市場レジリエンスとは何か 株式市場を止めないための仕組み編

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株式市場は、企業が資金を調達し、投資家が株式を売買する重要な社会インフラです。そのため、システム障害やサイバー攻撃、大規模災害が起きた場合でも、できるだけ市場機能を維持することが求められます。

こうした「市場がショックを受けても機能を維持し、早期に回復できる力」を市場レジリエンスと考えることができます。

PTSの市場シェアが拡大し、東証以外の取引場所が存在感を高めることは、市場間競争を促すだけではありません。一つの市場に障害が発生した際に、別の市場が補完するという観点からも重要です。

市場レジリエンスとは何か

レジリエンスとは、一般に「強靱性」や「回復力」を意味します。

市場レジリエンスとは、金融市場が何らかのショックを受けても、

取引機能を維持する

障害の影響を限定する

停止した場合でも早期に復旧する

投資家の信頼を維持する

といった能力を指します。

単にシステムが壊れないことだけではありません。

問題が発生することを前提として、その影響をどこまで抑え、どれだけ早く正常な市場へ戻れるかという考え方が重要です。

なぜ株式市場を止めてはいけないのか

株式市場は単なる投資家同士の売買の場ではありません。

市場では、

企業の株価形成

投資家の資産売買

金融機関のリスク管理

機関投資家の資産運用

企業の資金調達

などが行われています。

市場が長期間停止すれば、投資家は保有資産を売却できなくなります。

金融機関や機関投資家もポジションを調整できず、リスク管理が難しくなります。

金融市場の停止が長引けば、実体経済にまで影響が波及する可能性があります。

2020年の東証障害が示したもの

日本で市場レジリエンスが強く意識された事例の一つが、2020年10月1日の東京証券取引所のシステム障害です。

この日は株式売買システムの障害によって、東証の全銘柄が終日売買停止となりました。

世界有数の株式市場が丸一日取引できないという異例の事態でした。

この出来事によって、一つの市場に取引が集中していることの効率性と同時に、その市場が停止した場合の影響の大きさも明らかになりました。

市場インフラの強靱化とは何か

市場レジリエンスを高めるためには、まず取引所自身のインフラを強化する必要があります。

代表的な対策として、

サーバーの多重化

通信回線の多重化

非常用電源

バックアップセンター

データの複製

障害時の切り替え機能

などがあります。

一つの機器が故障しても別の機器へ切り替えることで、市場を継続できる仕組みを構築します。

重要なのは、一カ所の故障が市場全体の停止につながらないようにすることです。

冗長化とは何か

システムの強靱化でよく使われる考え方が「冗長化」です。

冗長化とは、同じ機能を持つ設備やシステムを複数用意することです。

例えばメインサーバーだけでなく予備サーバーを準備しておけば、メインに障害が起きた場合に切り替えられます。

通信回線についても、

回線A

回線B

という複数経路を用意しておけば、一方が停止しても別の回線を利用できます。

効率だけを考えれば設備を一つに集約する方が安く済みます。

しかし金融インフラでは、多少コストをかけても代替手段を持つことが重要になります。

バックアップ拠点も必要になる

大規模災害を考える場合、同じ建物に予備設備を置くだけでは十分ではありません。

例えば大地震によって建物全体が利用できなくなれば、メイン設備も予備設備も同時に停止する可能性があります。

そこで遠隔地にバックアップセンターを設ける考え方があります。

主要拠点が利用できなくなった場合でも、別の地域から市場運営を続けられるようにします。

地震などの自然災害が多い日本では、地理的な分散も市場レジリエンスの重要な要素です。

サイバー攻撃も重大なリスク

現在の株式市場は電子化されているため、サイバー攻撃への備えも欠かせません。

考えられるリスクには、

取引システムへの攻撃

大量通信によるサービス妨害

不正アクセス

データ改ざん

情報漏えい

などがあります。

金融市場がサイバー攻撃によって長期間停止すれば、国内だけでなく海外投資家にも大きな影響が及びます。

そのため市場レジリエンスには、物理的な設備だけでなくサイバーセキュリティも含まれます。

災害時には人の体制も重要

どれだけシステムを強化しても、非常時に人が適切に判断できなければ十分ではありません。

例えば障害が起きた際には、

市場を停止するのか

一部取引だけ継続するのか

いつ再開するのか

注文をどう扱うのか

証券会社へどう通知するのか

といった判断が必要になります。

これらは完全にコンピューターだけで決められる問題ではありません。

そのため平常時から、障害対応の手順や責任者、連絡体制を明確にしておく必要があります。

BCPとは何か

市場レジリエンスと深く関係するのがBCPです。

BCPとは事業継続計画のことで、災害やシステム障害などが発生した場合でも重要業務を継続するための計画です。

証券取引所だけでなく、

証券会社

銀行

清算機関

決済機関

など金融市場を構成する各主体にBCPが求められます。

株式売買は取引所だけで完結するものではないためです。

市場全体の事業継続性を考える必要があります。

複数市場の存在がレジリエンスを高める

市場レジリエンスには、もう一つ重要な考え方があります。

それが取引場所そのものを複数持つことです。

例えば日本株の取引が東証だけに完全に集中していれば、東証が停止すると売買そのものができなくなります。

しかし、

東証

PTS A

PTS B

など複数の市場が存在すれば、一つの市場が停止しても他市場で取引できる可能性があります。

これはシステム内部の冗長化を、市場全体へ広げた考え方ともいえます。

PTSは代替市場になれるのか

PTSには、市場間競争だけでなく代替市場としての役割が期待されています。

東証でシステム障害が発生しても、PTSが正常に動いていれば売買を継続できる可能性があります。

しかし実際に代替市場として機能するには、

十分な処理能力

十分な流動性

証券会社との接続

市場監視体制

投資家への情報提供

などが必要です。

普段ほとんど利用されていない市場を、障害発生時だけ突然巨大な代替市場として利用することは難しいでしょう。

平常時から一定の取引量を持つことが重要になります。

PTSの成長には安全保障的な意味もある

PTSの市場シェア拡大というと、東証との競争という観点が注目されます。

しかし市場インフラの観点から見ると、別の意味もあります。

複数の独立した取引システムが存在すれば、一つのシステムに障害が発生しても日本株市場全体が完全停止するリスクを減らせる可能性があります。

つまりPTSの育成は、

市場競争政策

であると同時に、

金融インフラの強靱化政策

として見ることもできます。

集中と分散にはそれぞれメリットがある

ただし複数市場を増やせばよいという単純な話ではありません。

東証に注文が集中することには、

高い流動性

効率的な価格形成

小さなスプレッド

売買相手を見つけやすい

という大きなメリットがあります。

一方、複数市場へ注文を分散すれば、

障害リスクの分散

競争促進

サービス向上

というメリットがあります。

つまり市場設計では、

効率性を高める集中

強靱性を高める分散

のバランスを取る必要があります。

市場分断とのトレードオフ

市場レジリエンスを高めるため複数市場を育成すると、市場分断という問題も大きくなります。

注文が、

東証

PTS A

PTS B

へ分かれると、一つの市場だけでは全体の流動性や価格を把握しにくくなります。

そこでSORなどを利用して複数市場をつなぐことが重要になります。

つまり強靱な市場をつくるには、

複数市場を持つ

市場同士を接続する

価格情報を共有する

という仕組みを一体的に考える必要があります。

清算と決済も止めてはいけない

株式市場では、売買が成立すれば終わりではありません。

その後、

買い手が代金を支払う

売り手が株式を渡す

という清算と決済が必要です。

取引所が動いていても、清算機関や決済システムが停止すれば取引を完了できません。

したがって市場レジリエンスでは、

売買

清算

決済

まで含めた金融インフラ全体を考える必要があります。

どこか一つが重大な障害を起こせば、市場全体に影響が及ぶ可能性があります。

証券会社のレジリエンスも必要

投資家と市場をつなぐ証券会社も重要です。

取引所やPTSが正常に稼働していても、証券会社のシステムが停止すれば、その会社の顧客は注文を出せません。

そのため証券会社にも、

サーバーの多重化

通信設備のバックアップ

サイバー対策

非常時の顧客対応

事業継続計画

などが求められます。

市場レジリエンスは、一つの企業だけで実現できるものではありません。

復旧訓練も重要

非常時の対応は、計画を作るだけでは十分ではありません。

実際に、

取引所

証券会社

清算機関

関係当局

などが参加して訓練することが重要です。

例えば主要システムが停止したという想定で、

バックアップへ切り替えられるか

関係者へ情報を共有できるか

市場再開の判断ができるか

を確認します。

実際の障害時に初めて手順を試すのでは遅いためです。

レジリエンスは設備だけでなく、訓練によって高めるものでもあります。

PTS制度改革で考えるべきこと

PTS制度の見直しでは、市場シェア10%ルールや取引所への移行が注目されています。

しかし市場レジリエンスという観点から考えると、PTSにはさらに大きな役割があります。

今後の制度設計では、

東証停止時にPTSで取引を継続できるのか

証券会社が自動的に注文先を切り替えられるのか

PTSに十分な処理能力があるのか

市場監視をどう継続するのか

清算や決済をどうつなぐのか

といった点も重要になります。

PTSを単なる競争相手ではなく、日本株市場のバックアップインフラとして位置付ける考え方も必要になるでしょう。

結論

市場レジリエンスとは、システム障害、サイバー攻撃、自然災害などのショックが発生しても、金融市場の機能を維持し、停止した場合でも早期に回復できる強靱性を意味します。

市場レジリエンスを高めるには、サーバーや通信回線の多重化、バックアップ拠点、サイバーセキュリティ、BCP、復旧訓練などが必要です。

さらに重要なのが、取引市場そのものを複数持つという考え方です。

PTSが一定の流動性と処理能力を持てば、東証で障害が発生した際に代替市場として機能する可能性があります。

一方、複数市場を育成すれば市場分断が進むため、SORや価格情報共有、市場横断的な監視なども必要になります。

今後のPTS制度改革では、東証とPTSを競争させるという視点だけでなく、どこか一つの市場が止まっても日本株市場全体は止まらない仕組みをどうつくるかという視点が重要です。

市場の強さとは、障害が一度も起きないことではありません。障害が起きても金融市場全体が機能を失わず、投資家が継続して取引できる仕組みを備えていることこそ、市場レジリエンスの本質です。

参考

日本経済新聞 2026年8月7日 朝刊
私設取引「PTS」、制度見直し検討 金融庁 シェア10%上限引き上げ議論 売買活況で対応急ぐ

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