新NISAは、日本の家計に眠る預貯金を投資へ動かす大きなきっかけになっています。
長期的に資産を形成するという家計の立場から見れば、非常に重要な制度です。
しかし日本経済全体から見ると、もう一つ考えるべき問題があります。
新NISAを通じて投資へ向かった資金が、どこへ投資されるのかという問題です。
日本株だけでなく、S&P500や全世界株式に連動する投資信託が人気を集めています。
つまり家計のお金が預貯金から投資へ動く一方、その投資資金の一部は海外企業へ向かっています。
さらに米国株の23時間取引が始まれば、日本時間の昼間にも米国株をリアルタイムで売買できるようになります。
資産運用立国が進めば進むほど海外投資も増える可能性があるという、もう一つの側面を考えてみます。
新NISAとは何か
NISAは、一定の条件のもとで投資によって得た利益を非課税にする制度です。
通常、株式や投資信託から得た売却益や配当などには税金がかかります。
NISA口座で対象商品へ投資すれば、制度上の範囲内でこうした運用益が非課税になります。
2024年から始まった新NISAでは、制度が恒久化され、非課税保有期間も無期限になりました。
長期的な資産形成に利用しやすい制度へ大きく変わっています。
家計が預貯金だけでなく株式や投資信託を保有するきっかけとして、新NISAは重要な役割を果たしています。
新NISAは日本株優遇制度ではない
ここで重要なのは、新NISAが日本株への投資だけを促す制度ではないことです。
対象となる条件を満たせば、海外株式へ投資する投資信託なども利用できます。
成長投資枠では対象となる米国の個別株へ投資することもできます。
したがって政府が新NISAを拡充して家計の投資を促進しても、その資金がそのまま日本企業へ供給されるわけではありません。
投資家は自分にとって魅力的な商品を自由に選びます。
この点が資産形成政策と国内の成長資金供給を考える際の重要な違いです。
S&P500が人気になる理由
新NISAで代表的な投資対象の一つとなっているのが、S&P500に連動する投資信託です。
S&P500は米国を代表する企業で構成される株価指数です。
一つの投資信託を購入するだけで、多数の米国企業へ分散投資できます。
個別企業を選ぶ必要がなく、長期積立にも利用しやすいことが人気の背景にあります。
さらに米国には世界的なテクノロジー企業をはじめ、高い収益力や成長力を持つ企業が多数存在します。
日本の投資家が長期的な資産形成を考えた結果として、米国株を選ぶことには合理的な理由があります。
全世界株式でも海外への投資が中心になる
もう一つ人気なのが全世界株式に連動する投資信託です。
世界中の企業へ幅広く投資できるため、一つの国へ資産を集中させるリスクを抑えられます。
ただし、一般的な時価総額加重型の世界株指数では各国へ均等に投資するわけではありません。
株式市場の時価総額が大きい国ほど組み入れ比率が高くなります。
世界市場では米国企業の時価総額が大きいため、全世界株式へ投資しても米国株が大きな割合を占めます。
日本株も含まれますが、その割合は世界市場における日本株の規模に応じたものになります。
日本人が全世界株式へ投資することは、資産の大部分を海外企業へ分散することでもあります。
家計にとって海外投資は合理的な選択肢
では、新NISAを通じて資金が海外へ向かうことは悪いことなのでしょうか。
家計の立場から考えれば、そうとは限りません。
日本で生活している人は、
給与
年金
不動産
預貯金
など多くの資産や収入を日本経済に依存しています。
金融資産まで日本株だけに集中すれば、日本経済が長期停滞した場合の影響を強く受ける可能性があります。
海外株を保有すれば、米国や欧州、新興国など世界経済の成長を自分の資産へ取り込めます。
国際分散投資は、家計のリスク管理という意味でも合理性があります。
海外株への投資は日本の所得にもなる
海外株への投資を単純な資金流出と考えるのも正確ではありません。
日本の投資家が海外企業の株式を保有すれば、その企業から配当を受け取ることができます。
株価が上昇すれば売却益を得られる可能性もあります。
つまり海外企業が生み出した利益の一部を、日本の家計が投資収益として受け取ることになります。
人口減少が続く日本にとって、海外経済の成長を投資収益として取り込むことには大きな意味があります。
海外投資は資金を国外へ出すだけではなく、海外から所得を受け取るための資産を取得する行為でもあります。
それでも国内の成長資金という問題は残る
一方、日本経済全体から見ると別の問題があります。
企業が成長するためには資金が必要です。
研究開発
設備投資
人材投資
企業買収
新規事業
などには資本が必要になります。
日本の家計資金が投資へ向かっても、その大部分が海外企業へ投資されれば、日本企業へのリスクマネー供給には直接つながりません。
資産運用立国には、
家計の資産形成
企業への成長資金供給
という二つの側面があります。
この二つを同時に実現できるかが重要になります。
日本株を優遇すればよいのか
ここで、日本株へ投資した場合だけ税制上さらに優遇すればよいという考え方も出てきます。
しかし慎重に考える必要があります。
NISAの大きな目的は家計の安定的な資産形成です。
投資家にとって合理的な国際分散投資を制限し、国内株へ集中させれば、資産形成の観点から望ましくない結果になる可能性があります。
また、日本企業が投資家から選ばれない原因を制度による優遇だけで補えば、企業自身の改革が進まない可能性もあります。
重要なのは、日本株を買わせることではありません。
投資家が自発的に日本株を買いたくなる市場をつくることです。
日本企業へ資金を呼び戻す条件は何か
日本株が世界の投資商品と競争するためには、企業自身の魅力が必要です。
まず重要なのが利益成長です。
長期的に利益を増やせる企業であれば、株価上昇や配当増加への期待が高まります。
次に資本効率です。
企業が株主から預かった資本を効率的に利用し、十分な利益を生み出しているかが重要になります。
さらに、
成長投資
株主還元
企業統治
情報開示
なども投資判断に影響します。
日本企業だから投資してもらうのではなく、世界の企業と比較して魅力的だから投資してもらう必要があります。
東証改革も資産運用立国につながる
東京証券取引所が上場企業へ資本コストや株価を意識した経営を求めていることも、この問題と関係しています。
低い資本効率を放置する。
大量の現預金を持ったまま成長投資を行わない。
株主との対話が不十分である。
こうした企業が多ければ、日本株市場全体の評価にも影響します。
企業価値を高める経営を促すことは、日本企業へ国内外の投資資金を呼び込むことにつながります。
資産運用立国を成功させるためには、投資家側の制度改革だけでなく、投資される企業側の改革も必要なのです。
23時間取引で競争はさらに厳しくなる
米国株の23時間取引が始まれば、日本株と海外株の競争はさらに直接的になります。
これまでは日本時間の昼間なら日本株、夜間なら米国株という時間的な違いがありました。
今後は日本時間の昼間にも米国株をリアルタイムで売買できます。
投資家は同じ時間帯に、
日本企業へ投資する
米国企業へ投資する
という選択ができます。
米国株は基本的に1株から購入できます。
ネット証券を使えばスマートフォンから簡単に注文できます。
投資対象を国内へ限定する理由はますます小さくなります。
資産運用立国は日本株保護政策ではない
資産運用立国を考える際には、この点を整理しておく必要があります。
目的は、日本人のお金を日本株へ囲い込むことではありません。
家計が適切な資産運用によって豊かになる。
企業が成長資金を獲得する。
金融市場が世界から資金を呼び込む。
この三つを同時に実現することが重要です。
そのためには、日本人が海外へ投資する自由を認めながら、海外投資家からも日本へ資金を呼び込める市場をつくる必要があります。
資金流出を防ぐのではなく、双方向に資金が動く市場をつくるという発想が必要になります。
結論
新NISAの普及によって、日本の家計資金は預貯金から投資へ動き始めています。
しかしその投資先は日本株だけではありません。
S&P500や全世界株式に連動する投資信託などを通じて、多くの資金が海外企業へ投資されています。
家計の立場から見れば、これは必ずしも問題ではありません。
国際分散投資によってリスクを分散し、海外経済の成長を投資収益として日本へ取り込むことができるからです。
一方、日本経済という視点では、日本企業へ十分な成長資金が供給されるのかという課題が残ります。
だからといって、投資家を日本株へ制度的に囲い込むことが答えではありません。
日本企業自身が利益成長、資本効率、株主還元、企業統治などを改善し、世界の企業と比較されても投資したいと思われる存在になることが必要です。
さらに米国株の23時間取引が始まれば、日本株と米国株は日本時間の昼間にも直接投資資金を競い合います。
新NISAが成功して日本人の投資額が増えるほど、その資金を巡る世界市場の競争も激しくなります。
資産運用立国の本当の課題は、家計のお金を投資へ動かすところで終わりません。
自由に世界へ投資できる時代に、それでも日本企業と日本市場が国内外の投資家から選ばれる存在になれるかどうか。
そこまで実現して初めて、家計の資産形成と日本企業の成長を両立する資産運用立国になるといえます。
参考
日本経済新聞 2026年8月13日朝刊「米国株を日本の昼間も売買 ネット証券5社、23時間取引に対応」
日本経済新聞 2026年8月13日朝刊「米国株の23時間取引 テック株への関心高く」