国税庁は2026年10月6日と7日、全国国税局調査査察部長会議を開催しました。
今回の会議では、大規模法人に対する税務調査の重点分野、調査ノウハウの組織全体への共有、国際課税への対応、査察事務のデジタル化、特別国税査察官の効果的な運用などについて議論されました。
これらの議題から読み取れるのは、国税庁が従来の税務調査・査察の手法を見直し、限られた人員と時間を効果的に活用する方向へ改革を進めていることです。
特に重要なのは、個々の税務調査で得られた知見を担当部署だけにとどめず、国税組織全体で活用するという考え方です。
税務行政の高度化は、大企業だけの問題ではありません。大企業の調査で蓄積されたノウハウが中小企業の税務調査にも活用される可能性があり、企業規模を問わず税務リスク管理の重要性が高まっています。
リスク・ベース・アプローチによる税務調査の重点化
今回の会議では、調査課が取り組む重点分野として、租税回避行為、海外への所得移転、不正計算、消費税の4分野が取り上げられました。
国税庁が基本方針としているのは、リスク・ベース・アプローチです。
これは、すべての納税者に同じ程度の調査資源を投入するのではなく、税務上のリスクを分析し、問題が生じる可能性や影響が大きい分野に重点的に対応する考え方です。
例えば、海外子会社との取引が多い企業では、移転価格税制や国外関連者との取引条件が重要になります。
また、消費税については、仕入税額控除の適用要件、インボイスの保存状況、課税売上割合の計算などが税務上の検証対象となります。
不正計算への対応では、架空経費、売上除外、取引実態と異なる会計処理などが問題となります。
企業にとって重要なのは、税務調査が実施されてから説明資料を準備するのではなく、日常的に取引の合理性や会計処理の根拠を確認できる体制を整備することです。
調査ノウハウを組織全体に還元する新たな取組
今回の会議で注目されるのが、「組織内波及指標」の充実に向けた取組です。
大規模法人を担当する国税局の調査課は、複雑な企業取引や国際取引、高度な会計処理などに対応する中で、多くの調査ノウハウを蓄積しています。
しかし、こうした知見が特定の担当者や部署に集中しているだけでは、国税組織全体の調査能力向上には十分につながりません。
そこで国税庁は、調査課が培った知見を他部署へ還元し、調査手法や税務上の着眼点を共有する取組を進めています。
組織内波及指標は、こうしたノウハウの共有や活用を促進するための仕組みとして位置付けられています。
この方向性は、企業側にとっても重要な意味を持ちます。
例えば、大企業の税務調査で問題となった取引形態や会計処理について、税務署の調査担当者にも情報が共有されれば、類似する取引を行う中小企業の調査にも活用される可能性があります。
税務調査の高度化が、大規模法人から中小企業へ波及することを意識する必要があります。
税務に関するコーポレートガバナンスの重要性
会議では、税務に関するコーポレートガバナンスの取組についても意見交換が行われました。
税務に関するコーポレートガバナンスとは、企業が適正な申告・納税を実現するため、経営層の関与、社内規程、内部統制、情報共有などの仕組みを整備することです。
税務リスクは、経理部門だけで発生するものではありません。
営業部門の契約条件、購買部門の取引先管理、人事部門の給与・福利厚生、海外事業部門のグループ内取引など、企業活動のさまざまな場面で税務上の問題が生じます。
したがって、経理部門だけが税法を理解していても、企業全体の税務リスクを十分に管理できるとは限りません。
重要なのは、税務上の判断が必要な取引を早期に把握し、適切な担当部署へ情報が伝わる仕組みを整えることです。
中小企業でも、重要な契約や新規事業、海外取引、組織再編などについて、実行前に税務上の影響を確認する体制が有効です。
大規模法人を所管する調査課の役割の見直し
今回の会議では、調査課が所管すべき法人のあり方についても議論されました。
調査課は、資本金1億円以上の法人や外国法人などを所管し、複雑困難な事案や波及効果の大きい税務調査を担当しています。
もっとも、企業の税務リスクは資本金だけで判断できるものではありません。
資本金が比較的小さくても、海外取引が多い企業、複雑な金融取引を行う企業、企業グループ内で大規模な取引を行う企業などでは、高度な税務判断が必要になる場合があります。
一方、資本金が大きくても、取引構造が比較的単純な企業もあります。
こうした実態を踏まえ、今後どのような法人を調査課が所管することが適切なのかが検討課題となっています。
ただし、今回の会議で具体的な所管基準の変更が決定されたわけではありません。
企業としては、資本金の規模だけでなく、事業内容や取引の複雑性が税務リスクの評価に影響する可能性を意識する必要があります。
国際最低課税と移転価格税制への対応
国際課税も重要な議題となりました。
特に、グローバル・ミニマム課税に関する初回申告への対応状況と、今後の移転価格課税のあり方について意見交換が行われています。
グローバル・ミニマム課税は、一定規模以上の多国籍企業グループについて、国・地域ごとの実効税率が最低15%となるよう課税する国際的な枠組みです。
対象企業では、各国の税制や会計情報を把握し、必要なデータを収集・分析することが求められます。
また、移転価格税制では、国外関連者との取引価格が独立企業間価格に照らして適切かどうかが重要になります。
今回の議論は、国際課税についても税務リスクに応じた対応を重視する方向性を示しています。
海外子会社を持つ企業では、取引価格の設定根拠、契約内容、機能・リスクの分担などを継続的に確認する必要があります。
査察事務のデジタル化と犯則調査手続の変化
査察課関係では、デジタル化の推進が重要な議題となりました。
査察は、悪質な脱税事案について犯則調査を行い、必要に応じて検察官への告発につなげる業務です。
通常の税務調査とは目的や手続が異なり、刑事責任の追及を視野に入れた証拠収集などが行われます。
今回の会議では、GSSやKSK2の導入に加え、2027年10月1日から施行される犯則調査手続のデジタル化を踏まえ、今後の事務運営について議論されました。
企業活動のデジタル化に伴い、取引記録や会計情報の多くが電子データとして保存されるようになっています。
電子メール、会計システム、電子契約、クラウドサービスなど、税務上の事実関係を確認するための情報も多様化しています。
こうした環境では、電子データの収集・分析能力が査察の実効性を左右する重要な要素となります。
一方、デジタル化によって証拠の収集や分析が効率化されても、法令に基づく適正な手続や権利保護が重要であることに変わりはありません。
特別国税査察官の役割と今後の運用
今回の会議では、特別国税査察官の効果的な運用についても議論されました。
特別国税査察官は、沖縄国税事務所を除く11の国税局に配置されています。
財務省組織規則第515条では、国税局長が必要と認める特に重要な事項に関する事務を分掌する職務が定められています。
実務上は、査察事案につながる情報の収集、税務署との連携による事案の掘り起こし、調査手法のノウハウ共有などを担っています。
今回の議論では、査察を取り巻く環境変化を踏まえ、各国税局の実情に応じた職務の拡充について検討されました。
特に、デジタル取引の拡大や国際的な資金移動の複雑化に対応するには、従来の経験だけでなく、データ分析や国際情報の活用も重要になります。
特別国税査察官の役割が高度化すれば、査察部門と税務署との情報連携がさらに充実する可能性があります。
国際的な情報交換による脱税への対応
査察課関係では、国際化への対応についても議論されました。
海外に資産や所得を移転する取引が増える中、国内の情報だけでは税務上の実態を把握できない場合があります。
そこで重要になるのが、租税条約などに基づく各国税務当局間の情報交換です。
海外金融口座の情報交換や、外国税務当局への照会などを通じて、国外にある資産や取引の実態を確認する仕組みが整備されています。
ただし、海外に資産を保有することや国際取引を行うこと自体が問題なのではありません。
問題となるのは、申告すべき所得を申告しないことや、取引の実態を隠して税負担を不当に免れる行為です。
海外取引を行う企業や個人は、国内外の税務上の義務を正しく理解し、取引記録を適切に保存することが重要です。
企業が整備すべき税務リスク管理体制
今回の会議から、企業が今後重視すべき対応は大きく3つあります。
第一に、税務リスクの早期把握です。
新規取引や組織再編、海外事業の開始などについて、税務上の問題が発生する前に検討する仕組みが必要です。
第二に、判断根拠の文書化です。
税務処理が適切であっても、その判断に至った経緯や取引の実態を説明できなければ、税務調査への対応に時間がかかります。
第三に、社内の情報共有です。
経理部門だけでなく、営業、人事、法務、情報システムなどの部門と連携し、税務上重要な情報が適切に集約される体制が求められます。
特に、電子帳簿保存法やインボイス制度への対応を単なる法令遵守にとどめず、取引情報の管理や内部統制の改善につなげることが重要です。
税務調査への備えは、調査が始まってからではなく、日常業務の中で積み重ねるものです。
結論
2026年10月の全国国税局調査査察部長会議は、国税庁が税務調査と査察の高度化を進める方向性を示すものとなりました。
特に注目されるのは、リスク・ベース・アプローチによる重点的な調査、調査ノウハウの組織全体への還元、国際課税への対応、査察事務のデジタル化、特別国税査察官の効果的な運用です。
これらは個別の取組ではなく、限られた行政資源を活用して税務行政全体の実効性を高めるという共通の方向性を持っています。
企業側に求められるのは、税務調査を過度に恐れることではありません。
適正な申告・納税を基本とし、取引の実態を説明できる資料を整備し、税務上の判断を組織として管理することです。
今後、税務行政のデジタル化と組織内のノウハウ共有が進むほど、企業における税務ガバナンスの重要性も高まると考えられます。
参考
税のしるべ 2026年10月26日「令和8年10月・調察部長会議、調査ノウハウを組織全体に還元、特別国税査察官の効果的運用で意見交換」
財務省組織規則第515条(特別国税査察官の職務)
国税庁「税務行政の将来像」関連資料