介護人材不足への対策として、最も分かりやすいのが賃金を上げることです。
介護職の処遇を改善すれば、新しく介護業界へ入る人を増やし、現在働いている人の離職を防ぐ効果が期待できます。
しかし、介護職が仕事を辞める理由は賃金だけではありません。
身体的な負担があります。夜勤や不規則なシフトがあります。職場の人間関係や、育児、家族の介護との両立が難しい場合もあります。
参考記事でも、離職した介護人材が復職しにくい背景として、知識や技術への不安、身体的負担、夜勤や勤務時間、家庭事情などが指摘されています。
つまり、賃金だけを改善しても、働き続けられない理由が残れば人材不足は解消しません。
今回は、介護職はなぜ離職するのかを整理します。
賃金は重要な離職要因の一つ
介護職の人材確保を考えるうえで、賃金は重要です。
同じ地域で働くのであれば、仕事内容や必要な能力に対して賃金が低いと感じれば、より条件のよい仕事へ移る人が出てきます。
介護業界の中で別の事業所へ転職する場合もあれば、介護そのものを辞めて別の業界へ移る場合もあります。
そのため、処遇改善は人材確保の基本的な政策です。
しかし、賃金を上げればすべて解決するわけではありません。
仮に給与が上がっても、身体的に働き続けられなければ離職する可能性があります。
夜勤が家庭生活と両立できなければ、別の仕事を選ぶこともあります。
賃金は重要ですが、離職を決める複数の要因の一つとして考える必要があります。
身体的負担が大きい
介護の仕事では、利用者の身体を支える場面があります。
移動や移乗、入浴などの介助では、職員自身の身体にも負担がかかります。
適切な介護技術や機器を利用することで負担を軽減することはできますが、身体を使う仕事であることに変わりはありません。
若いころには問題なく働けていても、年齢とともに同じ働き方が難しくなることがあります。
一度離職した人が復職を考える場合も、
以前と同じ仕事を身体的に続けられるだろうか
という不安が生じます。
そのため、介護人材の定着や復職を進めるには、賃金だけでなく身体的負担を減らす仕組みが必要です。
夜勤が大きな壁になる
入所型の介護施設では、利用者が24時間生活しています。
そのため、夜間にも職員が必要になります。
夜勤を含む勤務は介護サービスを維持するうえで欠かせない一方、働く人にとって大きな負担になる場合があります。
生活リズムが不規則になります。
家族との生活時間が合わなくなることもあります。
特に育児中の人の場合、夜間に子どもを預けられなければ夜勤は難しくなります。
家族の介護をしている人にも同じ問題があります。
つまり、「介護職として働ける能力があるか」と「夜勤ができるか」は別の問題です。
夜勤ができない人を介護人材から外してしまえば、働ける人の範囲を狭めることになります。
シフト勤務も家庭との両立を難しくする
介護職では、勤務時間が毎日同じとは限りません。
早朝から働く日があります。
日中勤務の日があります。
遅い時間まで働く日もあります。
夜勤が入る場合もあります。
こうしたシフト勤務は、利用者の生活を24時間支えるために必要です。
しかし、働く人にとっては予定を立てにくくなる場合があります。
保育園の送迎時間に間に合わない。
家族の介護サービスの時間と合わない。
配偶者との勤務時間を調整できない。
こうした生活上の問題が積み重なると、仕事そのものが嫌いではなくても離職せざるを得ないことがあります。
人間関係も働き続ける条件になる
介護は一人で完結する仕事ではありません。
複数の職員が情報を共有しながら利用者を支援します。
そのため、職員同士の人間関係やコミュニケーションも重要です。
忙しい職場では、職員同士に余裕がなくなることがあります。
新人への指導が十分にできない。
質問しにくい。
仕事が特定の人に偏る。
意見を言いにくい。
こうした職場環境が続けば、働き続けることが難しくなる人もいます。
賃金を上げても、毎日強いストレスを感じる職場であれば定着につながらない可能性があります。
人材確保では、給与明細に表れる条件だけでなく、職場環境そのものを見る必要があります。
育児との両立で離職する人もいる
介護の仕事を続けたいと思っていても、出産や育児によって離職する人がいます。
問題は介護職としての能力ではありません。
働ける時間と事業所が求める勤務時間が合わないことです。
例えば、
午後3時までなら働ける
週3日なら働ける
夜勤なしなら働ける
という人がいたとします。
しかし事業所側が、
フルタイム勤務
夜勤可能
週5日勤務
を条件としていれば、その人は働けません。
本人に働く意思があっても、勤務条件が合わなければ離職や復職断念につながります。
家族の介護との両立という問題もある
介護職自身が家族の介護を担う場合もあります。
仕事では高齢者を介護し、帰宅後には自分の親を介護するという状況になることも考えられます。
家族の通院への付き添いが必要になる。
介護サービスの利用時間に合わせなければならない。
急に家族の状態が変化することもあります。
こうした状況では、勤務時間の柔軟性が重要になります。
介護職を続けたいという本人の意思だけでは解決できません。
仕事と家庭の両方を維持できる勤務制度が必要になります。
離職理由と復職できない理由はつながっている
介護人材政策を考えるときに重要なのが、離職と復職を別々に考えないことです。
例えば、夜勤と育児を両立できずに辞めた人がいたとします。
数年後、その人に「介護職へ戻りませんか」と呼びかけても、求人条件が以前と同じ夜勤前提なら戻ることはできません。
身体的負担が原因で辞めた人に、以前と同じ身体的負担の大きい仕事を提示しても復職は難しいでしょう。
つまり、なぜ辞めたのかを理解しなければ、どうすれば戻れるのかも分かりません。
離職理由を把握することは、そのまま復職支援の設計につながります。
賃上げと働き方改革を組み合わせる
介護人材不足への対策では、賃金か働き方かという二者択一にする必要はありません。
両方が必要です。
賃金を改善する。
身体的負担を減らす。
夜勤の負担を軽減する。
短時間勤務を用意する。
介護助手などへ周辺業務を移す。
ICTや介護機器を活用する。
職場のコミュニケーションを改善する。
こうした対策を組み合わせることで、現在働いている人が辞めにくくなります。
そして、一度離職した人も戻りやすくなります。
人材不足は入口だけでなく出口の問題
人手不足というと、採用人数を増やすことに注目しがちです。
しかし、毎年多くの人を採用しても、同じように多くの人が辞めていけば人材は増えません。
例えば、100人採用して80人が離職する場合と、70人採用して20人しか離職しない場合を考えてみます。
採用人数だけを見れば前者の方が多くなります。
しかし、残る人は後者の方が多くなります。
人材不足を解消するには、
入口で何人採用するか
だけではなく、
出口から何人出ていくか
を見る必要があります。
介護人材政策では、採用と定着を一体で考えることが重要なのです。
結論
介護職が離職する理由は一つではありません。
賃金は重要ですが、それだけではなく、身体的負担、夜勤やシフト勤務、職場の人間関係、育児や家族の介護との両立など、複数の要因があります。
そのため、賃金だけを引き上げても介護人材不足がすべて解消するわけではありません。
身体的負担が理由で辞めた人には負担を軽くする仕組みが必要です。
夜勤が理由なら夜勤を前提としない働き方が必要です。
育児との両立が理由なら短時間勤務などの選択肢が必要になります。
そして重要なのは、離職理由と復職支援をつなげることです。
なぜ辞めたのか。
何が変われば戻れるのか。
この二つをセットで考える必要があります。
介護人材不足への対策は、新しい人を採用するだけではありません。
現在働いている人が辞めなくてもよい職場をつくり、一度辞めた人には以前とは違う働き方で戻れる道を用意する。
賃金改善と働き方の改善を組み合わせることが、介護人材を長期的に確保するために欠かせないのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月4日朝刊 離職した介護人材の復職
日本経済新聞 2026年9月4日朝刊 介護、スポットワーク拡大 人手不足補う