これまで地方へ移住することは、多くの会社員にとって仕事を変えることとほぼ同じ意味を持っていました。
東京の会社へ毎日通勤するのであれば、北海道や奈良県の山村に住むことは現実的ではありません。
どれだけ魅力的な学校があっても、親の仕事が続けられなければ家族で移住することは難しくなります。
しかしリモートワークの普及によって、勤務先と居住地を切り離せる人が現れました。
「会社の近くに住む」という前提が弱くなれば、子どもの教育を基準に住む場所を選ぶ教育移住の可能性も広がります。
従来は勤務先が居住地を決めていた
会社員の場合、住む場所を決める大きな条件の一つが通勤時間です。
毎日オフィスへ出勤するのであれば、勤務先から大きく離れた場所には住めません。
住宅価格が安い。
自然環境が豊か。
魅力的な学校がある。
こうした条件がそろっていても、通勤できなければ移住候補にはなりにくかったわけです。
結果として、勤務先の所在地が家族の居住地域を大きく制約していました。
子どもの教育環境を優先したくても、親の仕事との両立が大きな壁になっていました。
リモートワークで仕事と居住地を分けられる
リモートワークは、この関係を変える可能性があります。
パソコンや通信環境があれば、自宅などから仕事ができる職種では、必ずしも毎日オフィスへ行く必要はありません。
勤務先は東京にある。
しかし実際に働く場所は地方の自宅である。
こうした働き方が可能になります。
転職しなくても居住地を変えられることが重要です。
地方移住のために現在の仕事や収入を手放す必要がなければ、移住を検討できる家庭は増えます。
東川町では関東の会社に勤めながら移住する例もある
北海道東川町では、教育環境が子育て世帯を引きつけています。
東川小学校には広い敷地があり、周囲にはサッカー場や野球場、体験水田、体験農園、果樹園なども整備されています。
町内の出生数は年間40人程度ですが、小学校入学時にはその学年の人数が5割程度増えます。
町外から子育て世帯が移住してくるためです。
なかには、関東の会社にリモートワークで勤めながら、子どものために東川町へ移住した人もいます。
仕事を地方へ移したのではありません。
仕事はそのままで、家族の生活拠点を移したわけです。
教育を基準に住む場所を選びやすくなる
毎日出社する必要がなくなると、住宅選びの基準も変わります。
駅まで何分か。
会社まで何分か。
こうした条件の重要性が相対的に低くなる人もいます。
その代わりに、子どもの学校、住宅の広さ、自然環境、地域コミュニティーなどを重視できるようになります。
教育移住との相性がよいのはこのためです。
親が勤務先を変えずに済めば、子どもの教育環境を優先した居住地選択が現実的になります。
完全リモートでなくても選択肢は広がる
教育移住には完全なリモートワークが必要とは限りません。
例えば、月に数回だけ出社する働き方であれば、毎日通勤する場合より居住可能な範囲は大幅に広がります。
普段は地方で仕事をする。
必要な日だけ都市部のオフィスへ行く。
こうした働き方も考えられます。
そこで重要になるのが空港や新幹線、高速道路などへのアクセスです。
東川町の場合は旭川空港に近いという条件があります。
地方だから都市部とのつながりを切るのではなく、必要なときに都市部へ移動できる環境を確保することが重要になります。
自治体にも仕事をする場所が必要になる
教育移住を促進したい自治体にとって、学校だけを整備すればよいわけではありません。
親が働ける環境も必要です。
奈良県の奥大和では、各市町村が移住体験住宅だけでなく、シェアオフィスやテレワーク施設なども整備しています。
計31施設が整備され、費用の半分を県が負担しました。
これは教育政策と働き方を組み合わせた取り組みと考えることができます。
魅力的な学校がある。
住む場所がある。
オンラインで仕事ができる。
この3つがそろうことで、教育移住が現実的になります。
通信環境も地域インフラになる
リモートワークを前提とするなら、インターネット環境は生活インフラになります。
オンライン会議が途中で止まる。
大きなデータを送れない。
会社のシステムへ安定して接続できない。
こうした状況では仕事を続けることができません。
道路、水道、電気などと同じように、通信環境も移住先を選ぶ重要な条件になります。
教育移住を地域政策として進める場合、学校や住宅だけでなくデジタルインフラへの投資も必要になります。
家族全員の生活が成立する必要がある
教育移住では子どもの教育がきっかけになります。
しかし実際に移住するのは家族です。
子どもにとって理想的な学校があっても、親の仕事が成立しなければ長期間住み続けることはできません。
逆に、仕事だけできても、住宅や医療、買い物などの生活環境が整っていなければ定住は難しくなります。
教育移住を考える場合には、教育だけを単独で考えるのではなく、家族全体の生活設計として考える必要があります。
すべての仕事がリモートワークできるわけではない
一方で、リモートワークを教育移住の万能な解決策と考えることはできません。
製造、医療、介護、小売、物流、建設など、現場で働くことが前提となる仕事は数多くあります。
会社によっては出社回帰が進むこともあります。
転勤や人事異動によって働き方が変わる可能性もあります。
現在リモートワークが可能だからといって、子どもが学校を卒業するまで同じ勤務条件が続くとは限りません。
教育移住では、現在の働き方だけでなく、数年後の仕事まで考えておく必要があります。
地方側にも新しい雇用機会が生まれる可能性がある
リモートワーカーが地域へ移住すれば、地域外から所得を持ち込むことになります。
都市部の企業から給与を受け取りながら、生活費の一部を地域で使います。
住宅を借りる。
食料品を買う。
地域のサービスを利用する。
こうした消費は地域経済にもつながります。
さらに移住者が地域で新しい事業を始めたり、地元企業と仕事をしたりする可能性もあります。
リモートワークによる教育移住は、人口だけでなく地域経済にも影響する可能性があります。
居住地を選ぶ基準が変わる
毎日会社へ通う社会では、職場との距離が住む場所を決める重要な条件でした。
リモートワークが可能になると、その制約が小さくなります。
すると、何を優先して住む場所を選ぶのかという問いが生まれます。
住宅の広さなのか。
自然環境なのか。
子育て環境なのか。
学校教育なのか。
人によって答えは異なります。
教育移住は、働き方の変化によって居住地選択の自由度が高まった結果として生まれている側面があります。
結論
リモートワークが教育移住にもたらした大きな変化は、勤務先と居住地を切り離せるようになったことです。
これまでは魅力的な教育環境が地方にあっても、親が仕事を辞めなければ移住できないケースが少なくありませんでした。
しかし、都市部の会社で働きながら地方で暮らすことができれば、子どもの教育を基準に住む場所を選びやすくなります。
そのため自治体側にも、学校だけではなく、住宅、通信環境、シェアオフィス、テレワーク施設、都市部への交通アクセスなどを一体的に整える視点が求められます。
教育移住は教育政策だけで成立するものではありません。
親の働き方と子どもの学びを同時に成立させることが必要です。
「仕事がある場所に家族が住む」から、「仕事を続けながら家族が暮らしたい場所を選ぶ」へ。
リモートワークの広がりは、地方移住だけでなく、家族が住む場所を決める考え方そのものを変える可能性があります。
参考
日本経済新聞 2026年9月19日 朝刊 教育移住で子ども増 奈良の山村など48自治体