米国の証券取引所に上場するETFが、東京証券取引所で売買されているキオクシアホールディングスの株価に連動する。
一見すると不思議に思える仕組みです。
ETFがキオクシア株を大量に直接保有しなければ、キオクシア株の値動きを再現できないようにも思えます。
しかしETFには、対象となる株式を直接保有する方法だけでなく、金融機関とのデリバティブ取引によって値動きを作り出す方法があります。
その代表的な仕組みがスワップです。
特にレバレッジ型ETFでは、株式を直接保有するだけでは2倍や3倍といった値動きを作ることが難しいため、スワップなどのデリバティブが重要な役割を果たします。
米国市場と東京市場をつなぐ金融技術を理解すると、日本企業の株価に連動するETFを海外で作ることができる理由が見えてきます。
スワップ取引とは何か
スワップとは、金融機関などの当事者同士が一定の条件に基づいて将来の損益やキャッシュフローを交換する契約です。
ETFで利用される代表的なものにトータルリターンスワップがあります。
例えばETF運用会社が金融機関と契約し、
キオクシア株が1日に5%上昇したら、その値上がり分に相当する金額を金融機関がETFに支払う
という契約を結ぶことができます。
反対にキオクシア株が下落すれば、ETF側から金融機関側への支払いが発生するような契約設計もできます。
重要なのは、ETF自身が必ずしもキオクシア株そのものを保有する必要がないことです。
株式そのものを受け渡すのではなく、株価変動から生じる経済的な損益を契約によって交換するからです。
この仕組みを使えば、ETFは実際に対象資産を直接保有しなくても、その資産に投資した場合に近い経済効果を作り出すことができます。
現物型ETFとは何が違うのか
一般的なETFでは、対象となる株式を実際に購入する方法があります。
これを現物による複製と考えることができます。
例えば日経平均株価に連動するETFであれば、指数を構成する企業の株式を実際に保有することで指数への連動を目指します。
これに対してスワップ型ETFでは、必ずしも対象資産そのものを保有する必要はありません。
ETFが別の資産を保有しながら、金融機関とのスワップ契約によって対象指数や対象株式の収益率を受け取ることもできます。
つまり、
現物型ETFは資産そのものを持って値動きを再現する
スワップ型ETFは契約によって値動きを受け取る
という違いがあります。
スワップ型はシンセティック型と呼ばれることもあります。
現物をそのまま保有するのではなく、デリバティブによって経済的な値動きを合成するからです。
なぜレバレッジ型ETFでスワップが重要なのか
通常のETFであれば、100万円の資金で100万円分の株式を購入すれば、おおむね株式と同じ値動きを得られます。
ところが2倍型では事情が違います。
100万円のETF資産に対して、200万円相当の株価変動へのエクスポージャーを作る必要があります。
そこでスワップなどのデリバティブが使われます。
例えばETFの純資産が100億円であっても、デリバティブを利用して200億円相当の株価変動へのエクスポージャーを持つように設計できます。
キオクシア株が1%上昇した場合、ETFが約2%上昇することを目指すという仕組みです。
ただし、一般的なレバレッジ型ETFが目標にするのは日々の値動きです。
2倍型だからといって、1年間のキオクシア株の上昇率が20%ならETFが必ず40%上昇するという意味ではありません。
毎日エクスポージャーを調整するため、長期間では複利効果などによって大きな違いが生じることがあります。
米国から東京の株価にどう連動するのか
ここで今回のキオクシアの問題につながります。
キオクシア株は東京証券取引所に上場しています。
しかし金融市場では、取引所が違っていても株価を参照したデリバティブ契約を作ることができます。
例えば米国のETF運用会社が金融機関とキオクシア株を参照するスワップ契約を結びます。
金融機関はETFに対して契約で定められたキオクシア株の収益を提供します。
金融機関側はそのリスクを抱えたままにする必要はありません。
必要に応じて東京市場でキオクシア株を売買したり、別のデリバティブを利用したりしてリスクを調整できます。
こうして、
米国のETF投資家
米国のETF
スワップなどを提供する金融機関
東京市場のキオクシア株
という金融上のつながりを作ることができます。
ETFが米国に上場しているからといって、投資対象も米国市場に存在しなければならないわけではありません。
東京市場が閉まっている時間はどうなるのか
もう一つ興味深い問題があります。
日本と米国では取引時間が大きく異なります。
東京市場が閉まっている時間帯にも米国市場ではETFが売買されます。
その場合、ETF価格は東京市場で最後に付いたキオクシア株の株価だけで決まるとは限りません。
半導体関連株の値動き、米国市場の動向、為替、キオクシアに関するニュースなどを反映しながら、市場参加者が翌日の日本株の価格を予想してETFを売買することになります。
そのため米国のETF価格が、翌日の東京市場におけるキオクシア株の価格形成に影響する可能性もあります。
日本株を参照する金融商品が海外で取引されることで、東京市場が閉まっている時間にも事実上の価格形成が続くことになります。
スワップ型ETFにはカウンターパーティーリスクがある
便利なスワップにも特有のリスクがあります。
それがカウンターパーティーリスクです。
カウンターパーティーとは取引相手という意味です。
スワップ型ETFでは金融機関との契約によって収益を受け取るため、その金融機関が契約を履行できなくなる可能性があります。
例えばETFが金融機関から100億円を受け取る権利を持っていても、その金融機関が経営破綻すれば予定通り受け取れない可能性があります。
現物株を直接保有している場合とは異なるリスクです。
スワップ型ETFでは、
対象株式の価格変動リスク
レバレッジによる増幅リスク
スワップ契約相手の信用リスク
などを同時に考える必要があります。
担保でリスクを抑える
そこで一般的なスワップ取引では、カウンターパーティーリスクを抑えるために担保が利用されます。
スワップを提供する金融機関などに問題が発生した場合でも、担保を処分することで損失を補う仕組みです。
担保として利用される資産は、ETFが連動する資産と同じとは限りません。
例えば日本株に連動するETFであっても、担保として国債など別の資産が利用される場合があります。
したがって投資家にとっては、単に何の株価に連動しているETFなのかを見るだけでは十分ではありません。
誰がスワップの相手なのか。
どのような担保が設定されているのか。
担保はどのように管理されているのか。
こうした仕組みも重要になります。
ETFの裏側では国境を越えた取引が動く
キオクシア連動レバ型ETFが実現した場合、注目すべきなのは米国市場でETFが売買されることだけではありません。
ETFへの資金流入が増えれば、それに対応してスワップやその他のデリバティブ取引も拡大します。
さらに金融機関がリスクを調整するため、東京市場でキオクシア株を売買する可能性があります。
つまり米国の個人投資家がETFを買ったことをきっかけとして、東京市場で日本株の売買が発生する可能性があるわけです。
金融商品は米国にあります。
対象となる企業は日本にあります。
ETFの投資家は世界中に存在します。
そしてリスクを調整する金融機関も国境を越えて取引します。
ETFとデリバティブ市場の発達によって、株式が上場している場所と、その株価リスクが取引される場所は必ずしも一致しなくなっています。
結論
スワップ型ETFとは、対象となる株式を直接保有するだけではなく、金融機関とのスワップ契約などを利用して対象資産の値動きを再現するETFです。
この仕組みがあるため、米国市場に上場するETFでも、東京市場に上場するキオクシア株の値動きに連動する商品を設計することが可能になります。
さらにデリバティブを利用すれば、単純な株価連動だけではなく、日々の値動きを2倍などに増幅するレバレッジ型の商品も設計できます。
一方、その便利さの裏側にはカウンターパーティーリスクがあります。
現物株を直接持つ場合にはなかった、スワップを提供する金融機関の信用力という新しいリスクが加わるからです。
そしてさらに重要なのは、米国でETFへの売買が膨らむことで、スワップを提供する金融機関のヘッジ取引などを通じて東京市場のキオクシア株にも影響が及ぶ可能性があることです。
米国ETFが日本株に連動するという仕組みは、現在の金融市場では株式市場が国境ごとに完全に分かれているわけではないことを象徴しています。
キオクシア連動ETFの問題を理解するには、ETFそのものを見るだけではなく、その裏側で動くスワップとデリバティブの仕組みまで見る必要があります。
参考
日本経済新聞 2026年8月 キオクシア連動レバ型ETF、米で上場申請 国内未承認の個別株型 個人マネー流出懸念
日本経済新聞 2026年8月 日本は解禁に慎重 投資家保護が論点に
日本経済新聞 2026年8月 レバレッジ型ETF 連動対象の数倍の値動き