人工知能の進化によって、日本企業の働き方が大きな転換点を迎えています。
みずほフィナンシャルグループは、営業や事務を担当する社員をAI開発人材へ転換し、10年後には数千人規模に拡大する計画を打ち出しました。
2026年11月から取り組みを始め、3カ月間の専門教育を通じて、既存社員がAI開発に参加できる体制を整える方針です。
さらに、AIの活用によって、今後10年間で最大5000人分に相当する事務作業を削減する計画です。
ここで重要なのは、5000人分の業務削減が、そのまま5000人の解雇を意味するわけではないという点です。
AIによって従来の仕事が減少する一方、新しい仕事が生まれ、人材の配置や役割が変化する可能性があります。
こうした変化は、銀行業界だけにとどまりません。
製造業、物流業、小売業、経理、財務、税務など、さまざまな分野で同様の動きが広がると考えられます。
また、人生100年時代を迎え、60歳以降も働き続ける人が増えるなか、AIの普及は個人の職業人生にも大きな影響を及ぼします。
今回は、これまでの連載を総括し、AI時代に生き残る会社と社員の条件について考えます。
AIによって仕事がなくなるのではなく仕事の内容が変わる
AIの普及については、人間の仕事が奪われるのではないかという懸念があります。
確かに、AIによって自動化される仕事は増えると考えられます。
例えば、定型的な資料作成、データ入力、情報検索、問い合わせへの回答などです。
銀行では、融資審査資料の作成や顧客向け提案書の原案作成などにAIを活用できます。
一般企業の経理部門では、請求書の読み取り、仕訳候補の作成、残高照合、月次決算資料の整理などが対象になります。
税務部門でも、法令や通達の検索、税制改正情報の整理、社内相談への回答案作成などにAIを利用できる可能性があります。
しかし、これらの業務が効率化されたとしても、すべての仕事が不要になるわけではありません。
AIが作成した資料の正確性を確認し、個別の事情を踏まえて判断する仕事は残ります。
また、AIを活用した業務改善やシステム開発など、新しい役割も生まれます。
重要なのは、従来の仕事を守り続けることだけではありません。
AIによって仕事の内容が変化することを前提として、新しい役割に対応することです。
生き残る会社はAIを経営改革に活用する
AI時代に競争力を高める企業には、共通する特徴があると考えられます。
それは、AIを単なる業務効率化の道具としてではなく、経営改革の手段として活用することです。
例えば、経理部門で月次決算資料の作成を自動化したとします。
資料作成に必要な時間が短縮されれば、経理担当者は業績分析や経営改善の提案に時間を使えるようになります。
しかし、削減された時間を有効に活用しなければ、企業全体の競争力向上にはつながりません。
重要なのは、AIによって生まれた時間を、より付加価値の高い仕事に振り向けることです。
営業部門であれば、顧客との対話や課題解決に時間を使うことができます。
財務部門であれば、資金繰り予測や金融機関との交渉に注力できます。
税務部門であれば、税務リスクの分析や事業活動に伴う税務上の課題への対応を強化できます。
AIの導入によって作業時間を削減することは重要ですが、それだけでは十分ではありません。
削減した時間をどのように活用し、企業の価値を高めるかが問われます。
AI人材を外部採用だけに依存しない
AI人材の需要は急速に拡大しています。
日本経済新聞が紹介したレバテックの調査によると、2025年末時点でAI関連人材の転職求人倍率は10倍を超えていました。
高度な専門知識を持つ技術者を確保することは、企業にとって容易ではありません。
こうした状況では、外部から人材を採用するだけでなく、既存社員を育成することが重要になります。
みずほの計画は、その代表的な取り組みです。
営業や事務を担当してきた社員には、長年の実務経験によって蓄積された業務知識があります。
その知識とAI技術を組み合わせることで、現場の課題に即したシステムを開発できる可能性があります。
例えば、融資担当者がAI開発に参加すれば、審査資料の作成や財務分析のどの部分を効率化すべきかを判断しやすくなります。
経理担当者であれば、決算業務のなかで誤りが発生しやすい部分を把握しています。
こうした経験をAIの仕組みに反映することができます。
ただし、既存社員を短期間で育成すれば、すべての専門技術を習得できるわけではありません。
高度なシステム開発や情報セキュリティー対策には、専門技術者の支援が必要です。
重要なのは、業務知識を持つ社員と技術者が協力する体制を構築することです。
年齢ではなく学び続ける能力が重要になる
AI時代の働き方を考えるうえで、特に重要なのが継続的な学習です。
従来、日本企業では、若い時期に専門知識を習得し、その後は経験を積み重ねる働き方が一般的でした。
しかし、AI技術の進化によって、これまでの知識や仕事の進め方が短期間で変化する可能性があります。
そのため、学校を卒業した時点や入社した時点での知識だけでは、長い職業人生に対応することが難しくなります。
50代や60代の社員にとっても、新しい技術を学ぶことが重要です。
例えば、長年にわたり経理業務を担当してきた社員がAIを活用できるようになれば、決算業務の改善や若手社員の教育など、新しい役割を担える可能性があります。
金融機関の経験者であれば、融資審査や資産運用に関する知識を生かし、AIを利用した業務支援に参加することも考えられます。
一方で、年齢が若いという理由だけで、AIを適切に使いこなせるとは限りません。
AIの出力結果を評価するには、業務知識や判断力が必要だからです。
AI時代には、年齢よりも、新しい知識を学び続ける能力が重要になると考えられます。
専門知識と判断力は今後も重要になる
AIの普及によって、専門職の価値が低下するのではないかという見方があります。
確かに、一般的な知識の検索や資料の作成など、これまで専門職が担当していた仕事の一部はAIによって効率化される可能性があります。
しかし、専門知識そのものが不要になるわけではありません。
例えば、企業の財務分析を考えてみます。
AIは決算書から財務指標を計算し、業績の推移を整理することができます。
しかし、その企業の収益力や返済能力を適切に評価するには、業種や事業内容、経営環境などを理解する必要があります。
また、税務の分野では、AIが関連法令を整理できても、個別の取引にどのような税法を適用するかについて専門的な判断が必要です。
会計処理についても、契約内容や取引実態によって判断が異なる場合があります。
AIが提示した回答が正しいとは限らないため、専門家による検証が重要になります。
これからの専門職には、知識を記憶していることだけでなく、その知識を使って問題を解決する能力が求められます。
専門知識と判断力を持つ人材ほど、AIを効果的に活用できる可能性があります。
人間にしか担いにくい仕事の価値が高まる
AIが普及するほど、人間が担う仕事の価値を改めて考える必要があります。
例えば、顧客との信頼関係を築く仕事です。
銀行の融資担当者は、企業の財務状況を分析するだけでなく、経営者の考え方や事業の将来性を理解する必要があります。
AIは財務情報の整理を支援できますが、経営者との対話を通じて信頼関係を築くことには、人間の役割が残ります。
資産運用の相談でも同様です。
AIは将来の資産額を試算し、金融商品の特徴を説明できます。
しかし、顧客がどのような生活を望んでいるのか、どの程度の損失に耐えられるのかを理解するには、丁寧な対話が重要です。
また、企業の経営判断には、数値だけでは判断できない問題があります。
新規事業への投資、事業撤退、人員配置、取引先との関係など、複雑な要素を考慮する必要があります。
AIは判断材料を提供できますが、最終的な意思決定と責任を担うのは人間です。
AI時代には、情報を処理する能力だけでなく、信頼関係を築き、複雑な問題を判断する能力の重要性が高まると考えられます。
人生100年時代には複数の職業人生を考える
人生100年時代には、60歳以降も働き続ける人が増えると考えられます。
従来のように、学校を卒業して一つの企業に就職し、定年まで同じ分野で働くことだけが、職業人生の選択肢ではなくなっています。
例えば、企業の経理部門で長年勤務した人が、60歳以降に経営管理や業務改善の支援に携わることが考えられます。
金融機関の経験者であれば、資産運用や事業承継、企業財務などの知識を生かした相談業務に関わることも可能です。
また、AIを活用すれば、資料作成や情報整理などの作業を効率化できます。
その結果、少人数でも専門的なサービスを提供しやすくなる可能性があります。
ただし、独立して専門的な業務を行う場合には、資格や法令によって業務範囲が制限されることがあります。
例えば、税務代理や税務書類の作成、税務相談などについては、税理士法上の規制に注意する必要があります。
AIを利用しても、専門資格に関する法令上の規制がなくなるわけではありません。
重要なのは、自分の専門知識を生かせる業務を明確にし、必要な資格や法令上の条件を確認することです。
AIは、長年の経験を持つ人が新しい働き方に挑戦するための有力な支援手段になると考えられます。
AI時代の人事制度はどう変わるべきか
企業がAIを活用する場合、人事制度の見直しも重要になります。
例えば、営業担当者がAI開発に参加し、業務時間の削減に貢献した場合を考えてみます。
従来の営業成績だけで評価していては、その成果が十分に反映されない可能性があります。
また、経理担当者がAIを利用して月次決算を早期化した場合にも、単純な事務処理件数だけでは貢献度を評価できません。
今後は、業務改善、品質向上、知識共有、人材育成などの成果を適切に評価する必要があります。
さらに、50代や60代のベテラン社員についても、年齢だけを基準として役割や処遇を決めることが合理的とは限りません。
専門知識や経験を生かし、新しい技術を活用して成果を上げる社員には、その貢献に応じた評価が必要です。
一方で、新しい技術を学ぶ機会が十分に与えられなければ、社員の能力を適切に評価することは難しくなります。
企業には、全世代を対象とした教育制度を整えることが求められます。
AI時代の人事制度では、年齢や勤続年数だけでなく、専門能力と実際の成果を重視する方向への見直しが重要になるでしょう。
AI時代に社員が準備すべき3つの能力
AI時代に働き続けるためには、特に3つの能力が重要になると考えられます。
第一は、専門知識です。
AIが情報を整理できるようになっても、その内容が正しいかどうかを判断するには専門知識が必要です。
経理、財務、税務、法務、営業など、自分の専門分野を深めることが重要です。
第二は、AIを活用する能力です。
高度なプログラミング技術を習得することだけが目的ではありません。
自分の業務のなかで、AIによって効率化できる部分を見つけ、適切に利用する能力が求められます。
また、AIの出力結果を検証し、情報漏えいや誤った判断を防止する知識も必要です。
第三は、問題を解決する能力です。
AIは多くの情報を整理できますが、何が問題なのかを明確にすることは、依然として重要な仕事です。
例えば、企業の利益率が低下している場合、原因を分析し、改善策を考える必要があります。
AIによって数値を整理できても、経営者や現場の社員と協力して改善を実行するには、人間の判断力やコミュニケーション能力が欠かせません。
この3つの能力を組み合わせることが、AI時代に長く働き続けるための重要な条件になると考えられます。
企業と社員がともに変化することが重要
AI時代の働き方を考える際、企業と社員のどちらか一方だけが努力しても、十分な成果は期待できません。
企業には、AIを活用できる環境を整え、社員に学習機会を提供する責任があります。
また、業務改善の成果を適切に評価し、新しい仕事に挑戦できる仕組みを整える必要があります。
一方、社員にも、従来の知識や経験だけに依存せず、新しい技術を学び続ける姿勢が求められます。
例えば、企業がAI研修を実施しても、社員が実務で活用しなければ、研修の効果は限定的です。
反対に、社員がAIを学ぼうとしても、企業が利用環境や業務時間を確保しなければ、十分な成果を上げることは難しくなります。
企業と社員が協力し、継続的に学習と業務改善を進めることが重要です。
AIの導入は、単なる技術の問題ではありません。
企業文化や働き方、人材育成のあり方を変える経営課題なのです。
結論
みずほフィナンシャルグループが打ち出したAI開発人材への転換は、日本企業の働き方が大きく変わる可能性を示しています。
AIによって定型的な事務作業が効率化される一方、業務改善やシステム開発など、新しい役割が生まれています。
こうした変化に対応するためには、企業と社員の双方が考え方を変える必要があります。
企業には、AIを単なる人件費削減の道具としてではなく、生産性向上と新しい価値の創出につなげる経営戦略が求められます。
また、既存社員の知識や経験を活用し、年齢にかかわらず新しい技術を学べる環境を整えることが重要です。
社員にとっては、専門知識を深めながら、AIを活用する能力を身につけることが必要になります。
特に50代や60代のベテラン社員には、長年培ってきた経験を新しい形で生かす機会が広がっています。
ただし、経験が豊富であることだけでは、変化の激しい時代に対応することは難しくなります。
継続的に学び、自分の専門能力を更新していく姿勢が欠かせません。
人生100年時代には、60歳や65歳を職業人生の終点と考える必要はありません。
これまでの経験を基盤として、新しい技術を習得し、働き方を変えていくことも可能です。
AI時代に生き残る会社とは、技術を導入するだけでなく、社員の能力を引き出し、新しい価値を生み出せる会社です。
そして、AI時代に生き残る社員とは、従来の仕事に固執するのではなく、専門知識と経験を生かしながら、新しい技術を学び続ける人材です。
AIの進化は、企業と社員に大きな変化を迫ります。
しかし、その変化を成長の機会として活用できれば、企業の競争力を高めるとともに、個人の職業人生をより豊かなものにする可能性があります。
人生100年時代の働き方を考えるうえで、重要なのは何歳まで働くかということだけではありません。
何歳になっても学び続け、自分の経験を社会に役立てられるかどうかです。
AI時代は、その可能性を改めて考える時代になるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年10月15日 みずほが数千人をAI開発者に転換 事務や営業、日本企業の働き方転機