日本の医療保険制度は、国民皆保険制度のもとで誰もが必要な医療を受けられる仕組みとして世界的にも高く評価されています。しかし、少子高齢化や医療技術の高度化により医療費は年々増加しており、制度を将来にわたって維持するためには、給付と負担のバランスを見直すことが避けられない課題となっています。
令和8年に成立した健康保険法等の改正では、医療保険制度の持続可能性を高めるため、保険給付の見直しや負担の公平化、子育て支援の強化など、幅広い制度改正が盛り込まれました。
医療保険制度はなぜ見直されるのか
日本では高齢化の進展に伴い、医療費は毎年増加しています。一方で、現役世代の人口は減少しており、保険料を負担する人が少なくなることで制度の維持が難しくなっています。
このため政府は、「必要な医療は確保しながら、制度全体を持続可能なものへ転換する」という考え方のもと、給付内容と自己負担の在り方を見直しました。
OTC医薬品で代替できる薬は保険給付を見直す
今回の改正で大きな注目を集めたのが、日常的な症状に使用される一部の医療用医薬品の取扱いです。
胃薬や湿布、鎮痛薬、鼻炎薬など、市販のOTC医薬品でも代替できる薬については、公平性の観点から保険給付の範囲を見直します。対象となる薬については、保険診療で処方を受ける場合に薬剤費の4分の1相当の追加負担が発生します。
これは「軽い症状は市販薬を活用する」というセルフメディケーションを促進し、限られた医療財源を重症患者へ重点配分する狙いがあります。
難病患者などには配慮措置も設けられる
一方で、すべての人が市販薬へ切り替えられるわけではありません。
資料では、難病患者やがん患者、子どもなど、OTC医薬品の利用が困難な人への配慮措置について検討するとしています。制度改革では公平性だけでなく、必要な医療を受けられる環境を維持することも重視されています。
長期治療患者の自己負担には年間上限を設定
長期間治療を受ける患者への負担軽減も今回の改正の柱です。
後期高齢者医療制度では、自己負担額について年間単位の上限額を設けます。これにより、年間の自己負担額が上限に達した場合、それ以上の医療費を支払う必要がなくなります。
高額療養費制度に加え、長期治療患者の生活を支えるセーフティーネット機能が強化されることになります。
金融所得も負担能力に反映する
負担の公平化も重要な改正です。
後期高齢者医療制度では、上場株式の配当などの金融所得について、確定申告の有無にかかわらず窓口負担や保険料の算定へ反映する仕組みが導入されます。
これにより、所得構造による負担の不公平をできるだけ解消し、より公平な制度運営を目指しています。
出産・子育て支援も拡充される
今回の制度改正は、負担増だけではありません。
妊婦健診や標準的な出産費用について自己負担を軽減し、安心して出産できる環境整備を進めます。また、国民健康保険では子どもの均等割保険料の軽減対象を未就学児から高校生年代まで拡大します。
医療保険制度を持続させるだけでなく、少子化対策としての役割も期待されています。
今後の医療制度は「必要な医療」と「適切な負担」の両立が重要
今後も医療費は増加が見込まれます。そのため、すべての医療費を保険で賄うのではなく、本当に必要な医療へ重点的に財源を配分する考え方は今後さらに広がる可能性があります。
一方で、高額な治療や難病治療については、十分なセーフティーネットを維持しながら制度設計を進めることが重要です。
医療保険制度は「給付を削減する制度」ではなく、「必要な人へ必要な医療を将来にわたって届ける制度」として進化していくことが求められています。
結論
医療保険制度の持続可能性を確保するためには、給付と負担のバランスを見直すことが避けられません。今回の改正では、OTC医薬品の活用促進、長期治療患者への配慮、金融所得を反映した負担の公平化、そして出産・子育て支援の拡充など、多方面から制度改革が進められました。
私たち一人ひとりも、制度の変更内容を理解し、医療資源を適切に利用することが、将来の国民皆保険制度を支えることにつながるでしょう。
参考
企業実務 2026年8月号「医療保険制度を持続するための給付と負担の見直し」