企業の子育て支援は、これまで主に従業員と会社の間の問題として考えられてきました。
育児休業を取得できるか、短時間勤務を利用できるか、残業を減らせるかといった情報は、働く人にとって重要だからです。
しかし人的資本経営が重視されるようになると、こうした情報を見る人は従業員や求職者だけではなくなります。
投資家にとっても、人材を確保し、育成し、長期間活躍してもらえる企業かどうかは、将来の企業価値を考える材料になります。
そのため、子育て支援に関する取り組みも、企業が外部へ伝える非財務情報の一つとして重要になる可能性があります。
非財務情報とは何か
企業の情報というと、売上高や利益、資産、負債などを思い浮かべる人が多いでしょう。
こうした情報は財務情報です。
決算書などを通じて、企業がどれだけ売上を上げ、どれだけ利益を得ているのかを確認できます。
一方、企業の将来を考えるために必要な情報は財務情報だけではありません。
どのような人材を持っているのか。
従業員をどのように育成しているのか。
環境問題にどのように対応しているのか。
企業統治は適切に行われているのか。
こうした財務諸表だけでは十分に分からない情報を、広い意味で非財務情報と呼びます。
企業の子育て支援も、この非財務情報として見ることができます。
人的資本情報との関係
非財務情報の中でも特に注目されているのが人的資本に関する情報です。
企業が長期的に成長するためには人材が必要です。
優秀な人材を採用できても、短期間で次々に退職すれば、企業に知識や経験が蓄積されません。
逆に、従業員が長期間働きながら能力を高めていけば、企業の競争力につながります。
そこで、人材育成や多様性、従業員の定着などに関する情報も企業を評価する材料になります。
子育て支援は、この人的資本と密接に関係します。
出産や育児を理由に従業員が退職するのを防ぎ、働き続けられる環境をつくることは、企業が人的資本を維持することにつながるからです。
育児休業制度があるだけでは分からない
企業が育児休業制度を設けていますと説明しても、それだけでは実態は十分に分かりません。
法律に基づいて制度が存在していても、職場の雰囲気によって利用しにくい場合があるからです。
そこで重要になるのが実績です。
実際にどの程度の従業員が育児休業を取得しているのか。
男性も取得しているのか。
育児休業から復帰した後も働き続けているのか。
長時間労働は抑えられているのか。
制度の有無だけでなく、利用状況や成果を見ることで、企業の子育て支援の実態が見えやすくなります。
情報開示によって企業を比較できる
情報開示の重要な役割の一つが、企業同士を比較できるようにすることです。
例えばA社とB社の両方が、子育てを支援していますと説明しているとします。
それだけでは、どちらの会社の取り組みが進んでいるのか分かりません。
しかし、育児休業取得率や労働時間などについて一定の情報が示されれば、違いを確認しやすくなります。
さらに、同じ基準で継続的に情報が開示されれば、前年より改善したのか悪化したのかも分かります。
企業が掲げる理念だけではなく、実際の成果を数字で確認できるようになるわけです。
認定制度には見える化の役割がある
ただし、すべての人が企業の詳細な情報開示を読み込めるわけではありません。
そこで認定制度が意味を持ちます。
例えばくるみん認定では、一定の基準を満たした企業が子育てサポート企業として認定されます。
求職者や消費者は細かな数字をすべて確認しなくても、認定の有無を一つの目安にできます。
こども家庭庁が2027年度に創設を目指す新しい子育て支援企業認定制度でも、企業の取り組みを見える化する効果が期待できます。
特に新制度では、企業内部の労働環境だけでなく、商品やサービスを通じた社外への子育て支援も評価する方向です。
企業が社会にどのような子育て価値を提供しているのかを外部から判断しやすくなる可能性があります。
投資家はなぜ子育て支援を見るのか
投資家が企業を評価するとき、現在の利益だけを見るわけではありません。
その企業が将来も利益を生み続けられるかを考えます。
少子化によって働く人が減れば、人材を確保できる企業とできない企業の差が大きくなる可能性があります。
子育てを理由に従業員が次々に退職する企業では、経験のある人材が失われます。
採用費や教育費も増えます。
反対に、育児をしながら働き続けられる会社であれば、人的資本を長期間維持できる可能性があります。
そのため、子育て支援は福利厚生の充実度だけではなく、企業の人材戦略を見る材料にもなります。
商品やサービスへの子育て支援も評価対象になり得る
今後は、社内の人材政策だけではなく、社外への子育て支援も企業評価に結び付く可能性があります。
例えば、住宅会社が子育て支援住宅を開発するとします。
小売企業が子ども連れで利用しやすい店舗を増やす場合もあります。
こうした取り組みが顧客から支持されれば、新しい需要を獲得できます。
つまり、子育て支援は社会貢献であると同時に、企業の成長戦略にもなり得ます。
投資家にとっては、その企業が少子化という社会課題に対応するだけでなく、そこから新しい事業機会を生み出せるかという視点も重要になります。
情報開示が企業行動を変える
情報開示には、外部の人が企業を評価できるようにするだけでなく、企業自身の行動を変える効果もあります。
例えば育児休業取得率を継続的に公表することになれば、経営者はその数字を意識するようになります。
競合企業より大幅に低ければ、改善策を検討するきっかけになります。
投資家や求職者から理由を問われる可能性もあります。
逆に、高い成果を上げている企業は、その実績を採用や企業広報に利用できます。
見えなかった取り組みを数字や認定によって見えるようにすると、企業間の競争が起きるわけです。
子育て支援の水準そのものを引き上げる効果も期待できます。
良い数字だけを見せる問題には注意が必要
一方、情報開示には注意点もあります。
企業が自社に都合の良い数字だけを選んで公表すれば、実態を正しく判断できない可能性があります。
例えば育児休業取得率が高くても、復職後に退職する人が多ければ、長期的な両立支援が十分とはいえないかもしれません。
制度利用者だけを見るのではなく、労働時間や離職、管理職登用など、複数の情報を見る必要があります。
さらに企業によって計算方法が違えば単純な比較もできません。
情報開示を企業評価に利用するのであれば、できるだけ共通した基準で比較できることが重要になります。
子育て支援が経営情報になる
子育て支援に関する情報が広く開示されるようになれば、その位置付けも変わります。
かつては人事部門が管理する福利厚生制度の一つだったものが、経営者や投資家が確認する経営情報になります。
採用できるか。
人材が定着するか。
従業員の能力を長期間活用できるか。
子育て世帯という大きな顧客層から選ばれる商品やサービスを提供できるか。
こうした問題はいずれも企業の将来の利益に関係します。
子育て支援をどの程度行っているかという情報が、企業の持続的な成長力を判断する材料になる可能性があるのです。
結論
子育て支援企業の情報開示とは、育児休業や働き方、従業員の定着など、企業の子育て支援に関する取り組みや成果を外部から分かるようにすることです。
こうした情報は売上や利益のような財務情報ではありませんが、企業の人的資本や将来の競争力を考えるうえで重要な非財務情報になり得ます。
認定制度には、複雑な取り組みを一定の基準で評価し、企業の子育て支援を見える化する役割があります。
そして2027年度に創設が検討されている新しい認定制度では、社内の働き方だけでなく、商品やサービスを通じた社外への子育て支援まで対象が広がる方向です。
企業がどれだけ利益を上げているかだけではなく、その利益を生み出す人材を維持できるのか、社会課題を新しい事業機会につなげられるのかを見る。
子育て支援の情報開示が進めば、育児支援は福利厚生の情報から企業の将来性を判断する経営情報へと変わっていく可能性があります。
参考
日本経済新聞 2026年8月25日 朝刊 子育て向け商品・サービス提供企業に法人減税