世界のプロスポーツチームは、競技成績を競う組織であると同時に、巨額の資金を集める企業としての性格を強めています。
その代表例が、イタリアの名門サッカークラブであるACミランです。
米国の投資会社レッドバード・キャピタル・パートナーズは、2022年にACミランを約12億ユーロ、日本円で約2,100億円で買収しました。
注目されるのは、買収後の経営改革です。
ACミランでは、商業活動やライセンス供与に関連する収益が買収後3年間で約2.4倍になったとされています。
スポーツチームの企業価値は、試合に勝つことだけで高まるわけではありません。ブランド力、ファンとの関係、放映権、知的財産などを収益に結び付ける経営能力が重要になっています。
今回は、ACミランを題材に、スポーツチームの収益構造と企業価値を高める経営改革について、税理士・FPの視点から解説します。
スポーツチームも企業価値で評価される時代
一般企業の価値を評価する際には、売上高、利益、キャッシュフロー、保有資産、将来の成長可能性などが重視されます。
スポーツチームも基本的には同じです。
ただし、一般企業とは異なる特徴があります。
例えば、チームの歴史、競技成績、人気選手、ファンの忠誠心、地域との関係などが企業価値に大きく影響します。
長年にわたり築かれたブランドは、短期間で新規参入した企業が簡単に再現できるものではありません。
ACミランは、欧州サッカーの歴史において高い知名度を持つクラブです。
世界中にファンが存在し、チームの名称やロゴ、歴代選手の活躍などが大きなブランド価値を形成しています。
投資ファンドは、こうした無形の価値を将来の収益につなげることを目指します。
重要なのは、人気があること自体ではなく、その人気を継続的な収益に変える仕組みを持っているかどうかです。
スポーツチームの5つの主要収益源
プロスポーツチームの収益構造は、大きく5つに整理できます。
1.入場料収入
試合のチケット販売による収入です。
一般席だけでなく、VIP席、年間指定席、法人向け観戦サービスなども含まれます。
2.スポンサー収入
企業が広告宣伝やブランド価値向上を目的として支払う資金です。
ユニフォーム広告、競技場内広告、公式スポンサー契約などがあります。
3.放映権収入
テレビ局や動画配信事業者が試合を放送・配信するために支払う対価です。
リーグ全体で契約し、一定の基準に従って各チームに配分する方式もあります。
4.商品・ライセンス収入
ユニフォーム、衣料品、雑貨、ゲームなどにチームの名称やロゴを使用することで得られる収入です。
5.デジタル・会員サービス収入
有料会員制度、独自コンテンツ、デジタル配信、ファン向けサービスなどから得られる収入です。
実際の会計上の収益区分はクラブごとに異なりますが、経営分析ではこれらの収益源を区別することが重要です。
特定の収益源に依存しない構造を構築できれば、経営の安定性を高めることができます。
ACミランの商業収益が拡大した理由
レッドバードによるACミランの買収後、商業活動やライセンス供与に関連する収益は約2.4倍になったとされています。
この数字は、クラブ全体の売上高が2.4倍になったことを意味するものではありません。
特定の商業収益分野が大きく成長したことを示しています。
スポーツチームの商業収益を増やすためには、ブランドの認知度を高めるだけでなく、商品やサービスの販売機会を広げる必要があります。
例えば、世界中のファンに向けた公式商品の販売、企業とのライセンス契約、デジタルコンテンツの提供などです。
競技場に来場できる観客数には、施設の収容人数という物理的な制約があります。
しかし、デジタル配信やライセンス事業は、競技場の収容人数に必ずしも制約されません。
海外に住むファンも、公式商品を購入したり、有料コンテンツを利用したりできます。
このように、競技場の外でも収益を生み出せることが、グローバルな人気クラブの強みです。
ブランド価値を収益に変える経営
スポーツチームのブランド価値は、長年の競技成績や歴史、ファンとの関係によって形成されます。
ただし、ブランド価値が高くても、収益化の仕組みが不十分であれば、十分な利益を生み出すことはできません。
例えば、人気チームのロゴを使用した商品を外部企業が製造・販売する場合、ライセンス契約によって使用料を受け取る仕組みが考えられます。
クラブ自身がすべての商品を製造する必要はありません。
商品開発や製造、販売に強みを持つ企業と提携することで、比較的小さな追加投資で収益を拡大できる可能性があります。
また、海外企業とのスポンサー契約を増やせば、国内市場に依存しない収益基盤を構築できます。
こうした取り組みは、一般企業におけるブランド戦略や知的財産経営とも共通しています。
中小企業でも、自社の技術、商標、顧客基盤などを活用して新たな収益源を生み出すことができます。
スポーツチームの経営改革は、一般企業にとっても参考になる事例です。
ファンとの長期的な関係が企業価値を支える
スポーツチームの特徴は、顧客であるファンとの関係が長期間続くことです。
一般の商品では、価格や品質によって購入先が変わることがあります。
一方、スポーツファンは、チームの成績が悪い時期でも応援を続ける場合があります。
この継続的な関係は、企業経営上の大きな強みです。
ファンが長期間にわたってチケットや商品を購入し、会員サービスを利用すれば、継続的な収益につながります。
企業経営では、顧客が取引期間を通じてもたらす価値を顧客生涯価値(LTV)と呼びます。
スポーツチームでも、ファンとの関係を長期的に維持することが重要です。
ただし、ファンの忠誠心に依存して価格を引き上げ続ければ、かえって信頼を失う可能性があります。
長期的な企業価値を高めるためには、ファンの満足度と収益性を両立させる必要があります。
競技成績と経営成績は必ずしも一致しない
スポーツチームの経営では、競技成績と財務成績の関係を慎重に考える必要があります。
優秀な選手を獲得すれば、競技成績が向上する可能性があります。
競技成績が向上すれば、観客動員数、放映権収入、スポンサー収入などの増加が期待できます。
しかし、有名選手の獲得には多額の移籍金や年俸が必要です。
競技成績が向上しても、それ以上に費用が増えれば、利益は減少します。
また、競技成績は不確実性が高く、巨額の投資が必ず勝利につながるとは限りません。
そのため、スポーツチームの経営では、選手への投資と財務健全性のバランスが重要です。
短期的な勝利だけを目指して過大な支出を続ければ、長期的な経営基盤を損なうおそれがあります。
投資ファンドが経営に参画する場合には、競技力の向上と財務規律の両立が求められます。
企業価値評価では将来キャッシュフローが重要
税理士や企業経営者の視点から注目したいのが、スポーツチームの企業価値評価です。
企業価値を評価する代表的な方法には、将来キャッシュフローを現在価値に割り引くDCF法があります。
基本的には、将来生み出すと見込まれるキャッシュフローを予測し、事業リスクを反映した割引率によって現在価値を計算します。
スポーツチームの場合には、次のような要素が重要になります。
・将来の観客動員数
・放映権契約の更新条件
・スポンサー契約の継続可能性
・商品販売やライセンス収入の成長率
・選手の獲得費用や人件費
・競技場の維持管理費
・競技成績による収益変動
さらに、ブランド価値や海外市場への展開可能性なども将来収益の予測に影響します。
ただし、将来の競技成績や人気を正確に予測することは困難です。
そのため、企業価値評価では、複数のシナリオを設定して収益性を検証することが重要になります。
買収価格と会計上の資産価値は異なる
ACミランの買収価格は約12億ユーロとされています。
しかし、この買収価格が、そのまま会計上の純資産額を意味するわけではありません。
企業買収では、取得対象の資産や負債、将来の収益力、ブランド価値などを考慮して価格が決定されます。
会計上は、適用される会計基準や買収の法的構成に応じて、取得した識別可能な資産・負債の評価や、のれんの認識などが問題になります。
スポーツチームでは、商標、契約上の権利、選手登録に関する権利などの無形資産が重要になる場合があります。
ただし、経済的に価値があるものが、すべて独立した無形資産として貸借対照表に計上されるわけではありません。
自己創設ブランドなどは、会計基準上、資産計上が制限される場合があります。
また、選手の獲得に伴う支出についても、契約内容や適用会計基準に応じて適切に処理する必要があります。
スポーツチームの企業価値を理解するためには、会計上の資産価値と経済的な企業価値を区別することが重要です。
日本のスポーツチームが学ぶべき経営改革
日本のプロスポーツチームにも、長い歴史や地域との強い結び付き、熱心なファンなど、多くの経営資産があります。
しかし、それらを十分に収益化できているとは限りません。
今後の経営改革では、スポンサー収入だけに依存しない収益構造を構築することが重要です。
例えば、公式商品の海外販売、デジタル会員制度、ライセンス事業、競技場の多目的利用などが考えられます。
また、経営情報の開示や企業統治の強化も欠かせません。
外部投資家から資金を調達するためには、収益構造や財務状況、経営戦略を分かりやすく説明する必要があります。
投資家が適切に企業価値を評価できる環境を整えることが、資金調達の拡大につながります。
一方で、スポーツチームには地域社会との関係を維持する責任もあります。
投資家の利益だけでなく、ファンや地域住民の利益にも配慮した経営が求められます。
税理士・FPの視点から考える企業価値の向上
ACミランの事例から学べるのは、企業価値の向上には売上高の拡大だけでなく、収益構造の改善が重要だということです。
税理士の視点では、売上高、利益率、キャッシュフロー、無形資産、投資回収期間などを総合的に分析する必要があります。
また、スポンサー契約やライセンス契約では、取引内容に応じた収益認識や税務処理が求められます。
国際的な契約が増えれば、源泉徴収、租税条約、移転価格税制などの検討が必要になる場合もあります。
FPの視点では、スポーツチームの企業価値が上昇していることと、投資家が利益を得られることを区別する必要があります。
高い成長期待が買収価格に織り込まれていれば、事業が成長しても十分な投資収益を得られない可能性があります。
投資判断では、企業価値の成長率だけでなく、取得価格、将来の売却可能性、資金回収までの期間、事業リスクなどを確認することが重要です。
結論
ACミランの事例は、スポーツチームの企業価値が競技成績だけで決まるものではないことを示しています。
ブランド力、ファンとの関係、放映権、知的財産、デジタルサービスなどを活用し、継続的な収益を生み出す経営能力が重要になっています。
米レッドバードによる経営改革は、スポーツチームを単なる競技団体ではなく、世界市場で事業を展開する企業として捉える動きの一例です。
日本のスポーツ産業でも、スポンサー収入への依存を減らし、収益源を多様化することが求められます。
ただし、企業価値の向上を目指すあまり、競技の魅力やファンとの信頼関係を損なっては、長期的な成長は期待できません。
税理士・FPとして注目したいのは、スポーツチームの経営改革が、一般企業の企業価値向上にも通じることです。
企業価値を高めるためには、保有するブランドや顧客基盤などの経営資産を把握し、それらを持続的なキャッシュフローに結び付ける仕組みを構築することが重要です。
スポーツチームの経営改革は、これからの日本企業が収益力と企業価値を高めるための重要な示唆を与えています。
参考
日本経済新聞 2026年11月8日 朝刊
「ACミランを所有の世界最大級スポーツファンド、日本進出 政投銀出資」
日本経済新聞 2026年11月8日 朝刊
「スポーツ投資とは ファンドや選手個人も担い手に」