企業年金の運用成績を見るとき、多くの人がまず注目するのは運用利回りではないでしょうか。
運用利回りが高ければ良い運用で、低ければ悪い運用だと考えたくなります。
しかし、確定給付企業年金であるDBでは、運用利回りだけで運用の良し悪しを判断することはできません。
企業年金には運用する資産がある一方、将来従業員や退職者へ支払わなければならない年金という負債があるからです。
この資産と負債を一体として管理する考え方がALMです。
ALMとは何か
ALMは、資産と負債を総合的に管理する考え方です。
企業年金では、積み立てた年金資産を株式や債券などで運用しています。
一方で、将来加入者や受給者に年金を支払う義務があります。
資産だけを見て運用すると、運用成績は良くても将来の給付に必要な資金を適切な時期に準備できないことがあります。
そこで、将来どの時期にどれだけの年金を支払うのかを予測し、それに合わせて資産を運用します。
企業年金のALMでは、資産を増やすことだけではなく、将来の給付を安定して行えるかが重要になります。
企業年金には長期間の負債がある
DBでは、従業員が現在働いている段階から将来の年金給付について準備します。
例えば30歳の従業員であれば、実際に年金を受け取り始めるのは数十年先になる場合があります。
一方、すでに退職して年金を受給している人には現在も給付を続けています。
企業年金には、今年支払う年金から何十年も先に支払う年金まで存在するわけです。
そのため、将来の支払額や支払時期を考えずに資産運用することはできません。
長期間にわたる年金負債に合わせて、どのような資産をどれだけ保有するのかを考える必要があります。
高い運用利回りだけを目指すとリスクも高くなる
例えば、企業年金が高い運用利回りを目指して株式の割合を大幅に増やしたとします。
株価が上昇している間は、年金資産も大きく増える可能性があります。
しかし株式市場が急落すれば、資産額も大きく減少します。
その時期に多額の年金給付が必要になれば、安い価格で株式を売却して現金を準備しなければならない可能性もあります。
企業年金の目的は、短期間で資産を最大化することではありません。
必要な時期に必要な年金を支払うことです。
そのため期待収益率だけでなく、資産価格がどの程度変動するのかも考える必要があります。
安全資産だけでも問題が生じる
では、リスクを避けるためにすべての資産を安全性の高い債券で運用すればよいのでしょうか。
これも単純ではありません。
利回りが低すぎれば、企業年金が想定している運用収益を確保できない可能性があります。
運用収益が不足すれば、将来の給付に必要な資金を企業が追加で負担しなければならない場合があります。
特に低金利時代には、安全性の高い国内債券だけでは必要な収益を得ることが難しい状況が続きました。
そこで企業年金は国内外の株式や外国債券などを組み合わせて運用してきました。
ALMでは、高い収益と低いリスクのどちらか一方を追求するのではなく、将来の給付に必要な収益をどの程度のリスクで確保するのかを考えます。
将来の年金支払いから逆算する
ALMの大きな特徴は、資産側からだけ考えないことです。
まず将来どの程度の年金を支払う必要があるのかを考えます。
加入者の年齢、給与、勤続年数、退職時期、受給者数などによって将来の給付額は変わります。
その将来の支払いを予測したうえで、どの程度の運用収益が必要なのかを逆算します。
必要以上に大きなリスクを取らなくても年金を支払えるのであれば、無理に高い運用利回りを目指す必要はありません。
反対に現在の資産では将来の給付が難しいのであれば、企業の掛金や資産配分などを見直す必要があります。
デュレーション管理もALMの一部
前回取り上げたデュレーションもALMと深く関係しています。
企業年金には資産のデュレーションと負債のデュレーションがあります。
両者が大きくずれていると、金利変動によって企業年金の財政状態が大きく変化する可能性があります。
そこで将来の年金支払いの時期に合わせて、長期債などを保有する方法があります。
金利が変化したときに資産と負債が同じ方向へ動きやすくすることで、企業年金全体の変動を抑えます。
債券の利回りだけを見るのではなく、将来の負債との関係まで考えるのがALMです。
金利上昇でALMの選択肢が広がる
国内金利の上昇は、企業年金のALMにも大きな影響を与えます。
低金利時代には国内債券だけで必要な収益を確保することが難しく、一定のリスクを取る必要がありました。
しかし国内債券でも一定の利回りを確保できるようになれば、将来の年金支払いに合わせた債券運用を行いやすくなります。
為替リスクを基本的に負わず、円建てで将来の給付に備えられることも重要です。
企業年金によっては、株式などのリスク資産への依存度を見直せる可能性があります。
金利上昇は単に債券の利回りが高くなるだけではなく、企業年金全体のリスク管理を変える可能性を持っています。
加入者の高齢化でもALMは変わる
ALMは一度決めれば終わりではありません。
加入者や受給者の構成は時間とともに変化します。
若い加入者が多い企業年金では、年金支払いの本格化まで長い期間があります。
一方、加入者や受給者の高齢化が進めば、近い将来に必要となる給付額が増える可能性があります。
その場合、値動きの大きい資産を減らし、近い将来の支払いに使える債券や現金などを増やす必要が生じることもあります。
企業の人員構成や退職者の増減も、企業年金の資産運用に影響するわけです。
運用成績の比較だけでは分からない
企業年金の見える化が進めば、各企業年金の運用状況を比較する機会も増えていきます。
そのとき注意したいのが、運用利回りだけで順位をつけないことです。
例えば、ある企業年金が高い運用利回りを上げていても、大きなリスクを取っている可能性があります。
別の企業年金は運用利回りが低くても、将来の年金支払いに必要な資金を十分確保できているかもしれません。
加入者の年齢構成や給付設計も違います。
企業年金の運用を見るときには、何%で運用したかだけではなく、その運用が将来の給付に合っているのかを見る必要があります。
結論
企業年金のALMとは、運用する資産と将来支払う年金という負債を一体として管理する考え方です。
企業年金の目的は、その年の運用利回りを最大化することではありません。
何十年にもわたって加入者や受給者へ年金を安定して支払い続けることです。
高い運用利回りを追えばリスクが大きくなり、安全性だけを重視すれば必要な収益を得られない可能性があります。
そこで将来の年金支払いから逆算して、必要な収益と許容できるリスクを考えます。
金利上昇によって国内債券の利回りが高くなれば、企業年金のALMにも新しい選択肢が生まれます。
企業年金を見るときには、運用利回りという一つの数字だけではなく、将来の給付まで含めて資産と負債の両方を見ることが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年9月25日朝刊 インフレ下の企業年金(1)「企業、給付額増を検討」