技術職不足が地方自治体を揺るがす――中途採用2倍と奨学金返済支援から考える行政サービスの持続可能性

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地方自治体の人材不足が、行政サービスの持続可能性を左右する深刻な問題になっています。

特に不足しているのが、道路や橋、トンネル、河川、上下水道などの社会インフラを支える技術職員です。

日本経済新聞の調査によると、都道府県は2026年度の技術職の中途採用計画を前年度実績の約2倍に増やしています。東京都では奨学金の返済支援を導入するなど、従来の公務員採用の枠組みを超えた人材確保策が広がっています。

背景には、民間企業との人材獲得競争の激化だけでなく、老朽化する社会インフラへの対応という構造的な問題があります。

自治体の技術職不足は、単なる公務員の採用問題ではありません。地域住民の安全、地方財政、公共サービス、さらには地域経済の将来に直結する課題です。

税理士・FPの視点から、自治体の人材不足が地域社会や私たちの暮らしに与える影響を考えます。

技術職の中途採用計画が前年度実績の2倍に拡大

日本経済新聞が全国47都道府県を対象に実施した調査では、技術職の採用を大幅に増やす動きが明らかになりました。

中途採用について回答した38都道府県の2026年度採用計画は、技術職が合計1,040人となり、前年度実績の約2倍に達しました。

一方、事務職は1,256人で、前年度実績からの増加率は1%にとどまっています。

技術職の採用拡大が突出していることがわかります。

都道府県別では、京都府が前年度実績の13倍、鳥取県と徳島県が8倍、石川県が7倍の採用を計画しています。

19府県が技術職の中途採用を2倍以上に増やす方針です。

ただし、これらは採用計画であり、実際に必要な人数を確保できるかどうかは別の問題です。

採用枠を増やしても応募者が集まらなければ、人材不足は解消しません。

自治体の人材確保は、採用人数を増やす段階から、応募者に選ばれる職場をつくる段階へ移行しています。

新卒採用の計画達成率は平均77.7%

人材不足の深刻さは、新卒採用にも表れています。

2026年度入庁の新卒採用では、45都道府県が採用計画を達成できませんでした。

計画を達成したのは大阪府だけで、奈良県は非公表でした。

採用計画の達成率は平均77.7%となり、前年度から1.0ポイント低下しています。

さらに、内定辞退率が20%以上となった都道府県も約8割に上りました。

かつて地方公務員は、雇用の安定性や地域への貢献を重視する学生にとって魅力的な就職先でした。

しかし、現在は民間企業でも働き方改革が進み、給与水準の引き上げや柔軟な勤務制度の導入が広がっています。

公務員という身分の安定性だけでは、優秀な人材を確保することが難しくなっています。

特に土木、建築、電気、機械などの専門技術を持つ人材は、民間企業でも需要が高く、自治体との競争が激しくなっています。

最も深刻なのは土木職の人材不足

調査では、回答した46道府県の全てが技術職の不足を認めています。

さらに約8割が、土木職の人材不足を最も深刻な問題として挙げました。

土木職員は、道路や橋の整備、河川管理、防災対策、公共施設の維持管理などを担当しています。

これらの業務は、住民の日常生活を支える重要な行政機能です。

例えば、橋の老朽化が進んだ場合、点検結果を評価し、補修の必要性や優先順位を判断する専門人材が必要です。

工事そのものを民間企業に委託することは可能ですが、行政としての判断や契約管理、品質確認まで全てを外部に任せられるわけではありません。

自治体内部に専門知識を持つ職員が不足すると、適切な維持管理が難しくなる可能性があります。

人材不足は、行政サービスの品質低下だけでなく、住民の安全にも影響する問題です。

老朽化する社会インフラが人材不足を深刻化

技術職不足が深刻になる背景には、社会インフラの老朽化があります。

国土交通省によると、建設後50年以上が経過する道路橋の割合は、2025年3月時点の42%から2040年3月には75%に上昇する見通しです。

トンネルについても、同じ期間に28%から52%へ増加するとされています。

高度経済成長期に整備された社会インフラが、一斉に更新時期を迎えています。

一方、人口減少によって地方自治体の税収基盤は弱くなり、維持管理に必要な財源や人材の確保が難しくなる地域もあります。

今後は、全ての公共施設を従来と同じ水準で維持することが難しくなる可能性があります。

自治体には、施設の統廃合、長寿命化、広域共同管理などを組み合わせた対応が求められます。

技術職員の不足は、こうした判断を行う行政能力そのものにも影響します。

公務員給与と民間給与の格差

自治体の採用難には、給与水準の問題もあります。

2025年の地方公務員給与実態調査によると、都道府県の大卒一般行政職の平均初任給は約22万5,000円でした。

一方、民間企業の新卒賃金は約26万2,000円となっています。

両者には約3万7,000円の差があります。

ただし、職種や手当、勤務条件、調査対象が異なるため、単純に比較できるものではありません。

それでも、就職先を選ぶ若者にとって初任給は重要な判断材料です。

さらに、民間企業では専門性の高い人材に対して、経験や能力に応じた処遇を提示する動きが広がっています。

自治体の給与制度は公平性や均衡を重視するため、専門人材に対する柔軟な処遇が難しい面があります。

今後は、公共性を維持しながら、専門性や職務内容を適切に評価する制度設計が必要になります。

東京都は奨学金返済を最大150万円支援

人材確保策として注目されるのが、奨学金返済支援制度です。

東京都は2025年度から、都や都内の区市町村に技術職として採用された職員を対象に、大学在学時の奨学金返済を支援する制度を導入しました。

返済額の半分について、最大150万円まで都が負担する仕組みです。

新卒採用だけでなく、中途採用も対象となります。

2026年度には101人が制度の対象となりました。

千葉県も2026年度から同様の取り組みを始めています。

奨学金返済支援は、若手人材の経済的負担を軽減するだけでなく、自治体への就職を促す効果が期待されます。

一方、制度の財源は公費です。

そのため、採用者数の増加だけでなく、採用後の定着率や長期的な人材確保への効果を検証する必要があります。

税金を使った人材確保策である以上、費用対効果を住民に説明できることが重要です。

採用試験の改革と中途採用の拡大

自治体は採用試験の仕組みも見直しています。

東京都は2024年度から中途採用試験を年4回実施する制度を導入しました。

2025年度の土木職では、採用予定数63人に対して70人の合格者を出しています。

神奈川県は公務員経験者向けの採用枠を設け、経験に応じた職位で処遇する仕組みを導入しました。

京都府は2026年度から、技術士の国家資格を持つ受験者について専門試験を免除し、面接回数も減らしました。

鳥取県も中途採用試験を年2回に増やし、全国のテストセンターで受験できる方式を導入しています。

こうした改革は、民間企業で働く人材が自治体へ転職する際の負担を減らすものです。

ただし、採用制度の改善だけでは十分ではありません。

入庁後に専門性を高められる研修制度や、本人の希望を踏まえた配置、働きやすい職場環境の整備も重要になります。

地方財政に求められる人材投資という視点

地方自治体の財政運営では、人件費は削減対象として議論されることがあります。

しかし、技術職員の不足が公共施設の維持管理に支障を与える場合、人件費の抑制が必ずしも財政の健全化につながるとは限りません。

適切な点検や補修が遅れれば、将来、大規模な更新工事が必要になる可能性があります。

小規模な補修で対応できた施設が、劣化の進行によって全面的な更新を必要とする場合もあります。

短期的な人件費削減が、長期的な財政負担を増やすことも考えられます。

企業経営においても、人材育成や設備保全を過度に削減すると、将来の競争力や収益力が低下することがあります。

地方自治体でも同様に、人材確保を単なる経費ではなく、行政サービスを維持するための投資として評価する視点が必要です。

人口減少社会では自治体間の人材争奪にも注意

中途採用の拡大には、もう一つの課題があります。

自治体間で人材を奪い合う可能性です。

例えば、給与や勤務条件が比較的良い大都市の自治体が採用を増やせば、地方の小規模自治体から技術職員が流出することも考えられます。

全国的に技術人材が不足している状況では、自治体間の転職だけで問題を解決することはできません。

必要なのは、人材の総量を増やす取り組みと、限られた人材を有効活用する仕組みです。

具体的には、複数自治体による技術職員の共同配置、広域的なインフラ管理、民間専門人材の活用、デジタル技術による点検業務の効率化などが考えられます。

また、経験豊富な退職者の再任用や、専門資格を持つ人材の育成も重要です。

人材確保を個々の自治体だけの問題とせず、地域全体で対応する必要があります。

住民の暮らしと地域経済への影響

技術職不足は、住民生活にも影響します。

道路や橋の補修が遅れれば、通勤や通学、物流に支障が生じる可能性があります。

河川や排水施設の管理が不十分になれば、豪雨災害への対応力が低下するおそれもあります。

公共施設の更新が進まなければ、地域の生活環境や企業活動にも影響します。

さらに、自治体が人材不足を補うために外部委託を増やす場合、委託費用の増加や業務品質の確保も課題になります。

こうした費用は最終的に地方財政を通じて住民が負担することになります。

税理士・FPの立場から重要なのは、地方自治体の財政問題が家計や企業経営と無関係ではないという点です。

公共サービスの維持には財源と人材の両方が必要です。

住民も自治体の予算や決算を見る際に、人件費の増減だけでなく、行政サービスを維持するために必要な専門人材が確保されているかという視点を持つことが大切です。

結論

都道府県が技術職の中途採用を前年度実績の約2倍に増やす背景には、深刻な人材不足と社会インフラの老朽化があります。

東京都の奨学金返済支援や各自治体の採用試験改革は、人材確保に向けた重要な取り組みです。

しかし、採用制度を改善するだけで問題が解決するわけではありません。

給与や処遇の改善、専門性を高める教育、働きやすい職場環境、自治体間の広域連携など、総合的な対応が求められます。

特に重要なのは、技術職員の確保を地方財政の負担としてだけでなく、住民の安全と地域経済を守るための投資として考えることです。

人口減少と高齢化が進む日本では、公共施設の全てを従来と同じ形で維持することが難しくなる地域も増えると考えられます。

だからこそ、限られた財源と人材をどこに配分するのかという判断が重要になります。

これからの地方自治体に求められるのは、単に職員数を確保することではなく、専門人材を育成・定着させ、持続可能な行政サービスを構築することです。

技術職不足は、自治体の採用問題であると同時に、人口減少社会における公共サービスのあり方を問い直す問題でもあります。

参考

日本経済新聞 2026年11月8日 朝刊「技術職不足にあえぐ都道府県、中途採用2倍に 奨学金肩代わりで確保」

総務省「地方公務員給与実態調査」

厚生労働省「賃金構造基本統計調査」

国土交通省「社会資本の老朽化の現状と将来」

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