生成AIを仕事で使うとき、
「氏名を入力しなければ個人情報ではないから大丈夫」
と考える人もいるでしょう。
たとえば、顧客から届いた問い合わせを生成AIで要約するときに、顧客の名前だけを削除して入力する方法です。
確かに氏名を削除することは、個人情報を必要以上に生成AIへ入力しないための重要な対策です。
しかし、名前を消しただけで必ず個人情報ではなくなるわけではありません。
個人情報保護法では、その情報だけでは本人が分からなくても、他の情報と容易に照合することによって特定の個人を識別できる場合には、個人情報に該当することがあります。
生成AIを安全に利用するには、
「名前が書いてあるか」
だけではなく、
「会社が持っている他の情報と組み合わせれば誰なのか分かるか」
まで考える必要があります。
氏名がない情報でも個人情報になる
個人情報という言葉から、多くの人が最初に思い浮かべるのは氏名でしょう。
参考記事でも、顧客や従業員の氏名は個人情報の典型例として説明されています。
しかし、個人情報は氏名だけではありません。
参考記事では、生存する個人に関する情報で、その情報に含まれる氏名その他の記述などによって特定の個人を識別できるものに加えて、単体では特定の個人を識別できなくても、他の情報と容易に照合することで特定の個人を識別できるものも個人情報に該当すると説明されています。
つまり、
「山田太郎」
という氏名を削除したからといって、それだけで個人情報ではなくなるとは限らないのです。
容易照合性とは何か
ここで重要になるのが、容易照合性という考え方です。
ある情報だけを見ても誰の情報なのか分からなくても、会社が持っている別の情報と簡単に照合でき、その結果として本人を特定できる場合があります。
参考記事では、二つのデータベースを使ってこの考え方を説明しています。
一つのデータベースには、
顧客ID
氏名
電話番号
が保存されています。
別のデータベースには、
顧客ID
行動履歴
移動履歴
が保存されています。
二つのデータベースに共通しているのが顧客IDです。
社員が両方のデータベースへアクセスできれば、顧客IDを使って行動履歴や移動履歴が誰のものなのか特定できます。
このように、社内で保有している情報同士を照合して特定の個人を識別できる場合には、氏名が直接書かれていない情報でも個人情報になり得ます。
顧客IDや社員番号なら安全とは限らない
生成AIを利用するときには、
「氏名の代わりに顧客IDを使えばよい」
と考えることもあるでしょう。
しかし、顧客IDに置き換えれば必ず個人情報ではなくなるわけではありません。
たとえば、
「顧客ID12345から商品の返品について問い合わせがありました」
という文章があったとします。
一般の人が見ても、顧客ID12345が誰なのか分からないでしょう。
しかし、会社の顧客管理システムで、
顧客ID12345
山田太郎
という対応関係を簡単に確認できるのであれば、会社にとっては本人を特定できる情報になります。
社員番号についても同じように考えることができます。
氏名を社員番号へ置き換えただけで、
「匿名にしたから安全」
とは判断できません。
重要なのは、記号や番号そのものではなく、その番号から特定の個人へたどり着けるかどうかです。
別データと組み合わせて個人を特定できる場合
生成AIを利用するときには、入力する文章だけを見るのではなく、会社が持っている情報全体との関係を考える必要があります。
たとえば、
「東京営業部の部長で58歳」
という情報があったとします。
氏名はありません。
大きな会社で同じ条件に該当する社員が何人もいるのであれば、この情報だけでは誰なのか分からない可能性があります。
一方、東京営業部の部長が一人しかいなければ、社内では誰について書かれた情報なのか簡単に分かるかもしれません。
さらに、
所属部署
役職
年齢
担当顧客
勤務場所
など複数の情報を組み合わせることで、本人を特定できる可能性もあります。
そのため、
「氏名を削除した」
という一つの処理だけではなく、残っている情報から本人を識別できないかを考える必要があります。
マスキングしても個人情報の場合がある
生成AIへ情報を入力するときの対策として、参考記事ではマスキングや代替テキストへの置き換えが紹介されています。
たとえば、
「営業部のA氏45歳」
という具体的な情報について、AIに処理させたい文章の本質に関係しない氏名や具体的な識別情報を削除し、
「営業部のA氏40代」
などに置き換える考え方です。
この方法を使えば、生成AIへ送る個人情報を減らすことができます。
しかし、参考記事では重要な注意点も示しています。
マスキングを行ったとしても、入力する情報を他の情報と照合したうえで特定の個人を識別できる場合には、依然として個人情報に該当するという点です。
つまり、マスキングとは、
「これをすれば必ず個人情報ではなくなる」
という魔法の処理ではありません。
個人を特定するために必要のない情報を減らす対策として考える必要があります。
氏名だけでなく文脈を見る
実務では、氏名だけを機械的に削除するのではなく、文章全体を見ることが重要です。
たとえば、人事評価について生成AIに文章を整理してもらうとします。
氏名をA氏に変更しても、
所属部署
役職
担当プロジェクト
勤続年数
具体的な実績
などをすべて残していれば、社内の人には誰のことなのか簡単に分かる可能性があります。
そこで、
AIの処理に本当に部署名が必要なのか
正確な年齢が必要なのか
社員番号が必要なのか
具体的な取引先名が必要なのか
というように、一つずつ考える必要があります。
AIに処理させる目的に関係しない情報であれば、削除したり、より抽象的な表現へ置き換えたりする方法があります。
生成AIでは必要な情報だけを入力する
生成AIは、詳しい情報を入力すると便利な回答を返してくれることがあります。
そのため、つい大量の情報をそのまま入力したくなります。
しかし、個人情報を扱う場合には、
「入力できる情報をすべて入力する」
のではなく、
「AIの処理に必要な情報だけを入力する」
という考え方が重要です。
顧客からの問い合わせを分類するだけなら、氏名や電話番号は必要ないかもしれません。
文章の表現を整えるだけなら、顧客IDも必要ないでしょう。
社員向け文書の文章を改善するだけなら、実在する社員の具体的な人事情報を使う必要がない場合もあります。
参考記事でも、不要な個人情報については入力する前にマスキングや代替テキストへの置き換えを行うべきだとしています。
生成AIへ送る情報そのものを減らすことが、基本的なリスク対策になります。
名前を消すことを目的にしない
生成AIの個人情報対策では、
「とにかく名前を消す」
ことが目的になってしまうと、本質を見失います。
考えるべきなのは、
「この情報から特定の個人を識別できるのか」
ということです。
氏名が残っていれば、もちろん本人を特定できる可能性は高くなります。
しかし、氏名を削除しても、顧客IDや社員番号、所属部署、役職などから本人を特定できる場合があります。
反対に、AIの処理に不要な情報を幅広く削除し、個人を特定する必要のない形へ情報を整理できれば、生成AIへ送る情報を大幅に減らすことができます。
氏名の有無だけではなく、入力情報全体を見ることが重要なのです。
結論
生成AIへ氏名を入力しなければ、それだけで個人情報の問題がなくなるわけではありません。
個人情報保護法では、その情報単独では本人を識別できなくても、他の情報と容易に照合することによって特定の個人を識別できる場合には、個人情報に該当することがあります。
そのため、氏名を顧客IDや社員番号へ置き換えただけでは十分とは限りません。
また、A氏などにマスキングしても、所属部署や役職などの情報を組み合わせることで誰なのか分かる場合があります。
生成AIを安全に利用するために重要なのは、
「氏名を消したか」
だけを確認することではありません。
AIに処理させるために本当に必要な情報は何なのかを考え、氏名や識別番号など不要な情報をできるだけ削除することです。
生成AI時代の個人情報管理では、
「名前がないから安全」
ではなく、
「残っている情報から誰なのか分からないか」
という視点を持つことが重要なのです。
参考
企業実務 2026年9月号 生成AI時代の個人情報の取扱い