日本経済が金利のある世界に移行するなか、奨学金の返済負担が若い世代の家計に重くのしかかっています。
日本学生支援機構の有利子奨学金である第2種奨学金では、2026年夏に利率固定方式が上限の3%に達しました。
大学卒業時に数百万円の奨学金を抱える場合、返還期間は長期に及びます。
就職後に安定した収入を得られれば計画的な返還が可能ですが、失業、転職、病気、育児などによって所得が減少することもあります。
特に、物価上昇によって生活費が増加している現在、毎月の奨学金返還が家計を圧迫するケースも考えられます。
しかし、奨学金の返還が難しくなった場合でも、直ちに延滞する必要はありません。
日本学生支援機構には、毎月の返還額を減らす減額返還制度や、一定期間返還を先送りする返還期限猶予制度があります。
これらの制度を適切に利用すれば、家計の状況に応じて返還負担を調整できます。
今回は、奨学金の返還が難しくなった場合の対応方法、減額返還と返還期限猶予の違い、延滞による信用情報への影響、家計再建の進め方について詳しく解説します。
奨学金の返還が難しくなる理由
奨学金は、大学や専門学校などを卒業した後に返還することを前提とした制度です。
しかし、卒業時点で想定していた収入が、その後も継続するとは限りません。
例えば、就職先の業績悪化によって賞与が減少する場合があります。
転職によって一時的に収入が途絶えることもあります。
病気やけがによって働けなくなったり、出産や育児によって世帯収入が減少したりすることも考えられます。
また、収入が変わらなくても、物価上昇によって家計の余裕が小さくなる場合があります。
例えば、手取り給与20万円の人が毎月2万円の奨学金を返還している場合、返還負担は手取り給与の10%です。
家賃7万円、食費4万円、光熱費と通信費2万円、その他の生活費4万円を支出すると、生活費は合計17万円になります。
奨学金を返還した後に残る金額は1万円です。
ここで、物価上昇によって生活費が毎月1万円増えれば、家計の余裕はなくなります。
さらに、失業などによって収入が減少すれば、返還を続けることが難しくなります。
奨学金の返還困難は、必ずしも本人の浪費や家計管理の問題だけで生じるものではありません。
長期にわたる返還期間中には、さまざまな経済環境の変化が起こり得るのです。
減額返還制度は毎月の負担を軽減する仕組み
奨学金の返還が難しくなった場合に、まず検討したいのが減額返還制度です。
減額返還制度は、一定の要件を満たす場合に、毎月の返還額を減らして返還を継続する仕組みです。
日本学生支援機構では、所定の条件に応じて、毎月の返還額を当初の2分の1、3分の1、4分の1などに減らす方法が設けられています。
例えば、毎月2万円を返還している人が2分の1の減額返還を利用した場合、毎月の返還額は1万円になります。
3分の1であれば、約6,700円です。
4分の1であれば、5,000円になります。
毎月の返還負担を軽減できれば、生活費や医療費などに充てられる資金が増えます。
ただし、減額返還は借入元金を減免する制度ではありません。
毎月の返還額を減らす代わりに、返還期間が長くなります。
また、有利子奨学金については、通常の返還予定に含まれる利息の扱いを確認する必要があります。
減額返還を利用したからといって、借金そのものが少なくなるわけではないことを理解しておく必要があります。
減額返還を利用した場合の家計改善効果
具体的な数字で考えてみましょう。
毎月の手取り給与が18万円、生活費が16万円、奨学金返還額が2万円の人を想定します。
この場合、毎月の収支はゼロになります。
急な支出が発生すれば、家計は赤字になります。
ここで減額返還制度を利用し、毎月の返還額を1万円に減らせたとします。
すると、毎月1万円の余裕が生まれます。
年間では12万円です。
この資金を生活防衛資金として積み立てれば、失業や病気などに備えることができます。
また、返還額を約6,700円に減らせた場合には、毎月約1万3,300円の余裕が生まれます。
年間では約16万円です。
ただし、これは家計収支の改善効果を示すための単純な試算です。
実際の減額返還の利用には所得などの要件があり、希望すれば必ず利用できるわけではありません。
また、減額返還によって返還期間が延長されるため、将来の家計にも返還負担が残ります。
重要なのは、減額返還を単なる支払額の削減としてではなく、家計を立て直すための制度として利用することです。
返還期限猶予制度は一定期間の返還を先送りする
減額返還制度を利用しても返還が難しい場合には、返還期限猶予制度を検討します。
返還期限猶予制度は、一定の要件を満たす場合に、奨学金の返還期限を先送りする仕組みです。
例えば、失業によって収入がなくなった場合や、病気によって働けなくなった場合などに利用できる可能性があります。
経済困難を理由とする猶予では、所得などの基準が設けられています。
また、災害や傷病など、事情に応じて必要な証明書類が異なります。
返還期限猶予が承認された期間は、通常の返還を一時的に停止できます。
例えば、毎月2万円を返還している人が1年間の猶予を受けた場合、その期間の返還支出は合計24万円軽減されます。
ただし、返還期限猶予も借入元金を免除する制度ではありません。
返還を先送りするため、原則として返還終了時期が後ろに延びます。
日本学生支援機構の通常の返還期限猶予では、承認された猶予期間中に新たな利息が発生しない取扱いとなっていますが、制度の適用条件を確認する必要があります。
また、一般的な経済困難などを理由とする猶予には利用期間の上限があり、傷病や災害などでは取扱いが異なる場合があります。
返還期限猶予は、将来の返還義務をなくす制度ではなく、一時的な経済的困難を乗り越えるための制度です。
減額返還と返還期限猶予はどう使い分けるか
減額返還制度と返還期限猶予制度は、どちらも返還負担を軽減する仕組みですが、目的が異なります。
減額返還は、一定の返還能力が残っている人が、毎月の返還額を減らして返還を続ける制度です。
一方、返還期限猶予は、返還を続けること自体が難しい人が、一定期間返還を先送りする制度です。
例えば、転職によって給与が減少したものの、毎月1万円程度なら返還できる場合には、減額返還が選択肢になります。
一方、失業して収入がなくなり、生活費の確保も難しい場合には、返還期限猶予が適している可能性があります。
重要なのは、現在の所得だけでなく、今後の収入回復の見通しも考慮することです。
数カ月後に再就職する予定がある場合と、長期的に所得が低い状態が続く場合では、適切な対応が異なります。
また、減額返還と返還期限猶予では、所得要件や必要書類などが異なります。
制度を利用する際には、日本学生支援機構の最新の案内を確認し、自分の状況に合った方法を選ぶことが重要です。
奨学金の延滞は信用情報に影響する
奨学金の返還が難しくなった場合に、特に注意したいのが延滞です。
日本学生支援機構では、一定の条件に該当する延滞について、個人信用情報機関への登録が行われます。
新たに返還を開始する人などで個人信用情報の取扱いに同意している場合、延滞が3カ月以上続くと、延滞情報が登録される対象となります。
信用情報は、金融機関などがローンやクレジットカードの審査を行う際に利用する情報です。
そのため、奨学金の延滞情報が登録されると、クレジットカードの新規契約や住宅ローンなどの審査に影響する可能性があります。
ただし、延滞情報が登録されたからといって、すべての金融取引が一律に利用できなくなるわけではありません。
審査結果は金融機関や契約内容によって異なります。
また、延滞を解消しても、信用情報が直ちに消去されるとは限りません。
登録情報の保有期間は、信用情報機関の取扱いなどによって定められています。
将来の住宅購入や資金調達に影響する可能性があるため、返還が難しくなった段階で早めに相談することが重要です。
延滞する前に申請することが重要
減額返還や返還期限猶予を利用する際には、申請のタイミングが重要です。
返還が難しくなってから何カ月も放置するのではなく、できるだけ早く日本学生支援機構に相談する必要があります。
例えば、勤務先の業績悪化によって翌月から給与が減少することが分かっている場合には、その時点で制度の利用条件を確認することが望まれます。
失業や病気などによって返還が困難になった場合にも、早めに必要書類を準備することが重要です。
申請には、所得を確認する書類や失業を証明する書類、診断書などが必要になる場合があります。
また、申請すれば自動的に返還が停止されるわけではありません。
承認されるまでは、原則として従来の返還義務が続くため、申請中の取扱いも確認する必要があります。
すでに延滞が発生している場合には、通常の申請とは異なる対応が必要になることもあります。
延滞が長期化すると、督促や法的手続きにつながる可能性もあります。
返還が難しい状況を放置せず、早い段階で制度を利用することが、家計と信用情報を守るために重要です。
返還困難時には家計全体の見直しが必要
奨学金の返還負担を軽減する制度を利用しても、家計そのものが改善しなければ、再び返還が難しくなる可能性があります。
そのため、減額返還や返還期限猶予を利用する際には、家計全体を見直すことが重要です。
まず、毎月の収入と支出を把握します。
家賃、食費、光熱費、通信費、保険料、交通費などを整理し、固定費と変動費に分けます。
特に、通信費や保険料、サブスクリプションなどの固定費は、契約内容を見直すことで支出を減らせる場合があります。
また、クレジットカードのリボ払いなど、高金利の借入れがある場合には注意が必要です。
一般に、リボ払いなどの金利は奨学金の金利より高い場合が多く、家計への負担が大きくなりやすいためです。
奨学金の返還を続けるために高金利の借入れを増やすことは、家計をさらに悪化させる可能性があります。
必要に応じて、自治体の生活相談窓口や家計改善支援などを利用することも選択肢になります。
奨学金の返還問題を単独で考えるのではなく、家計全体の収支を改善することが重要です。
奨学金の返還免除が認められる場合もある
貸与型奨学金は原則として返還する必要がありますが、一定の事情がある場合には返還免除制度が適用されることがあります。
例えば、本人が死亡した場合や、精神または身体の障害によって労働能力を失い、返還ができなくなった場合などです。
ただし、返還免除には所定の要件があり、申請や審査が必要です。
単に所得が低いことや失業したことだけで、当然に返還が免除されるわけではありません。
また、大学院で第1種奨学金を利用した人については、特に優れた業績を挙げた場合の返還免除制度もあります。
これは、一般的な経済困難による返還免除とは異なる制度です。
奨学金には、返還額を減らす制度、返還期限を先送りする制度、一定の事情によって返還義務を免除する制度など、複数の仕組みがあります。
それぞれの制度の目的と要件を正確に理解することが重要です。
企業による奨学金代理返還制度も活用したい
奨学金の返還負担を軽減する方法として、企業による代理返還制度も注目されています。
これは、企業が従業員の奨学金返還を支援する仕組みです。
日本学生支援機構への直接返還を利用する企業もあります。
例えば、企業が毎月1万円を代理返還する場合、従業員の年間負担は12万円軽減されます。
5年間では60万円です。
奨学金を返還している若い従業員にとっては、家計の安定や資産形成につながる支援になります。
企業にとっても、人材採用や定着を促進する効果が期待できます。
ただし、制度の有無や支援額、対象者、支援期間などは企業によって異なります。
転職先を検討する際には、給与や賞与だけでなく、奨学金返還支援制度の有無も確認する価値があります。
また、企業による代理返還制度は、本人の返還義務そのものを当然に消滅させるものではありません。
企業の支援が終了した場合には、残額について本人が返還を続ける必要があります。
制度の内容を理解したうえで利用することが重要です。
結論
奨学金の返還は、大学や専門学校などを卒業した後も長期間にわたって続く家計負担です。
金利のある世界への移行によって、有利子奨学金の返還負担はこれまで以上に大きくなっています。
しかし、失業、転職、病気、育児などによって返還が難しくなった場合でも、利用できる救済制度があります。
減額返還制度は、毎月の返還額を減らして返還を継続する仕組みです。
返還期限猶予制度は、一定期間返還を先送りする仕組みです。
どちらも借入元金を免除する制度ではありませんが、一時的な経済的困難を乗り越えるために重要な役割を果たします。
特に重要なのは、延滞する前に相談することです。
奨学金の延滞が長期化すると、個人信用情報への登録などによって、将来の住宅ローンやクレジットカードの審査に影響する可能性があります。
返還が難しくなった場合には、制度の利用条件を確認し、早めに申請することが望まれます。
同時に、家計全体の収支を見直し、無理のない返還計画を立てる必要があります。
また、企業による代理返還制度など、返還負担を軽減する新たな仕組みを活用することも重要です。
奨学金は、経済的な事情によって進学を諦めることなく、高等教育を受ける機会を提供する制度です。
その目的を考えれば、卒業後に経済的な困難に直面した人が、返還のために生活そのものを維持できなくなることは望ましくありません。
返還が難しくなったときに必要なのは、無理をして返還を続けることではなく、利用できる制度を理解し、適切な対応を取ることです。
奨学金制度は、借りるときの支援だけでなく、返すときの安心も保障する仕組みであることが重要なのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月12日 朝刊 「日本の奨学金、『金利ある世界』どう生きるか 識者『利率上限下げも』」
日本学生支援機構 減額返還制度に関する公表資料
日本学生支援機構 返還期限猶予制度に関する公表資料
日本学生支援機構 個人信用情報機関への登録に関する公表資料
日本学生支援機構 企業等による奨学金返還支援制度に関する公表資料