順序を踏まえた検討が必要です。

事業承継では納税資金の確保が重要

自社株を相続時精算課税制度によって贈与する場合、将来の相続税負担を見据えた納税資金の確保が重要です。

今回の事例では、孫1が自社株を承継しました。

一方、孫2は自社株を取得していません。

それでも、両者は相続時精算課税に伴う納税義務を承継しています。

仮に、孫2が十分な預貯金を取得していなかった場合には、納税資金の不足が問題になった可能性があります。

また、自社株は上場株式と異なり、容易に売却できるとは限りません。

事業承継のために自社株を取得しても、相続税を納付するための現金が不足することがあります。

したがって、自社株の贈与を検討する際には、将来の相続税額だけでなく、納税資金の確保方法も併せて検討する必要があります。

相続時精算課税制度を選択する前に確認したいこと

相続時精算課税制度を利用する場合には、まず贈与者と受贈者の年齢や家族構成を確認することが重要です。

次に、受贈者が贈与者より先に死亡する可能性も想定します。

さらに、受贈者に複数の相続人がいる場合には、納税義務がどのように承継されるかを検討します。

特に、自社株を特定の後継者に集中させる場合には、他の相続人との税負担の公平性に注意が必要です。

また、贈与時の自社株評価額と、将来の相続時の評価額が異なることも想定する必要があります。

贈与後に会社の業績が悪化した場合には、株価が下落する可能性もあります。

相続時精算課税制度では、原則として贈与時の価額を基準に相続税の計算に取り込むため、贈与後の株価下落が不利に働く場合があります。

反対に、株価が大きく上昇した場合には、贈与時の評価額を基準にできることが有利に働く場合があります。

制度の選択では、税額だけでなく、事業の将来性や家族全体の財産承継計画を踏まえることが重要です。

結論

相続時精算課税制度では、贈与者より先に受贈者が死亡しても、納税上の権利義務が当然に消滅するわけではありません。

相続税法第21条の17では、受贈者の相続人が、その権利義務を承継することが定められています。

今回の事例では、父親から自社株2億円の贈与を受けた子どもが先に死亡し、孫1と孫2が納税義務を承継しました。

その後、父親が死亡した際には、贈与時の自社株評価額2億円を相続税の計算に加算し、既に納付した贈与税3,500万円を控除しました。

その結果、死亡した子どもに対応する相続税額1,960万円が、孫1と孫2にそれぞれ980万円ずつ承継されました。

重要なのは、自社株を取得した孫だけでなく、自社株を取得していない孫にも納税義務が生じるという点です。

相続時精算課税制度は、贈与時の税負担だけを見て判断すべき制度ではありません。

贈与者と受贈者の死亡順序、将来の相続人、納税義務の承継、納税資金の確保まで含めて検討する必要があります。

特に事業承継では、自社株の移転だけでなく、家族全体の税負担を見据えた計画が重要です。

相続時精算課税制度を利用する際には、相続税法第21条の17の納税義務承継規定を忘れないことが、実務上の重要なポイントになります。

参考

東京地方税理士会 2026年7月28日 講義資料 条文から紐解く民法・相続税法の論点検証 木下勇人氏

相続税法第21条の9から第21条の18

相続税法第21条の17 相続時精算課税に係る相続税の納付義務の承継等

国税通則法第5条 相続による国税の納付義務の承継

相続税法基本通達21の17の1 承継される納税に係る権利又は義務

国税庁 相続時精算課税制度に関する取扱い

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