家族向け社宅はなぜ減少するのか 共働き時代に変わる企業の住宅支援

経営

都市部の家賃高騰を背景に、企業の社宅や社員寮が再び注目されています。

しかし、すべての社宅で需要が増えているわけではありません。

若手単身者向けの社宅や社員寮が拡充される一方、家族向けの集合社宅を廃止する企業もあります。

その代表的な事例がJR東日本です。

同社は単身寮を維持する一方、家族向け社宅を原則廃止する方針を示しています。

背景には、共働き世帯の増加、住宅に対する価値観の多様化、企業の資産効率を重視する経営への転換があります。

社宅制度は、企業が住宅を一律に提供する時代から、従業員の生活環境に応じて支援方法を選択する時代へ変わりつつあります。

単身寮は拡大する一方で家族向け社宅は縮小

社宅管理代行を手掛けるリロケーション・ジャパンでは、借り上げ社宅の管理戸数が2026年6月末に30万戸を超えました。

3年前と比較して25%増加しています。

新規契約の7割超は1LDK以下の物件であり、単身者向け住宅が中心となっています。

一方、JR東日本では家族向け社宅を原則廃止し、跡地に分譲マンションや賃貸マンションを建設する方針です。

同社の家族向け社宅には、かつて人気があった物件でも入居率が3分の1程度まで低下した事例があるとされています。

この違いは、社宅制度に対する需要が単純に増加しているのではなく、住宅の種類によって選別が進んでいることを示しています。

単身者向け住宅には需要が集まる一方、従来型の家族向け集合社宅は利用されにくくなっているのです。

共働き世帯の増加が住宅選択を変えた

家族向け社宅の需要が低下する背景として、共働き世帯の増加が考えられます。

かつての日本企業では、夫が会社員として働き、妻が専業主婦として家庭を支える世帯を前提とした福利厚生制度が多く見られました。

企業が勤務地の近くに社宅を用意すれば、従業員と家族がそこに住むことが一般的な選択肢になっていました。

しかし、現在では夫婦がそれぞれ仕事を持つ家庭が増えています。

例えば、夫の勤務先が東京都千代田区、妻の勤務先が神奈川県横浜市にある場合を考えてみます。

夫の会社が千代田区に近い社宅を提供しても、妻にとって通勤時間が長くなる可能性があります。

そのため、夫婦双方の勤務先へのアクセスを考慮して、住む場所を選ぶ必要があります。

企業が一方の従業員の勤務地だけを基準に住宅を提供しても、必ずしも家族全体にとって最適な住環境になるとは限りません。

共働き世帯の増加は、企業主導の住宅提供制度を見直す大きな要因になっています。

子どもの教育環境も重要な判断材料

家族向け社宅では、子どもの教育環境も重要です。

保育園や学校への通いやすさ、通学区域、習い事、地域の子育て支援など、家庭によって住宅選択の優先順位は異なります。

例えば、子どもが小学校に入学した家庭では、転居によって転校が必要になることを避けたいと考える場合があります。

また、共働き家庭では、保育園への送迎や祖父母からの育児支援を受けられる距離も重要になります。

企業が用意する社宅の所在地が、こうした家庭の事情に合わない場合、家賃が安くても入居を希望しない可能性があります。

住宅費の安さだけでは、家族向け社宅の魅力を維持することが難しくなっているのです。

家族向け社宅の維持には多額の費用がかかる

企業が集合社宅を所有する場合、建物の維持管理費用が発生します。

修繕費、固定資産税、火災保険料、設備更新費用などです。

建物が老朽化すれば、大規模修繕や建て替えが必要になる場合もあります。

例えば、30戸の家族向け社宅を企業が所有し、入居率が3分の1に低下した場合を考えます。

入居しているのは10戸で、残り20戸は空室です。

しかし、建物全体の維持管理費用が入居戸数に比例して3分の1になるわけではありません。

共用設備や建物全体の修繕など、入居率にかかわらず発生する費用があるためです。

入居率が低下すると、実際に利用する従業員1人当たりの企業負担は大きくなる傾向があります。

企業にとって、利用率の低い社宅を保有し続けることは、資産効率の面でも課題になります。

社宅跡地の活用が企業価値を左右する

JR東日本は、家族向け社宅の跡地に分譲マンションや賃貸マンションを建設する方針です。

これは、福利厚生施設として利用していた不動産を、収益を生み出す資産へ転換する取り組みと捉えることができます。

例えば、企業が保有する社宅用地を売却すれば、売却収入を得られる可能性があります。

また、賃貸住宅として活用すれば、継続的な賃料収入が期待できます。

ただし、売却益や賃貸収益が必ず発生するわけではありません。

土地の立地、建設費、賃貸需要、不動産市況などによって採算性は異なります。

さらに、既存建物の解体費用や土壌調査費用などが必要になる場合もあります。

社宅跡地の活用は、不動産事業としての収益性と企業全体の資本効率を踏まえて判断する必要があります。

所有する社宅から借り上げ社宅への転換

企業が住宅支援を続けながら、不動産保有に伴う負担を抑える方法として、借り上げ社宅があります。

借り上げ社宅では、企業が民間の賃貸住宅を契約し、従業員に貸与します。

企業が建物を所有する必要がないため、大規模修繕や建て替えなどの負担を直接抱えずに済む場合があります。

また、従業員の勤務地や家族構成に応じて住宅を選択しやすいという特徴があります。

例えば、子育て世帯には保育園や学校へのアクセスを重視した住宅を選び、単身者には勤務地に近い住宅を提供することが考えられます。

ただし、借り上げ社宅でも賃貸借契約や解約に伴う費用、空室期間の負担などが発生する場合があります。

企業が不動産を所有しないからといって、住宅支援の費用が必ず小さくなるわけではありません。

重要なのは、所有と賃借の総コストを比較することです。

家族向け住宅支援は現金手当が適しているのか

家族向け社宅の需要が低下するなか、住宅手当による支援も選択肢になります。

住宅手当であれば、従業員が家族の事情に応じて自由に住宅を選択できます。

共働き世帯では、夫婦双方の通勤時間を考慮して住む場所を決められます。

子育て世帯では、学校や保育園、医療機関へのアクセスなどを優先できます。

一方、住宅手当は原則として給与所得として課税され、通常は社会保険料の算定対象にも含まれます。

借り上げ社宅では、一定の要件を満たすことで所得税の給与課税が生じない場合があります。

そのため、住宅手当と借り上げ社宅のどちらが有利かは、従業員の事情や企業の負担額によって異なります。

企業は、税務上の取扱いだけでなく、従業員の住宅選択の自由度も考慮する必要があります。

転勤制度の見直しとも密接に関係する

家族向け社宅の見直しは、企業の転勤制度とも関係しています。

従来の日本企業では、全国転勤を前提とした人事制度が広く採用されてきました。

企業が社宅を用意することは、転勤者とその家族の生活を支える重要な仕組みでした。

しかし、共働き世帯が増えるなか、転勤によって配偶者の仕事や子どもの教育に影響が生じることが問題になっています。

例えば、夫の転勤によって家族全員が引っ越す場合、妻が仕事を続けられなくなる可能性があります。

そのため、単身赴任を選択する家庭もあります。

一方、企業によっては勤務地限定の雇用制度や転勤の希望を考慮する仕組みを導入しています。

今後、転勤制度が柔軟になれば、家族向け社宅の役割も変化する可能性があります。

住宅支援制度は、企業の人事制度全体と合わせて見直すことが重要です。

福利厚生の公平性をどう確保するか

家族向け社宅を廃止する場合、既存の入居者への対応も重要な課題になります。

社宅に長期間住んでいる従業員にとって、制度の廃止は生活設計に大きな影響を与える可能性があります。

例えば、社宅を退去して民間賃貸住宅へ移る場合、家賃負担が大幅に増えることがあります。

また、転居費用や子どもの転校などの問題も発生します。

そのため、企業は制度変更の内容を十分に説明し、必要に応じて経過措置を設けることが望まれます。

さらに、社宅利用者と非利用者、単身者と家族世帯の間で福利厚生の公平性をどう確保するかも検討する必要があります。

すべての従業員に同じ制度を適用することが、必ずしも公平とは限りません。

従業員の生活環境の違いを踏まえ、合理的な支援基準を設けることが重要です。

結論

家族向け社宅の縮小は、企業が福利厚生を軽視するようになったことを意味するものではありません。

共働き世帯の増加、子どもの教育環境への配慮、転勤制度の見直しなどによって、従業員が住宅に求める条件が多様化していることが背景にあります。

一方、若手単身者向けの社宅や社員寮には、家賃高騰と人材獲得競争を背景に需要が集まっています。

企業の住宅支援は、一律の住宅提供から、従業員のライフステージに応じた柔軟な制度へ変化しているのです。

今後は、社宅の所有を続けるのか、借り上げ社宅へ転換するのか、住宅手当を充実させるのかという選択が重要になります。

その際には、企業の総負担額、税務上の取扱い、従業員の生活環境、資産効率などを総合的に検討する必要があります。

住宅支援制度の目的は、企業が住宅を保有することではありません。

従業員が安心して生活し、能力を発揮できる環境を整えることです。

家族向け社宅の縮小は、企業の住宅支援が新しい時代に適応するための転換点といえるでしょう。

参考

日本経済新聞 2026年10月21日 家賃高騰で社宅に脚光、若手定着へ企業支援厚く 管理戸数25%増

総務省 令和5年住宅・土地統計調査

内閣府 男女共同参画白書

国税庁 使用人に社宅や寮などを貸したとき

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