相続税の申告を終え、遺産分割協議も無事に成立したと思っていたところ、突然、被相続人の子どもであると主張する人物が現れたらどうなるのでしょうか。
しかも、その人物が裁判によって被相続人の子どもであると認められた場合、既に成立した遺産分割協議や相続税申告はどうなるのでしょうか。
この問題は、民法上の相続権だけでなく、相続税法上の相続人の数、法定相続分、更正の請求、申告期限などに影響する重要な論点です。
特に注意したいのが、被相続人の死亡後に親子関係が認められる死後認知です。
死後認知では、相続人の数が変わるだけでなく、既に遺産分割を終えた相続人に対して金銭の支払いを求める問題が生じます。
今回は、民法第787条と第910条、相続税法第32条を中心に、死後認知が相続税申告に及ぼす影響を具体的に解説します。
死後認知とは何か
民法では、婚姻関係にない男女の間に生まれた子どもについて、父親との法律上の親子関係を成立させるために認知という制度を設けています。
母子関係は原則として出産の事実によって成立しますが、父子関係については認知が必要となる場合があります。
認知は、父親が生前に行うこともできます。
しかし、父親が認知しないまま死亡した場合には、子どもが裁判によって認知を求めることができます。
これが死後認知です。
民法第787条では、子、その直系卑属またはこれらの者の法定代理人が認知の訴えを提起できると定めています。
ただし、父または母の死亡の日から3年を経過したときは、原則として認知の訴えを提起することができません。
したがって、父親が死亡した後でも、一定期間内であれば法律上の父子関係が成立する可能性があります。
認知された子どもの相続分はどうなるのか
死後認知によって父子関係が成立すると、その子どもは父親の相続人になります。
現在の民法では、婚姻関係にある男女の間に生まれた子どもと、婚姻関係にない男女の間に生まれた子どもの法定相続分に差はありません。
かつては非嫡出子の法定相続分を嫡出子の2分の1とする規定がありました。
しかし、2013年の最高裁判所大法廷決定によって、この区別は憲法に違反すると判断され、民法も改正されました。
現在では、法律上の親子関係が成立している限り、嫡出子と非嫡出子の法定相続分は同じです。
例えば、父親が死亡し、相続人として長男と長女がいる場合を考えます。
当初は長男と長女の2人が相続人であり、それぞれの法定相続分は2分の1です。
ところが、その後に別の子どもが死後認知された場合には、相続人は3人になります。
配偶者がいなければ、それぞれの法定相続分は3分の1となります。
このように、死後認知によって相続人の数と法定相続分が変わります。
遺産分割協議が終わっていた場合の問題
ここで重要なのが、死後認知された時点で既に遺産分割協議が終了していた場合です。
例えば、父親が死亡し、長男と長女が遺産分割協議を行ったとします。
相続財産は預貯金と不動産を合わせて9,000万円でした。
長男と長女は、それぞれ4,500万円相当の財産を取得しました。
その後、父親の死亡前に認知されていなかった子どもが認知の訴えを提起し、勝訴判決が確定したとします。
この場合、新たに認知された子どもは、法律上の相続人になります。
しかし、既に成立した遺産分割協議を最初からやり直す必要があるのでしょうか。
民法は、この問題について特別な規定を設けています。
民法第910条の価額支払請求
民法第910条では、相続開始後に認知によって相続人となった者が遺産分割を請求しようとする場合、他の共同相続人が既に遺産分割その他の処分をしていたときは、価額のみによる支払請求権を有すると定めています。
つまり、既に遺産分割が終了している場合には、新たに認知された子どもは、原則として遺産分割のやり直しではなく、金銭による支払いを求めることになります。
先ほどの事例では、長男と長女が既に9,000万円の遺産を分割しています。
その後に3人目の子どもが認知された場合、その子どもの法定相続分は3分の1です。
仮に価額支払請求の対象となる財産価額を9,000万円とし、その他の調整事項がないとすれば、3,000万円相当の支払請求が問題になります。
ただし、実際の支払額は、対象財産の評価時点や具体的な財産状況などによって変わります。
単純に相続開始時の相続税評価額に法定相続分を乗じればよいというものではありません。
この点は実務上、特に注意が必要です。
相続税の基礎控除額も変わる
死後認知によって相続人の数が変わると、相続税の計算にも影響します。
相続税の基礎控除額は、3,000万円に600万円を法定相続人の数だけ加算して計算します。
当初、相続人が長男と長女の2人であれば、基礎控除額は4,200万円です。
ところが、死後認知によって相続人が3人になると、基礎控除額は4,800万円になります。
相続人の数が1人増えることで、基礎控除額は600万円増加します。
さらに、法定相続分に応じて相続税の総額を計算する仕組みも変わります。
したがって、既に申告した相続税額が過大になっている可能性があります。
この場合に問題となるのが、更正の請求です。
死後認知による更正の請求
相続税法第32条第1項第2号では、認知に関する裁判の確定などによって相続人に異動が生じた場合の更正の請求について定めています。
例えば、長男と長女が相続税申告を済ませた後、死後認知の判決が確定したとします。
その結果、法定相続人の数が2人から3人に増え、既に納付した相続税額が過大となった場合には、更正の請求を検討することになります。
この更正の請求は、原則として認知の裁判が確定したことを知った日の翌日から4カ月以内に行う必要があります。
ここで注意したいのは、相続税の申告期限から何年経過したかだけで判断するのではないという点です。
死後認知という特別な事情が生じた場合には、その事情に対応した更正の請求の期限を確認する必要があります。
価額支払請求による更正の請求
さらに、死後認知にはもう一つ重要な更正の請求があります。
それが、民法第910条に基づく価額支払請求による更正の請求です。
例えば、長男と長女が遺産分割を終えた後に、死後認知された子どもから金銭の支払いを求められたとします。
その後、協議や裁判によって支払額が確定した場合には、長男と長女の実質的な財産取得額が減少することになります。
相続税法第32条第1項第6号と相続税法施行令第8条第2項第2号では、このような場合の更正の請求について定めています。
価額支払請求に基づいて弁済すべき額が確定した場合には、原則として、そのことを知った日の翌日から4カ月以内に更正の請求を行うことができます。
つまり、死後認知では、更正の請求が2段階で問題になるのです。
更正の請求が2段階になる理由
死後認知の実務では、次のような時間的な流れが考えられます。
最初に父親が死亡し、長男と長女が遺産分割協議と相続税申告を行います。
その後、認知の訴えが提起され、判決が確定します。
この時点で、相続人の数が変わるため、最初の更正の請求が問題になります。
さらに、新たに認知された子どもが長男と長女に価額支払請求を行います。
協議や裁判によって支払額が確定すると、今度は財産取得額の変更を理由とする更正の請求が問題になります。
したがって、認知の判決確定時と価額支払額の確定時では、更正の請求の原因となる事実が異なります。
この違いを理解しておかなければ、手続の時期を誤る可能性があります。
相続税法基本通達32の3の重要性
この問題について、相続税法基本通達32の3では、実務上重要な取扱いが示されています。
原則として、認知の裁判が確定したことを知った日の翌日から4カ月以内に、相続人の異動を理由とする更正の請求を行います。
その後、価額支払請求に基づく弁済額が確定したことを知った日の翌日から4カ月以内に、改めて更正の請求を行うことになります。
しかし、このように2回の更正の請求を行うことは、納税者にとって手続が煩雑になります。
そこで、同通達では、認知の裁判確定を理由とする更正の請求を最初の4カ月以内に行わなかった場合でも、その後の価額支払額の確定を知った日の翌日から4カ月以内に両方の事由を併せて更正の請求を行えば、いずれについても期限内の請求として取り扱うことが示されています。
これは、死後認知に伴う税務手続の負担を軽減する重要な取扱いです。
ただし、すべての更正の請求について期限を自由に延ばせるという意味ではありません。
認知の裁判確定と価額支払額の確定という、それぞれの事実関係を正確に確認する必要があります。
死後認知に備えた相続税申告の実務
相続税申告では、戸籍謄本などによって相続人を確認することが基本です。
しかし、戸籍上確認できる相続人だけを前提にすれば、必ず問題が生じないというわけではありません。
認知されていない子どもが存在する可能性や、既に認知の訴えが提起されている事情があれば、その影響を慎重に検討する必要があります。
特に重要なのは、次の事項です。
第一に、死後認知によって相続人の数が変わる可能性を確認することです。
第二に、遺産分割協議が成立しているかどうかを確認することです。
第三に、価額支払請求の有無と支払額の確定状況を把握することです。
第四に、認知の裁判確定日と、その事実を知った日を記録することです。
第五に、価額支払額が確定した日と、その事実を知った日を記録することです。
更正の請求の期限は、これらの日付と密接に関係します。
また、認知された子どもが新たに財産を取得することになれば、その子ども自身の相続税申告や納税についても検討が必要です。
既に申告した相続人だけの問題ではないことにも注意しなければなりません。
結論
死後認知は、民法上の親子関係だけでなく、相続税申告にも大きな影響を及ぼします。
特に重要なのは、死後認知によって相続人の数が変わることと、既に遺産分割が終了している場合には価額支払請求が問題になることです。
相続税法では、この2つの事情に対応して、更正の請求の仕組みが設けられています。
認知の裁判確定と価額支払額の確定は、法律上異なる事実です。
そのため、更正の請求の原因と期限を区別して管理する必要があります。
また、相続税法基本通達32の3によって、一定の場合には2つの事由を併せた更正の請求が認められることも理解しておきたいところです。
相続税申告は、一度提出すれば必ず完結するものではありません。
相続開始後に法律上の相続人が変わる可能性がある以上、民法と相続税法の双方を踏まえた継続的な確認が重要になります。
死後認知の問題は、相続税実務において、法律上の権利関係を正確に把握することの大切さを示す典型的な事例といえるでしょう。
参考
東京地方税理士会 2026年7月28日 講義資料「条文から紐解く民法・相続税法の論点検証」木下勇人氏
民法第787条、第910条
相続税法第15条、第32条
相続税法施行令第8条
相続税法基本通達32の3
最高裁判所 2013年9月4日大法廷決定 非嫡出子の法定相続分に関する違憲判断