人工知能(AI)の普及による半導体需要の拡大を背景に、企業が使用するパソコンの価格が上昇しています。
新品パソコンだけでなく、中古パソコンの販売価格やレンタル料金も上昇しており、企業のIT設備投資に対する負担が大きくなっています。
こうした状況では、現在使用しているパソコンをできるだけ長く使い、更新費用を抑えようとする企業も増えると考えられます。
確かに、パソコンの使用期間を延長すれば、新たな購入費用を抑えることができます。
しかし、更新を先延ばしすることが、必ずしも経済的に合理的とは限りません。
古いパソコンでは、故障による業務停止、情報セキュリティ上の問題、処理速度の低下などが発生する可能性があります。
特に中小企業では、限られた人員で業務を遂行しているため、1台のパソコンの故障が事業活動に大きな影響を及ぼすこともあります。
今回は、パソコンの更新を先延ばしすることで生じる経営上のリスクと、適切な更新時期を判断するための考え方を整理します。
パソコン価格の上昇と更新期間の長期化
日本経済新聞によると、2026年1〜8月の新品を中心とするノートパソコンの平均単価は12万7,166円となり、前年同期から約20%上昇しました。
また、法人向け中古パソコンの平均購入価格も上昇しています。
東京都内のITサービス会社が2026年1月から9月14日までに購入した中古パソコンの平均価格は4万2,611円で、2025年の平均価格より9%高くなりました。
背景には、AIデータセンター向けの半導体需要拡大によるDRAMやSSDなどの価格上昇があります。
企業にとって、パソコンの更新費用が増加していることは明らかです。
例えば、社員100人の企業が1台12万円のパソコンを一斉に更新すると、購入費用は1,200万円になります。
従来より価格が20%上昇していれば、同じ性能や構成の製品を調達する場合でも、設備投資額が増える可能性があります。
こうした状況では、パソコンの更新期間を延長することで、設備投資を抑えようとする判断が生まれます。
ただし、更新費用の削減と、企業全体の経済的な利益は必ずしも一致しません。
故障による業務停止の経済的損失
古いパソコンを使い続ける場合、まず注意したいのが故障リスクです。
パソコンは長期間使用することで、バッテリー、記憶装置、冷却装置などの部品が劣化する可能性があります。
もちろん、使用年数が長いという理由だけで、必ず故障するわけではありません。
しかし、故障が発生した場合には、修理費用だけでなく、業務停止による損失も考える必要があります。
例えば、社員のパソコンが故障し、復旧までに8時間かかったとします。
社員の時間当たり人件費を3,000円と仮定すると、8時間分の人件費は2万4,000円になります。
ただし、この金額がそのまま企業の経済損失になるわけではありません。
代替業務を行える場合や、後から作業を取り戻せる場合もあります。
一方、顧客対応や決算業務など、期限が決まっている業務では、作業停止によって追加費用や機会損失が発生する可能性があります。
特に経理部門では、月次決算、四半期決算、年次決算、税務申告など、期限が厳格に定められた業務があります。
重要な時期にパソコンが故障すれば、担当者だけでなく、他の社員や管理職の業務にも影響が及びます。
故障リスクは、修理費用だけで評価することはできません。
情報漏洩とサイバー攻撃のリスク
パソコンの更新を先延ばしする場合、最も重要な問題の一つが情報セキュリティです。
古いパソコンでは、OSやソフトウェアのサポートが終了している場合があります。
例えば、Windows 10の通常サポートは2025年10月14日に終了しました。
一定の条件で延長セキュリティ更新プログラムを利用できる場合はありますが、通常のサポートが継続している状態とは異なります。
サポートが終了したOSを使い続けると、新たに発見された脆弱性への対応が十分に行われない可能性があります。
その結果、不正アクセスやマルウェア感染、情報漏洩などのリスクが高まります。
特に企業のパソコンには、顧客情報、取引先情報、従業員情報、会計データなどが保存されている場合があります。
これらの情報が流出すれば、調査費用、システム復旧費用、顧客対応費用などが発生する可能性があります。
さらに、企業の信用低下によって、取引関係や売上に影響することも考えられます。
情報セキュリティ上の事故は、発生頻度が低くても、発生した場合の損失が大きくなることがあります。
パソコンの更新判断では、購入費用の削減だけでなく、こうした潜在的な損失も考慮する必要があります。
処理速度の低下が生産性に与える影響
古いパソコンを使用する場合、故障や情報漏洩だけでなく、業務効率の低下にも注意が必要です。
パソコンの性能は、CPU、メモリー、SSDなどの構成によって異なります。
また、OSや業務ソフトウェアの更新によって、必要とされる性能が高くなる場合があります。
例えば、複数のExcelファイルを開きながら会計システムを使用し、同時にオンライン会議を行うような業務では、一定の処理能力が必要です。
性能が不足しているパソコンでは、ファイルの読み込みや画面の切り替えに時間がかかる場合があります。
仮に、パソコンの性能不足によって1日当たり5分の待ち時間が発生するとします。
年間勤務日数を240日とすると、年間20時間になります。
社員100人で同じ状況が発生すれば、年間2,000時間です。
時間当たり人件費を3,000円と仮定すると、年間600万円に相当します。
ただし、待ち時間のすべてが実際の損失になるわけではありません。
その時間に別の作業を行える場合もあります。
それでも、パソコンの性能不足が企業全体の生産性に影響する可能性は無視できません。
特に社員数が多い企業では、1人当たりの小さな時間差が、全社では大きな差になることがあります。
パソコン更新を1年延長した場合の損得
具体的なモデルケースで考えます。
社員50人の企業が、1台12万円のパソコンを使用しているとします。
50台を一斉に更新する場合、購入費用は600万円です。
更新を1年間先延ばしすれば、当面の600万円の資金支出を回避できます。
ただし、これは600万円の費用が消滅するという意味ではありません。
将来の更新時期に支出が移動するだけの場合もあります。
一方、更新を延長したことで、年間の修理費用が20万円増加したとします。
さらに、性能不足による作業時間の増加が、社員1人当たり年間5時間発生すると仮定します。
社員50人では年間250時間になります。
時間当たり人件費を3,000円とすると、75万円に相当します。
修理費用20万円と合わせると、年間95万円の追加負担に相当します。
もちろん、作業時間の増加がすべて実際の損失になるとは限りません。
しかし、更新延期による資金支出の先送り効果と、追加的な維持費用や生産性への影響を比較する必要があります。
また、翌年のパソコン価格が上昇する可能性もあれば、価格が下落する可能性もあります。
更新延期の判断には、将来の価格変動も不確実な要素として含まれます。
法定耐用年数4年と実際の使用期間
税務上、一般的なパソコンの法定耐用年数は4年です。
しかし、法定耐用年数が4年だからといって、必ず4年で買い替える必要があるわけではありません。
法定耐用年数は、税務上の減価償却費を計算するために定められた年数です。
実際の使用可能期間とは必ずしも一致しません。
適切に管理されたパソコンであれば、4年を超えて使用できる場合があります。
一方、使用頻度が高い業務や、高度な処理能力を必要とする業務では、4年未満で更新することが合理的な場合もあります。
また、税務上の減価償却が終了したパソコンを使い続ければ、新たな購入費用を抑えることができます。
ただし、減価償却が終了していることと、経済的な使用価値がなくなっていることは別の問題です。
企業は、税務上の耐用年数だけでなく、実際の使用状況や業務上の必要性に基づいて更新時期を判断する必要があります。
一律更新から業務別更新への転換
従来、企業では一定年数が経過したパソコンを一斉に更新する方法が採用されることがありました。
この方法には、機種やOSの統一、保守管理の効率化、更新作業の計画性などのメリットがあります。
一方、すべての社員が同じ性能のパソコンを必要としているわけではありません。
例えば、メールや文書作成が中心の社員と、大量のデータ分析を行う社員では、必要な処理能力が異なります。
また、営業部門で外出時に使用するパソコンと、社内で据え置き使用するパソコンでは、バッテリーや携帯性に対する要求も異なります。
そのため、業務内容に応じて更新時期を変える方法も考えられます。
高度な処理能力が必要な部署では早めに更新し、標準的な事務作業が中心の部署では使用期間を延長する方法です。
ただし、機種が増えると管理負担が増加する可能性があります。
企業は、調達費用の削減とIT管理の効率性を比較しながら、更新方針を決める必要があります。
更新計画と予算管理の重要性
パソコンの更新を合理的に進めるためには、中長期的な更新計画が必要です。
例えば、社員100人の企業が、毎年20台ずつ5年間で更新する方法があります。
1台12万円とすると、年間の購入費用は240万円です。
一斉更新の場合には1,200万円の支出が発生しますが、分散更新であれば毎年の資金負担を平準化できます。
ただし、分散更新では機種やOSの世代が混在し、管理負担が増える場合があります。
また、セキュリティ上の理由で一斉更新が必要になることもあります。
そのため、単純に毎年一定台数を更新するのではなく、OSのサポート期限、故障状況、業務上の重要性などを考慮する必要があります。
経理部門と情報システム部門が連携し、設備投資予算と更新計画を一体的に管理することが重要です。
経営者が確認すべき更新判断の基準
パソコンの更新を判断する際には、複数の観点から評価する必要があります。
まず、現在のパソコンが業務に必要な性能を満たしているかを確認します。
次に、OSや業務ソフトウェアのサポート状況を確認します。
さらに、故障頻度、修理費用、バッテリーの劣化状況などを把握します。
そのうえで、更新した場合の購入費用と、更新を延長した場合の追加費用を比較します。
特に重要なのは、情報セキュリティ上の問題を、単なる費用比較だけで判断しないことです。
重大な情報漏洩につながる可能性がある場合には、費用削減よりも安全性を優先する必要があります。
また、パソコンの更新によって社員の業務効率が改善する場合には、その効果も評価することが望まれます。
設備投資の判断では、目先の支出削減だけでなく、企業全体の生産性と事業継続性を考えることが重要です。
結論
パソコンの価格上昇を背景に、企業が更新時期を延長することには一定の経済合理性があります。
現在使用しているパソコンを長く使えば、新たな購入費用を抑え、手元資金を確保できる可能性があります。
しかし、更新を先延ばしすることで、故障、情報漏洩、業務効率低下などのリスクが高まる場合があります。
特に中小企業では、1台のパソコンの故障が重要な業務の停止につながることもあり、更新費用の削減だけを優先することは適切ではありません。
また、税務上の法定耐用年数4年は、実際の使用可能期間を直接示すものではありません。
企業は、法定耐用年数に機械的に合わせるのではなく、業務内容、性能、セキュリティ、故障状況などを総合的に判断する必要があります。
重要なのは、パソコンをできるだけ長く使うことでも、一定年数で必ず更新することでもありません。
企業全体の総費用と経営リスクを抑えながら、必要な業務環境を維持することです。
AI時代のIT設備投資では、購入価格だけでなく、業務効率や情報セキュリティまで含めた判断が求められています。
計画的な更新と適切な資産管理を進めることが、企業の生産性向上と安定した事業運営につながります。
参考
日本経済新聞 2026年10月29日 朝刊「法人向け中古パソコン1割高 AIブームで新モデル高騰、代替需要高まる」
Microsoft「Windows 10のサポート終了に関する案内」
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」
国税庁「主な減価償却資産の耐用年数表」