日本には、核融合や人工知能、宇宙、半導体、創薬などの分野で、世界に通用する技術を持つスタートアップが存在しています。
しかし、優れた技術を持つことと、その技術を世界規模の事業に育てることは別問題です。
先端技術の事業化には、研究開発や設備投資、人材確保などに巨額の資金が必要になります。
ところが、日本のベンチャーキャピタルによる投資規模は米国のわずか1.5%にとどまっています。
特に、1社に数十億円から数百億円を投資できる国内ファンドは限られています。
その結果、日本の有力スタートアップが海外の投資家や大企業から資金を調達する事例が増えています。
核融合スタートアップの京都フュージョニアリングは、2026年8月に発表した167億円の資金調達を韓国のファンドが主導しました。
東京大学発の人工知能スタートアップである燈は、三菱電機との提携によって50億円を調達しました。
これらの事例は、日本の技術力の高さを示す一方で、国内の資金供給能力の限界も浮き彫りにしています。
今回は、ディープテック企業の資金調達の特徴と、日本の金融市場が抱える構造的な問題を考えます。
ディープテックは通常のスタートアップと何が違うのか
ディープテックとは、科学的な研究成果や高度な技術を基盤として、社会や産業の課題解決を目指す事業分野です。
代表的な分野には、核融合、人工知能、半導体、宇宙、量子技術、創薬などがあります。
一般的なインターネットサービスでは、比較的少額の資金で事業を開始できる場合があります。
例えば、ソフトウエアを開発し、顧客にサービスを提供する事業では、初期投資の中心が人件費やシステム開発費になることがあります。
一方、核融合や半導体などの分野では、研究設備や試験装置、製造施設などへの投資が必要です。
技術の実用化までに長い時間がかかることもあります。
また、研究開発に成功したとしても、量産体制の構築や安全性の確認、規制への対応などに追加資金が必要になる場合があります。
つまり、ディープテック企業は、事業の初期段階から多額の資金を必要とするだけでなく、収益化までの期間も長くなりやすいという特徴があります。
このような企業を育成するためには、短期間での資金回収を前提としない長期的なリスクマネーが必要になります。
京都フュージョニアリングの資金調達が示す問題
京都フュージョニアリングは、核融合関連技術の開発を進める日本のスタートアップです。
核融合は、将来のエネルギー供給を大きく変える可能性がある技術として注目されています。
しかし、核融合関連事業の実用化には、高度な研究開発と大規模な設備投資が必要です。
京都フュージョニアリングは、2026年8月に167億円の資金調達を発表しました。
企業価値は1,000億円を超え、日本を代表するディープテック企業の一つとなっています。
ところが、この資金調達を主導したのは韓国のファンドでした。
同社の経営幹部は、20億円から30億円を投資できる国内ベンチャーキャピタルが少なかったと説明しています。
この事例から分かるのは、日本のベンチャーキャピタル市場では、成長段階にある有望企業への大型投資が十分に行われていないという問題です。
創業初期の企業に数億円を投資することと、成長段階の企業に数十億円を投資することでは、必要な資金力が異なります。
特に核融合のような分野では、研究開発の進展に応じて追加資金を継続的に確保する必要があります。
国内の投資家だけで必要な資金を調達できなければ、海外資本を活用することになります。
海外投資家から資金を得ること自体は、企業の国際的な評価を高める機会にもなります。
しかし、国内に大型投資の担い手が不足していることは、日本の金融市場にとって重要な課題です。
AIスタートアップの燈が大企業との提携を選んだ理由
人工知能分野でも、ベンチャーキャピタル以外の資金調達を選ぶ企業があります。
東京大学発の人工知能スタートアップである燈は、2026年に三菱電機との提携によって50億円を調達しました。
同社は、人工知能技術を活用した産業向けの事業を展開しています。
人工知能の開発では、研究開発人材の確保や計算資源の利用、顧客企業との実証実験などに資金が必要です。
特に産業向け人工知能では、顧客企業の業務や設備に技術を組み込む必要があり、実用化までに時間がかかる場合があります。
大企業との資本提携には、単なる資金調達を超える利点があります。
例えば、三菱電機のような大企業と提携すれば、製造業の顧客基盤や産業技術、販売網などを活用できる可能性があります。
また、大企業が持つ事業運営の経験や海外ネットワークも、スタートアップの成長を支える要素になります。
一方、大企業との資本関係が強くなることで、将来の事業展開に制約が生じる可能性もあります。
特定企業との関係が深まれば、競合企業との取引や提携に影響する場合があるからです。
したがって、大企業との資本提携は有力な選択肢ですが、すべてのスタートアップにとって最適な方法とは限りません。
重要なのは、企業が自社の成長戦略に応じて、多様な資金調達方法を選択できる環境を整えることです。
日本のVCファンドはなぜ大型投資が難しいのか
日本のベンチャーキャピタルが大型投資を実行しにくい理由の一つは、ファンドの規模です。
例えば、運用資産が100億円のファンドを考えます。
このファンドが1社に30億円を投資すれば、運用資産の30%が1社に集中します。
ベンチャー投資では、投資先企業の一部が失敗することを前提として分散投資を行うため、このような集中投資は大きなリスクになります。
一方、運用資産が1,000億円のファンドであれば、30億円の投資は全体の3%です。
大型ファンドほど、成長企業への大規模投資を実行しやすくなります。
また、ディープテック企業では、初回投資だけでなく追加投資も重要です。
研究開発が進展し、事業化の可能性が高まった段階では、さらに大きな資金が必要になることがあります。
しかし、ファンドに追加投資の余力がなければ、既存の投資家は成長企業への出資比率を維持できません。
その結果、企業が大きく成長しても、国内のベンチャーキャピタルが十分な投資利益を得られない可能性があります。
日本のベンチャーキャピタル市場では、ファンドの大型化と追加投資能力の強化が重要な課題になります。
研究開発から収益化までの長い期間が資金調達を難しくする
ディープテック企業の資金調達では、投資期間の長さも重要な問題です。
一般的なベンチャーキャピタルファンドには、運用期間が設定されています。
例えば、10年間の運用期間を持つファンドでは、投資先企業の成長を支援しながら、一定期間内に投資資金を回収する必要があります。
しかし、核融合や創薬などの分野では、研究開発から商業化まで10年以上かかることもあります。
投資先企業の成長期間がファンドの運用期間を超える場合、投資家は資金回収の時期について難しい判断を迫られます。
技術開発が順調でも、ファンドの運用期限が近づけば、株式売却などを検討する必要が生じることがあります。
その結果、企業の長期的な成長戦略と投資家の資金回収計画が一致しなくなる可能性があります。
この問題を解決するためには、長期運用を前提とするファンドや、既存投資家から株式を引き継ぐ投資家の存在が重要になります。
また、研究開発段階から事業化段階まで、異なる成長段階に対応する投資家が連携する仕組みも必要です。
ディープテック企業を育成するためには、資金の量だけでなく、資金を供給できる期間も重要なのです。
銀行融資だけではディープテックを支えられない
日本の金融市場では、銀行融資が企業の資金調達に重要な役割を果たしてきました。
しかし、ディープテック企業の資金需要を銀行融資だけで満たすことは困難です。
銀行融資では、借入金の返済が前提となります。
そのため、金融機関は企業の収益力や返済能力を重視します。
一方、研究開発段階のディープテック企業では、売上高が少なく、利益を計上していない場合があります。
将来の技術的な成功が期待されていても、現在の返済能力が十分でなければ、大規模な融資を受けることは容易ではありません。
また、研究開発が失敗した場合には、借入金の返済負担が経営を圧迫する可能性があります。
そのため、事業化の初期段階では、返済義務のない株式による資金調達が重要になります。
一方、事業化が進み、安定した収益が見込める段階では、銀行融資も有効な資金調達手段になります。
つまり、企業の成長段階に応じて、株式投資と銀行融資を適切に組み合わせることが重要です。
日本の金融市場には、研究開発段階から事業拡大段階まで、切れ目なく資金を供給する仕組みが求められています。
海外資本への依存は日本にとって問題なのか
日本のスタートアップが海外の投資家から資金を調達することについては、慎重に考える必要があります。
海外資本の活用そのものは、決して問題ではありません。
むしろ、世界的な投資家から評価されることは、企業の技術力や成長可能性が国際的に認められたことを意味します。
海外投資家が持つ人材ネットワークや事業提携先を活用できる利点もあります。
また、国際的な資本市場にアクセスすることで、国内だけでは調達できない規模の資金を確保できます。
一方で、海外投資家の影響力が大きくなることには注意も必要です。
例えば、経営方針や資金回収時期について、投資家との意見が対立する可能性があります。
また、技術の性質によっては、経済安全保障や知的財産の管理が重要になる場合があります。
ただし、海外投資家が出資したからといって、直ちに技術流出や経営支配が生じるわけではありません。
出資比率や議決権、契約上の権利などによって影響力は異なります。
重要なのは、海外資本を排除することではありません。
国内外の投資家が競争し、スタートアップが有利な条件で資金調達できる環境を整えることです。
国内の資金供給能力を高めることは、企業の選択肢を増やすことにつながります。
政府支援と民間投資の役割分担が重要になる
ディープテック企業の育成には、政府による支援も重要です。
研究開発の初期段階では、技術的な成功可能性が不確実であり、民間投資家だけでは十分な資金が集まらない場合があります。
このような段階では、研究開発補助金や政府系ファンドによる出資などが役割を果たします。
特に、核融合や宇宙、半導体などの分野では、技術開発の成果が個別企業だけでなく、産業全体に波及する可能性があります。
そのため、公的資金による研究開発支援には一定の合理性があります。
しかし、政府支援だけで世界的な企業を育てることは困難です。
事業化が進めば、顧客開拓や量産設備の整備、海外市場への進出などに巨額の資金が必要になります。
この段階では、民間投資家による資金供給が重要になります。
政府が初期段階の研究開発を支援し、民間投資家が成長段階の資金を供給する仕組みが必要です。
また、政府系ファンドが民間投資家と共同投資することで、民間資金を呼び込む効果も期待できます。
重要なのは、公的資金が民間投資を代替するのではなく、民間資金の供給を促進することです。
日本のディープテックを育てるために必要な金融改革
日本のディープテック企業が世界市場で成長するためには、金融市場の改革が必要です。
第一に、大型ベンチャーキャピタルファンドの育成です。
数十億円から数百億円の投資を実行できるファンドを増やす必要があります。
第二に、長期資金の供給拡大です。
年金基金や生命保険会社などが、適切なリスク管理のもとで成長投資に資金を配分できる環境が重要です。
第三に、投資期間の長期化です。
研究開発から商業化まで長期間を要する企業に対応できるファンドの仕組みが求められます。
第四に、事業会社との連携です。
大企業が持つ技術や販売網、製造設備などを活用することで、スタートアップの事業化を支援できます。
第五に、海外資本との連携です。
国内資本だけで成長資金を賄うことにこだわらず、国際的な投資家との協力を進める必要があります。
ただし、その前提として、国内にも十分な投資能力を持つ資金供給者を育てることが重要です。
日本の金融市場が多様な資金調達手段を提供できれば、スタートアップは自社の成長段階に応じて最適な方法を選択できるようになります。
結論
京都フュージョニアリングや燈の資金調達事例は、日本のディープテック企業が持つ成長可能性と、国内の資金供給能力の限界を同時に示しています。
日本には優れた研究成果や技術者が存在しています。
しかし、研究開発から事業化、海外展開までを支える金融市場が十分に整備されているとはいえません。
特に、数十億円から数百億円規模の投資を実行できる国内ベンチャーキャピタルが少ないことは、大きな課題です。
また、ディープテック企業では収益化まで長期間を要するため、短期的な資金回収を重視する投資手法だけでは十分に対応できません。
必要なのは、大型ファンドの育成、長期資金の供給、政府と民間の役割分担、事業会社との連携などを組み合わせた金融システムです。
海外資本を活用することも重要ですが、国内の資金供給能力を高めることによって、スタートアップの選択肢を増やす必要があります。
日本が技術立国として成長するためには、研究開発への支援だけでなく、その成果を世界市場で事業化するための金融基盤を整えることが不可欠です。
優れた技術が存在しても、成長資金が不足すれば、世界的な企業へ発展する機会を失う可能性があります。
これからの日本に求められるのは、技術を生み出す力だけでなく、技術を大きな事業に育てる金融の力です。
ディープテック企業への長期的なリスクマネーの供給こそ、日本の次世代産業を育てる重要な条件になるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月27日朝刊「起業家が萎縮する『ゼロリスクルール』 日本のVC投資、米国の1.5%」
経済産業省 2022年3月「スタートアップの成長に向けたファイナンスに関するガイダンス」
経済産業省 2024年6月24日「機関投資家からVCファンドに対する投資」