税理士の仕事というと、多くの人は税務申告や決算書の作成を思い浮かべます。
もちろん、それらは税理士の重要な業務です。
しかし人口減少が進む日本では、企業経営者の悩みが大きく変化しています。
売上が伸びない。
後継者がいない。
採用できない。
社員が定着しない。
こうした課題の背景には「人」の問題があります。
近年注目される人的資本経営とは、人材をコストではなく企業価値を生み出す資本として捉える考え方です。
そして実は、税理士こそ人的資本経営を支援できる立場にあるのではないでしょうか。
企業経営の最大の課題は人材になった
かつて中小企業の経営課題は資金繰りでした。
銀行融資を受けられるか。
設備投資資金を確保できるか。
運転資金は足りるか。
これらが経営者の最大の関心事でした。
しかし現在は状況が変わっています。
多くの企業で共通する悩みは人材不足です。
仕事はある。
資金もある。
しかし働く人がいない。
こうした企業が全国で増えています。
つまり経営の中心課題が「お金」から「人」へ移りつつあるのです。
税理士が経営支援を行うなら、人材の問題から目を背けることはできません。
決算書には人材問題の兆候が現れる
税理士は毎月の試算表や決算書を確認しています。
そこには人的資本に関する多くの情報が含まれています。
例えば人件費率です。
急激な上昇は人材確保の苦労を示しているかもしれません。
残業代の増加は人員不足の兆候かもしれません。
外注費の増加は採用難を補っている可能性があります。
採用費や教育研修費の推移も重要です。
離職率が高い企業では採用コストが増加し続けます。
逆に定着率が高い企業は教育投資が成果につながりやすくなります。
税理士は数字を通じて組織の状態を把握できる数少ない専門家なのです。
人件費をコストだけで見てはいけない
中小企業経営者の中には、人件費を削減対象として考える人もいます。
確かに人件費は大きな支出です。
しかし人的資本経営では、人件費を単なるコストとして捉えません。
将来の利益を生み出す投資として考えます。
新人教育費。
資格取得支援。
研修費用。
福利厚生。
これらは短期的には費用ですが、長期的には企業価値を高める投資です。
税理士は利益を増やすために経費削減を提案するだけではなく、将来の成長につながる支出を見極める役割も求められています。
多様な人材活用を後押しする
人口減少社会では、従来型の採用だけでは人材を確保できません。
高齢社員。
障害者。
外国人材。
育児や介護と両立する社員。
副業人材。
こうした多様な人材の活用が重要になります。
税理士は労務の専門家ではありません。
しかし経営全体を見る立場として、多様な人材活用の重要性を経営者へ伝えることはできます。
例えば、
「ベテラン社員が退職すると売上にどの程度影響するのか」
「人材定着による利益効果はどれくらいか」
「採用コストはいくらかかっているのか」
といった数字を示すことはできます。
経営者の意思決定を支える材料を提供することも税理士の役割です。
税理士は経営者の相談相手である
顧問税理士は毎月経営者と面談する機会があります。
弁護士やコンサルタントよりも接触頻度が高いケースも少なくありません。
そのため経営者の本音を聞く立場にあります。
後継者問題。
採用問題。
社員教育。
組織づくり。
こうした課題について相談を受けることも増えています。
税理士自身が全てを解決する必要はありません。
社会保険労務士や人事コンサルタントなど専門家につなぐことも重要です。
しかし課題を早期に発見し、適切な支援につなげる役割は十分に果たせるはずです。
税理士の役割は会計から経営へ広がる
AIやクラウド会計の普及によって、記帳や集計業務は自動化が進んでいます。
今後は税務処理だけでは差別化が難しくなるでしょう。
一方で経営者の悩みはますます複雑になります。
事業承継。
人材確保。
組織改革。
DX推進。
資産形成。
こうした経営課題への支援が求められる時代になります。
人的資本経営もその一つです。
税理士は数字を通じて企業を理解する専門家です。
だからこそ、人的資本が企業価値に与える影響を経営者に伝えられる存在になれるのではないでしょうか。
結論
人的資本経営とは、人材をコストではなく企業価値を生み出す資本として捉える考え方です。
人口減少が進む日本では、人材の確保と定着が企業経営の最重要課題になりつつあります。
税理士は決算書や試算表を通じて企業の実態を把握しており、人材問題の兆候を最も早く発見できる立場にあります。
これからの税理士に求められるのは、税務や会計の支援だけではありません。
経営者の伴走者として、人的資本経営の重要性を伝え、必要な支援へつなぐ役割も期待されるでしょう。
税理士の未来は、数字を作る専門家から企業の未来を支える専門家へ進化していくことにあるのかもしれません。
参考
日本経済新聞 朝刊 2026年6月23日
「障害者雇用の義務化50年 法定雇用率の運用見直しを」
中島隆信・慶應義塾大学名誉教授(経済教室)