2027年3月から、市販薬と成分や効能が似ている医療用医薬品であるOTC類似薬について、患者に新たな追加負担を求める制度が始まる予定です。
対象となるのは77成分、1,042品目です。
解熱鎮痛薬、抗アレルギー薬、皮膚保湿剤、便秘薬、外用抗真菌薬など、日常生活で使用する機会の多い医薬品が幅広く含まれています。
今回の制度では、対象となる薬剤費の25%を保険外の追加負担とし、残りの75%について従来の自己負担割合を適用する仕組みが予定されています。
厚生労働省は、この制度によって年間約900億円の医療費削減効果を見込んでいます。
しかし、対象となる医薬品を詳しく見ると、単に市販薬で代替できるものばかりではないことが分かります。
同じ成分を含む医薬品でも、医療用医薬品と市販薬では効能や用法、用量が異なる場合があります。
また、患者の症状や基礎疾患によっては、医師の管理のもとで継続的に使用する必要があります。
今回は、対象となる77成分の特徴を整理し、身近な医薬品への影響、患者負担の変化、医療保険制度の今後の課題について解説します。
OTC類似薬とはどのような医薬品なのか
OTCとは、医師の処方箋がなくても薬局やドラッグストアで購入できる一般用医薬品を意味します。
OTC類似薬とは、こうした市販薬と成分や効能が類似している医療用医薬品のことです。
例えば、ロキソプロフェンを含む解熱鎮痛薬には、医師が処方する医療用医薬品と、薬局などで購入できる市販薬があります。
また、フェキソフェナジンを含む抗アレルギー薬についても、医療用医薬品と市販薬の両方が存在します。
従来、医師が処方する医療用医薬品については、原則として公的医療保険が適用されていました。
一方、市販薬を購入する場合には、原則として購入費用の全額を消費者が負担します。
このため、同じような症状に対応する医薬品であっても、医師の処方を受ける場合と市販薬を購入する場合で、患者負担に差が生じています。
今回の制度改正には、こうした負担格差を縮小する目的があります。
ただし、OTC類似薬という分類だけで、医療上の必要性が低いと判断できるわけではありません。
医療用医薬品には、医師による診断や経過観察が必要なものも含まれているからです。
解熱鎮痛薬は日常生活への影響が大きい
今回の対象成分のなかで、特に身近なのが解熱鎮痛薬です。
代表的な成分には、ロキソプロフェン、イブプロフェン、ジクロフェナク、インドメタシン、フェルビナクなどがあります。
これらは、頭痛、発熱、関節痛、筋肉痛などの症状に対して使用される医薬品です。
例えば、ロキソプロフェンは医療用医薬品として広く使用されていますが、同じ成分を含む市販薬も販売されています。
そのため、今回の追加負担制度の対象として位置付けられています。
厚生労働省の試算では、3割負担の患者が解熱鎮痛薬を5日分処方された場合、薬剤費の自己負担額が50円から70円に増える例が示されています。
1回の処方では20円程度の増加ですが、繰り返し使用する場合には負担が積み重なります。
一方、解熱鎮痛薬には副作用や使用上の注意点があります。
例えば、非ステロイド性抗炎症薬は、患者の状態によって胃腸障害や腎機能への影響などに注意が必要です。
高齢者や複数の薬を服用している患者では、医師や薬剤師による確認が重要になります。
市販薬で購入できる成分だからといって、すべての患者が自己判断で使用してよいわけではありません。
抗アレルギー薬は継続使用による負担増加に注意
抗アレルギー薬も、今回の制度改正で影響を受ける可能性がある医薬品です。
代表的な成分には、フェキソフェナジン、エピナスチン、ロラタジン、ケトチフェン、ベポタスチンなどがあります。
これらは、花粉症やアレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎などの治療に使用されます。
特に花粉症では、症状が続く期間にわたって医薬品を継続使用する患者が少なくありません。
厚生労働省の試算では、3割負担の患者が抗アレルギー薬を30日分処方された場合、薬剤費の自己負担額が540円から790円に増える例が示されています。
1か月当たり250円の増加です。
仮に同じ条件で6か月間使用した場合、追加負担は合計1,500円になります。
年間を通じて使用する場合には、さらに負担が増える可能性があります。
ただし、実際の負担額は医薬品の種類、処方量、適用される制度などによって異なります。
また、抗アレルギー薬には眠気などの副作用が生じるものもあり、患者の生活環境や症状に応じた選択が必要です。
市販薬への切り替えが適切かどうかについては、医師や薬剤師に相談することが重要です。
皮膚保湿剤は慢性疾患患者への影響が懸念される
皮膚保湿剤も、今回の対象成分に含まれています。
代表的なものに、ヘパリン類似物質、尿素、白色ワセリンなどがあります。
ヘパリン類似物質を含む医療用医薬品には、ヒルドイドなどがあります。
これらは、皮膚の乾燥や炎症に伴う症状などに対して使用されます。
特に、アトピー性皮膚炎などで皮膚の保湿管理が必要な患者では、継続的に使用する場合があります。
また、高齢者では皮膚の乾燥が生じやすく、保湿剤を日常的に使用するケースもあります。
こうした患者に追加負担が発生すると、年間の薬剤費が増える可能性があります。
一方、皮膚保湿剤には美容目的などで使用される場合もあり、医療上の必要性をどのように判断するかという問題があります。
今回の制度では、同じ成分を含む市販薬が存在することだけでなく、効能の一致なども対象判定の条件になります。
そのため、医療用医薬品と市販薬の成分が同じであっても、すべての処方が追加負担の対象になるとは限りません。
医療上の必要性がある患者と、セルフケアで対応できる患者を適切に区別することが重要です。
便秘薬や消化器系の医薬品も対象になる
今回の対象成分には、便秘薬などの消化器系医薬品も含まれています。
代表的な成分には、酸化マグネシウム、ピコスルファート、ビサコジルなどがあります。
酸化マグネシウムは、便秘症などの治療に使用される医薬品です。
高齢者や慢性的な便秘症の患者では、長期間使用する場合があります。
一方、酸化マグネシウムは患者の腎機能などによって注意が必要であり、高マグネシウム血症などの副作用が問題になることがあります。
そのため、継続使用に当たっては医師や薬剤師による管理が重要です。
今回の制度改正によって患者負担が増える場合でも、自己判断で服用を中止したり、市販薬に切り替えたりすることが適切とは限りません。
また、同じ便秘症でも原因や症状は患者によって異なります。
医薬品の価格だけでなく、治療の必要性や安全性を考慮した対応が求められます。
外用抗真菌薬や皮膚治療薬も幅広く含まれる
対象成分には、皮膚の感染症などに使用される医薬品も含まれています。
例えば、テルビナフィン、クロトリマゾール、ブテナフィンなどの抗真菌薬です。
これらは、水虫などの真菌感染症に対して使用されることがあります。
市販薬として販売されているものもありますが、症状によっては医師による診断が重要です。
皮膚のかゆみや炎症があっても、その原因が真菌感染症とは限らないためです。
また、対象成分には、外用ステロイド薬や一部の抗菌薬、抗ウイルス薬も含まれています。
これらの医薬品は、症状や使用部位、患者の状態によって適切な使用方法が異なります。
特にステロイド外用薬では、強さや使用期間、塗布する部位などに注意が必要です。
市販薬と似た成分が含まれているという理由だけで、医療用医薬品と同じように使用できるとは限りません。
今回の制度改正では、薬剤費の負担だけでなく、患者が安全に医薬品を使用できる環境を維持することが重要になります。
対象77成分でも追加負担にならない場合がある
今回の制度を理解するうえで、特に重要なのが対象外となる場合の取扱いです。
厚生労働省が示した対象成分の一覧には、市販薬の効能と一致しない場合は追加負担の対象外とする旨が記載されています。
これは、同じ成分を含む医薬品であっても、医療用医薬品と市販薬では効能や使用目的が異なる場合があるためです。
例えば、ある成分について、市販薬では特定の症状に対する使用しか認められていない一方、医療用医薬品では別の疾患にも使用できる場合があります。
このような場合、成分が同じという理由だけで追加負担を求めることは適切ではありません。
また、医療上の必要性による例外措置についても、制度の詳細を確認する必要があります。
患者が特定の医薬品を使用しなければならない事情がある場合には、単純な負担増加が適切かどうか慎重な検討が必要です。
したがって、対象成分の一覧に自分が使用している医薬品が含まれているからといって、必ず追加負担が発生すると判断することはできません。
実際の適用については、正式な制度内容と医師や薬剤師の説明を確認することが重要です。
市販薬に切り替えれば必ず安くなるのか
今回の制度改正によって、市販薬への切り替えを検討する患者が増える可能性があります。
しかし、市販薬に切り替えれば必ず負担が軽くなるとは限りません。
医療用医薬品と市販薬では、価格の設定方法が異なります。
医療用医薬品には公定価格である薬価が設定されています。
一方、市販薬の販売価格は、メーカーや販売店などによって異なります。
そのため、同じ成分を含む医薬品でも、市販薬の購入価格が医療用医薬品の自己負担額より高くなる場合があります。
また、医療機関で処方を受ける場合には、診察料や調剤料などが発生します。
一方、市販薬を購入する場合には、通常こうした費用は発生しません。
したがって、患者の負担を比較する際には、薬剤費だけでなく、診察料や調剤料、市販薬の販売価格などを含めて考える必要があります。
さらに、医療用医薬品と市販薬では、含有量や用法、用量などが異なる場合があります。
単純に価格だけで比較することは適切ではありません。
医療上の必要性がある場合には、自己判断で市販薬に切り替えず、医師や薬剤師に相談することが重要です。
医療費900億円削減の背景にある政策目的
厚生労働省は、今回のOTC類似薬制度によって年間約900億円の医療費削減効果を見込んでいます。
背景には、高齢化などによる医療費の増加と、現役世代の社会保険料負担の問題があります。
公的医療保険制度では、患者の自己負担以外の医療費を保険料や公費などによって賄っています。
医療費が増加すれば、保険料や公費の負担が増える要因になります。
今回の制度では、OTC類似薬の薬剤費の一部を患者負担に移すことで、公的医療保険の給付費用を抑える狙いがあります。
しかし、保険給付の削減と社会全体の医療費削減は同じではありません。
患者が従来より多くの薬剤費を負担する場合、公的医療保険の支出は減少しても、患者の家計負担は増加します。
また、患者が必要な医薬品の使用を控えることで症状が悪化すれば、将来的に医療費が増える可能性もあります。
したがって、制度の効果を評価する際には、保険給付費の削減額だけでなく、患者負担の増加や健康への影響も検証する必要があります。
セルフメディケーション推進との関係
今回の制度改正には、セルフメディケーションを促進するという側面もあります。
セルフメディケーションとは、自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調について自ら対応することを意味します。
例えば、軽い頭痛や一時的な鼻炎などについて、薬剤師に相談しながら市販薬を利用することが考えられます。
セルフメディケーションが適切に普及すれば、医療機関への受診が必ずしも必要ではないケースで、医療資源を効率的に活用できる可能性があります。
一方、症状が長引く場合や、重い疾患が疑われる場合には、医療機関での診察が必要です。
また、高齢者や複数の医薬品を使用している患者では、市販薬との飲み合わせにも注意が必要です。
そのため、セルフメディケーションの推進は、単に市販薬の購入を増やすことではありません。
患者が自分の症状を適切に判断し、必要に応じて医療機関を受診できる環境を整えることが重要です。
今回のOTC類似薬制度も、医療費の抑制だけでなく、安全で適切な医薬品利用につながる仕組みとして設計する必要があります。
今後は対象成分の見直しにも注目が必要
今回示された77成分、1,042品目は、新制度の対象として予定されている医薬品です。
しかし、医薬品の開発や市販薬への転用が進めば、将来的に対象範囲が見直される可能性があります。
医療用医薬品として使用されていた成分が、市販薬として販売されるようになることもあります。
こうした動きが進めば、医療用医薬品と市販薬の境界は変化していきます。
そのため、OTC類似薬の対象範囲をどのような基準で設定し、見直していくのかが重要になります。
対象成分を拡大する場合には、医療費削減効果だけでなく、患者の安全性や医療上の必要性を十分に検討する必要があります。
また、対象医薬品が増えれば、医療機関や薬局における説明や会計処理の負担も増加する可能性があります。
制度の持続可能性を確保するためには、対象範囲の透明性と、医療現場で運用しやすい仕組みが求められます。
結論
2027年3月から導入予定のOTC類似薬の追加負担制度では、77成分、1,042品目が対象となります。
解熱鎮痛薬、抗アレルギー薬、皮膚保湿剤、便秘薬、外用抗真菌薬など、日常生活で使用する機会の多い医薬品が幅広く含まれています。
対象薬剤費の25%が新たな保険外負担となることで、患者の薬代は従来より増加する見込みです。
特に、慢性的な症状によって継続的に医薬品を使用する患者では、年間の負担増加が家計に影響する可能性があります。
一方、同じ成分を含む医薬品であっても、医療用医薬品と市販薬では効能や使用目的が異なる場合があります。
そのため、対象成分に該当することだけを理由に、すべての処方について追加負担が発生するわけではありません。
また、市販薬への切り替えが必ずしも経済的に有利になるとは限らず、医療上の安全性にも配慮する必要があります。
今回の制度改正は、医療費を抑制し、現役世代の保険料負担の増加を緩和することを目指しています。
しかし、保険給付の削減によって患者の自己負担が増えるという側面もあります。
重要なのは、医療費削減という財政上の目標と、必要な医療を安心して受けられる環境を両立させることです。
OTC類似薬の追加負担制度は、単なる薬代の見直しではありません。
公的医療保険が保障する範囲と、個人が自己負担すべき範囲をどのように区分するのかという、日本の医療保険制度の将来を考える重要な改革なのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月9日朝刊「OTC類似薬の新たな負担は非課税に 厚労省要望、似た制度とは矛盾」
厚生労働省 OTC類似薬に係る患者負担の見直しに関する資料
厚生労働省 医療用医薬品の適正使用に関する資料
厚生労働省 セルフメディケーションの推進に関する資料
次をお願いします
OTC類似薬で医療費900億円削減は実現するのか 保険財政と患者負担の本当の関係
2027年3月から導入予定のOTC類似薬の追加負担制度について、厚生労働省は年間約900億円の医療費削減効果を見込んでいます。
今回の制度では、市販薬と成分や効能が似ている医療用医薬品について、薬剤費の25%を保険外の追加負担とし、残りの75%に公的医療保険を適用する仕組みが予定されています。
対象となるのは、解熱鎮痛薬、抗アレルギー薬、皮膚保湿剤など77成分、1,042品目です。
制度の目的は、公的医療保険の給付費用を抑制し、現役世代の社会保険料負担の増加を緩和することです。
しかし、ここで考えなければならない重要な問題があります。
それは、医療保険の給付費用が900億円減少することと、国民全体の医療費負担が900億円減少することは、必ずしも同じではないという点です。
公的医療保険の負担が減っても、その分を患者が負担するのであれば、医療に必要な費用そのものが減少するわけではありません。
また、患者負担の増加によって受診や服薬を控える人が増えれば、将来的に医療費が増加する可能性もあります。
今回は、OTC類似薬の追加負担制度による医療費削減の仕組みを整理し、保険財政、現役世代の保険料、患者負担、社会保障制度の持続可能性という観点から詳しく解説します。
医療費900億円削減の意味を正しく理解する
厚生労働省は、OTC類似薬の追加負担制度によって年間約900億円の医療費削減効果を見込んでいます。
ただし、この900億円という数字を理解する際には、何を削減するのかを明確にする必要があります。
医療費には、患者が窓口で支払う自己負担部分と、公的医療保険から支払われる保険給付部分があります。
例えば、薬剤費が1,000円で、患者の自己負担割合が3割の場合を考えます。
従来は、患者が300円を負担し、公的医療保険が700円を負担していました。
新制度では、薬剤費の25%に当たる250円が保険外の追加負担となります。
残り750円の3割に当たる225円を患者が負担し、公的医療保険は525円を負担します。
したがって、患者負担は300円から475円に増加します。
一方、公的医療保険の給付額は700円から525円に減少します。
保険給付の削減額は175円です。
しかし、薬剤費の総額は従来と同じ1,000円です。
つまり、この例では、医薬品に必要な費用そのものが減少したのではなく、公的医療保険から患者へ175円の負担が移転したことになります。
この違いを理解することが、今回の制度改正を評価する出発点です。
保険給付の削減と社会全体の医療費削減は異なる
医療費削減という言葉には、複数の意味があります。
第1は、公的医療保険の給付費用を削減することです。
第2は、患者負担を含めた医療費総額を削減することです。
第3は、医療サービスの利用方法を見直し、社会全体で必要となる医療資源を効率化することです。
今回のOTC類似薬制度では、少なくとも直接的には、公的医療保険の給付費用を抑制する効果が期待されています。
しかし、患者が同じ医薬品を同じ量だけ使用する場合、薬剤費の総額は基本的に変わりません。
変わるのは、誰がその費用を負担するかという点です。
公的医療保険の負担が減少する一方で、患者の自己負担が増加します。
これに対して、患者が市販薬を適切に利用するようになり、不要な受診や処方が減少すれば、医療資源の効率化につながる可能性があります。
ただし、その効果は患者の行動変化によって左右されます。
また、市販薬の購入費用は通常の公的医療保険の医療費統計には含まれないため、保険医療費が減少しても、家計を含めた医薬品支出が同じ割合で減るとは限りません。
医療費削減の成果を評価する際には、保険給付費の削減と社会全体の費用削減を区別する必要があります。
900億円の削減が保険料引下げに直結するとは限らない
今回の制度改正では、現役世代の社会保険料負担の増加を抑えることが重要な目的とされています。
公的医療保険の財源は、主に保険料、公費、患者の自己負担によって構成されています。
保険給付費が減少すれば、保険料や公費によって賄う必要のある金額を抑えられる可能性があります。
しかし、900億円の給付費削減が実現したとしても、その金額がそのまま現役世代の保険料引下げにつながるわけではありません。
医療保険制度には、健康保険組合、協会けんぽ、国民健康保険、後期高齢者医療制度など、複数の仕組みがあります。
それぞれ財源構成や加入者の年齢構成、所得水準などが異なります。
また、保険給付費の削減効果が保険料負担と公費負担にどのように配分されるかによって、加入者への影響も変わります。
仮に900億円を1億人で単純に割れば、1人当たり年間900円です。
ただし、これは規模感を理解するための計算であり、実際の保険料軽減額を示すものではありません。
制度全体の財政効果と、個々の加入者が受ける恩恵は分けて考える必要があります。
患者負担の増加は年齢によって異なる
今回の制度で注目したいのは、従来の自己負担割合によって負担増加率が異なることです。
例えば、薬剤費1,000円の場合を考えます。
自己負担割合3割の患者では、従来300円だった負担額が475円になります。
増加額は175円で、増加率は約58.3%です。
自己負担割合2割の患者では、従来200円だった負担額が400円になります。
増加額は200円で、負担額は2倍です。
自己負担割合1割の患者では、従来100円だった負担額が325円になります。
増加額は225円で、負担額は3.25倍です。
このように、従来の自己負担割合が低い患者ほど、負担増加率が大きくなる構造です。
特に高齢者など、自己負担割合1割の患者では、従来の薬剤費負担と比較して大きな変化になります。
ただし、実際の負担額は対象薬剤の種類や処方内容、制度上の例外措置などによって異なります。
また、今回の計算は追加負担部分が消費税非課税となる場合を前提としています。
重要なのは、保険給付の削減効果だけでなく、患者の年齢や所得によって負担の影響が異なることです。
慢性疾患患者では年間負担が積み重なる
OTC類似薬には、継続的に使用される医薬品も含まれています。
例えば、抗アレルギー薬、皮膚保湿剤、便秘薬などです。
これらの医薬品は、一時的に使用する場合もありますが、症状によっては長期間使用することがあります。
仮に、対象となる薬剤費が毎月3,000円で、1年間継続して使用する場合を考えます。
自己負担割合3割の患者では、従来の年間負担額は10,800円です。
新制度では年間17,100円となり、6,300円増加します。
自己負担割合2割の患者では、従来の年間負担額7,200円が14,400円となり、7,200円増加します。
自己負担割合1割の患者では、従来の年間負担額3,600円が11,700円となり、8,100円増加します。
このように、1回当たりの負担増加額が比較的小さくても、年間では一定の負担になります。
特に、複数の医薬品を使用している患者では、負担が重なる可能性があります。
また、年金生活者など収入が限られている世帯では、医療費の増加が家計に与える影響も無視できません。
医療保険財政の改善を目指す場合でも、継続的な治療を必要とする患者への配慮が重要です。
患者負担の増加が受診控えにつながる可能性
患者の自己負担を増やす政策には、医療費を抑制する効果が期待される一方、必要な医療の利用を妨げるリスクがあります。
例えば、軽い頭痛や一時的な鼻炎などについて、患者が市販薬を適切に利用するようになれば、医療機関への受診回数が減少する可能性があります。
これは、医療資源の効率的な利用という観点から一定の意義があります。
しかし、症状が重い患者や慢性的な疾患を抱える患者が、経済的な理由によって受診や服薬を控える場合には問題が生じます。
必要な治療を受けなければ、症状が悪化する可能性があるからです。
例えば、皮膚疾患の患者が保湿剤の使用を控えた結果、症状が悪化して追加の治療が必要になる場合も考えられます。
また、便秘症の患者が自己判断で薬を中止することで、体調に影響が生じる可能性もあります。
こうした影響が広がれば、短期的には保険給付費が減少しても、中長期的には医療費が増加するおそれがあります。
したがって、制度導入後には、医療費の削減額だけでなく、患者の受診行動や健康状態の変化も検証する必要があります。
セルフメディケーションによる医療費抑制の可能性
今回の制度改正には、セルフメディケーションを促進するという目的もあります。
セルフメディケーションとは、自分自身の健康状態を把握し、軽度な身体の不調について適切に対応することです。
例えば、軽い症状について薬剤師に相談し、市販薬を利用することが考えられます。
医療機関への受診が必ずしも必要ではない場合に、市販薬を適切に利用することで、医療資源を効率的に活用できる可能性があります。
しかし、市販薬の利用が増えれば、必ず社会全体の医療費が減少するというわけではありません。
市販薬の購入費用は、原則として患者自身が負担します。
そのため、公的医療保険の支出が減少しても、家計の医薬品購入費用が増加する可能性があります。
また、医師による診断が必要な症状について、市販薬だけで対応しようとすれば、病気の発見が遅れるおそれもあります。
セルフメディケーションを推進するためには、患者が適切に医薬品を選択できる環境を整えることが重要です。
薬剤師による相談体制や、必要な場合に医療機関を受診できる仕組みが不可欠になります。
医療費削減効果を評価するために必要な視点
今回の制度改正の効果を正しく評価するためには、複数の指標を確認する必要があります。
第1は、公的医療保険の給付費用が実際にどの程度減少したかという点です。
厚生労働省が見込む年間約900億円の削減効果が実現したかどうかを検証する必要があります。
第2は、患者の自己負担額がどの程度増加したかという点です。
特に、年齢や所得、疾患の種類によって負担増加の影響が異なる可能性があります。
第3は、医療機関への受診回数や医薬品の使用量がどのように変化したかという点です。
必要性の低い受診が減少することは、医療資源の効率化につながる可能性があります。
一方、必要な受診まで減少していないかを確認する必要があります。
第4は、患者の健康状態への影響です。
医療費の削減が実現しても、患者の健康状態が悪化していれば、政策として十分な成果があったとはいえません。
第5は、現役世代の社会保険料負担への影響です。
保険給付費の削減が、実際にどの程度保険料負担の抑制につながったのかを検証する必要があります。
これらを総合的に評価することで、制度改正の本当の効果が明らかになります。
社会保障制度の持続可能性をどう確保するか
日本では、高齢化の進展や医療技術の高度化などによって、医療費の増加が重要な政策課題となっています。
一方、現役世代の人口が減少するなかで、社会保険料負担の増加をどこまで抑えられるかが問われています。
公的医療保険制度を将来にわたって維持するためには、限られた財源を効率的に活用する必要があります。
そのため、医療保険の給付範囲や患者負担の在り方を見直す議論は避けられません。
しかし、単純に患者負担を増やすだけでは、社会保障制度の持続可能性が高まるとは限りません。
所得の低い患者や慢性疾患患者に過度な負担が集中すれば、必要な医療を受けられなくなる可能性があります。
また、受診控えによって病気が重症化すれば、結果として医療費が増加するおそれもあります。
重要なのは、必要な医療へのアクセスを維持しながら、医療資源を効率的に配分することです。
今回のOTC類似薬制度についても、財政上の削減効果だけでなく、患者の健康と生活への影響を考慮した制度設計が求められます。
医療費削減と患者負担の公平性を両立させるには
今回の制度には、医療費の抑制と患者負担の公平性という2つの目的があります。
医師の処方によって医薬品を使用する患者と、市販薬を自費で購入する人との負担格差を縮小することには、一定の合理性があります。
一方、同じOTC類似薬を使用する患者であっても、医療上の必要性や経済的な負担能力は異なります。
例えば、一時的な症状で短期間だけ使用する患者と、慢性的な疾患によって長期間使用する患者では、制度の影響が異なります。
また、所得が高い患者と低い患者では、同じ金額の負担増加でも家計への影響が異なります。
そのため、公平性を考える際には、単純に同じ割合の追加負担を求めることだけでは不十分です。
医療上の必要性や所得状況などを踏まえた配慮が重要になります。
さらに、制度が複雑になりすぎると、医療機関や薬局の事務負担が増加する可能性があります。
患者負担の公平性、医療保険財政の改善、医療現場の実務負担を総合的に考える必要があります。
結論
2027年3月から導入予定のOTC類似薬の追加負担制度では、年間約900億円の医療費削減効果が見込まれています。
公的医療保険の給付費用を抑制し、現役世代の社会保険料負担の増加を緩和することが主な目的です。
しかし、保険給付費の削減と社会全体の医療費削減は同じではありません。
患者が従来と同じ医薬品を同じ量だけ使用する場合、薬剤費の総額は変わらず、公的医療保険から患者へ負担が移転することになります。
また、患者の自己負担割合によって負担増加率は異なり、特に1割負担の患者では相対的な負担増加が大きくなります。
慢性疾患などで継続的に医薬品を使用する患者については、年間負担の増加にも注意が必要です。
一方、適切なセルフメディケーションが普及し、不要な受診や処方が減少すれば、医療資源の効率化につながる可能性があります。
ただし、患者負担の増加によって必要な受診や服薬まで控えられるようになれば、健康状態の悪化や将来の医療費増加につながるおそれがあります。
重要なのは、900億円という削減額だけで制度の成否を判断しないことです。
公的医療保険の給付費用、患者の自己負担、社会保険料、健康状態への影響を総合的に評価する必要があります。
今回の制度改正は、医療費を誰が負担するのかという問題を改めて浮き彫りにしています。
公的医療保険制度の持続可能性を確保するためには、財政負担の抑制と、必要な医療を安心して受けられる環境の維持を両立させることが不可欠です。
医療費900億円削減という目標が、国民全体にとってどのような効果をもたらすのか。
制度導入後の実績を継続的に検証することが、今後の医療保険改革において重要になるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年10月9日朝刊「OTC類似薬の新たな負担は非課税に 厚労省要望、似た制度とは矛盾」
厚生労働省 OTC類似薬に係る患者負担の見直しに関する資料
厚生労働省 国民医療費の概況
厚生労働省 医療保険制度の財政状況に関する資料
厚生労働省 セルフメディケーションの推進に関する資料