国際最低税率15%の落とし穴――申告書1万ページ超が示す日本企業の税務負担と国際競争力

税理士
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多国籍企業の過度な節税を防ぐために導入された「グローバル・ミニマム課税」が、日本企業に新たな経営課題を突きつけています。

法人税の実効税率を最低15%とする国際的な制度ですが、実際に企業が直面しているのは、追加的な税負担だけではありません。

2026年9月末に初めての申告期限を迎えた企業では、申告書や関連資料が1万ページを超える事例も報告されています。

税負担の公平性を確保するための制度が、企業の人材、時間、資金を大量に消費する結果となれば、国際競争力にも影響しかねません。

税理士・FPの視点から、制度の仕組み、企業の実務負担、二重課税の問題、今後の税務改革について考えます。

グローバル・ミニマム課税の基本的な仕組み

グローバル・ミニマム課税は、経済協力開発機構(OECD)と主要20カ国・地域(G20)が主導して整備した国際課税制度です。

2021年には約140の国・地域が制度の基本的な枠組みに合意しました。

対象となるのは、原則として直前4会計年度のうち2会計年度以上で、連結売上高が7億5,000万ユーロ以上となる多国籍企業グループです。

制度の目的は、法人税率の低い国・地域に利益を移転することで税負担を軽減する行為を抑制することです。

例えば、ある日本企業が海外子会社を保有し、その所在地国における制度上の実効税率が10%だった場合、一定の調整を経て、最低税率15%との差額に相当する追加課税が生じる可能性があります。

ただし、単純に税率差5%を会計上の利益に乗じるわけではありません。対象所得や対象税額を調整し、実体を伴う所得の控除なども考慮します。

制度には主に3つの仕組みがあります。

  • 所得合算ルール(IIR):一定の軽課税所得について親会社所在地国などで追加課税する仕組み
  • 軽課税所得ルール(UTPR):IIRなどで十分に課税されない場合に、一定の方法で追加課税を配分する仕組み
  • 国内ミニマム課税(QDMTT):自国内の対象企業について最低税率まで課税する仕組み

日本でも段階的に制度が導入され、国際的な最低課税水準を確保する仕組みが整備されています。

申告書1万ページ超という異例の事務負担

今回、特に注目されるのは申告書類の膨大さです。

日本経済新聞の報道によれば、複数国で事業を展開する大企業では、国内の申告書、GloBE情報申告書(GIR)、関連資料などを合わせて、A4用紙換算で1万数千ページを超える事例があるとされています。

通常の法人税申告書が数百ページから、多い場合でも1,000ページ程度であることを考えると、その規模は際立っています。

なぜ、これほど大量の資料が必要なのでしょうか。

最大の理由は、グループ全体の情報を国・地域別に収集し、国際的に共通する計算ルールへ組み替える必要があるためです。

企業は海外子会社の財務情報、税金、組織構造、持分関係などを確認しなければなりません。

さらに、各国の会計制度や税制の違いを調整し、税務当局が検証できる形で記録する必要があります。

海外子会社が100社、200社と存在する企業では、情報収集だけでも大きな負担になります。

重要なのは、追加納税額の大きさと事務負担の大きさが必ずしも比例しないことです。

結果として追加納税が少額であっても、対象判定や計算、資料保存のために相当な作業が必要になる場合があります。

税務部門の人件費と外部専門家費用の増加

グローバル・ミニマム課税の影響は、税額だけで測ることができません。

企業が負担する費用には、税務担当者の人件費、システム改修費用、外部専門家への報酬、海外子会社との調整費用などがあります。

例えば、税務対応のために5人の担当者が年間1,000時間ずつ追加作業を行い、時間当たりの社内コストを8,000円と仮定すると、年間4,000万円の負担になります。

さらに外部専門家費用やシステム費用が加われば、総額は一段と大きくなります。

これは説明のための仮定計算ですが、税務コンプライアンスの経済的負担を考えるうえで重要です。

企業の税務部門には、本来、事業再編、投資判断、資金管理、税務リスクの分析など、経営に直結する役割があります。

ところが、新制度への対応に多くの時間を費やすことで、こうした付加価値の高い業務に十分な人員を配置できなくなる可能性があります。

税務申告の複雑化は、単なる事務作業の増加ではなく、企業の経営資源の配分問題でもあります。

CFC税制との重複が生む二重課税の懸念

日本企業にとって、もう1つの重要な問題がタックスヘイブン対策税制との関係です。

タックスヘイブン対策税制は、一般にCFC税制と呼ばれています。

一定の外国関係会社の所得を日本の親会社などの所得に合算し、日本で課税する制度です。

グローバル・ミニマム課税とCFC税制は、いずれも海外の軽課税所得に関係する制度ですが、目的や課税対象、計算方法は異なります。

そのため、両制度が同時に適用される企業では、税額の調整や所得の把握が複雑になります。

特に問題となるのは、日本の親会社が赤字である場合など、制度間の税額調整が十分に機能しないケースです。

海外で追加課税を受けた所得について、日本側でもCFC税制による課税関係が生じ、実質的な二重課税につながる可能性が指摘されています。

もっとも、すべての企業で二重課税が発生するわけではありません。

具体的な課税関係は、外国子会社の所在地、所得の性質、親会社の課税所得、外国税額控除などによって異なります。

企業には、制度ごとの税額計算だけでなく、グループ全体の実効税負担を検証する視点が求められます。

欧州と米国の動向が示す国際競争条件の変化

国際課税制度は、各国が同じルールを導入すれば公平な競争条件が整うという考え方に基づいています。

しかし、実際の制度運用には国・地域ごとの差があります。

欧州連合(EU)では、企業の事務負担を軽減するため、国際課税制度とCFC税制の関係を見直す動きが出ています。

日本経済新聞の記事では、欧州の一連の簡素化法案による年間コスト削減効果が66億ユーロと試算され、そのうちCFC税制のコンプライアンスコスト削減が2億5,000万ユーロに相当すると紹介されています。

一方、米国企業についても、国際的な合意や制度上の取扱いを背景に、GMTの適用関係が日本企業と異なる状況が生じています。

ここで重要なのは、税率だけで国際競争力を比較できないことです。

同じ15%という最低税率を掲げていても、申告義務、計算方法、例外措置、既存税制との調整によって企業の実際の負担は変わります。

日本企業だけが相対的に重い事務負担を抱えることになれば、国際的な公平性を目指した制度が、逆に競争条件の不均衡を生む可能性があります。

日本の税制に必要な簡素化と制度間調整

今後、日本の国際課税制度では、少なくとも2つの見直しが重要になります。

第1は、グローバル・ミニマム課税とCFC税制の重複負担の軽減です。

両制度が異なる目的を持つことを踏まえつつ、重複する情報収集や計算作業をできる限り減らす必要があります。

例えば、一定の条件を満たす企業について、既に提出された情報を別の税制でも活用できるようにすることが考えられます。

第2は、実質的な税務リスクに応じた申告・検証の合理化です。

税務上のリスクが低い企業や国・地域については、セーフハーバーなどの簡素化措置を適切に活用することが重要です。

ただし、簡素化措置には適用要件や対象期間があり、無条件に利用できるわけではありません。

企業側も、適用可否を継続的に確認する必要があります。

税制の公平性を守りながら、必要以上の事務負担を減らすことが制度設計上の課題です。

生成AIと税務DXによる業務改革

制度が複雑になるほど、企業の税務部門にはデジタル技術の活用が求められます。

特に生成AIは、海外子会社から収集した情報の整理、税務資料の照合、申告書作成の補助、税制改正情報の分析などで活用が期待されます。

例えば、各国子会社から提出される税務資料の形式が異なっていても、一定のルールに基づいて情報を分類し、不足項目や異常値を抽出することが考えられます。

ただし、生成AIが算出した税額や判断結果を、そのまま申告に利用することには慎重であるべきです。

税務計算では、根拠資料との照合、計算過程の再現性、機密情報の保護、最終的な専門家の確認が不可欠です。

したがって、生成AIと従来型の税務計算システムを組み合わせ、人間が最終的な判断と承認を行う体制が現実的です。

税務DXの目的は、単に申告書を早く作ることではありません。

情報収集から税額計算、検証、申告、保存までを一体的に管理し、税務リスクと事務負担を同時に減らすことにあります。

税務部門を経営戦略の一部として位置付ける必要性

グローバル・ミニマム課税は、大企業の税務部門だけの問題ではありません。

海外進出、企業買収、組織再編、資本政策などにも影響するため、経営企画、財務、経理、法務、IT部門との連携が必要になります。

特に海外企業の買収では、買収対象企業が所在する国の税率だけでなく、グループ全体の最低課税制度への影響を確認する必要があります。

また、子会社の財務情報を正確に収集できない場合、申告遅延や計算誤りなどのリスクも高まります。

そのため、税務部門には申告実務の遂行だけでなく、経営陣に税負担や制度対応コストを説明する役割が求められます。

国際税務の専門人材を確保するとともに、業務の標準化やシステム化を進めることが重要です。

経営者も税務を単なる法令遵守のための費用と考えるのではなく、企業価値や国際競争力に関わる経営課題として認識する必要があります。

結論

グローバル・ミニマム課税は、多国籍企業による過度な税負担の軽減を抑え、国際的な課税の公平性を確保するための重要な制度です。

しかし、申告書類が1万ページを超える事例は、制度の複雑さが企業に大きな事務負担をもたらしていることを示しています。

税制の公平性を追求することと、企業に無制限の事務負担を求めることは同じではありません。

今後の日本には、CFC税制との調整、申告手続きの簡素化、国際的な制度運用の違いへの対応が求められます。

企業側も生成AIや税務DXを活用し、限られた人材をより付加価値の高い業務へ振り向ける必要があります。

国際課税制度の本来の目的は、公平な税負担を通じて健全な経済活動を支えることです。

その制度への対応が過度な負担となり、企業の投資や成長を妨げることになれば、本来の目的との整合性が問われます。

これからの国際税務では、税負担の公平性、企業の競争力、行政と企業双方の事務効率をどのように両立させるかが重要な課題になると考えます。

参考

日本経済新聞 2026年11月2日 朝刊

「国際最低税率、申告書1万ページ超 識者『日本企業の競争力を阻害』」

OECD「Global Anti-Base Erosion Model Rules(Pillar Two)」

国税庁「各対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税等に関する情報」

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