相続税の申告において、最初に確認しなければならないのは相続財産の金額ではなく、誰が相続人になるのかという問題です。
相続人の確定を誤ると、遺産分割協議の有効性だけでなく、相続税の基礎控除額、法定相続分、各種税額控除、申告期限まで影響を受ける可能性があります。
特に注意したいのが、被相続人の死亡時に胎児がいる場合です。
民法では胎児に相続権を認めていますが、相続税法では出生時期によって異なる取扱いが設けられています。
今回は、胎児の相続権を中心に、民法と相続税法の関係を整理し、実務で間違えやすいポイントを解説します。
相続は死亡によって開始する
民法第882条では、相続は死亡によって開始すると定めています。
また、民法第896条は、相続人が相続開始の時から被相続人の財産に属する一切の権利義務を承継することを原則としています。
つまり、被相続人が死亡した時点で、相続財産の権利義務は相続人に承継されます。
ただし、相続人が複数いる場合には、誰が相続人であるのかを正確に確定する必要があります。
例えば、父親が死亡し、配偶者と子どもがいる場合には、配偶者と子どもが相続人になります。
しかし、死亡時に配偶者が妊娠していた場合には、まだ出生していない子どもの相続権も問題になります。
胎児にも相続権が認められる
民法第3条第1項では、私権の享有は出生に始まると規定されています。
したがって、胎児には原則として権利能力がありません。
しかし、民法第886条第1項は、胎児について相続に関しては既に生まれたものとみなすと定めています。
これは、父親が子どもの出生直前に死亡した場合でも、その子どもが相続から排除されないようにするための規定です。
例えば、父親が死亡した時点で、母親と10歳の長男がおり、母親が第2子を妊娠していたとします。
この場合、相続人として考えるべきなのは、母親、長男、胎児の3人です。
ただし、民法第886条第2項により、胎児が死産だった場合には、この取扱いは適用されません。
生きて出生した場合には、相続開始時にさかのぼって相続権が認められます。
胎児がいる場合の遺産分割協議
胎児の相続権を認める以上、胎児を除いて遺産分割協議を進めることはできません。
胎児が生きて出生すれば相続人となるため、胎児を無視した遺産分割協議は、その効力に問題が生じます。
したがって、実務上は胎児の出生を待ってから遺産分割協議を行うことが基本になります。
さらに注意したいのが、未成年者の利益相反です。
父親の相続について母親と未成年の子どもが共同相続人になる場合、母親が子どもを代理して遺産分割協議を行うことは、利益相反に該当します。
この場合、家庭裁判所で特別代理人の選任を受ける必要があります。
例えば、母親と10歳の長男、出生した第2子が相続人である場合には、原則として未成年の子どもそれぞれについて利益相反を回避するための代理人を検討することになります。
単に親子だから母親が代理できるというわけではありません。
相続税の申告期限は相続人によって異なる
相続税の申告期限は、原則として相続開始があったことを知った日の翌日から10カ月以内です。
しかし、胎児については特別な取扱いがあります。
相続税法基本通達27の4では、胎児について、法定代理人がその胎児の生まれたことを知った日を、相続開始があったことを知った日として取り扱うことが示されています。
例えば、父親が死亡してから2カ月後に第2子が出生した場合を考えます。
母親と長男については、通常、父親の死亡を知った日の翌日から10カ月以内が申告期限になります。
一方、出生した第2子については、法定代理人が出生を知った日の翌日から10カ月以内が申告期限となります。
このため、同じ被相続人の相続税申告であっても、相続人によって申告期限が異なる場合があります。
申告期限までに胎児が出生しない場合
さらに複雑なのが、相続税の申告期限になっても胎児が出生していない場合です。
相続税法基本通達11の2の3では、申告書提出時に胎児がまだ出生していない場合には、胎児がいないものとした相続分によって課税価格を計算する取扱いが示されています。
また、相続税法基本通達15の3では、申告書提出日までに出生していない胎児は、相続税の基礎控除額を計算する際の相続人の数に算入しないとされています。
例えば、母親、10歳の長男、胎児という家族構成で、相続財産が6,000万円ある場合を考えます。
申告期限時点で胎児が出生していなければ、相続人の数は2人として計算します。
基礎控除額は、3,000万円に600万円の2人分を加えた4,200万円です。
ところが、その後に胎児が生きて出生すれば、相続人の数は3人となり、基礎控除額は4,800万円になります。
このように、胎児の出生によって相続税の計算そのものが変わる可能性があります。
なお、胎児の出生によって全員の申告義務がなくなる場合には、一定の要件の下で申告期限の延長が認められる取扱いもあります。
胎児の出生後には更正の請求が問題になる
申告期限後に胎児が出生した場合には、既に提出した相続税申告書の見直しが必要になることがあります。
相続税法第32条第1項第2号では、相続人の異動によって税額が過大となった場合の更正の請求について定めています。
相続税法基本通達32の1では、胎児の出生も相続人の異動に含まれるとされています。
そのため、胎児の出生によって相続人の数や相続分が変わり、納付した相続税額が過大になった場合には、更正の請求を検討することになります。
原則として、その事由が生じたことを知った日の翌日から4カ月以内という期限があります。
申告期限だけでなく、更正の請求の期限も管理しなければなりません。
未成年者控除も忘れてはならない
胎児が出生した場合には、相続税の未成年者控除も重要になります。
相続税法第19条の3では、一定の要件を満たす未成年者について、18歳に達するまでの年数に応じた税額控除を認めています。
控除額は、原則として18歳に達するまでの年数1年につき10万円です。
例えば、出生したばかりの子どもであれば、原則として180万円の未成年者控除を計算上考慮することになります。
ただし、実際に控除できる金額は、その未成年者の相続税額などによって異なります。
控除しきれない金額については、一定の扶養義務者の相続税額から控除できる場合もあります。
相続人の確定だけでなく、税額控除の適用漏れがないかを確認することが大切です。
相続人の確定は戸籍だけでは終わらない
相続税申告では、戸籍謄本などによって相続人を確認することが基本です。
しかし、戸籍の確認だけで十分とは限りません。
妊娠中の配偶者がいないか、認知されていない子どもがいないか、養子縁組や代襲相続の問題がないかなど、法律上の相続人に影響する事情を確認する必要があります。
また、相続人が未成年者である場合には、特別代理人の選任や申告期限の起算日も確認しなければなりません。
相続人を1人間違えるだけで、その後の遺産分割協議や相続税申告の前提が変わってしまうことがあります。
結論
相続税申告では、財産評価や税額計算に目が向きがちですが、それ以前に相続人を正しく確定することが不可欠です。
胎児がいる場合には、民法上の相続権と相続税法上の取扱いを区別して考える必要があります。
特に重要なのは、胎児の出生時期によって、遺産分割協議、基礎控除額、相続税申告期限、更正の請求、未成年者控除などに影響が生じるという点です。
相続税の申告実務では、相続人の確定を単なる事務作業として扱うのではなく、法律上の権利関係を確認する重要な作業として位置付ける必要があります。
相続人の確定を誤らないことが、適正な相続税申告の第一歩といえるでしょう。
参考
東京地方税理士会 2026年7月28日 講義資料「条文から紐解く民法・相続税法の論点検証」木下勇人氏
民法第3条、第886条、第887条、第896条
相続税法第15条、第19条の3、第27条、第32条
相続税法基本通達11の2の3、15の3、27の4、27の6、32の1