2027年3月から導入予定のOTC類似薬の追加負担制度は、日本の医療保険制度と消費税制度の両面に重要な課題を投げかけています。
今回の制度では、市販薬と成分や効能が似ている医療用医薬品について、薬剤費の25%を保険外の追加負担とし、残りの75%について公的医療保険を適用する仕組みが予定されています。
対象となるのは77成分、1,042品目です。
厚生労働省は、この制度によって年間約900億円の医療保険財政上の削減効果を見込んでいます。
また、追加負担部分については、恒久的に消費税を非課税とするよう要望しています。
しかし、既存の選定療養制度では、保険外の追加負担に消費税が課される場合があります。
そのため、今回の制度改正は、医療費の負担を誰が担うべきかという問題だけでなく、社会保険医療と保険外負担の消費税上の取扱いをどのように整理するかという問題にも関わっています。
さらに、医療保険の給付費用が削減されても、その分だけ患者の自己負担が増えるのであれば、社会全体の医療費が同じ金額だけ減少するとは限りません。
医療費抑制という政策目的を実現するためには、保険財政、患者負担、医療の質、税制の公平性を総合的に考える必要があります。
今回は、OTC類似薬制度の改正が医療費抑制の転換点となるのかについて、これまでの議論を総括しながら、今後の医療保険制度と消費税制度のあるべき姿を考えます。
OTC類似薬制度は医療費の負担構造を変える改革
今回の制度改正の最大の特徴は、医療用医薬品の一部について、公的医療保険の給付範囲を縮小することです。
従来、医師が処方する医療用医薬品については、原則として薬剤費全体に公的医療保険が適用されていました。
患者は年齢や所得に応じて1割から3割を負担し、残りは公的医療保険から給付されていました。
新制度では、対象となるOTC類似薬について、薬剤費の25%が保険外の追加負担となります。
例えば、薬剤費が1,000円で、患者の自己負担割合が3割の場合を考えます。
従来は患者が300円を負担し、公的医療保険が700円を負担していました。
新制度では、患者が追加負担250円と、残り750円の3割に当たる225円を支払います。
患者負担は合計475円です。
一方、公的医療保険の給付額は525円となります。
つまり、患者負担が175円増加し、公的医療保険の給付額が175円減少します。
薬剤費の総額は1,000円で変わりません。
この仕組みから分かるのは、今回の制度が医薬品の価格を直接引き下げる改革ではなく、費用負担の配分を変更する改革だということです。
医療費抑制の効果を評価する際には、この点を正確に理解する必要があります。
医療費900億円削減の本当の意味
厚生労働省は、今回の制度改正によって年間約900億円の医療保険財政上の削減効果を見込んでいます。
公的医療保険の給付費用が減少すれば、保険料や公費によって賄う必要のある金額を抑えられる可能性があります。
これは、少子高齢化が進む日本にとって重要な政策課題です。
しかし、保険給付費の削減と、社会全体の医療費削減は同じではありません。
患者が従来と同じ医薬品を同じ量だけ使用する場合、薬剤費の総額は基本的に変わりません。
変わるのは、公的医療保険と患者の負担割合です。
そのため、900億円という数字を評価する際には、保険財政の改善効果と、患者の家計負担の増加を併せて確認する必要があります。
また、患者が市販薬を適切に利用するようになり、不要な受診や処方が減少すれば、医療資源の効率化につながる可能性があります。
一方、患者負担の増加によって必要な受診や服薬が控えられれば、健康状態の悪化や将来的な医療費増加につながるおそれがあります。
したがって、制度の成果を判断する際には、単年度の保険給付費削減額だけでなく、中長期的な医療費や健康状態への影響も検証する必要があります。
患者負担の増加は公平なのか
今回の制度では、従来の自己負担割合によって負担増加率が異なります。
薬剤費1,000円の場合、自己負担割合3割の患者では、従来300円だった負担額が475円になります。
自己負担割合2割の患者では、従来200円だった負担額が400円になります。
自己負担割合1割の患者では、従来100円だった負担額が325円になります。
つまり、従来の自己負担割合が低い患者ほど、相対的な負担増加率が大きくなります。
特に、自己負担割合1割の高齢者では、対象薬剤費の負担額が3.25倍になる計算です。
もちろん、実際の患者負担額は医薬品の種類や処方内容、制度上の例外措置などによって異なります。
しかし、同じ25%の追加負担であっても、患者の年齢や所得によって影響が異なることは重要です。
また、一時的に医薬品を使用する患者と、慢性疾患によって長期間使用する患者では、年間の負担額が異なります。
公平性を考える際には、同じ医薬品に同じ負担を求めることだけでは不十分です。
患者の所得や健康状態、医療上の必要性を踏まえた制度設計が求められます。
市販薬との負担格差は完全には解消しない
今回の制度改正には、市販薬と処方薬の負担格差を縮小する目的があります。
市販薬を購入する場合には、原則として購入費用の全額を消費者が負担します。
一方、医師が処方する医療用医薬品には、公的医療保険が適用されます。
今回の制度によって処方薬の患者負担は増加しますが、薬剤費の75%については引き続き公的医療保険が適用されます。
そのため、市販薬と処方薬の負担格差が完全に解消されるわけではありません。
また、市販薬と医療用医薬品では、価格の決まり方が異なります。
医療用医薬品には公定価格である薬価が設定されています。
一方、市販薬の販売価格は、メーカーや販売店などによって異なります。
さらに、同じ成分を含む医薬品でも、含有量や効能、用法、用量などが異なる場合があります。
したがって、市販薬と処方薬の負担格差を単純に金額だけで比較することは適切ではありません。
重要なのは、患者が医療上の必要性に応じて適切な医薬品を利用できる環境を整えることです。
消費税非課税の要望は何を意味するのか
今回の制度改正では、厚生労働省が追加負担部分について恒久的な消費税非課税を要望しています。
日本の消費税制度では、社会保険医療は原則として非課税です。
一方、選定療養などの保険外負担については、消費税が課される場合があります。
例えば、後発医薬品が存在する先発医薬品を患者が希望した場合の追加負担は、原則として消費税の課税対象です。
今回のOTC類似薬の追加負担が非課税となれば、同じ保険外負担であっても、制度によって消費税区分が異なることになります。
この違いには、政策上の理由が考えられます。
長期収載品の選定療養では、患者が特定の先発医薬品を希望することが追加負担の基本的な前提になります。
一方、OTC類似薬の追加負担は、対象となる医薬品を処方された患者に広く適用される仕組みとして検討されています。
患者の選択によって発生する追加負担と、制度上の取扱いによって発生する追加負担では、性質が異なる面があります。
ただし、こうした違いがあるとしても、消費税の課税区分について明確な説明が必要です。
制度間の整合性を確保し、患者や医療機関、薬局が理解しやすい仕組みを構築することが重要になります。
消費税非課税が患者負担の軽減につながる理由
仮にOTC類似薬の追加負担が消費税の課税対象となった場合、患者負担はさらに増える可能性があります。
例えば、薬剤費1,000円で、追加負担が250円の場合を考えます。
この250円が税抜対価であり、標準税率10%が適用されると仮定すると、消費税相当額は25円です。
患者は追加負担250円に加えて、消費税25円を支払うことになります。
一方、追加負担が非課税となれば、この25円は発生しません。
患者の負担を抑えるという観点では、非課税とすることに一定の合理性があります。
特に、慢性疾患などで継続的に医薬品を使用する患者では、消費税負担が積み重なる可能性があります。
ただし、非課税とすることが最終決定したわけではありません。
今後の税制改正や制度設計によって、正式な取扱いが決まることになります。
また、消費税非課税によって患者負担が軽減される一方、医療機関や薬局の仕入税額控除の問題が残ることにも注意が必要です。
医療機関と薬局の控除対象外消費税は解消されない
社会保険医療が消費税非課税であることによって、医療機関や薬局では控除対象外消費税の問題が生じています。
医療機関や薬局が医薬品や医療機器などを購入する際には、原則として消費税が課されます。
しかし、非課税売上げに対応する課税仕入れについては、原則として仕入税額控除が認められません。
そのため、医療機関や薬局が支払った消費税の一部が、経営上のコストになる場合があります。
今回のOTC類似薬の追加負担が非課税とされた場合でも、この基本的な構造は変わりません。
患者に消費税を請求しないことと、医療機関や薬局が消費税を負担しないことは同じではないからです。
また、医療機関や薬局では、保険診療、自由診療、市販薬の販売、選定療養など、消費税区分の異なる取引が混在しています。
今回の制度改正によって、さらに複雑な課税区分の管理が必要になる可能性があります。
制度設計では、患者負担の軽減だけでなく、医療現場の税務実務や事務負担にも配慮する必要があります。
医療費抑制には患者負担以外の改革も必要
医療保険制度の持続可能性を高めるためには、患者負担の見直しだけでは不十分です。
医療費の増加には、高齢化、医療技術の高度化、医薬品価格、医療提供体制など、さまざまな要因があります。
そのため、医療費の適正化を進めるためには、複数の政策を組み合わせる必要があります。
例えば、後発医薬品の利用促進や薬価制度の見直しによって、医薬品に係る費用を抑制することが考えられます。
また、重複投薬や多剤服用を見直すことで、患者の安全性を高めながら医療費を適正化できる可能性があります。
さらに、予防医療や健康管理の充実によって、病気の重症化を防ぐことも重要です。
医療機関の役割分担や地域医療連携を進めることで、医療資源を効率的に活用することも考えられます。
今回のOTC類似薬制度は、こうした医療費適正化政策の1つとして位置付ける必要があります。
患者負担を増やすことだけで医療保険制度の財政問題を解決することは難しいからです。
制度の効果を検証する仕組みが不可欠
今回の制度改正が医療費抑制の転換点となるかどうかは、導入後の実績によって判断する必要があります。
まず、公的医療保険の給付費用が実際にどの程度減少したかを確認する必要があります。
厚生労働省が見込む年間約900億円の削減効果が実現したかどうかが重要です。
次に、患者の自己負担額がどの程度増加したかを確認する必要があります。
特に、高齢者や低所得者、慢性疾患患者への影響を把握することが重要です。
さらに、患者の受診行動や医薬品の使用状況がどのように変化したかを検証する必要があります。
市販薬の適切な利用が増え、不要な受診が減少したのであれば、一定の政策効果があったと考えられます。
一方、必要な受診や服薬まで減少している場合には、制度の見直しが必要になる可能性があります。
また、医療機関や薬局の事務負担についても確認する必要があります。
制度が複雑になることで、医療現場の生産性が低下していないかを検証することが重要です。
こうした情報を継続的に公表し、必要に応じて制度を改善する仕組みが求められます。
医療保険と消費税の整合性をどう確保するか
今回の制度改正は、医療保険制度と消費税制度の関係を改めて考える機会になります。
社会保険医療が非課税とされているのは、患者の医療費負担を抑えるという政策的な目的があるためです。
一方、保険外負担については、取引の性質によって消費税が課される場合があります。
今回のOTC類似薬の追加負担を非課税とする場合には、既存の選定療養制度との違いを明確に説明する必要があります。
また、医療機関や薬局の控除対象外消費税の問題についても、引き続き検討が必要です。
消費税制度では、課税売上げに対応する仕入税額を控除することが基本的な仕組みです。
しかし、社会保険医療が非課税であるため、医療機関や薬局では仕入税額控除が制限される場合があります。
こうした構造的な問題を踏まえずに、個別の追加負担だけを非課税とする場合には、制度全体がさらに複雑になる可能性があります。
医療保険制度と消費税制度の整合性を確保するためには、患者負担、医療機関経営、税務実務を総合的に考える必要があります。
今後の医療保険改革に求められる基本原則
今後の医療保険改革では、いくつかの基本原則が重要になると考えられます。
第1は、必要な医療へのアクセスを維持することです。
患者の所得や健康状態によって、必要な治療を受けられなくなることは避けなければなりません。
第2は、負担の公平性を確保することです。
医療上の必要性や所得状況などを踏まえ、特定の患者に過度な負担が集中しないようにする必要があります。
第3は、医療費の適正化を進めることです。
医薬品の適正使用や医療提供体制の効率化などを通じて、限られた財源を有効に活用することが重要です。
第4は、制度の透明性を確保することです。
患者が自分の負担額や制度の仕組みを理解できるよう、分かりやすい説明が求められます。
第5は、制度の効果を継続的に検証することです。
財政上の削減効果だけでなく、患者の健康状態や家計負担への影響を確認する必要があります。
これらの原則を踏まえることで、医療保険制度の持続可能性と、国民の健康を守る仕組みを両立させることができると考えられます。
結論
2027年3月から導入予定のOTC類似薬の追加負担制度は、日本の医療保険制度における重要な改革です。
対象薬剤費の25%を保険外の追加負担とすることで、公的医療保険の給付費用を抑制することが目指されています。
厚生労働省は、年間約900億円の医療保険財政上の削減効果を見込んでいます。
しかし、保険給付費の削減と、社会全体の医療費削減は同じではありません。
患者が従来と同じ医薬品を使用する場合、薬剤費の総額は変わらず、公的医療保険から患者へ負担が移転することになります。
また、患者の自己負担割合や所得、健康状態によって、制度改正の影響は異なります。
特に、高齢者や慢性疾患患者など、継続的に医薬品を使用する人への配慮が重要です。
さらに、追加負担部分について厚生労働省が消費税非課税を要望していることから、医療保険制度と消費税制度の整合性も課題となっています。
既存の選定療養制度との違いや、医療機関や薬局の控除対象外消費税の問題についても、引き続き検討が必要です。
今回の制度改正が医療費抑制の転換点となるかどうかは、単に保険給付費が減少するかどうかだけでは判断できません。
患者の健康を維持しながら、医療資源を効率的に活用できるかどうかが重要です。
そのためには、医療費の削減効果、患者負担の増加、受診行動の変化、医療現場への影響を継続的に検証する必要があります。
日本の医療保険制度は、少子高齢化という大きな構造変化に直面しています。
限られた財源のなかで、必要な医療をどこまで公的に保障するのかという問題は、今後ますます重要になるでしょう。
今回のOTC類似薬制度は、その議論の出発点となる改革です。
医療保険財政の持続可能性と、国民が安心して医療を受けられる環境を両立させることが、これからの社会保障改革に求められています。
参考
日本経済新聞 2026年10月9日朝刊「OTC類似薬の新たな負担は非課税に 厚労省要望、似た制度とは矛盾」
厚生労働省 OTC類似薬に係る患者負担の見直しに関する資料
厚生労働省 医療保険制度の概要に関する資料
厚生労働省 国民医療費の概況
国税庁 消費税の非課税取引に関する資料
国税庁 仕入税額控除の計算方法に関する資料