投資回収倍率0.99倍が示す日本のVCの収益力 損失を恐れる投資が利益を生まない理由

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日本のベンチャーキャピタルは、投資先企業の損失をできるだけ回避し、確実な資金回収を重視する傾向があると指摘されています。

しかし、損失を避けようとする投資姿勢が、必ずしも高い運用成果につながっているわけではありません。

日本経済新聞が紹介した日英の共同調査によると、約10年前に組成された国内ベンチャーキャピタルファンドの投資回収倍率は0.99倍でした。

投資額に対する回収額が1倍を下回る、元本割れの水準です。

世界全体の1.1倍も下回っています。

本来、ベンチャー投資は高いリスクを引き受ける代わりに、大きな投資収益を期待する金融手法です。

それにもかかわらず、投資回収倍率が1倍を下回るのであれば、投資家が負担したリスクに見合う成果を得られていないことになります。

なぜ、日本のベンチャーキャピタルは十分な収益を実現できていないのでしょうか。

今回は、投資回収倍率の仕組み、ベンチャー投資の収益構造、損失回避型の投資戦略が抱える問題を整理し、日本のベンチャーキャピタルが収益力を高めるために必要な改革を考えます。

投資回収倍率0.99倍とは何を意味するのか

ベンチャーキャピタルの運用成績を評価する指標の一つが、投資回収倍率です。

一般に、投資した資金に対して、どれだけの価値を回収したかを示します。

例えば、100億円を投資して150億円を回収すれば、投資回収倍率は1.5倍です。

100億円を投資して80億円しか回収できなければ、0.8倍となります。

今回報じられた日本の0.99倍という数値は、投資額100億円に対して99億円相当の回収にとどまる水準を意味します。

ただし、ファンドの運用成績を評価する際には注意が必要です。

ベンチャーキャピタルでは、すでに売却した株式から得られた資金だけでなく、保有中の株式の評価額を含めて投資成果を測定する場合があります。

代表的な指標には、投資家への分配額と未実現の保有資産価値を合計し、払込資本で割った総価値倍率があります。

また、実際に投資家へ分配された金額だけを対象とする指標もあります。

今回の0.99倍についても、調査で採用された評価方法や未売却資産の取り扱いを確認する必要があります。

それでも、約10年前に組成されたファンドの評価が元本付近にとどまっていることは、日本のベンチャー投資市場の収益力を考えるうえで重要な問題です。

ベンチャー投資は一部の成功企業が全体の収益を支える

ベンチャー投資の最大の特徴は、投資先企業の収益分布に大きな偏りがあることです。

一般的な債券投資では、投資家は利息収入と元本の回収を期待します。

一方、ベンチャー投資では、投資先企業の成長によって株式価値が大きく上昇することを期待します。

しかし、すべての投資先企業が成功するわけではありません。

むしろ、多くの企業が期待通りに成長できず、一部の企業が大きな利益を生み出す構造が一般的です。

例えば、10社にそれぞれ1億円を投資したとします。

投資総額は10億円です。

そのうち7社の投資価値がゼロになり、2社が投資額の2倍、残る1社が20倍になった場合を考えます。

7社からの回収額はゼロです。

2社からの回収額は合計4億円です。

残る1社から20億円を回収できれば、合計回収額は24億円になります。

投資総額10億円に対して、回収倍率は2.4倍です。

これは説明のための単純な例ですが、ベンチャー投資の収益構造を理解するうえで重要です。

投資先の大半が失敗しても、一部の企業が大きく成長すれば、ファンド全体で高い収益を得られる可能性があります。

したがって、ベンチャーキャピタルに求められるのは、すべての投資先で損失を防ぐことではありません。

大きく成長する可能性を持つ企業を発掘し、その成長を支援する能力です。

損失回避を優先すると大きな成功を逃す可能性がある

投資家が損失を避けることを最優先すると、投資判断に偏りが生じる可能性があります。

例えば、2つの投資案件があるとします。

一方は、既存市場で安定した収益を確保できる企業です。

もう一方は、新しい技術によって巨大な市場を創出する可能性があるものの、事業化に失敗する確率も高い企業です。

短期的な損失を避けることを重視すれば、前者を選びやすくなります。

しかし、企業価値が10倍、20倍に成長する可能性が高いのは、必ずしも安定した既存事業を持つ企業ではありません。

新しい市場を開拓する企業の方が、大きな成長余地を持つ場合があります。

もちろん、成長可能性が高いという理由だけで投資することは適切ではありません。

技術の実現可能性、市場規模、競争環境、経営者の能力などを慎重に評価する必要があります。

それでも、失敗する可能性があるという理由だけで投資を見送れば、大きな成功を得る機会も失われます。

損失回避を重視する投資姿勢が、結果としてファンド全体の収益力を低下させる可能性があるのです。

早期の株式上場が投資収益を制約する場合がある

日本のベンチャー投資市場では、比較的小規模な段階で株式上場を目指す企業が多いと指摘されてきました。

株式上場は、ベンチャーキャピタルにとって重要な資金回収手段です。

投資先企業が上場すれば、一定の制約のもとで保有株式を市場で売却できるようになります。

しかし、企業が十分に成長する前に上場を急ぐことには問題があります。

例えば、企業価値が100億円の段階で上場する場合と、1,000億円まで成長してから上場する場合では、投資家が得られる利益が大きく異なる可能性があります。

もちろん、上場時期を遅らせれば必ず企業価値が高まるわけではありません。

市場環境の悪化や競争激化によって、企業価値が低下する可能性もあります。

重要なのは、企業の成長段階や事業戦略に応じて、最適な資金回収時期を判断することです。

投資家が短期間での資金回収を優先しすぎると、企業が長期的な成長投資を続ける機会を失う可能性があります。

日本のベンチャーキャピタルには、早期上場による資金回収だけでなく、企業価値を長期的に高める投資戦略が求められています。

ファンドの規模が小さいと投資収益を高めにくい

日本のベンチャーキャピタル市場では、ファンドの規模が比較的小さいことも課題です。

ファンドの規模は、投資先企業の選定や追加投資の能力に影響します。

例えば、運用資産が100億円のファンドでは、1社に50億円を投資すれば、資金の半分が1社に集中します。

これでは分散投資が難しくなります。

一方、運用資産が1,000億円のファンドであれば、50億円の投資は全体の5%です。

大型ファンドほど、成長企業への大規模投資を実行しやすくなります。

また、スタートアップは成長段階に応じて追加資金を必要とします。

創業初期に1億円を投資した企業が順調に成長し、数年後に50億円の資金調達を行うこともあります。

しかし、既存の投資家に追加投資の余力がなければ、海外の投資家などから資金を調達する必要があります。

その結果、国内のベンチャーキャピタルが有望企業の成長による利益を十分に獲得できない可能性があります。

ただし、ファンドが大型化すれば自動的に収益力が高まるわけではありません。

投資先の発掘能力や企業価値評価、経営支援能力が伴わなければ、大規模な資金が非効率に配分されるおそれもあります。

ファンドの大型化と運用能力の向上を同時に進めることが重要です。

投資先企業への経営支援も収益力を左右する

ベンチャーキャピタルの役割は、資金を提供することだけではありません。

投資先企業の経営を支援し、企業価値を高めることも重要です。

例えば、優れた技術を持つスタートアップであっても、営業活動や人材採用、海外市場への進出に十分な経験を持っているとは限りません。

研究者出身の創業者であれば、技術開発には強くても、財務管理や組織運営に課題を抱える場合があります。

ベンチャーキャピタルが経営人材の紹介や資金調達支援、事業提携の仲介などを行えば、企業の成長を後押しできます。

米国の有力ベンチャーキャピタルには、投資先企業の採用活動や海外展開、経営戦略などを専門的に支援する体制を持つところがあります。

日本でも、資金提供に加えて経営支援を重視するベンチャーキャピタルが増えています。

しかし、ファンドの規模が小さく、運用報酬も限られていれば、十分な専門人材を確保することは容易ではありません。

投資収益を高めるためには、優れた企業を選ぶだけでなく、投資後に企業価値を高める能力が求められます。

投資家の報酬体系と長期的な収益の関係

ベンチャーキャピタルの運用成果を考えるうえでは、運用会社の報酬体系も重要です。

一般的なファンドでは、運用会社が管理報酬を受け取るほか、一定の条件を満たした場合に成功報酬を得る仕組みが採用されています。

管理報酬は、ファンドの運営費用や投資担当者の人件費などに充てられます。

成功報酬は、投資家に利益をもたらした場合に、その一部を運用会社が受け取る仕組みです。

このような報酬体系は、運用会社と出資者の利益を一致させるために設計されています。

しかし、実際の運用では、ファンドの規模や報酬条件、投資担当者の評価制度などによって行動が変わる可能性があります。

例えば、運用資産の拡大による管理報酬を重視しすぎれば、投資収益よりもファンド規模の拡大が優先されるおそれがあります。

一方、短期間の投資成果だけで担当者を評価すれば、長期的な成長企業への投資が不利になる可能性があります。

重要なのは、ファンドの出資者、運用会社、投資担当者の利益が、長期的な運用成果を通じて一致する仕組みを整えることです。

年金基金などの機関投資家が求める収益力

ベンチャーキャピタル市場を拡大するためには、年金基金や生命保険会社などの機関投資家から長期資金を集める必要があります。

しかし、機関投資家は単にスタートアップを支援するためだけに資金を提供するわけではありません。

年金基金には、将来の年金給付を確保する責任があります。

生命保険会社にも、保険契約者に対する保険金や給付金の支払いを確実に行う責任があります。

そのため、ベンチャー投資を行う場合には、期待収益とリスクを慎重に評価する必要があります。

仮に、ベンチャーキャピタルの投資回収倍率が長期間にわたって1倍を下回るのであれば、機関投資家が資金配分を拡大することは難しくなります。

特に、ベンチャー投資は流動性が低く、投資資金を長期間回収できない場合があります。

上場株式や債券と比較して、運用管理にも専門性が求められます。

それだけに、十分な投資収益が期待できなければ、資金を振り向ける合理性は低下します。

日本のベンチャーキャピタル市場を拡大するためには、政策的な資金供給だけでなく、民間投資家が継続的に資金を提供したいと考える運用成果を実現する必要があります。

収益力の向上が次の投資資金を生み出す

ベンチャー投資市場が持続的に成長するためには、投資資金が循環する仕組みが必要です。

投資家がベンチャーキャピタルファンドに資金を提供します。

ファンドはスタートアップに投資し、企業の成長を支援します。

投資先企業が株式上場や事業売却によって成長成果を実現すれば、ファンドは投資資金を回収します。

その利益が出資者に分配されれば、次のファンドへの投資につながる可能性があります。

この循環が機能すれば、ベンチャー投資市場は民間資金を中心に拡大できます。

一方、投資収益が低迷すれば、出資者は資金配分を縮小する可能性があります。

ファンドの資金調達が難しくなれば、スタートアップへの投資額も減少します。

その結果、有望企業が成長資金を確保できず、投資収益を生み出す企業も育ちにくくなります。

日本のベンチャーキャピタル市場には、このような悪循環を断ち切ることが求められています。

重要なのは、投資額を増やすことだけではありません。

投資した資金から十分な収益を生み出し、その成果を次の投資につなげることです。

結論

日本のベンチャーキャピタルファンドの投資回収倍率が0.99倍にとどまっているという調査結果は、日本のベンチャー投資市場の収益力を考えるうえで重要な問題を提起しています。

ベンチャー投資は、本来、高いリスクを引き受ける代わりに、大きな投資収益を目指す金融手法です。

しかし、個々の投資先で損失を避けることを優先しすぎれば、大きく成長する可能性を持つ企業への投資機会を失うことになります。

また、ファンドの規模が小さければ、投資先の分散や成長企業への追加投資にも制約が生じます。

短期間での資金回収を重視する投資方針や、十分な経営支援体制を持たないことも、収益力を低下させる要因になり得ます。

日本のベンチャーキャピタルが収益力を高めるためには、投資判断の高度化、ファンドの大型化、長期的な経営支援、投資資金の回収市場の整備などを進める必要があります。

さらに、投資家が合理的なリスクを引き受ける姿勢も欠かせません。

失敗を完全に避けることは、ベンチャー投資の目的ではありません。

重要なのは、失敗の可能性を適切に評価しながら、大きな成功を生み出す企業に資金を提供することです。

そして、投資収益を高めることは、ベンチャーキャピタル自身の利益だけでなく、日本の成長企業への資金供給を拡大することにもつながります。

日本のベンチャー投資市場が持続的に発展するためには、損失を避けることを最優先する金融から、適切なリスクを引き受けて高い収益を目指す金融への転換が必要ではないでしょうか。

参考

日本経済新聞 2026年10月27日朝刊「起業家が萎縮する『ゼロリスクルール』 日本のVC投資、米国の1.5%」

経済産業省 2022年3月「スタートアップの成長に向けたファイナンスに関するガイダンス」

経済産業省 2024年6月24日「機関投資家からVCファンドに対する投資」

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