監査法人の再編が本格化しています。特に中堅中小の監査法人では、合併や経営統合によって経営基盤を強化する動きが広がっています。
背景には、会計不正の相次ぐ発覚、監査品質に対する規制当局の監視強化、公認会計士の人材不足、上場企業を取り巻く市場環境の変化があります。
日本公認会計士協会の手塚正彦元会長は、監査法人が生き残るためには、財務諸表の適正性を確認するだけでなく、企業に対して付加価値を提供する必要があると指摘しています。
ただし、監査法人には企業から独立した立場で意見を表明する責任があります。
企業に寄り添いながらも、必要な場面では厳しい指摘を行う。この両立が、これからの監査法人に求められる重要な経営課題となっています。
中堅中小監査法人の再編が進む背景
監査法人の再編が進む最大の理由は、監査品質の維持と向上に必要な経営資源を確保するためです。
近年、企業の会計不正が相次ぎ、監査法人の責任が厳しく問われるようになりました。
金融庁や公認会計士・監査審査会による監督や検査も重要性を増しています。
監査法人には、監査業務を担当する公認会計士だけでなく、品質管理、IT、リスク管理、法務などの専門人材が必要です。
さらに、2024年4月から本格適用された監査法人の品質管理に関する新しい基準への対応も求められています。
従来のように、経験豊富な公認会計士の個人的な能力に依存する経営では、組織全体の監査品質を維持することが難しくなっています。
特に中小監査法人では、専門人材の採用やシステム投資に必要な資金を十分に確保できない場合があります。
そこで、複数の監査法人が統合し、人材や資金、専門知識を共有することで、経営基盤を強化しようとしているのです。
監査法人を取り巻く市場構造の変化
監査法人の経営環境を変えているもう一つの要因が、上場企業の市場構造の変化です。
2022年4月、東京証券取引所は市場区分を再編し、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場の3市場体制へ移行しました。
その後、上場企業には資本効率の改善や企業価値向上に向けた取り組みが強く求められるようになりました。
一方、経営戦略の見直しや株式市場での評価を背景に、MBOや完全子会社化などによって上場廃止を選択する企業も増えています。
上場企業の監査を主な収益源とする監査法人にとって、上場企業数や監査契約の動向は重要な経営問題です。
上場企業が減少すれば、監査契約を巡る競争が激しくなる可能性があります。
また、企業の海外展開やM&A、複雑な金融取引の増加によって、監査に必要な専門知識も高度化しています。
監査法人は単に監査契約数を増やすのではなく、どのような企業に、どのような監査品質を提供するのかという経営戦略を明確にする必要があります。
決算書の確認だけでは付加価値にならない
監査法人の基本的な役割は、企業が作成した財務諸表について、重要な虚偽表示がないかを検証し、独立した立場から監査意見を表明することです。
これは監査法人にとって最も重要な使命であり、今後も変わりません。
しかし、企業が監査法人に期待するものは、それだけではありません。
企業のCFOや経理部門は、監査を通じて会計処理の問題点や内部統制の弱点、財務報告上のリスクを把握したいと考えています。
例えば、売上高が急増している企業では、売上計上基準が適切に運用されているかが重要です。
海外子会社を多数保有する企業では、子会社の会計処理や内部統制をどのように管理するかが課題となります。
また、M&Aを積極的に進める企業では、のれんの減損や企業結合会計など、専門性の高い会計判断が必要になります。
監査法人が企業の事業内容や組織構造を深く理解していれば、こうした問題を早期に発見し、適切な改善を促すことができます。
ただし、監査法人が経営判断を代行したり、自ら監査する会計処理や内部統制を設計したりすることには、独立性の観点から制約があります。
重要なのは、経営者の代わりに答えを出すことではなく、独立した専門家として問題点を明確にすることです。
企業と監査法人に必要な癒着なき密着
手塚元会長が紹介した言葉に、癒着なき密着があります。
これは、監査法人と企業の理想的な関係を表現したものです。
監査法人は企業の事業や経営環境を十分に理解しなければ、適切な監査を実施できません。
一方、企業との関係が近くなりすぎると、経営者の判断に対して厳しい意見を述べにくくなる危険があります。
例えば、企業が業績目標を達成するために、合理的な根拠の乏しい会計上の見積もりを採用しようとする場合があります。
このとき監査法人は、経営者との関係を優先するのではなく、会計基準や監査証拠に基づいて判断しなければなりません。
必要であれば会計処理の修正を求め、十分な監査証拠が得られない場合には、監査意見への影響も検討する必要があります。
監査法人の価値は、企業の希望する監査意見を出すことではありません。
企業が見落としているリスクを発見し、財務報告の信頼性を高めることにあります。
そのためには、企業との継続的な対話と、独立性を守る強い組織文化の両方が欠かせません。
ニデック問題が示した監査の難しさ
監査法人の役割を考えるうえで、ニデックの会計問題は重要な事例です。
ニデックは2026年3月期の有価証券報告書について、監査法人から意見不表明を受けました。
意見不表明とは、監査法人が十分かつ適切な監査証拠を入手できず、財務諸表全体に対する監査意見を表明できない場合などに出されるものです。
これは、財務諸表に重要な虚偽表示があると判断する不適正意見とは異なります。
ニデックの事例では、巨額の減損損失に関する見積もりの妥当性や、財務報告に関係する組織体制などが問題となりました。
この問題が示しているのは、監査法人が企業の会計数値を検証するだけでは十分ではないということです。
経営者による内部統制の無効化、過度な業績達成圧力、不適切な会計判断を許容する組織文化なども、財務報告の信頼性に大きく影響します。
監査法人には、経営者の説明をそのまま受け入れるのではなく、職業的懐疑心を持って検証する姿勢が必要です。
そして、監査担当者が重大な問題を発見した場合に、法人全体として適切に対応できる組織体制が不可欠です。
監査法人の経営にも専門的な能力が必要
監査法人の経営者には、優れた監査能力だけでなく、組織を運営する経営能力が求められます。
監査業務に精通していることと、監査法人を経営できることは必ずしも同じではありません。
監査法人の経営者は、監査品質の維持、人材育成、収益管理、規制対応、情報システム投資など、多くの課題に対応する必要があります。
特に重要なのが、監査品質と収益性の両立です。
監査報酬を低く抑えれば企業から契約を獲得しやすくなるかもしれません。
しかし、十分な監査時間や専門人材を確保できなければ、監査品質の低下につながります。
反対に、監査品質を高めるための投資を増やしても、適切な監査報酬を確保できなければ、法人の経営は持続しません。
監査法人の経営者には、必要な品質管理体制を整えながら、持続可能な収益構造を構築する能力が求められます。
また、監査法人の統合では、単に規模を拡大するだけでは十分ではありません。
異なる監査手法や組織文化を持つ法人を統合し、共通の品質管理体制を構築する必要があります。
統合後の経営改革こそが、監査法人再編の成否を左右することになります。
AIの普及で監査法人の競争力は変わる
今後、監査法人の競争力を左右する重要な要素がAIの活用です。
従来の監査では、取引データの抽出や証憑との照合など、多くの作業を人手で行ってきました。
AIやデータ分析技術の進歩によって、こうした作業の一部を効率化できる可能性があります。
例えば、膨大な仕訳データから異常な取引を抽出したり、過去の取引傾向と異なる会計処理を発見したりすることが考えられます。
契約書の内容確認や会計基準との照合についても、AIの活用余地があります。
ただし、AIが抽出した異常値が直ちに会計不正を意味するわけではありません。
最終的には、公認会計士が監査証拠を評価し、専門的な判断を行う必要があります。
また、AIの利用には情報漏洩、誤回答、判断過程の説明可能性などの課題もあります。
大手監査法人は巨額のシステム投資を進めることができますが、中小監査法人では投資負担が重くなる可能性があります。
この点でも、監査法人の統合によってIT投資や専門人材を共有する意義は大きいと考えられます。
企業側も監査法人との関係を見直す必要がある
監査法人の変革は、監査を受ける企業にとっても重要な問題です。
企業は監査法人を、決算書に監査意見を付けてもらうためだけの存在として考えるべきではありません。
監査法人からの指摘を、内部統制やガバナンスを改善する機会として活用することが重要です。
例えば、監査法人から棚卸資産の評価方法について指摘を受けた場合、単に会計処理を修正するだけでは不十分です。
在庫管理の仕組みや販売計画、滞留在庫の把握方法など、問題が発生した背景まで検証する必要があります。
売上計上の問題であれば、営業部門の業績評価制度や契約管理の仕組みに原因があるかもしれません。
こうした改善は企業自身が主体的に実施すべきものですが、監査法人による客観的な指摘は重要なきっかけになります。
特に監査役や監査等委員会、監査委員会は、監査法人との情報交換を通じて経営上のリスクを把握することが求められます。
監査法人との関係を経理部門だけに任せず、経営トップや取締役会も監査上の重要事項を理解する必要があります。
結論
監査法人の再編は、単なる規模拡大や経営効率化の問題ではありません。
会計不正への対応、監査品質の高度化、AIへの投資、人材確保、市場構造の変化など、監査業界全体が大きな転換期を迎えていることを示しています。
これからの監査法人に必要なのは、財務諸表の適正性を確認するという基本的な使命を果たしながら、企業の財務報告や内部統制の問題点を的確に指摘できる能力です。
そのためには、企業の事業を深く理解することと、企業から独立した立場を守ることを両立させなければなりません。
監査法人の統合も、監査品質を高めるための人材戦略や組織改革につながらなければ、本来の目的を達成できません。
企業にとっても、監査法人を単なる決算確認の相手ではなく、財務報告の信頼性を支える重要な存在として位置づけることが必要です。
今後、監査法人の価値を決めるのは、規模の大きさや監査契約の件数だけではありません。
企業の問題点を発見する専門性、必要な場面で厳しい意見を述べる独立性、そして監査品質を組織として維持できる経営力です。
監査法人が企業から真に信頼されるためには、企業に迎合するのではなく、企業の健全な成長を支える存在になることが求められています。
参考
日本経済新聞 2026年10月23日 監査法人は「決算書確認以外の価値提供を」 会計士協の手塚元会長 監査法人サバイバル③