中小企業の事業承継に新たな規制強化 悪質なM&A仲介業者の排除と経営者が知っておくべき対策

経営

中小企業の事業承継を巡る制度が、大きな転換点を迎えています。

経済産業省は、悪質なM&A仲介事業者を排除するため、強制調査を可能にする法整備の検討に乗り出します。

背景には、後継者不足による中小企業の廃業が増える一方で、事業承継を支援するはずのM&A仲介事業者によるトラブルが相次いでいることがあります。

特に問題となっているのが、資金力の乏しい買い手への事業譲渡、経営者保証の解除が実現しない取引、不透明な手数料などです。

事業承継は、単に会社の株式や事業を売却する手続きではありません。従業員の雇用、取引先との関係、経営者個人の財産、地域経済の維持にも直結する重要な経営判断です。

今回は、M&A仲介業者に対する規制強化の背景と制度改正の方向性を整理し、中小企業経営者が事業承継で失敗しないための実務上の対策を解説します。

後継者不足が深刻化する中小企業の現状

日本企業の99%以上を占める中小企業は、地域経済や雇用を支える重要な存在です。

大企業の製品を支える部品メーカー、地域に密着した建設業、独自技術を持つ製造業など、多くの中小企業が日本経済の基盤を形成しています。

しかし、経営者の高齢化が進む一方で、親族や従業員の中から後継者を確保できない企業が増えています。

東京商工リサーチによると、2026年4月から9月までの後継者難による倒産は263件となり、前年同期比23%増加しました。

同期間として過去最多の水準です。

問題は、業績が悪化した企業だけが廃業するわけではないことです。

黒字経営を続け、優れた技術や顧客基盤を持っていても、後継者が見つからなければ事業を継続できない場合があります。

こうした企業の廃業は、従業員の雇用喪失だけでなく、取引先の調達網にも影響を及ぼします。

そのため、親族内承継や従業員承継に加え、第三者へのM&Aが重要な選択肢になっています。

中小企業M&Aの増加と仲介事業者の役割

中小企業のM&Aでは、売り手と買い手の双方が適切な相手を見つけることが容易ではありません。

特に地方の中小企業では、経営者自身が買い手候補を探すことは難しく、M&A仲介事業者の支援が重要になります。

経済産業省は、2021年度にM&A支援機関登録制度を創設しました。

登録事業者には、M&A専業の仲介会社のほか、会計事務所や税理士法人などが含まれ、登録数は3,000社を超えています。

2024年度の登録事業者による仲介件数は、譲渡企業からの依頼が4,940件、買い手からの依頼が4,708件となりました。

いずれも前年度から約5%増加し、過去最多となっています。

この数字は、中小企業の事業承継においてM&Aの重要性が高まっていることを示しています。

一方で、仲介市場の拡大に伴い、事業者の専門性や倫理観、取引の透明性に対する懸念も強まっています。

悪質なM&A仲介事業者によるトラブル

M&A仲介を巡る問題の中でも、特に深刻なのが買い手の資金力や信用力に関するトラブルです。

例えば、売り手企業の経営者が株式を譲渡したにもかかわらず、買い手が約束した債務の返済や経営者保証の解除を実行しないケースがあります。

中小企業では、金融機関から融資を受ける際に、経営者個人が連帯保証人となっていることが少なくありません。

M&Aによって会社の経営権を譲渡しても、金融機関との保証契約が自動的に消滅するわけではありません。

買い手が会社の経営を引き継いだ後に資金繰りが悪化すれば、旧経営者が保証債務の履行を求められる可能性があります。

実際に、経営者保証が解除されず、旧経営者が個人破産に追い込まれたとする相談も寄せられています。

さらに、買い手の支払い能力に疑問があることを認識しながら、仲介事業者が手数料収入を優先して取引を進めた事例も問題視されています。

M&A仲介事業者は取引成立によって成功報酬を受け取ることが多いため、契約成立を優先する利益相反の構造が生じる可能性があります。

売り手企業にとって重要なのは、取引が成立することだけではなく、譲渡後も会社が健全に存続することです。

強制調査を可能にする法整備の検討

現在のM&A支援機関登録制度では、登録事業者に対する注意や登録取り消しなどの対応が可能です。

しかし、行政が強制的に調査する権限は十分ではなく、悪質な取引の実態把握に限界があります。

そこで経済産業省は、経営承継円滑化法の改正や新法の制定を視野に入れ、規制強化を検討します。

主な検討事項は、悪質な取引が疑われる仲介事業者への強制調査権限の付与です。

さらに、M&A仲介業を許認可制とする案も議論の対象となっています。

許認可制が導入されれば、一定の要件を満たさない事業者は仲介業務を行えなくなる可能性があります。

ただし、現段階では制度設計の検討段階であり、具体的な調査権限、許認可要件、行政処分の内容などが確定したわけではありません。

規制を強化する際には、悪質業者の排除と健全な仲介事業者の活動を両立させる必要があります。

過度な規制によって仲介費用が上昇し、小規模企業がM&Aを利用しにくくなることも避けなければなりません。

M&A仲介担当者の資格制度を創設

経済産業省は、2026年度内にM&A仲介担当者個人を対象とした資格制度を創設する方針です。

資格取得に当たっては、財務、税務、法務に関する専門知識に加え、倫理規定の順守が求められる見込みです。

また、資格取得後も定期的な講習を受講する仕組みが検討されています。

米国では、M&A仲介事業者の自主規制団体が認定資格制度を運営しており、資格保有者を検索できる仕組みがあります。

日本でも、資格取得者の氏名をデータベース化する案が検討されています。

資格制度の導入によって、経営者が仲介担当者の専門性を判断するための情報が増えることは期待できます。

ただし、資格を持っていることと、個別案件で適切な助言ができることは同じではありません。

担当者の実績、所属事業者の管理体制、利益相反への対応なども確認する必要があります。

経営者保証の解除は事業承継の最重要課題

中小企業のM&Aで特に注意したいのが、経営者保証の取り扱いです。

例えば、ある製造業の経営者が、株式を5,000万円で譲渡するとします。

会社には金融機関からの借入金が1億円あり、経営者個人が連帯保証しています。

株式譲渡代金として5,000万円を受け取っても、経営者保証が残っていれば、将来1億円の借入金について保証責任を問われる可能性があります。

このような事態を防ぐには、M&A契約の締結前から金融機関と協議し、保証解除の条件を確認することが重要です。

実務上は、次の事項を確認する必要があります。

  1. 株式譲渡後に経営者保証を解除できるか
  2. 買い手による保証の引き受けや代替担保の提供が可能か
  3. 金融機関の正式な承諾をいつ取得するか
  4. 保証解除が実現しない場合に取引を中止できるか
  5. 保証解除までの間に旧経営者が負担するリスクをどう管理するか

特に重要なのは、買い手との約束だけで保証解除が実現したと判断しないことです。

保証契約の相手方は金融機関であり、原則として金融機関による解除手続きが必要になります。

経営者保証に関する対応を曖昧にしたまま株式を譲渡することは、経営者個人の老後資金や家族の生活を危険にさらす可能性があります。

買い手企業の財務内容を徹底的に確認する

M&Aでは、買い手が売り手企業を調査するデューデリジェンスが一般的です。

しかし、中小企業の事業承継では、売り手も買い手の信用力を確認する必要があります。

特に確認したいのは、買収資金の調達方法です。

例えば、買収代金が1億円であるにもかかわらず、買い手企業の自己資金が1,000万円しかない場合、残りの9,000万円をどのように調達するのか確認しなければなりません。

金融機関からの融資を予定しているのであれば、融資承認の状況や資金実行の条件を確認する必要があります。

また、買収後に対象会社の預金や資産を利用して買収資金を回収する計画がある場合には、対象会社の資金繰りや債権者保護への影響にも注意が必要です。

買い手の財務調査では、決算書だけでなく、資金繰り表、借入金の返済予定、税金や社会保険料の納付状況なども重要になります。

売り手企業にとって、買収価格が高いことだけが良い条件ではありません。

買い手の信用力と事業継続能力を含めて判断する必要があります。

M&A仲介手数料の仕組みと利益相反

M&A仲介事業者の手数料には、着手金、中間金、成功報酬などがあります。

成功報酬は、譲渡金額などを基準として計算される場合がありますが、計算方法は事業者によって異なります。

例えば、株式譲渡代金が5,000万円であっても、成功報酬の最低額が1,000万円と設定されていれば、売り手にとって大きな負担になります。

また、報酬計算の基準が株式価値なのか、負債を含む企業価値なのかによっても手数料が変わります。

契約前に、手数料の計算基準、最低報酬額、支払時期、契約解除時の取り扱いを確認することが不可欠です。

さらに、仲介事業者が売り手と買い手の双方から報酬を受け取る場合には、利益相反の問題があります。

売り手は高い価格で譲渡したい一方、買い手は低い価格で取得したいと考えます。

双方の利益が対立する場面で、仲介事業者がどのように中立性を確保するのかを確認する必要があります。

必要に応じて、売り手側だけの利益を代表する専門家に相談することも有効です。

事業承継税制との関係も重要

M&Aによる第三者承継を検討する際には、税務上の取り扱いも重要になります。

中小企業の事業承継では、親族内承継などを対象とした法人版事業承継税制が設けられています。

この制度では、一定の要件を満たす場合に、非上場株式に係る相続税や贈与税の納税が猶予されます。

一方、第三者への株式売却では、原則として株式譲渡益に対する課税が問題になります。

個人株主が非上場株式を売却した場合、通常は譲渡益に対して所得税、復興特別所得税、住民税を合わせて20.315%の税率が適用されます。

例えば、株式譲渡代金が1億円、取得費と譲渡費用の合計が2,000万円の場合、譲渡益は8,000万円です。

この場合、他の調整事項がなければ、税負担は約1,625万円になります。

ただし、株式の取得費が不明な場合や、役員退職金を組み合わせる場合などは、税務上の検討事項が増えます。

また、事業承継税制の適用を受けている株式を譲渡すると、納税猶予の期限確定などが問題になる場合があります。

したがって、親族内承継から第三者承継へ方針を変更する場合には、過去の贈与や納税猶予の適用状況を確認する必要があります。

M&Aの取引条件だけでなく、税引後の手取り額を基準として事業承継を検討することが重要です。

事業承継を成功させるための実務対応

中小企業経営者がM&Aを検討する場合、最も重要なのは早期準備です。

後継者がいないことが明らかになってから慌てて買い手を探すと、交渉条件が不利になる可能性があります。

まず、自社の財務内容を整理し、企業価値を客観的に把握する必要があります。

不採算事業、遊休資産、役員借入金、経営者個人との取引なども整理しておくことが望まれます。

次に、M&A仲介事業者を選ぶ際には、登録状況だけでなく、過去の実績や担当者の専門性を確認します。

契約書については、独占交渉条項、直接交渉の制限、契約終了後の手数料請求、損害賠償条項などに注意が必要です。

また、M&A仲介事業者だけに判断を委ねるのではなく、必要に応じて税理士、弁護士、公認会計士などの専門家による確認を受けることが有効です。

事業承継は経営者にとって人生の集大成ともいえる取引です。

価格や手数料だけで判断するのではなく、従業員の雇用維持、取引先との関係、会社の将来像、経営者個人の生活設計まで含めて検討する必要があります。

結論

中小企業の事業承継を巡るM&A仲介事業者への規制強化は、単なる業界規制ではありません。

後継者不足が深刻化する日本において、安心して第三者承継を選択できる環境を整備するための重要な政策課題です。

これまでのM&A支援政策は、仲介事業者の育成や取引件数の拡大に重点が置かれてきました。

しかし、取引件数が増えるだけでは、事業承継政策が成功したとはいえません。

重要なのは、譲渡後も企業が存続し、従業員の雇用が守られ、経営者が安心して引退できることです。

今後は、仲介事業者の専門性や倫理観に加え、買い手の信用力確認、経営者保証の解除、手数料の透明性などが一段と重視されるでしょう。

中小企業経営者も、M&A仲介事業者にすべてを任せるのではなく、自ら取引の仕組みとリスクを理解する必要があります。

特に、経営者保証の解除と買い手の資金調達能力は、株式譲渡価格と同じか、それ以上に重要な確認事項です。

事業承継の目的は、会社を売ることではなく、企業が培ってきた価値を次の世代につなぐことにあります。

悪質な仲介事業者を排除する制度整備と、経営者自身による適切なリスク管理の両輪が、日本の中小企業の未来を左右すると考えます。

参考

日本経済新聞 2026年10月10日 中小の事業承継、悪質なM&A仲介排除へ 強制調査など法整備検討

経済産業省 中小M&Aガイドライン

中小企業庁 M&A支援機関登録制度

中小企業庁 中小企業白書

東京商工リサーチ 後継者難倒産に関する調査

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