企業経営では、在庫はできるだけ減らした方がよいと考えられがちです。
在庫を持てば倉庫代がかかり、管理するための人手も必要です。商品や部品を購入した資金も、販売したり製品として出荷したりするまで回収できません。
そのため、在庫削減は企業の資金効率を高める重要な取り組みです。
しかし、在庫を減らしすぎると、原材料や部品の供給が少し遅れただけで生産が止まる可能性があります。
そこで重要になるのが「安全在庫」という考え方です。
安全在庫とは何か
安全在庫とは、需要の増加や納入の遅れなど、予想外の事態に備えて通常必要な量とは別に確保しておく在庫です。
例えば、ある部品を毎日100個使用する工場があるとします。
仕入先から毎日確実に100個届くのであれば、理論上は大量の在庫を持つ必要はありません。
しかし、現実には予定通り届かないことがあります。
豪雨で道路が通行できなくなるかもしれません。
仕入先の工場が洪水で停止する可能性もあります。
海外から輸入している部品なら、港湾や海上輸送の混乱によって到着が遅れることも考えられます。
こうした予想外の供給停止に備えて持つ余分な在庫が安全在庫です。
通常在庫とは何が違うのか
通常在庫は、日々の販売や生産に必要な在庫です。
これに対して安全在庫は、通常の計画から外れた事態に対応するための在庫です。
例えば、通常3日分の部品があれば生産計画を回せる企業が、供給遅延に備えてさらに5日分を確保しているとします。
この追加の5日分が安全在庫に相当します。
つまり安全在庫は、通常の生産活動のためというよりも、想定外の事態が起きたときに事業を止めないために持つものです。
企業にとって一種の「時間の備蓄」と考えると分かりやすいでしょう。
安全在庫が時間を買うとはどういうことか
部品の供給が突然止まった場合、企業は代替手段を探します。
別の仕入先に発注する。
別の物流ルートを使う。
代替部品が利用できないか検討する。
別の工場から在庫を移動する。
しかし、こうした対応には時間がかかります。
工場に在庫がなければ、その対応をしている間にも生産が止まってしまいます。
一方、数日分の安全在庫があれば、その在庫を使用しながら代替手段を準備できます。
安全在庫の本当の価値は、単に物を余分に持つことではありません。
問題が発生してから対策を講じるまでの「時間」を確保することにあるのです。
安全在庫を増やせばよいわけではない
それなら大量の安全在庫を持てば安心なのではないかと思うかもしれません。
しかし、そう単純ではありません。
在庫にはコストがかかるからです。
倉庫スペースが必要になり、保管や管理にも費用がかかります。
商品によっては劣化や陳腐化も起こります。
さらに、在庫を購入するために使った資金は、その在庫が販売されたり製品になったりするまで回収できません。
安全在庫を増やしすぎれば、企業の資金繰りを圧迫する可能性もあります。
したがって、安全在庫は多ければ多いほどよいものではありません。
重要な部品ほど安全在庫を考える
安全在庫を考えるうえで重要なのが、部品や原材料の重要度です。
すぐに別の商品へ切り替えられるものなら、大量の安全在庫を持つ必要性は低いでしょう。
一方、その部品がなければ製品全体を作れない場合は事情が違います。
価格が安い小さな部品でも、それが1個不足しただけで高額な製品を完成させられないことがあります。
この場合、その部品の在庫金額だけを見て重要性を判断することはできません。
「その部品がなくなったら、どれだけ事業に影響するのか」という視点が必要です。
調達に時間がかかるものほど注意する
もう1つ重要なのが、発注してから納品されるまでの期間です。
国内で簡単に調達できる部品なら、在庫が不足しても比較的早く補充できる可能性があります。
一方、海外の特定地域でしか生産されていない部品なら、注文してから到着するまで長い時間がかかる場合があります。
さらに、その地域が洪水や干ばつなどの影響を受ければ、通常より納期が延びる可能性があります。
調達に時間がかかるものほど、供給停止時に企業が対応できる時間も長く必要になります。
そのため安全在庫を考える際には、在庫量だけでなく調達期間も重要になります。
気候変動で過去の実績だけでは足りなくなる
従来の在庫管理では、過去の販売実績や納期の変動などを基に必要な在庫量を決める方法が一般的です。
しかし、気候変動によってこれまで経験していなかった規模の豪雨や洪水、干ばつなどが発生すれば、過去の実績だけでは十分に予測できない場合があります。
これまで最大3日だった納入遅延が、将来も最大3日とは限りません。
道路や港湾などのインフラが長期間使用できなくなれば、供給停止がさらに長引く可能性があります。
これからの安全在庫では、過去の平均値だけではなく「通常とは異なる事態が発生した場合」を想定する視点も必要になります。
在庫だけに頼らないことも重要
安全在庫は有効な対策ですが、供給リスクへの唯一の対策ではありません。
例えば、仕入先を複数に分散しておけば、1社から供給できなくなっても別の企業から調達できる可能性があります。
物流ルートを複数確保する方法もあります。
代替部品を使用できるよう製品設計を工夫することも考えられます。
つまり、在庫、仕入先、物流、製品設計などを組み合わせて事業継続力を高めることが重要です。
大量の在庫だけであらゆるリスクに対応しようとすると、コストが大きくなりすぎます。
安全在庫は企業のレジリエンスを支える手段の1つとして考える必要があります。
結論
安全在庫とは、需要の増加や納入の遅れなど、予想外の事態に備えて通常必要な量とは別に確保しておく在庫です。
在庫削減には、保管費用の削減や資金効率の向上という大きなメリットがあります。
しかし、在庫を極限まで減らせば、物流や仕入先が少し止まっただけで自社の生産まで止まる可能性があります。
安全在庫の重要な役割は、単に物を余分に保有することではありません。
供給が止まったとき、別の仕入先や物流ルートを確保するまでの「時間を買う」ことです。
気候変動によって供給網の不確実性が高まる時代には、在庫を一律に減らすのではなく、どの部品が事業を止めるのかを見極める必要があります。
在庫を減らす経営から、必要な場所に必要な余裕を持たせる経営へ。
安全在庫は、企業が効率性とレジリエンスを両立させるための重要な仕組みなのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月25日 朝刊 「気候安全保障」時代の企業経営